言葉が心を温めることを教えてくれた君へ
心から感謝していても、お礼を伝えられない相手がいる。
どうしようもなく照れ臭くて、面と向かって言えない思いがある。
その場で漫画みたいにドラマッチックに言葉を返せれば良いけど、実際はそう簡単じゃない。
僕にもそんな相手がいて、思いがある。6年経って、もらった言葉をやっと消化できたから今ようやく、言葉をくれた時の感情を言葉にしてみようと思う。
時間が止まっているみたいだった
人が最も時の流れを感じるのは、どんな時だろうか。
僕は「変化」に気づいた時だと思う。
髪が伸びてドライヤーをする時間が長くなった時。
いつもの道に立っているビルが、空き地になった時。
前よりも鏡の中に、自信に満ちた顔を見た時。
大学3年生、就職活動真っ只中の頃。僕も例にもれず就職活動をしていたが、卒業まで半年をきった2013年10月になっても、就職先が決まらずにいた。
周りはどんどん内定が決めていた。比較的優秀な人が集まる学部だったからか、大手企業の名前もよく耳にした。ある人は夢や希望に胸を膨らませ、ある人は楽しそうに卒業旅行の計画を立てていた。
いつまでも大量生産の安い黒服を着ていた僕は追い詰められ、とうとう就職活動をやめた。動物が死の危険を感じて逃避行動をとるようなものだろうか。精一杯の生存戦略だったのだと思う。
社会にとって自分に価値はない、社会に自分の居場所などないと、思うようになっていった。とにかく静かで人がいない場所を探して、ひとり毎日同じ場所に行き、毎日同じことを考え、毎日同じように過ごした。
家族には「(就活)ぼちぼちやってるよ」と嘘をついていた。
居場所がなかった。すべての言葉が煩わしく聞こえてしまっていたから。涙を流す夜が増えた。消えたいと願う朝が増えた。
言葉の持ち主
同じ学部に自分と同じ境遇の友人がひとりだけいた。彼も受けても受けても、ひとつも内定がない状況で、頭を悩まされていた。
こんな時似た者同士は集まるものだ。僕たちも行動を共にするようになり、進捗を共有しては難しい顔をしていた。
* * *
肌寒くなってきたある時、頭のてっぺんから足のつま先まで真っ黒の僕たちは安い定食屋にいた。精神的にまいっていた僕は、ついに塞きとめていた感情を彼にぶつけるように、言葉を吐き出し続けた。
「どうしてこんな情けない人間になってしまったのだろう」
「価値がないから、誰からも必要とされない。どうすればいいのかわからない」
すると黙って聴いていた彼は箸を止め、まっすぐ僕の目を見ながら口を開いた。
「君は、ひとりじゃない」
耳から入って心に届いたその言葉で、僕は何も言えなくなった。悲観的な言葉で埋め尽くされていた頭の中が真っ白になった。
「自分だけつらいみたいな言い方しやがって。悲劇のヒロインのつもりか」
きっと普通はそう思うし、僕の思いつめた様子を見て多くの「友人だった人」が自分から離れていったのに。
彼はそれ以上何も言わなかった。再び箸をとって、味噌が沈殿した汁をかき回し始めた。
僕も同じように何度か箸を回してから器を口元に運んだ。ゆっくり身体にじんわり染み込んで、冷えきった身体を温めていった。
言葉が心をつくる
あれから6年経ったいま、彼は京都にいて、僕は東京にいる。
彼は会社への就職ではなく、研究者としてのキャリアを歩んでいる。物事を深く知ることが好きで今思えば研究者気質の彼にはぴったりの仕事だと思う。
僕はその後もいろいろあったけど、今は東京の会社で働いている。朝早く起きて、夜遅く横になる生活を毎日送っている。
くじけそうになった時。ひとりだと思ってしまう時。
今も君の言葉を思い出す。
君はきっと知らないだろう。その言葉にどれだけ救われたかを。その言葉のおかげでもう一度前を向けたことを。そして今、僕の中に染み込んだその言葉が、遠く離れた場所で君の知らない誰かを救っていることを。
ありがとう。
直接伝えるにはちょっとまだ恥ずかしいし、きっと泣いてしまうから、文章で書いてみたよ。ずいぶん前だからもう憶えていないかもしれないけれど、僕の言葉が君に届けばすごく嬉しい。