「きかんしゃトーマス」シリーズのメインキャラクターの変遷からみる作品内ダイバーシティの取り組みと課題概論



始めに


 私がこのテーマを取り上げたいと考えたのは、作品とともに育ったことに加えて、この国際的な未就学児向けの長寿番組が近年様々な影響を受けて変わってきたことについて、マイノリティへの配慮と、作品によって作られるマイノリティについて取り上げる必要が大いにあると感じたからである。数少ない作品への考察の1つは、テレビアニメの原作児童文学「汽車の絵本」の作者ウィルバートの生涯に軸を置き、イギリスの鉄道と蒸気機関車をはじめとする鉄道遺産の保護と作品の関わりを議論した秋山の「機関車トーマスと英国鉄道遺産」があるが、秋山本人もその書籍内で、作品が鉄道文化遺産の保存に大きく社会的に貢献したにもかかわらず、未就学児向けの番組と過小評価され、学術的議論がないことを指摘している(秋山, 2010)。
 
 未就学児向けのフランチャイズとして、原作絵本より有名になったものの、その過程で作者の道徳的メッセージのみが強化され、原作児童文学作品内でそのメッセージを成り立たせていた「実際の営業鉄道での事故やトラブルに基づいた展開」や、「作品の鉄道文化遺産を大切にする役割」が剥離、あるいは薄くなって時期が長いことが考えられるが、鉄道模型やCGで作られたオリジナルシリーズの制作・放送に一区切りがついた今、40年間近く続いている「乗り物の出てくる典型的な男の子向けの教育番組」を学術対象として見るには、良い時期かと考える。
 
 もう1つの動機は、2018年ごろからビジネス回復を求めて、頻繁にコンテンツ内容を変えていることに、「原作絵本」が「テレビ作品」に対するマイノリティとして目に映ることが多いと感じ、ジェンダーや障がいのマイノリティに加えて、古典としてのマイノリティ問題も触れたいと考えているのである。オードリーが原作の映像化作品として、生前望んだ先述したような作風―本人の人格の備わった作品としての作風―の維持が、ビジネスを理由になされなったことへの警戒である。作風の維持が務められていた頃でも、オリジナル脚本のエピソードが増えた頃には、テレビシリーズを主要コンテンツにしようと原作絵本の流通をテレビ側の要望でコントロールされるようなこともあった。テレビシリーズが、”Based on the Railway Series by Wilbert Awdry”と原作者の名前を出し、元の文学作品に基づいている、ということを作品のカードに出すならば、その書き終わった古典に敬意を払い、作風を維持して、ダイバーシティなどを取り入れながら、オリジナルを語り継ぎ、昇華し続ける役割も甚だ大きいのではないかという意見である。
 
 ここでは、作品内ダイバーシティについて考察するため、メインキャラクターの変遷と、その背景の考察と課題について論じてゆきたい。

メインキャラクターの変遷


8~21シリーズ

  • 男女比率:男:女=7:1

  • 国籍比:英国:8

  • 車両:蒸気機関車のみ

  • 障害のある人:0

 
 TVシリーズで明確なメインキャラクターが作られたのは、最初の番組リニューアルである第8シリーズからである。“スチーム・チーム” と呼ばれる、8台の物語のメインキャラクターの蒸気機関車のことを指し、第1シリーズで初登場した原作の男性機関車7台(トーマス、エドワード、ヘンリー、ゴードン、ジェームス、パーシー、トビー)に、1台のTVオリジナル女性機関車エミリーを加えたメンバーである。イギリスで製造された車両なので国籍は英国とした。

22~24シリーズ

  • 男女比率:男:女=4:3

  • 国籍比:英国:6、アフリカ系:1

  • 車両:蒸気機関車のみ

  • 障害のある人:0

 
 このスチーム・チームの一部のメンバー変更が行われたのは、22シリーズであった。この際、メインキャラクターに、イギリスのテンダー機関車レベッカ、アフリカ出身のタンク機関車ニアが加えられた。これにより、男女比率は4:3となり、メインキャラクターに初めてイギリス以外の機関車が加わった。この際、エドワード、ヘンリー、トビーはメインキャラクターの男女ジェンダー比率を小さくするため、スチーム・チームのメンバーからは外された。しかし、長年番組のなじみの顔であったこともあってか、以降のシリーズではサブキャラクターとして定期的に登場している。

2Dシリーズ(2021~2023年現在)

  • 男女比率:男:女=4:4

  • 国籍比:英国:6、アフリカ系:1、アジア系:1

  • 車両:蒸気3、ディーゼル車1、電車1、車掌車1、モーターカー2

  • 障害のある人:1

 オリジナルシリーズが終了し、番組自体の大幅な変更が行われた2Dアニメ版では、“大大大冒険クラブ”というレギュラーキャラクターの集まりが作られて、オリジナのスチーム・チームからトーマスとパーシー、ニアが残り、新レギュラーとして、原作とオリジナルシリーズにサブキャラクターとして登場したイギリスのディーゼル機関車ディーゼル、新たなキャラクターとして日本出身の電車という設定のカナ、イギリスのソドー島で働くモーターカーのカーリーとサンディ、自閉症の車掌車のブルーノが加わった。これにより、レギュラーキャラクターに蒸気機関車以外の鉄道車両(ディーゼル機関車、電車、貨車、作業車両)が加わり、人種ではアジア系の車両、また障がいのある車両も初めてメインキャラクターとなった。それまで在籍していた残りの新旧スチーム・チームメンバーは、レベッカを除きマイナーなサブキャラクターとして登場している。

変遷についての考察

鉄道を題材とした作品の国際展開に伴う社会の影響力

 1つ目は、元々児童文学作品で英国の未就学児童向けの番組だったが、TV作品の放送地域がイギリス国内から世界各地に広まったことで、視聴者への「鉄道という職場」へのイメージ形成に大きく影響を与えることが避けられなくなったことがあげられる。言い換えれば、いろんなものに影響されながら、自己アイデンティティを獲得する時期の子供にとって、世界中で著名で、鉄道という「一種の社会の構図」を示すコンテンツに、登場キャラクターの性別や国籍、障がいなどの属性の偏りは、鉄道職場への偏ったステレオタイプ形成になりかねないということだ。
 
 原作絵本は1945年から出版されたが、当時は今と比べると女性・障がい者・人種差別が問題視されてこなかった。また、舞台となったイギリスの鉄道は、当時「男性の仕事」”1であり、健常者が前提であるため、その現実の鉄道を描くとすると、男性中心になりやすい部分もあるともいえる。ウィルバートは聖職者として、架空の舞台ではあるが、実際の鉄道をモデルにし、そこで起こったことを通して教訓を伝えるという、子供や一緒にみている大人など、全ての人に向けて、熱心に伝えた(秋山, 2010)。それゆえ、リアリティにこだわったのだが、モデルとなった当時のイギリスの鉄道が健常者男性中心の職場であったため、原作の執筆の段階でもTVシリーズコンテンツでも、鉄道=男性的という概念があり、TVシリーズに関してはさらに、鉄道が好きな子は男の子が多い、という前提で作られてきたとも考えられる。その結果、時代の変化で、鉄道を子供が認知するときに、「鉄道は健康な男性の仕事」と無意識なステレオタイプ形成への懸念が出てきた、あるいは認知されるようになったとも言えよう。
 
 属性で考えれば、それまで明確なメインキャラクターとして提示されていたキャラクターが、2Dアニメシリーズで変更されるまで、蒸気機関車のみだったことは注目すべき部分である。TVシリーズの後発の作品ほど、鉄道車両主体で物語が展開されるようになり、鉄道車両の“作品内人種”の偏りに考慮が必要になったと考えられる。作品が鉄道の擬人化であるとすると、ソドー鉄道=一種の会社であり、働く車両=社員と考えられる。その社員=車両ならば、車両の種類はある意味働いている社員の人種のようなものに相当するのでは、という考察だ。すると、作品内で良いイメージの蒸気機関車と、問題を起こすディーゼル機関車、というのは、ある種人種イデオロギーになりかねないのではないか、という懸念があるのではないか。
 
 もともと、原作絵本でのディーゼル機関車の象徴は、他ならぬ実際の英国鉄道での蒸気機関車とディーゼル機関車の関係の歴史の象徴だった。原作絵本「ダックとディーゼル機関車」”2、およびその映像化作品の2シリーズ「ディーゼルがやってきた」”3、「ディーゼルのわるだくみ」”4、「とこやにいったダック」”5である。作者が慣れ親しんでいた英国大西武鉄道出身の機関車、ダック(2010, 秋山)のモデルになった実機の機関車が廃車になった年に絵本が出版されたが、これらのエピソードの背景に、当時英国の発展に著しく貢献した蒸気機関車が、性能の悪いディーゼル機関車にとって代わられていったことを示している。蒸気機関車にとっては脅威であり、作者の目には遺産ともいえ、愛着のあった蒸気機関車の大量廃棄を問題視していたのは明らかである。秋山も、原作絵本のいくつかの作品の成立背景としてこのことに詳しく触れている(秋山, 2010)。原作絵本によって、文化遺産としての蒸気鉄道や車両の保護が進み、ディーゼル機関車の性能が改善されたことで、後発の原作の作品にも良心的なディーゼル機関車が増えたのである。

 だが後発のテレビシリーズでは、ディーゼル機関車への悪いイメージが独り歩きした時期もあった。14シリーズの長編作品である「ミスティアイランドレスキュー大作戦!」”6の冒頭では、原語版では、主人公のトーマスが、ディーゼルに、「君はディーゼル機関車だから役に立つ機関車になれない」、つまり「機関車の世界での人種を基にした差別発言」があり、15シリーズの長編作品である「ディーゼル10の逆襲」”7では、鉄道運営者のハット卿が、ディーセル機関車から声があったのに、ディーゼル整備工場の老朽化に手を打たなかったことが物語のキーポイントになるが、これが見方によっては差別になるということは明らかであり、ハット卿がその責任を取ることがなかった。この2作品は差別を助長している、という観点から批判の声もある”8。

 マイノリティ問題を社会が認知し、問題解決に動く論調の中で、影響あるコンテンツは偏りや差別が依然と続いていた。そのため、コンテンツを続けるなら「いろんな属性の人々が社会にいて当たり前、鉄道もそうだ」という番組に変わる必要があった。

女性や障がい者などマイノリティ新規顧客層のコンテンツ購入者の拡大と企業イメージ 


 2つ目は、関連商品の顧客の獲得によるメリットである。2018年のリニューアルまで、コンテンツの対象者は、洋服などの関連製品などを見る限り男児向けのものが多かった。この男性向けのコンテンツに、女性のメインキャラクターを増やし、「鉄道キャラクターの番組」=「男性だけでなく、女性やハンディキャップのある人も見る」、となることで、新たに加わった視聴者への商品展開を行えば、経済的に成功する可能性があるからだ。実際に、2017年のジェンダーバランスなどの作品変更時には、それまで展開されてこなかった女児向けの衣料製品などの販売を考慮していると説明があった”9。登場キャラクターのダイバーシティ化は、このようなコンテンツの買い手の増加を考えると、企業にとって好ましいといえる。顧客自身も、いろんな属性の買い手に向けてグッズがあることが、「自分がそのコンテンツを楽しんでいい」というメッセージとして、女性や障がいのある方にとっては心強いことになるだろう。
 

課題点

障がいのある設定のキャラクターを通して、視聴者に症状を身近なものとして伝える難しさの克服

 
 まず1つ目の課題点は、特定の症状が障がい者特有のもの、と評価されるのではないか、という懸念である。ブレーキ車のブルーノは、明確に「自閉症」という障がいのあるキャラクターとして2Dシリーズで導入された。具体的な障がい者を出すことで症状への理解を図ろうとしているが、当事者へのステレオタイプ形成になるリスクを考慮する必要がある。幸い、このブルーノに関しては、複数の当事者の声を聞きながら、制作メンバーが慎重に扱っている”10ので、現在のところ彼が偏見の元にならないように注意がされている。
 
 だが、よりよい教育を与えたいなら、一歩進んで、障がいの症状は健常者にも含めて当てはまることを伝えることも同時になされるべきではないのか。なぜなら障がい症状について、作品を通して伝える際、どれほど実態に即したものだとしても、受け手が、障がいのある人特有のものと、他人事として捉える可能性も十分あるからだ。制作会社が、作品コンテンツを通して真の共生社会を目指したいのならば、障がいの症状を、健常者の抱える似た症状と結びつけて、当事者に近い意識を持たせることも、同様に大切なのではないのか。
 
 TVシリーズの終盤は、それが出来ている作品が複数あった。その1つが、20シリーズの「うたうシドニー」”11である。このエピソードでは、著しく忘れっぽいディーゼル機関車のシドニーが、友達に部品を届ける仕事を成し遂げようと、必死に症状と向き合うエピソードではある。シドニーは記憶障害とカテゴライズ化されていないが、このことが、視聴者へ、忘れっぽいことのように仕事をするうえで自分の不向きと向き合う場面が誰にでもあって、それでも全力を尽くすことで何かしら事態が好転する、というメッセージを与えうる。今後作品を通していろんな属性の人々の共生社会に貢献する気が少しでもあるなら、ブルーノにもそのようなエピソードを積極的に作ることで、「誰にでもある症状だが、それを自閉症特有のものとみなす」リスクを下げる必要がある。
 

ダイバーシティへの改善策が、関連商品によるビジネス展開のお膳立てになってきた現状


 もう1つの懸念だが、2010年代後半からのコンテンツ戦略への批判からくるものだが、こうしたダイバーシティの取り組みが商業的戦略にすぎないことで、十分に取り組みがなされていないのに、それを言い訳にして原作作品の人格性の維持の放棄や、商業的戦略による作品の質の低下への批判が、作品内のダイバーシティ改善へのバックラッシュになる懸念である。

 マテルにとって商業的に芳しくないトーマス・ビジネス”9の業績を改善したいのは、企業としては当然のことではあるが、オードリーや原作の児童文学をルーツにしているのなら、時代の変化や彼が出来なかったことダイバーシティ問題を引き継ぎながら、彼が熱心に手掛けた作品の価値を崩さないように、昇華した作品を提供し続ける責任も同じように生ずる。ダイバーシティの弱みを改善し、彼の時代に出てこなかった教訓を、現実の鉄道でのエピソードを入れながら、なされる必要があるのではないか。
 
 ダイバーシティの配慮や、それら以外にも、現代で出てきた新しい教訓について、それをテーマにしていてもきちんとできていないのは、シリーズへの評価や展開期間を見れば明らかである。今ほど商業展開や企業イメージを意識してこなかった過去でもそうであった。女性の明確なメインキャラクターを1人加えた8~16シリーズは、「男児向けの安定した未就学児向けコンテンツ」の構築が最優先された結果、そのジェンダー改善の取り組みの不十分さを英国議会で批判”12され、SDGsなどの教訓や世界を舞台に加え、CGアニメならではの自由な演出も多く入れられた22~24シリーズは、そのメリットをエピソードに生かせずに(舞台を外国に移したが、その利点の生きたエピソードが少なかったこと、アニメを用いたファンタジー表現が尺回しになりやすい、SDGs教訓を入れようとしたが生かせずちぐはぐなエピソードが多かった)、たった3シリーズで終了した。

 こうした状況が続けば、定期的な作品の変更が、並行して行われる関連製品のリニューアルという言いがかりにすぎず、かつての改革のようにビジネス重視で、作品継承者としての役割の放棄や、国際的なコンテンツでありながら十分なダイバーシティ整備が出来ず、かえってステレオタイプを作ってしまう問題が悪化してしまうのではないか。

 作品の質の低下で、視聴者に、「ダイバーシティの配慮を入れたから悪くなった」という偏見を生みかねない。商業的戦略と同等かそれ以上に、ダイバーシティの整備や作品継承者として作品の世界観の維持に重きを置き、それらが両立できるように十分議論を積み、真摯に取り組む必要があると考える。

謝辞

 広島大学総合科学部のマイノリティ社会文化論を開講し、このレポートについて、助言と掲載許可をいただいた辻輝之氏に深謝の意を表する。

参考文献

秋山岳志. きかんしゃトーマスと英国鉄道遺産. 集英社新書. 2010. P213-215, 85-94, 116-123, 111-113, 77-84, 212

“1 St Pancras International. “The Railway: A Woman’s World,” n.d. https://stpancras.com/history/the-railway-a-woman-s-world. [参照 2023-08-03].

“2 ウィルバート・オードリー. 桑原三郎・清水周裕 訳. 『ダックとディーゼル機関車』, ポプラ社. 2005.

“3 Mitton. D. (1986). Pop Goes the Diesel. Clearwater Features.

“4 Mitton. D. (1986). Dirty Work. Clearwater Features.

“5 Mitton. D. (1986). A Close Shave. Clearwater Features.

“6 Tiernan. G. (2010). Misty Island Rescue. HIT Entertainment and Nitrogen Studios Canada.

“7 Tiernan. G. (2011). Day of the Diesels. HIT Entertainment and Nitrogen Studios Canada.

“8 The Unlucky Tug. [EVERY Thomas Movie Ranked]. (2023, March 31). (2021, August 6, Original video uploaded). [Video]. YouTube. Retrieved from: https://www.youtube.com/watch?v=ggSGopLCDII 1:55-18:34 [参照 2023-08-03].

“9 WTGV, Gray Television. “Girl Trains Added to Thomas the Tank Engine Show,” October 15, 2017. https://www.13abc.com/content/news/Two-girls-added-to-Thomas-the-Tank-Engine-show-450901803.html [参照 2023-08-03.]

“10 Clarke, Naomi. “Https://Uk.News.Yahoo.Com/Thomas-Friends-Introduce-First-Autistic-230100839.Html?Guccounter=1.” Yahoo news UK, September 7, 2022. https://uk.news.yahoo.com/thomas-friends-introduce-first-autistic-230100839.html?guccounter=1. [参照 2023-08-03].

“11 Basso. D. (2016). Sidney Sings. HIT Entertainment and Arc Productions.

“12 Beattie, Jason. “Thomas the Tank Engine Is ‘“a Poor Example”’ to Children Because ‘There Are Not Enough Female Characters.’” The Mirror, December 27, 2013. [更新 2013-12-27 17:18].
https://www.mirror.co.uk/news/weird-news/thomas-tank-engine-a-poor-2964776. [参照 2023-08-03.]



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?