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群れるメリットが「社会」をつくる。

オジさんのカガク2018年10月号

 ハチやアリには社会があると言われる。巣の仲間が協力し、様々な仕事を分担する。 
 エサの調達係や幼虫のベッドを整えたり体をきれいにするサービス部門、巣を守る防衛部隊、中にはキノコを栽培する農業担当やアブラムシなどを家畜として飼育する係がいる場合もある。

 ハチやアリの社会構造を「真社会性」という。
 巣の中では、女王とワーカー(働きバチ、働きアリ)と呼ばれるメスの子供たちがいっしょに暮らしている。オスは女王と交尾した後に死んでしまい、巣作りには関わらない。昆虫界のアマゾネスだ。
 ワーカーは一生自分の子供を作らないので、彼女たちの行為は究極の「利他行動」と呼ばれる。
 真社会性を持つ動物は極めて少ない。ハチやアリの他はシロアリ、アブラムシ、ナガキクイムシ、アザミウマ、テッポウエビ、ハダカデバネズミなどだ。
 真社会性の進化に関して、従来の通説を覆す発表がこの10月になされた。

 通常、生物は自分の遺伝子を出来るだけ多く残そうとする。生き残るのに有利な、あるいは繁殖に有利な身体的特徴を備えたり、行動をとったりする。
 足が速く、ライオンから逃げ切れるガゼルは生き残る。メスに気に入られるような派手な羽を持ったクジャクが子孫を多く残す。
 ところがワーカーは、自分の子孫を残さない。

 イギリスの生物学者ハミルトンは「自分の遺伝子を数多く残せるのなら、生物は自分を犠牲にすることもある」と考えた。
 あなたが弟や妹たちと4人でいる時に、大地震が発生した。天井が崩れ、大きな梁が弟妹のところに落ちてきた。とっさにあなたは3人を庇い、その上に被さった。
 弟や妹は生き残り、子孫を残す。兄弟姉妹は、平均して遺伝子の1/2を共有している。もしあなたが亡くなっても、あなたの遺伝子の約150%が子孫に伝えられることになる。

 ハミルトンは以下の様な式を考えだした。
 「血縁度」×助けた血縁者の子孫の数>自分の子孫の数
 血縁度とは遺伝子が共有される確率である。ヒトは女性も男性も、遺伝子のセットをそれぞれ2セット持っているので、親子や兄弟姉妹の血縁度は1/2だ。孫や甥、姪は1/4、ひ孫やいとこは1/8となる。
 そして、この不等式が成り立つ場合に利他行動がおこなわれると考えた。

 ハチやアリの場合、メスの遺伝子は2セットだが、オスは1セットしか持っていない。ワーカーは全てメスだ。遺伝子を父親と母親から1セットずつ受け継ぐので、母親-娘の血縁度はヒトと同じ1/2となる。
 姉妹の血縁度はこうだ。2セットの遺伝子のうち、父親からもらった1セットは全く同じである。母親からの1セットは遺伝子がランダムに混じっており、平均すると1/2を共有している。つまり1/2+(1/2×1/2)=3/4となる。
 娘よりも妹の方が1.5倍の遺伝子を共有していることになる。娘を育てるより妹の世話をした方が遺伝子を残せることになる。これを「血縁利益」と呼ぶ。



 従来、ハチやアリは血縁利益により真社会性へ進化したと言われてきた。
 今回、北海道大学の研究がこれを覆した。
 発表したのは長谷川英祐准教授らのグループだ。16年5月号で取り上げた「働かないアリにも意味がある」という研究成果を発表し、オジさんたちを勇気づけてくれた人たちがまたやってくれました。

 グループは真社会性を持つシオカワコハナバチの巣を観察した。このハチは複数のメスが巣をつくる場合と1匹だけの場合がある。複数メスの巣の中には、血縁関係の無いメスが混じることもある。
 これまでの研究で複数メスの巣では、ひとりメスの9倍の子供を残せることが観察されており、ハミルトンの不等式が成り立つことが判っていた。

 今回は餌を採る行動や巣を守る行動の分析から、血縁利益と「群れ」の効果の、どちらが真社会性の形成に貢献しているかを計算した。
 その結果、群れの貢献度が92%に上った。一方で血縁利益はわずか8%であった。
 群れの効果が血縁利益を凌ぐ結果となった。複数メスの巣では、順番に餌を採りに出ることにより、常に他のメスが巣を守る状態を維持していることが判った。複数の仕事を、同時並行でこなせるメリットが大きかったと考えられる。

 インパラの群れは、たくさんの眼でチーターの襲撃を見張ることにより、順番に餌を食べたり、眠ったりすることが出来る。イワシの大群はサメが襲いかかってきた時に、自分が狙われる確率を下げることが出来る(希釈効果)。オオカミは協力して獲物を追う。
 群れで暮らすと異性との接触機会も増える。子育ても効率的になる。

 一方、群れにはデメリットもある。捕食者から見つかりやすくなる。仲間同士での食料や配偶者争いが激化する。病気が伝染りやすくなる。誰の子供だか判らなくなる。

 かよわいオジさんたちは群れたがる。お昼は誘い合って食べに出る。夜な夜な居酒屋でディスカッションを繰り返し、社会性を強化する。その時は皆で周囲を警戒する。責任の希釈効果を図る。しかし酔うと色々緩慢になる。
 若者たちから「○○おやじ軍団」などとレッテルを貼られたりする。(○○は各自考えましょう)
 でもそこには、王様もワーカーもいない。
                         2018.10.17 や・そね
<参考文献>
プレスリリース
・「ハチは社会を作ると1匹1匹が得をすることが明らかに」 北海道大学
 2012年7月4日
・「群れをなすメリットがコハナバチの社会進化を導く」北海道大学
 2018年10月4日
論文
・「The benefits of grouping as a main driver of social evolution in a
 halictine  bee(コハナバチにおける社会進化の主導因は群れを作ること
 の利益である)」   Science Advances  Oct 4th, 2018
書籍
・「ヒトはどこまで進化するのか」エドワード・O・ウィルソン 亜紀書房
・「進化の教科書」カール・ジンマー、ダグラス・J・エムレン 講談社
・「利己的遺伝子とは何か」中原英臣、佐川峻 講談社
WEB
ウィキペディア「真社会性」「社会性昆虫」

<バックナンバー>
2016年
1月号  世界一のシマシマ
2月号 夢を操る
3月号 指で潰せる最強生物
4月号 腰痛は愛から
5月号 働くオジさん
6月号 鬼門の先
7月号 ネコはおしゃべり
8月号 世界のタムじいさん
9月号 台風七番勝負
10月号 見えてます
11月号 ヒトの脳は大雑把が得意
12月号 謎解きDNA
2017年
1月号 旧石器時代最先端技術博レポート
2月号 がんばれベテルギウス
3月号 ヒトのカラダは倹約上手
4月号 ボクが鳥を恐がるわけ
5月号 恐竜からヤキトリ
6月号 「ハンバーガー」と「かば焼き」
7月号 将棋と脳
8月号 ナノカーなのだ~
9月号 宇宙の「柿の種」問題
10月号 ちいさなさざ波
11月号 カラフルな、ふとん
12月号 お熱いのがお好き
2018年
1月号 13%の不運!
2月号 インフルエンザは、なぜ流行る?
3月号 おイヌさまさまなのだ。
4月号 ネコの人工血液が出来たんだニャ~。
5月号 ミートテックを愛用する方々にジャストミートする諸研究
6月号  下手は伝染る
7月号 ゆるゆるカガクの用語集「第二の地球」編
8月号 ネッシーの不在証明
9月号 ホップ、ステップ、アワワワワ。


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