渡されたバトン。そしてそのバトンはまた次へと受け継がれていく。
瀬尾まいこ氏が書いた「そして、バトンを渡された」
2019年の本屋大賞を受賞した一冊だ
私には五人の父と母がいる。その全員を大好きだ。
インパクトのある文章。この一文だけでもつい手に取りたくなる。そう感じた人もいたかもしれない
私の中の狭い常識では小さい頃、父親と母親は1人ずつというのが当たり前の常識だった
昨今、離婚や死別の社会的状況を理解し、母親や父親が複数存在することも、どちらか一方やその両方が存在しないという事も頭の中では理解している
私自身も生まれる2カ月前に父と死別した
父が亡くなったのは33歳と3か月と10日
私はありがたい事に父と似たような疾患を患いながらも父がこの世で生きた時間よりも長く人生を送ることができている
大人びている優子。親子の距離感とは?
幼い頃に母親を亡くした優子
父親は再婚し、新たな”お母さん(継母)”梨花さんと一緒に暮らし始める
父親が海外赴任を機に、離婚を選択した梨花さんと2人暮らしが始まる
その後、梨花さんは泉ヶ原さん、そして森宮さんと再婚を行い、優子は高校生に至るまでに5人と父と母と暮らす事になる
物語は主に前半が梨花さんとの暮らし
後半は、高校生の優子と20歳ほどしか年齢が離れていない森宮さんとの2人暮らしの様子が描かれている
国勢調査による世帯数のデータによると、ひとり親世帯は約83万世帯(母子家庭:75万世帯、父子家庭が8.4万世帯)と一般世帯との割合で算出すると1.5%程だ(平成27年国勢調査より参照)
自分の意見を主張する。選択をしていく。主人公の優子は早い段階から、大きな決断や選択をしなければいけない場面に迫られる
関わる大人の意図もある。親として責任と同時に、「自分」の気持ちを優先する自我を強く感じる場面もあった
そうした大人の事情にある意味振り回されながらも、自分の言葉で「判断」をしなければいけない。その理由が振り返れば純粋な気持ちがゆえにだったとしても
その時はその判断が自分にとっては「正解」だと思って行動をするしかない
本編の中で親子としての関係性が描かれているのは「梨花さんと優子」そして「森宮さんと優子」この2人との描写多い
父と母と子という場面ではなく、「母と子」もしくは「父と子」そのどちらかが描かれている
ある意味他人行儀的なコミュニケーションや関係性が描かれている、親子という距離感ではないのかもしれない
それでもその関係性には親子以上の愛情や結びつきを感じた
ほどよい距離だからこそ、冷静に親としての自分を、娘としての優子を俯瞰して捉える事ができたのかもしれない
他の読者はどう捉えるだろうか?
印象的な場面、描写が個人的には3つある
1つ目、随所に出てくる「食事」の場面
2つ目、高校の合唱コンクールでの森宮さんと優子の場面
3つ目、結婚に向けて承諾をもらいに行く場面
もちろん他にも心打つ場面や描写多くあると思う。読者の感想をはそれぞれだと思うし、私はこの作品を読んで欲しいので詳細には触れるつもりはあまりない。ただ、個人的に心が温まった3つの場面や描写を読んだ皆さんがどのように感じたのかは興味がある
是非手に取って読む機会があれば教えて欲しいなとも思っています
1つ目の料理の場面は様々なところで表現されている。その多くは森宮さんとの同居の中で食事をする場面だ
物語の冒頭も、学校でいざこざがあった時も、受験勉強の時も、その場面の一つの演出のように「食事」が物語に彩りをつけている
傍から見ると一風変わった人に思える森宮さんが優子に振る舞う料理も、その意味や料理の内容を見ると不思議と温かい気持ちになった
”食べること”の大切さや家族で食事をすることの意義を物語の随所で感じさせてくれた(個人的には森宮さんが優子に餃子をつくる描写や、夜食を出す場面が好きです)
2つ目の合唱コンクールの場面。中学の3年間、本格的なピアノを弾いていた優子は高校での合唱コンクールで伴奏者を務める
しかしながら高校時代共に暮らす森宮さんとの自宅には防音部屋もピアノもない。あるのは電子ピアノ。その電子ピアノにヘッドホンを付けて練習に励む。その姿を見た森宮さんの父親としての接し方
子育てに正解や不正解があるのかは正直分からない
ただ、この合唱コンクールでの親子の場面は血のつながりのない親子の絆をより強くしたように私は受け取った
色んな葛藤や、難しさがある中で純粋に感じた森宮さんの父親としての覚悟や想い、そして優しさを垣間見ることができた
同時にその気持ちに応えるように、音を奏でた優子もまた素敵だなと思った
3つ目の結婚の承諾を優子が求めていく場面。大学を卒業し、働くようになった優子はひょんなことから再会を果たし結婚を決める
そして、その結婚の承諾を求めるが、思いのほか上手く進まない。「父親とはそういうものなのだろうか?」という一般的な像ではない、様々な関わる人物の心境の変化や、優子に向けられた本当の気持ちがクライマックスに向けて明らかになっていく
読んでいて清々しさを覚えた終盤は、5人の父と母に愛情を受けて育ててもらった優子が、これまでの「過去」を受け入れ、「現在」の喜びを噛みしめ、そして「未来」へと歩んでいく
タイトルの一部でもある「バトン」が受け継がれていくような、そんな気持ちの受け渡しが見えた終盤を終えて、読み終わった瞬間にじんわりと心が温まった
もちろん読後の感想は人それぞれだと思う。そして、物語は完結を迎えても、優子はここから新たな人生を歩んでいく。ただ、その未来には愛情というバトンが新たに受け継がれていくことが確信できるくらいの爽快さを感じることができた
私が気になったのは3つの場面。皆さんはどうだろうか?是非読んで感想をまたシェアしてみてください
あとがき。個人的な感情を乗せて
冒頭にも述べた通り私には父親がいない
母が私を含めて兄と姉の3人を育ててくれた
私にとって自分の家は4人家族で、過不足なく、幸せだった
少し妄想してみる
もし、自分に父親がいたら
もし、母が再婚して新しい父親を迎え入れていたら
子供ながらどんな感情を抱き、どんな行動を取ったのだろうかと
きっと、今の自分とは全く違う自分になっていたのだろうなと思う
それくらい、家族というコミュニティは、関係は強大で大きな影響を与える
幼いころから周囲の感情に敏感で、周りに合わせて、バランスを取りながら生きてきた癖は、今でも大きく変わることはない
その時は多分必死だった
母親に負担をかけたくない、誰かに迷惑をかけたくない、自分が引き受ければすべて解決する
そうして知らず知らずのうちに、大きな荷物を背負ったまま、今もまだ降ろすことができない部分もある
それでも、胸を張って言えることは、私は運がいいということ
優しい家族に囲まれて育ち、刺激をもらえる仲間たちがいて、自分に持っていないものをたくさんもっている魅力的な妻がいる
自分がこれまで巡ってきた人生は、良いことばかりではもちろんないけれど、それを上回る幸せな出会いや出来事があった
この先の事を考えると、希望も不安も正直ある
だけど、この物語の主人公でもある優子が、バトンを受け取り、次に託すように
私もまだどこにいるか分からない誰かに、もちろん身近な大切な人に対しても
自分が伝えることができるバトンを、未来へと託していきたい
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