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【映画の視点】オススメ映画『関心領域』と銭湯、そして詩人と哲学者の驚くべき言葉

「私が死ななければならないのなら、
あなたは必ず生きなくてはならない」

六本木のアートギャラリー、ワコウ・ワークス・オブ・アートで出会ったこの言葉は、パレスチナの詩人リフアト・アルアライールが最後にSNS投稿した詩の冒頭部分である。

彼はこれを投稿した翌月、イスラエル軍の空爆により絶命した。

このアート鑑賞後に映画館で『関心領域』を見るのは元々の予定だったが、偶然、アートと映画がつながった。

ユダヤ人は加害者か、被害者か。

アートな映画『関心領域』

女装して女風呂へ入った男が逮捕された。映画とは関係ない、リアルな話。女湯との間のあの「壁」は、男なら超えてみたい壁か。

壁で互いを見えなくしても、向こう側の声や存在感を感じるものだ。

映画『関心領域』にも壁が出てくる。ところが風呂とはワケが違う。登場人物の多くが、壁の向こう側に全く無関心なのだ。

しかしわれわれ鑑賞者は、壁の向こうの人たちを感じずにいられない。

映像は金持ち一家のホームビデオのような日常だが、壁の向こうはアウシュビッツ強制収容所。ナチスによるユダヤ人の大量虐殺が行われているのだ。

収容所の悲惨な映像は一切ない。しかし、隣で無関心に暮らす家族の日常にゾッとする。

アートな映画だ。直接的に描かず、鑑賞者に想像させる。
問題提起し、決まった結論や正解を押し付けず、鑑賞者の想像力を掻き立て、それぞれに考えさせる作品になっている。

権力のつくりかた

権力者が自分の都合の良いルールを作ったり、人を従わせたり、従わない者を排除するのは、日常でも割と見かける光景だ。

最近では兵庫県知事のパワハラ問題もそう見えるし、一般的な職場や家庭内のアレコレなど、日常に潜む問題だと思う。

自分が快適であるために、自分の目的を達成するために、自分を守るために、異なる意見や行動を排除する。そういう人は誰の身近にもいるものだ。

そして我々も「無関心」という形で加害者側に立つことがある。

権力は、権力者だけが作るものではない。権力者とそれに従う者との間の共謀関係が、権力を生み出す。
従わずにいられない理由があるにせよ、従うものがいるから権力が生まれる。会社で社員全員が辞めれば、社長に権力はないのだ。

映画の中では、「業務」にまじめに従事することが大量虐殺につながる。なんと恐ろしいことだろう。

哲学者ハンナ・アーレントのまさかの言葉

600万人ものユダヤ人を虐殺したナチスは悪魔か?普通の人か?
あなたはどう思う?

映画「ハンナ・アーレント」を思い出す。
哲学者ハンナ・アーレントは、自身もナチスに囚われた経験があるにも関わらず、

「あの大量虐殺は、ごく平凡な人間が命令に従って行っただけ」と主張する。ナチスを悪魔だと思っているユダヤ人から大批判が起きた。

しかし映画「関心領域」を見ればよく分かる。
嫁に頭の上がらないような男が一方で、どうやって人を効率よく殺すかを考えているのだ。

命令に従うのは、当然のこと?
強制されたら、やるしかない?
現場じゃなく中間管理職なら、ヘーキで殺しの指示を出す?

相手が憎くて人殺しをする人より、上司の命令で人殺しをするほうが恐ろしく思える。

関心領域の広げ方

結局「関心」というのは、身近なところ、もっと言えば自分自身が領域の全てなのか。

私は隣の地獄に気づいていないかもしれないし、見て見ぬ振りをしているかもしれない。
ウクライナやガザの人々に心を痛めても何もしていないし、もっと身近な人の困りごとにもきっと気づいていない。

私の周りの人も、それほど私に関心がない。いや、これを読んでくれるあなたのように、たまに少し関心を持ってくれる人もいるのが救いだ。

「関心」とは何だろう?
見えないものを見ようとする好奇心や、想像力かもしれない。

…いや、銭湯の話ではなくて。
あっちに何がある?この人はどう感じてる?これをしたらどうなる?なぜこうなの?もしこうだったら?

我々はそういう気持ちを忘れていないだろうか?

人を人と思わない人

中高生の頃、「ロック以外は音楽じゃない」と本気で思っていた。他の音楽に関心がなかった。

それはまぁ誰にも迷惑をかけないが、映画の中でナチスの連中は、ユダヤ人を人間と思っていない。人を数字で処理し、効率よく殺す方法を考える。

この「人を人と思わない」様子は、SNSで他人を叩く様子や、部下を見下す上司にも似ている。
それがどれほど恐ろしい結果を生むのかを、映画で痛感させられる。

あなたの想像力は、壁を越えられるか

私たちは、壁を越えられるだろうか。

「正しさ」とは何だろう。
上司やルールに従うこと?
周りと同じようにふるまうこと?

従うのが正しいとは限らない。そう言いたい。
視野を広く物事を見ること、考えること、自分で判断することも大切だ。それなのに、人は見ること・考えること・判断することをサボってしまう。

映画「関心領域」はあなたの想像力が試される、そんな映画だ。
全て教えてくれ、全部説明してくれ、見えるものしか分からない、という人には退屈な映画かもしれない。

しかしぜひこの映画を見て、想像してほしい。人には想像力が大事なのだ。その想像力がない人たちが、この映画に描かれている。

無関心と思考停止は恐ろしく、おぞましい。
銭湯で壁の向こうへ関心をよせるほうが、まだ健全だ。


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