キャノンボール1/2
正月連休前の最後の出勤日
僕は一か八かの勝負に出ることにした。
親元を離れ一年半が経ち、僕は東京郊外で自動車の開発エンジニアとして働いていた。
僕の会社では長期連休が年に三回あり、その度に帰省していた。
実家の犬に会うために。
年度末になると年間の会社カレンダーが配られ、それを見るや否や福岡行きの航空券を
手配するようにしていた。
少しでも遅れると、安いチケットは早々に売り切れてしまうからだ。
僕らの業界は祝日が休みにならない代わりに連休が長い。
10連休くらいある。
そのおかげで、帰省ラッシュ・Uターンラッシュを避けられ、比較的低価格で帰省することが
実現できた。
しかし、今回の連休は違う。
連休初日が完全に世間の帰省ラッシュのピーク日と被っていたのだ。
マジか~~
愕然としながらもあらゆる帰省手段を模索した。
新幹線も飛行機同様高額で、
夜行バスは安いが時間が掛かりすぎる。
安さを取るなら夜行バスかなぁー
快適ではないのは容易に想像できたが
夜行バスだと連休前最後の出勤日の22時頃に出発する為、連休初日の昼前には
福岡に着くことができる。
連休を無駄にしたくなっかた僕はとにかく早く着くことを望んでいた。
その時、一つの考えがひらめいた。
最後の出勤日に飛行機で帰れないかと。
調べると、福岡行きの最終便は20時発。
しかし、最終便から3本前まで満席であった。
僕はとりあえず、19時45分発の航空券を予約した。
予約してから支払期限まで2日ある。
それまでに決断しなければならない。
乗り換えアプリで調べると、最速で19時15分にターミナル駅に着くようになっていた。
ギリギリだ…
保安検査場は出発時刻の20分前までに通過しなくてはならない。
ターミナル駅から保安検査場までは急いでも5分はかかるだろう。
そうなれば最速で25分前に保安検査場に着くことになる。
僕に与えられた最高の帰省プランは非常にタイトだ。
電車が少しでも遅れ、乗り過ごしがあったら最悪、帰る手段を失ってしまうほどのリスクを伴う。
僕は迷った。
どうしようか悩んでいた時の朝、同僚のひとりが朝礼で驚くべき発言をする。
「連休前の最終日に飲み会を開きまーす。
参加される方は会費のほうが5000円となっていますので準備のほうをよろしくおねがいしまーす。」
これを聞いて、覚悟を決めた。
最終日、絶対に飛行機で帰ってやると!
基本的に若者は飲み会に強制参加だが、僕はタブーを犯しても行きたくなかった。
第一、僕はお酒が飲めないうえ、上司や先輩のお酒を注文したり、料理を取り分けなければならず、5000円払ってご奉仕しなければならなかった。
それなら樋口一葉いちまいくらいドブ川に捨てた方がましだ。
飲み会に参加しなくていいと思うと簡単に決断できた。
僕は飲み会の出欠票が回ってくると、自分の名前の横に大きく✖をつけた。
「なんで来ないのー?」
近くで見ていた酒飲みの先輩が聞いてきた。
「いやー実はすでに飛行機のチケットを取っていまして…」
そう答えると、納得いかない顔を浮かべながら先輩はその場を後にした。
本当に嫌なことなら僕は多少の嘘はつく。
僕はそういう人間だ。
続く
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