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ショートショート 「哀悼せよ」

火星出身のラッパーMCま~しゃんが、ドレミー音楽祭で新人賞を受賞した。
流暢な地球語で歌った「地球で稼いで火星でHU $TLIN’」が空前の大ヒットを記録したのだ。
地球外生命体が地球の音楽賞を獲るのはこれが初めてのことだった。
授賞式は全宇宙に向けてライブ配信された。
地球のテレビ局アースTVのインタビュアーがMCま~しゃんにマイクを向ける。

「受賞おめでとうございます」
「ちっす」
「いまのご気分は?」
「フツー」
「…この喜びをどなたと分かち合いたいですか?」
「は…?」
「この喜びをどなたと分かち合いたいですか?」
「今晩寝るオンナ」

インタビュアーは「あは、あはは….」と笑って場を取り繕った。

「ところで、先日音楽家のアッラ・マルチャさんがお亡くなりになりましたね?」
「あー。らしいね」
「ま~しゃんさんは彼女が遺した音楽について…」
「嫌い」
「え…」
「彼女も、彼女の音楽も、好きじゃない」
「…」
「俺、ああいう女、嫌いなんだ。中途半端じゃね? 小難しいことがやりてぇんなら現代音楽の世界でストイックにゲージュツを追求すりゃ良かったんだよ、貧乏すんの覚悟でさ。なのにあの女と来たら銭ゲバなもんだから、無節操にテレビドラマのBGM仕事なんかやっちゃってよ、それでいて後から『あれはただのバイトだったの。ドラマの内容についてはコメントを控えるわ。私テレビ見ないから』なんて言うんだもんなー。関係者に失礼だろ。みんな必死に自分の仕事やってんだぜ。もちろん他人の仕事をどう評価するかはあいつの勝手だ。しかし金を貰って仕事をしておいて、その上で貶めるようなことを言うもんじゃない。いい加減な気持ちで仕事をしたのなら受け取ったカネを返してやれってんだよ。まったく人間性を疑うね。火星人の俺が言うのもなんだけどさ。あはは…」
「あの…」
「なに?」
「…アッラ・マルチャさんはお亡くなりになったんですよ?」
「知ってるよ。それがどーかした?」
「火星では死者を畏れ敬ったりしないんですか?」
「オソレ…ウヤマウ? なんだそれ? よく分かんねーけど、生きていようが死んじまおうが、好きな奴は好きだし嫌いな奴は嫌い、それだけのことだよ。あんた、嫌いな奴が死んだら、途端にそいつのこと好きになんの?」
「そ、そもそも私は誰かをとことん嫌い抜くといったようなことはしません。どんな生物にも必ず美点があって…」
「ふーん。じゃあ、先月死刑になったあいつのことも好きなの?」
「あいつ…と言いますと?」
「木星から地球に密航して来た、あの連続強姦魔のことだよ」
「そ、それは…」
「美点を見出してやんなよ」
「…」
「それともなにか、木星人は例外なのか? 差別するのか?」
「違います!」
「じゃあ好きなんだな? 俺は大嫌いだ。あいつはサイテーだと思うよ。ゴミ以下だ。以上」

スイッチャーを担当するスタッフは、やり取りの途中で機転を利かせて機器を操作し、オンエアカメラを会場の外を映すものに切り替えた。
MCま~しゃんは、いつの間にか出来た人だかりを気にする様子もなく、同じ調子で喋り続ける。

「とにかくあのアッラ・マルチャって女は気に入らねえ。所謂『バイト』で懐が潤うや否や『これがホントの私なんですのよ、オホホ…』とでも言いたげに、澄ましたツラしてゼンエーっぽいことやるだろ? これがまたつまんねーんだ。ただあれこれ折衷してるだけでさ。意識がコロニアルなんだよな。だからあんな風にあちこちの惑星から音楽家を呼び寄せては金を握らせてアイデアをパクるようなマネが出来るんだ。あんなのはセッションじゃない。窃盗だ。で、また金が欲しくなったらイージー・リスニングが腐ったようなCM曲を書いて抜かりなく稼ぐだろ? ちゃっかりしてんだって。カメラの前じゃいつも深刻ぶったツラしてやがったけど、ほんとのところはただの商売上手なヤリ手なんだよ。貧乏が怖くて仕方がねえ拝金主義者なんだ。なんだかなぁ…って感じしない?」

翌日、地球のマスコミ各社はMCま~しゃんを厳しく断罪した。
これを受けて、彼はすぐさまSNSで謝罪した。

MCま~しゃん @mcmartian・1時間前
俺、地球のしきたりとかについてなんも知らんかったんよ。
だから、誰か知んないけど、ヤな思いさせてゴメン。
ヨロピコ。
💬 159 🔁 1,609 ❤️ 521 📊 23.9万

数週間後、地球でアオデミー映画祭が開催された。
MCま~しゃんは、騒動が収まり切らぬなか、ここにも姿を現した。
地球で製作された娯楽映画「ゴジラ対メカゴジラ対若頭」の主題歌に「地球で稼いで火星でHU $TLIN’」が使用されていたのだ。
この映画は様々な言語に吹き替えられて20以上の惑星で公開されたこともあり、宇宙規模での大ヒットを記録した。
結果、MCま~しゃんはアオデミー映画祭最優秀主題歌賞を受賞した。
この受賞もまた地球外生命体として初めての快挙であった。
授賞式は全宇宙に向けてライブ配信された。
地球のテレビ局グローブTVのインタビュアーがMCま~しゃんにマイクを向ける。

「受賞おめでとうございます」
「ども」
「いまのご気分は?」
「フツー…よりいい感じっす」
「はは。この喜びをどなたと分かち合いたいですか?」
「ん…?」
「この喜びをどなたと分かち合いたいですか?」
「えー、えー…みんな。虫とかも含めて」

インタビュアーは「あはは….」と笑った。

「ところで、きのう映画監督のエコンテ・アングルさんが逝去なさいましたね?」
「あ…そうなの?」
「はい。アングルさんの作品はお好きですか?」
「いや、その…悪いんだけど、好きとか嫌いとか以前に…」
「ご存知ない?」
「ごめんよ。…その人死んじゃったの?」
「ええ」
「じゃあ好き」

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