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深酒は控えようと思った

 空きっ腹にウィスキーを流し込むと、まず脳が痺れていくのを感じる。そして顔、身体とその範囲は広がっていき、まるで他人のように身体の制御が出来なくなる。この感覚が好きで酒を飲んでいると言っても過言ではない。やがて酔いが回り始めると、今度は睡魔が襲ってくる。それはまるでそよ風のように瞼を撫でて、私を心地よい眠りへと誘っていく。そしていつものように、そのまま意識を失うように眠りについた。……はずだったのだが、何やら近くで声が聞こえる。そんなはずはない。この部屋には私一人なのだ。幻聴だろうか?そんな事を考えながら、ゆっくりと目を開けた。

 ……いつもと変わらない光景が目に映るが、やけに光が眩しく感じる。目頭を押さえた指先が濡れている事に気が付いた。泣いているのか、自分は。何故だろう。何か悲しいことがあったような気がするが思い出せない。いや、思い出せないというよりはそもそも無いといった方が正しいかもしれない。何も感じない。ただ漠然とした悲しみだけが心に残っている。それすらも忘れてしまう程、私は酔っていたという事なのだろうか。しかし、夢の内容なら覚えていたりするものだ。これは現実ではない。私はまだ眠っているんだ。
「もう一度眠ってしまおう」
そう思い再び瞼を閉じる。だが、その瞬間、突然激しい痛みに襲われた。頭が割れるように痛む。あまりの激しさに思わず飛び起きてしまった。ガンガンする頭を手で押さえる。こんな経験は初めてだ。二日酔いにしては早いし、度が過ぎた痛みだ。 一体どういうことなのか?自分の身に何が起こったのか理解出来ず呆然としていると、また誰かの声が聞こえてきた。耳鳴りのせいで何を言っているのかまでは分からないし、そもそも日本語ではないような気がする。それにしてもよく響く声だ。

 次第に頭の痛みにも慣れてきて、少しだけ冷静さが戻ってきた。そして声を聞き取ろうと集中する。すると、やはり聞き取れないものの言葉として認識出来る単語がいくつかあった。辺りを見回す。部屋は薄暗かった。一瞬、祖父母の家のような懐かしい匂いがした気がした。
「どうして?」
こめかみに手を当てて考えようとするが、すぐに霧散してしまう。眩しかった視界が暗くなっていく。こめかみに当てていた手を離すと、手が真っ赤に染まっていた。辺りを見回す。部屋は薄暗かった。一瞬、祖父母の家のような懐かしい匂いがした気がした。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
急に声が聞き取れるようになり、お経を唱える僧侶の姿が現れた。気味の悪い夢だ。そうに違いない。きっとそうだ。

 再び目を閉じようとしたが出来なかった。先程の頭痛がまだ残っているせいもあるが、それ以上に目の前の人物が私の注意を引いたからだ。それは紛れもなく自分だった。自分と同じ顔の人物が袈裟をかけて数珠を握りしめている。坊主はこちらを向いて口を開いた。
「お前さんは死んだんだよ」
懐かしいと感じた匂いは強烈な線香のにおいに代わり、部屋中を満たしていた。よく見ると、床には血溜まりが出来ており、その上に座って自分は両手を合わせて念仏を唱えているようだ。その血は自分の物らしい。どうりで手から滴っていると思った。いくら頬を引っ張っても、痛いくらい大きく目を見開いても一向に目覚める気配がない。それどころか身体の感覚が無くなってきた。意識はあるのに手足を動かそうとすると、まるで他人の身体の様に自由がきかなくなるのだ。坊主は相変わらずお経を唱えている。何と言っているのか分からないが、ひたすら同じ言葉をずっと繰り返しているだけだ。それが余計不気味さを増長させていた。次第に意識が遠のいていく。

 気が付くと、いつの間にか朝日が昇っており窓から差し込む光によって部屋が明るくなっていた。ゆっくりと身体を起こすと、途端に強い吐き気に襲われその場で嘔吐してしまった。何が起こったのか全くわからない。ただ、猛烈な頭痛が襲ってきていることだけは分かった。そのまましばらく動けずにいたが、何とか落ち着いてきたので洗面台へと向かうことにした。鏡を見ると酷い顔をしている。二日酔いというのはこういう事を言うのだろう。
蛇口を捻って水を出す。冷たい水がとても気持ちよかった。勢い良く流れる水を顔に浴びせると、少しだけ気分が良くなったような気がした。それから何度かうがいをした。

 タオルで拭いて顔を上げると、そこには自分が居た。
「夢ではなかったのか」
そう思った瞬間、激しい頭痛に襲われる。我慢できずその場にしゃがみ込んでしまった。しばらくの間そこでうずくまってから顔を上げて薄目を開けると、僧侶らしき姿が見えた。

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 日記のようなもの。飲みすぎはよくない(自戒)

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