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友達が言う『ごちそうさま』で、ちょっと幸せになった話。

(2分で読めます)
私の両親は二人とも離婚・再婚をしていて、私にはかなり歳の離れた弟がいる。
弟が2歳の頃、たまに父の家で夕飯を食べていた。
そのとき、父が弟に『ちゃんとごちそうさまを言いなさい!』と怒ったことがあった。
他のことにはわりと寛容だったが、「ごちそうさま」を言わないと、絶対に食卓から離れさせてくれない父だった。私もよく『もう食べられへんなら、ちゃんとご馳走様しろ!』と怒られた。

当時、弟は怒られ泣きながらも「ごちそうさま」と言うことができた。そうすると切り替えて、「よし、好きなことしてええぞ」となる。

すでに成人していた私は、自分も小さい頃に同じことで怒られて泣いたな、と懐かしくなった。
同じ父親から生まれて20年以上、その頃には「いただきます」「ごちそうさま」が習慣になっていた。

理由は聞いたことないが、父も母も「いただきます」と「ごちそうさま」を大事にする人だった。ついでにいうと「ありがとう」も大事にする家だった。

そんな人達から育ったからか、私にはちょっとした誇りがある。それは信頼してる友達とご飯に行くと、みんなお店の人に『ごちそうさま』をちゃんと言うところ。上京してしばらくしてから気づいた。

友達には派手な人も大人しい人も、かなりいろんなキャラの人がいる。知り合った先も学校、バイト先、東京の飲み屋などバラバラ。
だが私が好きな人たちは、誰とご飯に行っても、みんな例外なく「ごちそうさま」と伝えてからお店を出る。無意識に選んでいたのか、たまたまなのかは分からない。

それを聞くと、お店を出るときにちょっと「フフン、私の友達みんな、今どきちゃんとしてるいいやつやねん〜!私見る目あるやろ〜!」となる。勝手に自己肯定感が上がる。みんないつもありがとう(笑)。

たかが「挨拶」ひとつ、とはいえ人とのコミュニケーションにおいては重要なポイントだ。
挨拶ひとつで人の印象は変わるし、関わりを円滑にしてくれる。ちゃんと調べてみるとたくさんの論文がでていた。

トルコの大学の研究では、孤独感を減らし人生の幸福度を高めるには、見知らぬ人に挨拶するという瞬間的な交流でも十分な効果がある、なんていう話もあった。
挨拶するだけでちょっと幸せになれるなら、お得な話ではないだろうか。スタバのフラペチーノよりも手軽で、お酒や唐揚げよりも体に良い。

コンビニなどでも、挨拶をしていたら店員と顔見知りになった、なんてこともある。
デジタル化が進み、直接のコミュニケーションが少なくなった今だからこそ、意識して行うことが大切になってきている。

私もこんな記事を書いちゃった手前、今日はいつもより意識して挨拶してみよう、と思った。

#日々の大切な習慣


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