逢坂 志紀

坂の途中で出逢い、共に志を紀す。あなたともそんなふうに。幸福請負人。モットーは助平。

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あなたがくれたチュッパチャップス

  半年ぶりに、実家に帰って来た。  新しい彼氏が出来て、ケンカをしながらもそれなりに順調で、年齢的にも結婚の話が出てきたりなんかもして。  そんなことがある度に、わたしはあなたを思い出す。  小学生の頃からずっとわたしの部屋に鎮座する勉強机のひきだしを開ける。  そこには、あなたがくれたチュッパチャップス。  あんなに劇的で、だけれど間抜けた告白を受けたのは、最初で最後だった。  もしあなたが、あの頃、小学五年生の春先に転校をしなければ、わたしたちはお付き合

    • 生きていることに価値はあるのか? そして自分は生きている価値はあるのか? 問題に終止符を打つ。

      薬が減った。だいぶ減った。 一番変わったのは眠前に飲む薬がなくなったこと。ここ数ヶ月なしで眠っているが普通に寝ているし、なんなら体は軽井沢。 いいとこの坊ちゃんよろしくハーフパンツにロングの靴下を履いてファーッと叫べそうなくらいである。 今日、クリニックに行った。主治医と色々話をしたのだが、将来の展望について聞かれた。ちょっと逢坂氏、どうなん? と。 将来の展望は伏せておくことにして、そのあとの話をどうしても文章にしたくなった。 「バイタリティとか、そういうもの。そ

      • よっ!大統領!

        部屋がキレイだ。何度も何度も片づけを試みて、また散らかしてを繰り返してついにここまでたどり着いたかと自分でも軽く感動を覚えるくらいキレイになった。 僕の部屋と言うと、思春期には使わない教科書たちが床に散乱していたくらいで布団をたたむことも洋服をたたむことも知らなかった。 それは二十歳をすぎた頃も変わらず、まあこのまま汚い部屋を汚いとも思わず過ごしていくのかなとかなんとかかんとか思っていた。 しかし、ここ数年だろうか。やはり汚い部屋が嫌になり少しずつ少しずつ部屋を片付けて

        • これまでどう生きて来たかより、これからどう生きて行くか。

          メジャーリーグベースボールやプロ野球が開幕してひと月ほど。 球春がやってきて、それぞれのチーム、選手の活躍がニュースとして報道されている。 ひと月も経てばある程度の数字が残って、成績も出て来るわけだが……仮定の話をしたい。例にとるのは今一番有名な日本人の野球選手の大谷翔平選手にしようと思う。 押しも押されぬ素晴らしい成績を残して、所属チームのロサンゼルスドジャースの躍進に貢献している。しかし、唯一得点圏打率という点においてあまりいい数字が残っていないことはご存じだろうか

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        • 好きなnoteたち
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        • 渚のために
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        • オレは女が嫌いだが
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          体至上主義社会

          現代は言わずと知れた資本主義社会である。 資本主義社会とはお金、つまりmoneyが一番という世の中のことである。 しかし日本語にはこんな言葉がある。体が資本。 資本主義社会という言葉にこの体が資本を当てはめるとこういうことになる。“体主義社会”。 しかしどうだろう? 今の世の中もてはやされているのは脳科学や精神論である。ちょっと待てみんな、おかしいだろう。体が資本で、今は資本主義社会なのだから体主義社会なのではないか? などと言おうものなら「何コイツ、めっちゃめんどく

          体至上主義社会

          逢坂危機一髪「なんで雨降るの?」

          よく行く喫茶店でのお話し。 週に一度、よく行く喫茶店にオーナーさんが以前にしていたお店のスタッフさんがお子さんを連れて現れる。昨日がその日だった。 お子さんの名前はあっくんとしておこう。間もなく三歳を迎えるぷくぷくほっぺのかわいい天使だ。 あっくんとはもう一年半くらい顔を合わせ続けて、あっくんは僕のことをしっかりと認識してオーナーさんが「ヒゲ」と言うと僕の顔を見る。数か月前までは抱っこもさせてくれたが、強烈な自我の発達によって最近では「いや~!」と拒否される感じになって

          逢坂危機一髪「なんで雨降るの?」

          いと清々し

          先週の木曜日の夜だろうか、なんだか目が腫れてきそうだなというぼやっとした予感を持って眠った。 翌日の夕方、鏡を見る機会があって目元を見るとうっすら赤くなっていた。週末に突入してしまうと受診出来なくなるかも、それはいかんと思って時間を作ってピューッと眼科に行った。目薬を数種類処方されてことなきを得たのである。 その数日後、今度は風邪を引いた。葛根湯を飲んだりなんやしたり、早めのパブロンはしなかったが早めの対応でほぼ一日で回復に成功した。翌日にはシャキーンとはしなかった。体も

          いと清々し

          ちょうちょの話

          今日はちょうちょの話をしようと思う。 半年ほど前のこと。道路、アスファルトの上でひなたぼっこをするちょうちょを見つけた。 ふわふわと羽をゆらめかせ、それはそれは気持ちよさそうだった。 しかし、ちょうちょがひなたぼっこしているそこは車も通れば人も通る場所で僕はひどく心配になった。こんなに気持ちよさそうにしているのに、気が付かずに天に召されるのはかわいそうだと。 よってダメ元でそのちょうちょにひょいと手を差し伸べてみた。人差し指だけを伸ばしたETポーズでちょうちょと交流を

          ちょうちょの話

          かっちょいい!

          大泉洋のエッセイを買ったのは今年の一月の終わりだった、らしい。 らしい、と言うのも大泉洋のエッセイを買ったはいいものの長らく開くことをせずに本棚にゴーンヌッ! していた。そのゴーンヌッ! していた大泉エッセイに挟まっていたレシートを見ると一月三十一日の日付。つまりそのエッセイ本を寝かせるおむつムーニーマンしていたわけである。 いやにゴーンヌッ! とかムーニーマンとかふざけた調子で書いているのは明らかに大泉洋の影響を受けてのことである。大泉洋はさすがにムーニーマンなどとは書

          かっちょいい!

          しょうもないことを言える時、書ける時は精神衛生いい感じ説

          今朝、玄関のチャイムが鳴った。アマゾンから荷物が届くことになっていたので、十中八九そうだろうと思って玄関まで行った。 直前になんとはなしにいつでも外に出られる格好に着替えていたので慌てることもなく玄関のドアを開けた。 アマゾンの配達のいかつめの兄ちゃん(親しみを込めて)がメチャクチャいい笑顔で「お宛名間違いないですか?」と確認をして荷物を渡してくれた。すごく清々しい兄ちゃんで、荷物と一緒に何かこう吹き抜ける風のようなものを受け取った気がした。 気持ちのいい人間でありたい

          しょうもないことを言える時、書ける時は精神衛生いい感じ説

          春になるとそわそわイライラガタガタ

          春というやつがあまり好きでなくなった、というか嫌いになったのは九年前。それ以来、春になるとそわそわイライラガタガタする。 新学年のクラス替えにドキドキワクワクするようなことはとっくのとうになくなってしまった。 思えばこの春を嫌いになった頃からとんとツキがなくなった。何をしてもどうやっても上手く行かなくなった。 まるでアリジゴクにはまってしまったように抜け出せずにもがき、あがく日々だ。 俗に言うスランプというのか、それにしては長すぎて少しくたびれてしまった。 九年前の

          春になるとそわそわイライラガタガタ

          海のものとも山のものとも

          少し春めいたと思ったら気温はそこそこあるはずなのに妙に寒くて、真冬に逆戻りしたかのような数日間を過ごしている。 この時期になると寒暖差や花粉、様々な理由で周囲の人たちが体調を崩す。 かく言う僕も春は得意ではない。なにせ自分が障害を発症した季節なのだから。 もう丸九年になる。その前からずっと苦しい生き方をしてきたので、人生の半分ほどはうつうつと暮らしていることになる。あまり自慢できることではない。 今でも嫌な出来事を思い出して追体験したり、その時の感情を思い出してモヤモ

          海のものとも山のものとも

          小さなことの積み重ねでしか物事は決して成らない

          珈琲を毎日淹れ始めて二年半経つ。上達したのかと問われれば、正直なところ自分では分からない。 微妙な変化、それもいい変化と悪い変化を重ねて重ねて二年半という時間が経った。 はじめた当初に根を詰め過ぎたことを理由に一日休んだ以外は本当に最低一日一回は淹れている。根気強く向き合っていると言っていいかと思う。 だが正直なところ自分の現在地が分からない。どれだけ成長したのかが分からない。全く進んでいないようにも思うし、とんでもなく進んだようにも思える。だから時々ものすごく自信喪失

          小さなことの積み重ねでしか物事は決して成らない

          王者の風格

          昔々、このような文章を読んだことがある。 どこで読んだか忘れてしまったし、原文がこの通りであったかも定かでない。思い出しながら書こうと思う。 半分以上自分の創作になってしまった。原文ほぼそのままなのは、王者の~感化するのか、部分だけである。それ以外は思い出しながらそれらしいことを当てはめた。 人としての話になるが、結論から言うと引用部分の王者の~のような生き方を叶うならばしていたいということである。 出来るなら命令や圧力で人を動かすのではなく、僕自身の生き方に共感して

          王者の風格

          財布を替えた話をしますが耳の穴かっぽじって聞くほどのことじゃございません、どうか楽に聞いておくんなせえ。

          年始、財布を替えた。 足かけ十五年使ったわずか七千五百円で購入した二つ折りの財布に、引退の時が来た。 色艶、耐久性どれをとっても抜群なのだが以前からお札はどうしても折っていれたくはなく。いつかは長財布にしようと決めていたので、このタイミングになった。 この七千五百円の二つ折りの財布だが、実は正規品ではない。その昔まだ野球をやっていて丸坊主だった頃にお年玉を握りしめてある商業施設へ行った時のこと……。 革小物がずらりと並べられたその店舗で僕は立ち止まって、食い入るように

          財布を替えた話をしますが耳の穴かっぽじって聞くほどのことじゃございません、どうか楽に聞いておくんなせえ。

          欲望、人間は探しているものしか見つけない

          石田衣良という作家の娼年シリーズ三部作を改めて読破した。 娼年との出会いは今は昔、二十歳の頃。 当時アルバイト先からの帰り道にレンタルビデオ屋があって、そこに古本のコーナーがあった。 大学に入学したものの、入学して一番最初に仲良くなった友人がカンニングで入学していたり色々なことで周囲との温度差を感じていた。 自分が何をしたいのかも分からず、何になりたいかも分からず、何にも命を燃やせない日々だった。 そんな時に古本コーナーで目に入ったのが『娼年』。 文庫本のその本の

          欲望、人間は探しているものしか見つけない