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小説

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小説 その雨を越えるには

小説 その雨を越えるには

荷物も服装もそのままで、帰ってきてすぐにソファーに倒れこんだ。
疲労は限界まで溜まっていて、体は鉛のように重い。

(駄目だ、一回寝ころんだら絶対に起きれなくなる)

そう予想していた通りに、一度重力に身を預けてしまうと、簡単には起き上がれそうになかった。髪型やシャツのシワを気にする余裕、そんなものなんて無い。

ザーーザーーー
ポツ……ポツ、ポツ

雨がアスファルトに打ち付けられる音と、雨粒が時

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小説 「あ、今年初の蝉の声」

小説 「あ、今年初の蝉の声」

今年もまた蝉が鳴きはじめた。空は青く、水たまりに反射した日差しが眩しい。それらを背景にして、夏を告げる蝉の声だ。



昔、蝉の鳴き声を聞いて泣いたことがある。
大好きだった先輩が部活を引退した春。それを通り過ぎてやってきた夏のことだった。

先輩がいない初めての夏の部活。そこで、その夏初めての蝉の声を聞いた。その瞬間に、去年の夏のことが一気に思い出されたのだ。

耐えきれないくらいの暑さの中で

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小説 染みついた夜の話

 「染みついた夜はね、なかなか落ちないんだよ」彼女は唐突にそう言った。横になって天井を見つめたまま。こちらを見ないで。
「えっ……?」
僕はとっさに反応ができなかった。こうやって彼女が不思議な話をしだすのはいつものことだった。
「夜は染みついちゃうものなの?」
「そう」
それだけ言って彼女は黙ってしまった。藍色に沈んだ僕らの部屋は静かだ。滑りこんだ夜風がカーテンを微かに鳴らす。夜が部屋まで入ってき

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私と彼女の夜物語

私と彼女の夜物語

「アイス」

 夜。行き交う人と車で騒がしい街を抜けて、ひっそりと静まり返る住宅街へ。重い足を引きずりながら歩いて、小さなアパートまでたどり着くとゆっくりとドアを開けた。
 「ただいま……」
 ぼそぼそと小さな声で言う。どうせ誰も聞いていない。小さい頃からの習慣でつい言ってしまう言葉だ。それでもその言葉が独り言になることはなかった。
 「おかえりなさいー」
驚いて顔をあげるとそこにはにこりと笑う彼

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雨と未分類の感情とクリスマス

雨と未分類の感情とクリスマス

 もうすぐサンタさんが来てしまう。だから早く寝なきゃいけないのに。あのトナカイが滑る空よりも高く浮かんだ感情は、いつまでも私の中でふわふわと落ち着かないままだった。



 くじを引いてそこに書かれた人にプレゼントを買って渡すというプレゼント交換会で、私は見事に君を引き当てた。こればかりは運が良かったとしか言いようがない。名前を見たときはとても驚いたし、何を買えばいいのか何日も悩んだ。それでもプ

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