ぬいぐるみの名前
年末へ向けて忘年会の予定が増えてきた。
「飲みばっかりでくたびれるよな」
「何かを忘れたくてその何かと触れ合う時間を増やすって、とても人間らしくていい」
は、と乾いた笑いを漏らす友人は会社の飲み会を苦に感じるタイプではない。この皮肉は彼にとって嘘ではない共感のかたちなのだろう。
少しずつ師走が近づき、友人と僕は映画館に行く時間が取れなくなってきた。
今は夜の十一時。木曜日だが彼は忘年会の予定が入っていたらしく、迎えにきて欲しいと頼まれたのだ。このような頼まれごとは初めてだった。映画を観に行くとき以外は特に連絡もとらないので少し驚いたが、所持品の指定が入って彼の真意を察した。
車の助手席に座ってシートベルトを締める彼は酒と煙草の香りがする。
「では出発しますよ」
「海釣り公園に行こう」
文字通り海釣りをするための場所へつながる公園なのだが、僕らの目的はもちろん海釣りではない。
夜の空いた道を十五分ほど走ると海が見えてくる。
その手前の空き地にベンチを置いたり花壇を作ったりしてはいるものの、潮風のせいか植物があまり大きくなくおまけに土地も広いためどこか物足りない。公園になりきれていない公園風味のこの空間がなんとも心地よかった。
だだっ広い駐車場は無料なので車が全くいなくなることはない。こんな平日の夜中でもちらほら車はいるが皆端に寄せており互いに不干渉を決め込んでいる。車輪止めもないので縦横無尽に走れるのだがなんとなく順路を守って進み、ど真ん中の適当なところに車を止めた。
サイドブレーキを引くと眠そうにしていた友人がよっしゃ、とシートベルトを外す。
「ちゃんと持ってきたんだろうな」
「もちろん」
彼がスーツカバンから取り出したものはSwitch。ゲーム機だ。僕もボディバックから色違いのSwitchを出す。
「いやー今作めっちゃ好きだわ俺。演出アツすぎだろ」
「わかる、僕は音楽が好き」
持ってこいと指定されたのはポケモンだった。僕らは最近発売されたポケモンにのめり込んでいて、今日はポケモン交換のために集まったのだ。明日も仕事だという背徳感がたまらない。
「お前がシールド選んだのめちゃくちゃそれっぽいよな」
「そう?君がソードにしたのは意外だったな」
お互いに違うバージョンを購入したので出現するポケモンが一部違うので、こうして交換しないと手に入れられないポケモンがいるのだ。
「パスワード何にしよう」
「今日の日付でよくね」
「絶対世界中の誰かとかぶるだろ」
「えっ誰とも被っちゃダメとかやばいな」
移動中ネクタイを緩める姿は少しくたびれていたがすっかり活き活きとしている。
「まさか君の鞄にSwitchが入ってるなんて誰も想像しないだろうな」
「はは、俺は好きなものは誰にも見つからないように隠しておきたいから、職場の人には言わないかも」
「仲良くなっても言わない?」
「絶対言わないな。職場の人には仕事中の俺しか見せない」
お前はその辺オープンな気がする、と付け加える友人の視線は画面に釘付けだ。
「んー、僕は親しくなればまぁ隠しはしないか。恋愛は別だけど」
「なんで」
「その子の付加情報に、僕から好かれている、が入るのがいやだ」
「あー、あの子可愛いよなって言ったら、あの子はお前から好かれてるんだ、って見方をされるってこと?」
「んー、そんな感じかな。好きなものを貶められるのは怖いし、対象が人だと顕著だな。シンプルに迷惑がかかる」
「好きなもの馬鹿にされるの腹たつよなー、ほっとけよってなる」
「中学生の頃ミスチルとスピッツ好きって言ったら大人ぶってるって笑われてキツかったな。大切なものを見せて笑われるって、自分の根幹に石を投げられている気分になる」
「そうかー。俺は自分が選んだ好きなものを笑うなって苛立つ感じだわ」
「なるほど。僕は好きなもので自分が出来てるって感じだから自分にもダメージくらうな」
「へぇ。じゃあお前にとっては好きなものを好きって言える場所は大事だな」
「そうだな」
「え!?このポニータ色違いじゃ!?」
僕から送られてきたポケモンを見て友人が急に大声を上げたので思わず目を見開いた。
「違うよ、みんなたてがみ光るんだよ」
「おお、まじか、びびった」
何を話そうとしていたか忘れてしまった。
「俺が大学生の頃付き合ってた子が最高でさ。部屋片付けてたらカセット出てきたからルビーしてたの。彼女はポケモンしたことなかったんだけど、俺の手持ちにピカチュウいるの見て喜んでね」
「ピカチュウ先輩は有名人だから女の子も割と知ってるもんな」
「そうそう。で、ピカチュウにピカすけってニックネーム付けてたんだよ。それを見られて、うわっ恥ずかし、って思ったけどそれから彼女が俺の部屋のピカチュウのぬいぐるみをピカすけって呼んでて。なんかめっちゃ癒された」
大切な人の大切なものを大切にするだけの賢さと、優しさと。それは僕にあるだろうか。
傷つくことには敏感なくせに、僕は無意識のうちに誰かへ石を投げてはいないだろうか。
僕が石を投げる姿を見て叱ってくれる人はいるだろうか。
誰かを傷つけたときは叱られたいだなんて、なんだかとても甘ったれている。
気持ちが言葉にならなくて、友人の元恋人の話に戻す。
「こう、好きなものも引っくるめて好いて認めてくれるのは嬉しいね」
「なー。あの子めっちゃ好きだったわー」
彼はシートベルトを締めた。どうやら満足したらしい。
「無事に予定していたポケモンは交換できましたね」
「そうですね。明日も仕事だし帰って寝よ」
「また欲しいポケモンいたら言って」
「おー」
帰ると言いつつSwitchを閉じない友人を横目に見ながら僕はサイドブレーキを下げた。
***
こんにちは。幸村です。
先週参加させていただいた#幸せをテーマに書いてみよう、という企画のまとめnoteで投稿作品にコメントをつけてご紹介いただきました。
自分のnoteにコメントをもらえるってとても嬉しいんですよ……!本当にありがとうございます。
多くの投稿作品を何度も繰り返し読んでコメントをするってとても気力のいることだと思うので頭が下がります。
今回はいただいたコメントへのアンサーnoteというか笑、上手いこと言えませんが書いてみました。
コメントをいただいた三作品分書きたかったですが、今回は一番書きやすかった二作目について。
こちらが二作目。
こちらがまとめていただいたあきらとさんのnote。
そしてこちらがこげちゃんさんよりいただいたコメント。
【こげちゃん】
きっと映画とミスチルが大好きなんだろうな、と読みながら思いました。他のnoteも読ませてもらいました。
ガチですね。特にミスチル愛が溢れてました。好きなものを好きと言っている人を見ると自分も幸せな気持ちになりますよね。この物語の二人もお互いに、相手の「好き」を聞くのが好き。その時間が幸せそのものなのかもしれません。
ご多用の中、他のnoteまで読んでいただき恐縮です。とても嬉しい( ; ∀ ; )
自分の好きなものを表明するのに勇気がいる人間なので、『好きなものを好きと言っている人を見ると自分も幸せな気持ちになりますよね。』の一文に非常に安堵したのです。
そのように感じてくれる人がこの世に(というと大袈裟に聞こえるかもしれませんが笑)いると知ることができてほっとしました。
僕は誰かの好きなものを尊重できているか。僕も誰かに好きなものを好きと言えるか。
きっと完璧にはできないけれど常に意識していきたいなと。
noteは好きを好きと言いやすい場所ですね。
冊子化作業かなり大変だと思いますが運営のみなさんご自愛くださいね。
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大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。