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雑誌BE-PAL 佐藤陽平 特集(田舎賢人)

2020年4月号に佐藤陽平が紹介されました。

自分で判断し、自分で行動できる子になるために

アウトドアの体験の中には、子供の教育につながるさまざまな要素がある。多くの調査機関も証明しているこの力を、家庭に根付かせる活動をしているのが佐藤陽平さんだ。


 日ごろから自然体験をしている子供は自律性・積極性・協調性が身についている。一昨年、国立青少年教育振興機構が発表した調査報告だ。アウトドアが潜在的に持つ教育力についてはこれまでもさまざまな機関が検証しており、結論の多くは同じような傾向を示している。
 
 では、その教育力を享受できるのはアウトドア・ファミリーや自然体験施設の利用者だけなのだろうか。そうではなく、むしろ日常的な家庭生活の中にこそ体験学習の芽があるというのが、佐藤陽平さんの考えだ。


ーーー大学時代は探検部に所属していたと伺いました。

「はい、ラフティングと洞窟探検がメインでしたが海外放浪もしました。僕の物事の考え方は、この大学探検部時代に培われました。子供のころから魚釣りや虫とりが好きだったので、自分で考え遊ぶ習慣はできていましたが、探検部では計画を練る楽しさに目覚めました。やりたいことを企画し、プレゼンをして行きたい人間を募る。毎日が日曜日という感覚でした。


カンボジアで見た洗脳教育の恐ろしさを、日本でも感じた


ーーー際どい経験もあるのでは。

「カンボジアへ行ったときですね。政変が起きたばかりでニュースにもなりましたが、状況が呑み込めない。でもそれは、自分がカンボジアという国をよく知らないからだと思いました。探検部のノリで、とにかく行ってみようと。外務省は渡航を禁止していましたが、賄賂を渡せば入れると噂で聞き、パスポートに10ドル紙幣を挟んで税関を通り抜けました。昼は普通の街でしたが、夜になると銃声が響きました。
 最初に関心をもったのが歴史で、トゥール・スレンという元政治犯の収容所を訪ねました。そこで見たのが、ポル・ポト派が行った狂気極まりない政治の傷跡です。自分たちの思想に染めやすい子供たちに洗脳教育を施し、人を暴力で管理し虐殺の道具にしている。教育の恐ろしい一面を感じました。」

ーーーそれが自ら教育に関わるきっかけになったのでしょうか。

「そうです。頭を殴られたようなショックを受けたまま帰りの飛行機に乗ると、たまたま日本の新聞がありました。そこには、日本の子供の学力は高いという記事が出ていて。ところが、社会面を見ると子供の凶悪犯罪の記事が出ている。どういうことなんだろうと思いました」

ーーー”荒れる学校”の時代ですね。

「帰ってから気になったのは、学力、学力という掛け声です。学力が高いのは良いことですが、奨励する言葉の中に大事なことが欠けているように思えてなりませんでした。2年後には神戸児童殺傷事件が起きました。体温を感じない無機質な教育も、ある種の洗脳。日本の今の教育システムはまさに洗脳なんじゃないかと思えたのです」

ーーー本来の教育とはどのようなものだと思いますか。

「自分で考え、自分で判断し、行動にできる力を身につけさせる。つまり自立の力を引き出す。子供時代の釣りやキャンプにも通じることだと気づきました」

ーーー実際に教育に関わるようになった現場はどこですか。

長野県にある自然学校です。リスクマネジメントから広報戦略までいろんなことを自由にさせていただきました。

ーーー自分の教育理論を実践する理想の場だったのですね。

「はい。ところが、ある夏のキャンプの最終日、心が折れるような事件が起きたんですよ。小学5年生の男の子がバスに乗り込むときに大泣きしはじめました。家に帰りたくないと。俺の企画したキャンプにむちゃくちゃ感動してくれたのかなという気持ちになりかけたんですけど、様子が変。ごろごろ地面に転がり、嫌だ、絶対に帰りたくないと。おかしいと思い話を聞くと、僕は家に帰ったらロボットになっちゃう、僕はロボットじゃない!と叫ぶんです。

 どういうことなのかと尋ねると、変えると毎日塾と習い事が待っているという。お父さんお母さんからは、いうとおりに勉強していれば幸せになるといわれ続けてきたんですね。僕はそれを聞いて、カンボジアでの記憶がフラッシュバックしました」

ーーー根底にあるのが愛情だとしても、洗脳と変わりないのではないか、ということですか。

「親のいうことを聞いて勉強していればいい大学へ入れるし、いい企業に就職できる。何も考えず勉強だけしていればいい。キャンプに参加させたのも、つかの間の休憩くらいの意味だったと思います。でも、その子はキャンプを体験して知ってしまったんですよ。自分の毎日の息苦しさを。自然の中で刃物や焚火を使って暮らしを手作りしたり、友達と楽しく遊ぶうち、人生ってなんだろうと考えたと思うんですね。それがロボットじゃないという叫びになった」

ーーーその時の気持ちは。

「無力感だけでした。その子の両親とも話をしましたが、戸惑っていました。周りの家庭が受験対策を周到に行っているので不安だというのです。でも、その不安が結局子供にプレッシャーとしてのしかかっているわけで。子供も苦しい、親も苦しい。なんだろう、この国の教育って。家庭から教育のありようを変えていかないと、苦しむ子供たちは次々と出てくる。それが独立して”家庭たいけん教育家”という看板を掲げるようになったきっかけです」

ーーー家庭たいけん教育とは。

「僕が子供時代から大学時代、そして社会人になってからもずっと思っていたのは、教育とは学力のことだけではないということです。靴をそろえる。家の掃除や食事作りを手伝う。そういう中にも学びがあります。しつけの文脈で考える人もいますが、靴をそろえることも、反復による習慣化と、論理的に理解した上でそろえるのとでは意味が大きく違ってきます。

 住友林業に勤めているときに上司が、日常の一つ一つを学びにしろと教えてくれました。それから、便利で快適に流される受け身の暮らしではなく主体的な生き方が大事だと思うようになったのです。日常の暮らしを家族で作り上げるものにして、できる人が率先してやる。子供もどんどん台所に立つ。家庭たいけん教育は、暮らしをクリエイティブにし、家族が互いを高め合おうという教育です」

ーーー子供に包丁を持たせるのは心配だという人もいます。

「はい。はじめは子供だって不安なんです。でも握ってみようと決意した時点で、その子は課題をひとつ克服しているんですね。明らかに自信になる。実際にキュウリを切ると、今度は物が切れる原理が感覚的に理解できます。こういうこうことは教科書でも参考書でも、映像でも学べません。
 
 せっかくの好奇心を親の一方的な価値観で摘んでしまうのは、その子の将来にとって大きな損失です。ケガをするかもしれませんが、ケガは得難い経験です。失敗のない成功なんて付け焼刃で、たままです。失敗があるからこそ振り返りや反省ができ、改善に結び付くわけですから」

ーーーご自身の子育て体験が提言のモデルになりますね。

「家族みんなでこの社会実験を楽しんでいます。長男は今度中3、次男が中1です。住んでいる家は大工だったおじいちゃんが建てたものです。古かったんですが壊すのがもったいないくらい土台がいい。そこで家族みんなでリフォームしました。僕はしばらく仕事をしないで家づくりに没頭しました。住むところがあれば、人間なんとかなるということを、まず子供たちに見せておきたかったんです。

 お風呂は薪です。薪割りも子供たちがするんですが、最初は近所の人から注意を受けました。子供があんな大きな刃物を振り回して危ないと。うちの子供たちは料理が好きなんですが、その話がどこかですり替わり、子供に苦労させている家だということになっていたり(笑)

 そういう心配が寄せられるのも、今の日本では子供から体験が遠ざけられているからです。でも、それがうちの教育方針なんだと理解されだすと、そういう反応もなくなりました」

これから社会に求められるのは創造的で人間くさい人間


ーーー恒例行事はありますか。

「まず、釣りですね。うちはみんな釣りが好きで海に近いので、時間があれば防波堤に行きます。獲物は子供たちがさばきます。というよりさばきたくてしかがたない。メニューも自分たちで決めます。長男は家庭菜園もやっているので、刺身のつまものも飾りの青物も自家製です」

ーーー切り干し大根や干したミカンの皮も見えますが、あれは奥様の手づくりですか。

「長男の実験です(笑)とにかく、あれをこうしたらどうなるのかということを調べたり、実践に移すのが大好きで。ミカンは表皮に油分が多いので風呂の焚きつけにいいらしいです。畑に海藻を入れるとミネラル肥料になると聞いてからは釣りに行っても海の見方が変わりました。おとう、あそこに海藻が打ち上がっちょん。拾っていこうと。次男は物づくりが好きで、しょっちゅう小刀を動かしています。足元の宝物を見つける感覚で毎日を楽しんでいます。」

ーーー都会の人からは、特別な暮らしにも見えそうです。

「よくいわれます。佐藤さんだからできる教育方法だよね、と。でも違いますよ。ナチュラルな生活を楽しむ方法は都会でもいくらでもあるはずなんです。プランターを買えばベランダでラディッシュやミニトマトを育てられます。魚を丸のまま買って三枚おろしに挑戦してみるとか。時間のやりくりも同じです。やる気さえあれば工面の方法はいくらでもあります」

ーーー子供の依存症が問題になっていますが、佐藤家ではゲームやスマホをどう考えていますか。

「うちにはしてはいけないという決まりがありません。次男はゲーム大好きです。ただ、時間を自分で決めさせています。ゲームの問題はゲーム自体にあるのではなく、自分でコントロールできないこと。あまりにも長い時間になり、ほかにやるべきことがおろそかになったときは会議でじっくり話し合います」

ーーー家族会議を開くのですか?

「何かにつけてうちはみんなで会議ですね。子供たちも進行役をやります。ゲームの時間についてとか、家事の分担とか、旅行の企画とか(笑)。世の中で話題になっていることが議題になることもあります。最近、彼らは株を買いました。世界経済とか資本主義ってどうなってるのという話になったとき、やっぱり何か経験がないと実感を持って考えられない。それなら株を持ってみようと。僕が10万円ずつ出し、どういう会社を応援したいか選ばせました。いろいろ比較した結果、長男は通信関連株を、次男はアウトドア関連の株を買いました」

ーーー上がりそうですか(笑)

「じつは読みが当たったか外れたかは関係ないんです。社会構造の一端をリアルに感じる。そこに意味があります。実際、株を始めたら会話の内容が変わりました。ニュースを今まで以上に深く見るようになり、この業種は今買いだとか(笑)
 彼らの好奇心は、どちらかというと遊びや暮らしよりでしたが、株主になってみたことで社会情勢に対してもアンテナが鋭く立つようになりました」

ーーーこうした教育方針の効果はすぐには測れないと思いますが、親としては子供たちにどんな大人になってほしいですか。

「今まではやれといわれたことを忠実に実行できる人が優秀だとされてきました。しかし、これからは多くの判断システムの中に人工知能が内蔵されます。決められた目標を効率よく達成するより、創造的にアレンジして結果として示せる、人間くさい人間が求められるはずです。

 息子たちには、なにを目指してもいいといっています。たくさん体験を積み、たくさん失敗しながら、自分らしさを活かした幸福を見つけてくれたらそれでいい。うちは、人に迷惑をかけるなとはいわないんですよ。自分もあちこちに迷惑を掛けながら育ったので。迷惑をかけちゃいけないと思ったら何もできない。一生懸命にやると迷惑をかけることはある。けど、最後は世の中の役に立つ人間になろうよと言っています」


佐藤家には家族会議用のホワイトボードがある。
この日の議題は、実家が持つ古民家と農園、および山林の有効活用について。
写真:藤田修平


5教科だけが教育の評価軸ではない、多様性社会で問われてくるのは、それ以外の有形無形の力。
写真:藤田修平



佐藤陽平流
子育て 3つのポイント

①小さな成功体験を積み重ね大きな自信に育てる

罪や義務では子供は育たない。本能的な喜びをうまく引き出しながら、やる気のステップを高めていく。やってみなはれ精神が大事。

②失敗は学びの種。なにごとも肯定的にとらえよう

はじめてのチャレンジは思い通りにはいかなくて当たり前。失敗は次の成功の糧。失敗は避けるべきだと親が考えると子供は委縮する。

③原理主義に陥らない。物事を善悪だけで単純化しない

二項対立型の議論が正解を導くと限らない。「これだけが正しい」と決めつけられると、子供も多様な価値観を尊重しなくなってしまう。



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