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『美雨13歳のしあわせレシピ』 〜思い出の料理が家族をつなぐ

こんにちは、ことろです。
今回は『美雨13歳のしあわせレシピ』という本を紹介したいと思います。

『美雨13歳のしあわせレシピ』は、著・しめの ゆき、装画・高橋和枝の児童文学小説です。
第1章「梅雨入り宣言」、第2章「雨、ときどき 雨」、第3章「大雨洪水警報」、第4章「雨だれの音」、終章「梅雨明け」と、この物語は梅雨の間に起きたことが書かれています。

主人公は、神崎美雨(かんざき みう)。六月生まれ。13歳。
中学に入ってから、まだ友達らしい友達がいない。一応、一緒にお弁当を食べる友人はいるものの、ただ一緒にいるだけで、それほど仲は良くないと思っている。
突然お母さんが家出してから、お父さんとまともな交流をするようになる。
一緒にお母さんを連れ戻そうと奮闘する。

お母さん
美雨の母親。突然、家出をする。
音大出身で、ピアノ専攻。講師を務めていたこともある。
料理があまり得意ではない。
いつも家で『雨だれの前奏曲(プレリュード)』を弾いていた。

お父さん
美雨の父親。お母さんが突然出て行ったのは、自分のせいだと思っている。
元・料理人で、昔は店を構えていたが潰してしまった。
今は就職し、とある会社の経理部に勤めている。
お母さんを取り戻すため美雨と奮闘する。

玲央(れお)
美雨のクラスメイト。
美雨と同じ小学校で、このクラスで初めての友達。
学級委員をしていて、きれいで堂々としていて目立つ子。
バレー部。

里美(さとみ)
美雨のクラスメイト。美雨と同じ小学校出身。
玲央に誘われて書記役を務める。玲央とタイプはちがうが目立つ子。
吹奏楽部。

愛海(あみ)
美雨のクラスメイト。おしとやかで、物静かな子。
美雨が初めて自分から友達になりたいと思った子。
本当はピアノを習っていて上手。
あるトラブルに巻き込まれる。
帰宅部。

桃花(ももか)
美雨のクラスメイト。
いつも勝手にお弁当のおかずを食べる。
本当は美雨と友達になりたいと思っているのに、素直になれない不器用な子。
あるトラブルを起こす。
陸上部。

千佳(ちか)
美雨のクラスメイト。
最近、美雨たちのグループに入ってくる子。
校内合唱コンクールの指揮者をしている、クラスのまとめ役のひとり。


ある日、学校から帰ってきた美雨は、まだ四時半を回ったばかりだというのに、お父さんが帰ってきていて、しかも美味しそうな料理まで作っていてびっくりしました。お父さんといえば、いつも朝早くに出て夜遅くに帰ってくる、家にいないタイプの人でした。もちろん、料理なんてしません。そんな人が、今目の前で料理をしている……。美雨は、いつもなら居るはずのお母さんが居ないことに気づき、お父さんに尋ねます。しかし、お父さんはもごもご言うだけではっきりせず、何を考えているかもわかりません。ようやく聞き出したのは、お母さんが家出したらしい、ということでした。

お父さんは、実は昔料理人で、お店を構えていたこともあったのだそうです。それで、お母さんが急に居なくなってしまって、自分が美雨のごはんを作らなきゃいけないと思い、久しぶりにちゃんとした料理をしました。けれど、家にあまり居ないものですから、どこに何が置いてあるのかがわかりません。だし汁の取り方はわかるのに、こめびつの場所はわからないというちぐはぐな状態でしたが、美雨のおかげでなんとかなりました。

料理は美味しくて大満足でしたが、お父さんが昔料理人だったことも、お店を持っていたことも美雨は初めて知りました。
美雨にとってのお父さんは、いつも家におらず、話しかけるなというオーラをまとった背中をしていて、何を考えているかもわからない冷たい人でした。話しかけたらかけたで、そんなことも知らないのかという驚いた顔をされると、美雨はいつも傷ついていました。
美雨が知っているお父さんは、お母さんから聞いて出来たお父さんの像のようなものでした。お父さんもまた、きっとお母さんから聞いた美雨の像を美雨だと思っているところがあります。二人は、ほとんどまともな交流をしていませんでした。

美雨は、お父さんがあまり必死になってお母さんを探そうとしていないことにショックを受けていました。実はそういうわけではないのですが、美雨はお父さんのことをあまり知らないので誤解してしまっています。急に料理をしたことも、料理人だったのに今まで料理をしていなかったことにも腹を立てています。お母さんはあまり料理が得意なほうではなく、レパートリーもなかったため、おいしかったのですが満足のいくごはんというわけでもありませんでした。
週一で出てくるカレーライスを食べながら、お父さんは何を思いながら食べていたのだろうと思うと、お母さんが可哀想になるのでした。


美雨は学校に行くと、ちょっと憂鬱な気持ちになります。中学に入学してからというもの、友達らしい友達がまだいないためです。といっても、お弁当を一緒に食べるクラスメイトはいて、けれど自分とはタイプがちがうため、本音で何でも話せるような間柄ではありませんでした。本当はあっちの目立たないグループに入りたいのに、勇気がなくてなかなか声をかけられない美雨。今日もまた、玲央たちの目立つグループに机をくっつけられます。
ぼーっとしたままお弁当箱のふたを開けていると、横から桃花が叫びます。
「なに、美雨ちゃんのお弁当! 超やばい」
実は昨日の夜、お父さんが美雨のためにお弁当を作ってくれていたのでした。しかし、初めてのことだったので少しはりきりすぎて豪華なお弁当になってしまったのです。
美雨はとても恥ずかしかったのですが、桃花が大きな声で言うためクラス中に響いています。お母さんが家出して代わりに元料理人だったお父さんが作ったなんて言えない美雨は、とっさに買ってきたお弁当を詰め替えたと嘘をつきます。
ここは、なりゆきでくっついて、お弁当を一緒に食べているだけのグループ。本当のことを打ち明けたり、大切な部分を見せることは、友達じゃないとできないと美雨は考えます。
すると、桃花が勝手にお弁当のおかずを取って食べてしまいました。
玲央や里美も、ひょいっと持っていきます。
いつものことではあるのですが、内心では心穏やかではない美雨。
唯一、それをじっと見るだけで動かないのが愛海でした。
美雨は、愛海にもどうぞと勧めましたが、人のお弁当を食べるなんて恥ずかしいという価値観のようで、それは美雨も同じだったため、愛海ってどんな子なんだろう、仲良くなれたらいいのにと思いました。

放課後、英語の小テストで不合格になった人たちが居残りで間違った英単語を20回ずつ書かされることになり、美雨や桃花、珍しく玲央も残っていました。里美と愛海はいません。
一単語だけ間違えた玲央が早々に終わらせると、美雨に話かけてきました。
「美雨はまだ、部活決められないの?」
新しくできた友達と同じ部活に入りたい。それに、入りたい部活もまだ決められないまま、友達もできないまま二ヶ月が経ってしましました。
お母さんが家出した今、部活に入る気持ちも薄れてしまっています。
「最初から、むずかしく考えすぎなんだよ、きっと」
玲央はまっすぐした目ではっきりと言葉を言うためかっこいい面もあるのですが、少し強引な面もあり、そこが美雨としては全然違うタイプで戸惑う部分でもありました。
玲央は言います。
最初からうまくいくことなんてない、と。ドキドキしながらでも入ってみて、徐々に慣れていって、落ち着くんだと。
でも、美雨は玲央みたいに運動神経も良くないし、背も高くないし、好きなものもない。玲央みたいにすぐバレー部だって決められたらいいけれど、そういうわけにもいきません。
みんな何かしらの部活に入って、好きなものや頑張るものを決めていますが、美雨にはそれが難しいのでした。

家に帰ると、やはりお母さんは帰ってきていませんでした。
脱衣所で濡れた靴下や制服のスカートを脱ぐと、美雨は不安になります。
「この洗濯物が溜まる前に帰ってきてくれるよね……?」
鏡を見たときに、自分の中に、まだ小さな子供みたいな顔が残っていることに驚きました。
美雨はお弁当箱をシンクに置くと、どうしたらいいかわからなくてピアノ室に入ります。ここは、一番お母さんの匂いがする場所でした。
美雨はグランドピアノのふたを開けます。
小学校の三、四年生までは、美雨もこのピアノで練習していました。でも、そこに映る顔はいつもつまらなさそうな顔でした。
お母さんがピアノの先生だからやっていただけで本当は大して好きでもなかったピアノ。お母さんが察してくれてやめることができましたが、長くつづけていたことをやめたのに何の重みもなかったことが、美雨にとっては昔の自分は子どもだったなと思われました。

お母さんは美雨が小学校低学年くらいの頃までは、自宅のこのピアノ室で教室を開いていました。サンルームになるように一面ガラス張りになっているそれは、お父さんがお母さんにピアノを弾いてほしいから作ったものでした。
お母さんは美雨が保育園を卒園するまで、グループレッスンの講師をしていました。グループレッスンとは、大手の音楽教室が全国展開しているシステムで、どこの教室でレッスンをうけても、同じ教材で、電子鍵盤楽器をひとり一台使った同じレッスンが受けられる仕組みになっています。複数人をひとつのグループにしていて、幼児には人気があるそうです。
美雨の家の近所にはそういった教室がなかったため、お母さんは電車に乗って、大きな駅まで通っていました。
しかし、小学校に上がった美雨を家でひとりにはできないと、講師をやめて、自宅で教室を開くことにしたのです。
ですが、それも、しばらくしてやめてしまいました。
お母さんがピアノ教室をやめたのは、たしか美雨が小学三年生のとき。理由を覚えていないので、たぶん聞いていないのだと思います。
美雨は、お母さんはどうして教室をやめてしまったのだろうと思いました。
今まで深く考えたことはなかったけれど、何かがひっかかる。

お母さんは、金魚のような人でした。
ガラス張りのピアノ室は、さしずめ金魚鉢。
出かけることがあまり好きではなくて、買い物に行くとき以外はほとんど家にいたお母さん。
この閉ざされた空間で、いつも『雨だれ』を弾いていた。
毎日のように弾いていた。
その音は、毎日同じ曲のはずなのにどこか違っていて、あまりおしゃべりではないお母さんがピアノの音に乗せて何か思いを発していたとしたら。
美雨は最近お父さんとお母さんはうまくいっているのかどうかを、ふと思ったことがありました。なんとなく言葉にトゲのようなものがあって、それをピアノに叩きつけていたとしたら。
美雨は何度となくその嵐の前の予兆めいたものを聞いていた気がします。でも、見ないようにしていた。気づかないフリをしていたのです。
その結果、お母さんが家を出て行ったのだとしたら。
「お母さんはもう帰ってこないかもしれない……」
サンルームから出て雨に打たれていた美雨は、全身びしょ濡れになりました。
いえ、そうではありません。美雨は泣いていたのです。
「どうした、美雨?」
いつの間にかお父さんが帰ってきていました。
「あったかいものでも飲むか?」
泣いているところを見られて恥ずかしい美雨は、急いで洗面所に行き、顔を洗いました。
見ると、洗濯機が回っています。
洗濯物が溜まる前に帰ってきてと思った自分が、かわいそうになりました。
「ココアでいいか?」
台所からお父さんが声をかけてくれますが、美雨は「いらない!」と自室に行って勢いよくドアを閉めました。

美雨は学校に行くと、桃花の誕プレをみんなで買おうよと提案されます。
実はまだ誰にも言っていなかったのですが、今日は美雨の誕生日だったのです。自分の誕生日の日に別の人の誕生日プレゼントを買うなんて……と思いましたが、なかなか言い出せません。ついでにといって買われても嫌だし、結局言えないまま桃花の誕プレを買うことになりました。

家に帰ると、お父さんがまたごはんを作っています。
「美雨も作るの手伝ってくれ」
そう言って手渡されたのは誕生日プレゼントのエプロンと名前入りの包丁。
「今日、誕生日だっただろう」
本当はお母さんがいたら、もふもふのハムスター型のパスケースにお花のイヤホンを買ってもらって、今頃ご機嫌だったはずなのに。
「さ、やるぞ。美雨も手伝え。今日はおまえの好きなオムライスだぞ」
その言葉を聞いて血の気の引いた美雨は、エプロンをお父さんに突き返すと言います。
「お父さんは、私がオムライス食べると気持ち悪くなるの知らなかったの?」
「え? 前はあんなに好きだっただろう!」
「もういい、今日は疲れたから寝る!」
そう言って、美雨は制服のままベッドにもぐりこんでしまいました。

翌日。学校でお弁当箱を開けてみると、そこにはオムライスの姿が!
昨日ケンカしたから、あてつけのつもりでしょうか?
お弁当袋の中には小さなメモ用紙が入っていて、読んでみると『今度こそ、お誕生日おめでとう。お父さんより』と書かれていました。
「‥……食べていいよ」
驚きと怒りでいっぱいだった美雨がようやくそれだけ言うと、いつものように桃花が取っていきました。
すると、
「ん? あれ? 美雨ちゃん、これオムライスじゃない! なんちゃってオムライスだよ。美雨ちゃんも食べてみて」
そう言われておそるおそる一口食べてみると、梅干しのすっぱさに思わず顔がクシュっとなりました。次にバターとしらすを炒めたときの甘い香り。小梅のカリカリッとした食感。ベーコンとにんにくの隠し味。それをまとめてくれる、あまじょっぱいしょうゆ味の薄焼き卵。
これ、知ってる。食べたことがある。私の大好きな味だ!
美雨は昔、まだ小さいときに熱があるにもかかわらず、誕生日だからとオムライスをねだって、お母さんと一緒にファミレスに行ってお子様プレートを頼んだのですが、勢いよく食べていたらむせて、そのまま吐いてしまったのです。
そのことがトラウマで今でも食べられなかったのですが、小学校一年生の誕生日のときにお父さんがこのなんちゃってオムライスを出してくれたことがあって、その時は食べられたことを思い出しました。
うれしくて半分も一気に食べてしまうと、愛海が「よかった」と言いました。
「美雨ちゃん、今日元気がないみたいだったから、大丈夫かなって思ってたんだ。でも、もう大丈夫そうだね」
愛海の言葉がやさしくて、こんな私のことを気にかけてくれてる人がいたんだってうれしくて、つい言ってしまいました。
「あのね、きのう、私の誕生日だったのーー」
すると、みんなの箸が止まってしまいます。
しまった! と思い口に手を当てるも、もう言ってしまったものは取り返しがつきません。
玲央と里美はなんで昨日言ってくれなかったのと思っているでしょうか。
何も知らない桃花は「私の誕生日も来週の月曜なの!」「いっしょに誕プレ買いに行こうよ」と言ってきます。
こうなることはわかっていたはずなのに……
いたたまれなくなった美雨は「いいの、いいの! もう過ぎちゃったし、気にしないで。ほんとに、大丈夫だから」と、しどろもどろになりながらなんとかその場を取り繕いました。
美雨は言ったことを後悔しました。

重たい気持ちを引きずりながら家に帰ると、お父さんの姿はありませんでした。
今日は朝早くに家を出たから、もう帰ってきてると思ったのに。
でも、ケンカしたままなので、少しほっとしました。
素直に「おいしかったよ」と言えたらいいのに……。
美雨は置き手紙に気づきました。『冷蔵庫にいれてあるから、おやつに食べなさい』と書かれてあったので冷蔵庫の中を見てみると、そこには大きなどら焼きがありました。
ラップを外すと、いい香りがします。まさか、手作り?
ホイップクリームが添えられていて、まるでパンケーキのようでした。
それに、なんだか、こんもりしていて重たい。
ひとくち食べてみると、それはそれは美味しくて、口の中で果物のみずみずしさが弾けました。
ちょっとめくってみると、あんこを薄く塗った土台に、大きく切った果物が敷き詰められています。宝石のようにキラキラして見えるのは、つやつやゼリーでかためて固定してあるから。
これは、お父さんなりの誕生日ケーキだったのかもしれません。
昨日、会社から早く帰ってきてオムライスやどら焼きを作って、美雨が喜ぶ顔を想像していたのでしょう。
そう思うと、美雨は申し訳ない気持ちになりました。
「おいしかったよ、お父さん。ありがとう」
誰もいない台所でつぶやきます。
このままではだめだ、と美雨は思いました。
たった三人の家族なのに、どうしてこうも思いが伝わらないのだろうと思いました。
ひとりで食べるには大きすぎるどら焼きは、きっとお父さんとふたりで半分こして食べる予定だったのでしょう。きっと楽しみにしていたはずです。
それを、私は……
相手を思いやってあげられるだけの想像力と、思いを口に出して伝えるための勇気が足りない。

すると、家の電話が鳴りました。
出てみると、相手は無言です。
そのとき、電撃が走りました。もしかして、お母さん?
「お母さん! お母さんだよね? 返事してよ、お母さん」
「………」
「返事して」
「美雨ちゃん……」
とたんに身体中が熱くなります。
「お母さん! どうしていなくなっちゃったの? なんかあったの? お父さんとケンカでもしたの?」
「ごめんね、美雨ちゃん。あなたにまでいやな思いをさせて」
「なんでわたしを置いていくの、ひどいよ。わたしがキライなの?」
「あなたのことを考えない日はないわ。美雨ちゃんはお母さんの宝物だから。とっても大切に思ってるのは、なにも変わらないの。大好きよ。それだけはちゃんと言わないといけないと思って」
「どうして……」
「おくれてごめんなさい。お誕生日、おめでとう。プレゼント、なにもなくてごめんね」
「いい、プレゼントなんていらない。お母さんがいてくれれば、それでよかったのに。どうして、でていっちゃったの? もどってくるよね? ね? いつ?」
「それは……わからない」
切られると思った美雨は、矢継ぎ早に聞きます。
「ま、まって。お父さんのことが原因なの?」
「お父さん……そうね。ううん。そうじゃないわ。やっぱりお母さんがわるいの」
「それって、どういうこと?」
「………」
「お母さん、帰ってきてくれるよね。帰ってきて」
「いまはまだ、無理だわ」
「いまは? じゃあ、いつまでまってればいいの?」
「美雨ちゃん、今度会いましょう」
「なにそれ、ずるいよ。今度っていつ?」
「ごめんね。また連絡するわ」
美雨は電話が切れた後も、ずっと座り込んでいました。
いつしか、お父さんが帰ってきて、牛丼のテイクアウトを片手に心配そうに美雨を見ています。
美雨は、お母さんの返事に、すぐ帰ると言ってくれないことに、ショックを受けていました。

美雨は夜ごはんを食べられませんでした。
それほど、お母さんからの電話が衝撃的でした。
お父さんはそんな美雨を見て、自分が電話に出ればよかったなと言いましたが、美雨はそれではきっとすぐに切られてしまうだろうと思いました。
美雨はその晩、初めてお父さんと面と向かって話をしました。
今のお父さんの仕事のこと、なぜ就職して今の仕事をするようになったのか、料理人のときはどんなだったのか、お母さんとの馴れ初め、晴れて夫婦になってお店を持ったこと、それを潰してしまったこと。この家を買ったこと。美雨が生まれてからのこと。
今はお母さんも音楽の仕事をしていないし、お父さんも料理の仕事をしていません。ふたりとも、生活のために夢を諦めたのです。
美雨は、お母さんから聞いていたお父さんの像と本物のお父さんとでは、かなり印象が違うこともわかりました。思っていることも、どうしてそういう行動を起こしたのかも、お母さんが思っていたのとは違っていました。
お父さんは、お母さんが出て行った理由は、お母さんとすれ違いがあってピアノ教室をやめてしまったときのことを今でも引きずっていて、それと無関係ではない気がすると言いました。そして、自分が変わらなければお母さんは帰ってきてくれない、と。
美雨は思います。確かに変わらなければお母さんは帰ってこないかもしれない。でも、変わるってものすごく大変なことだし、そんなに簡単にできるとは思えない。
それでも、お父さんは前に進もうと言います。
お母さんが出て行った本当の理由は今はわからない、けれど今の自分を変えることでしか前には進めない気がするから。
美雨は、お父さんと約束をしました。
もう、お母さんがなぜ出て行ったのかを考えないこと。
お父さんは強がっているように見えましたが、それでもいいと思いました。今はふたりで強がって、そしてそれがいつか本当になっていけばいいと。
美雨も、自分を強くしなければいけないと思いました。

それからというもの、お父さんは会話するときに壁を作らなくなりました。
美雨とお父さんは、お母さんを取り戻すためにあれこれ奮闘します。
お父さんには、ある考えがあったので、たまに美雨を巻き込みながら自分改革に努め、美雨は美雨で学校での出来事に頭を悩ませながらも、お父さんの自己変革に感化されてだんだんと思ったことを口にするようになりました。

お母さんともお茶をしました。
お父さんは、お母さんが思っているような人ではないこと、頑張っていることを伝えました。
離婚届をお父さんに送ったことも知っていたので、美雨は自分が出来る限りのことをしました。そして、あとは、お父さんとお母さん次第だと。

夏休み直前の日曜日、1日だけお試しにと、お母さんが帰ってきた日もありました。
そのときにお母さんが弾いた『雨だれ』が以前とは変わっていたこと、お父さんが料理でもてなしてお母さんの心を射止めたことは、美雨にとってとてもいいことでした。

さて、お母さんは無事に帰ってきてくれるのでしょうか?
美雨は学校で友達ができるのでしょうか?
とても心温まる物語が待っています。
ぜひ、自分の目で確かめてみてください。

長くなってしまいました。
この物語は梅雨の時期に起きた短いお話ですが、たくさんの出来事が主人公を成長させてくれます。
時には親だって変わらなければいけないときがあって、その背中を見て子供も変わっていける、勇気を持てるというのはいいことだなと思いました。
そして、続けられる夢があるならそれはやめなくてもいいということも同時に教えられたような気がします。
みんなでハッピーになっていく。それが大事。
本書が作者にとって児童文学としてのデビュー作だったようですが、とてもよい物語だったなと思います。

それでは、また
次の本でお会いしましょう〜!



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