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近所

冷蔵庫の中は充実しているのに、ご飯を作る気が全く起きない日がある。

選択肢となるのは、
1.食べない、
2.がんばってなんか作る、
3.コンビニでなんか買う、
4.外に食べに行く、のいずれかになる。

どうしようか、空腹がギリギリになるまで考えてしまう。
なぜこんなにお腹が減るのか、手頃にお腹がいっぱいになって腹持ちがいい完全食は売っていないのだろうか、なんてしようもないことを思い浮かべる。

そんなことを考えているのならさっさと何か作って食べてしまえばいいのにというもう自分の理性が頭の中で叫んでいる。けれど、怠惰な私は動かない。いや、動けない日がある。結局、思考を放棄して鍵と財布を持って外に出かける。もちろん、どこに行くかは決められていない。

右に行くか、左に行くか、真っ直ぐか、その逆か。
その道を行くとどんなお店があるのかわかる程度には住み慣れた街で、私は一瞬途方に暮れる。まあこっちに行くか、と歩き始める。お腹はさらに減ってきている。

中華屋、店先から中を覗く。
客が誰もいない。。その一瞬、店に入る可能性を出すか出さないか決めかねていたからだから、店に入る可能性が消え、何事もなかったかのように歩き出す。

別に誰もいなくってもいいじゃないか、安いし美味しいし空腹は満たせるだろう、という私の理性がまた大声で怒鳴る。それを私は無視してまた先へ先へと歩く、もうこの先に何があるのかあんまり覚えてない。コンビニが私を誘惑する。

スーパー(家に帰ってから食べるのは嫌だ」、インドカレー(今日はなんか違う)、良さそうな定食屋(今日は定休日)、と歩きながらさらに彷徨いの度合いが増してくる。時間は過ぎている、私の時間はどんどん限られてくる。

左に曲がろうとしてふと右を向くと、赤いのぼりが見える。
こっちにお店があるということがわかり、当てのない私に光明が差す。中華料理だろうか、と思いながら、さっき素通りしてしまってから頭の片隅に中華料理が止まっていたことに気づく。そうしよう、中華にしよう。

お店の前に着くと、中華ではなかった。
オムライス、ピラフ、生姜焼き定食、牛カルビ定食、焼き魚定食、煮込みうどん、なんでもあるじゃん。でも中華がない。ここで道を挟んでうまいことに中華料理屋があることに気づく。ここではないのか、あっちに渡ろう、と思った矢先、店の扉が開いて、おばあさんが一言、空いてるのですぐ入れますよー。

その一言ですべてが決まった。
中華の頭は吹き消され、私はそのお店の中に入って行った。

私が入ってから、どんどん人が入ってくる店内を眺めながら、焼き魚定食を黙々と食べながら、こういう一言なんだよな、結局。と思う。
何を食べるか、どこに行くか、自分で決めてるように思えても結局そのとき不意にやってくる人の一言で決まる。決めたくなる。そこに寄ってみたくなる。そしてさっきまで中華を食べようと思っていた私は焼き魚定食に満たされる。心地良いお店の雰囲気を知り、ここにまた来ようと思う。

しきりに客と会話しながら注文をとり、水を運び、会計をし、入ってくる客を捌くそのおばあさんの安心感がたまらなく感じるのは、今日は平日で私は仕事をしていてその合間の昼食の時間で、私の日常に不意に入り込んだ懐かしい雰囲気だからなんだろうと思った。

会計をして店を出る前に少し会話をして、
待たせちゃってごめんなさいね。また来てちょうだいね。の一言に、
美味しかったです。また来ます。と返した自分を、食事の時間を噛み締めながらまた日常に戻っていった午後のメモ。

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