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夏の空はどこまでも高くて Vol.5

ナミさんの店は中央に各辺の長いコの字型のカウンターがあって、両脇、店の隅にそれぞれ二名席と四名席のテーブルがあった。

オレたちは四名席のテーブルに通された。

おしぼりを受け取り、ナミさんに明るい声で「なににするー?」と問われた。

「えっと、日本酒、ガツッとしたやつ」

「私赤ワイン、ガツッとしたやつ」

オレたちの注文にナミさんがケラケラ笑う。

「そうだ、二人関西人じゃん。しかも好み合うね。了解です」

言いたいことを言い終えたのか、ナミさんはカウンターの奥のキッチンへと姿を消した。

正面に来たミホを見据える。本当のことなのだろうか、あれだけ心から思ったミホがまた目の前にいる。このチャンスをふいにしていいわけがない。

仕事を理由にミホから逃げたのが十年前。

オレは小さなウェブデザイン事務所に、ミホは大手の商社に勤めた。

学生時代、ウェブデザインは独学でやっていた。自信もあったし、多分、嘗めていた。だから入社後、毎日が大変だった。

だが、ミホは社内でも社外でも大切に扱われているのが分かった。暗にそれはミホ自身の実力なんかじゃなく、会社の看板が起因していると言ってしまったこともあった。

徐々に溝が深まっていく中で、ミホに放られた一言が決定的だった。

「リョウジはさ、考えすぎなんよ。いいところいっぱいあるんやから、もっと気楽にやりよ」

“いいところがいっぱいある”、この言葉が昔から嫌いだった。オレは、いいところがいっぱいあるのに評価されないのか? あるのならなぜ評価されない? オレはいいところなんてないから評価されないんじゃないのか。

卑屈になっていた。ミホの励ましの言葉さえツラくなり、距離をとった。

そのことをずっと後悔していた。

「ミホ」

オレはテーブルの向かいでワインを飲むミホを呼んだ。

「ん? どしたん?」

小首をかしげる仕草はあの頃と変わっていない。

「なんで今日オレのこと呼んだん?」

ストレートな質問にミホがたじろぐ。慌てて言葉を足す。

「いや、ミホはオレのこと忘れてると思ってたから。お互い別れてから誕生日おめでとうの連絡すらせんかったやん。正直、別れてもまだいい友達でいるカップルとかうらやましいなって思ったりしてた。あの頃、自分の半身みたいやったミホを失ったことが、ツラかった」

ミホはひとつ頷く。

「そうなんや。私は、ハッキリ言ってリョウジのこと忘れてた。仕事に没頭しとって、気付いたら隣に誰もおらんかった。そこにカナタから連絡があって。なんか魔が差したんかも」

たまらずに喉の奥で笑った。

「お前、ふざけんなよ」

ミホの頭をひとつ小突いた。

「痛っ、なにすんのよ」

「10年経とうが、ミホはミホやな。やっぱ可愛いわ」

はにかんでそう言うと、ミホの元から赤い頬がさらに赤く染まった。

「そんなん、もう誰も言うてくれへん。リョウジと別れたころは言われ慣れてたけど」

「慣れるな、そんなもん。阿呆」

ミホの頭を乱暴に撫でた。

「なあ、リョウジ」

「ん? どした?」

「あの川原でビール、飲まへん?」

あの夏の日のビールの再現、それの意味するところは。なんなのだろう。

確かめてみたい、そう思った。

「おん、ええよ。飲み行こか」

店を出ると自然と手をつないでいた。まだ空いているスーパーで500ml缶を一本ずつ調達してあの頃二人で過ごしたアパートの裏手まで歩いた。

「なあ、リョウジ。運命って信じる?」

ミホの口からミホらしからぬ言葉が出たことに驚いて、まあそんなことどうでもいいかと思った。オレの胸の辺りにある、ミホの頭を抱き寄せた。

続く

おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)