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【創作小説・Stack Room150】わたしのかみさま【R102】

R102「わたしのかみさま」


「……何これ」

 梅雨の時期が少しずつ遠退き、夏の兆しが見え始めた頃だ。鹿又がマンションのリビングで郵便受けに溜まったチラシや書類を仕分けていると、紙束の隙間から一枚のハガキが出てきた。
 鹿又はまじまじとハガキを見つめ、裏と表を何度かひっくり返す。宛先に大きく書かれているのは吉田の名前。どちらも子供が鉛筆で一生懸命書いたような筆跡だ。所々消しゴムで消したり、擦れて汚れたりしている部分がある。
 差出人の所を見ると、拙い文字で「かみじょうゆり」と名前が書いてあった。聞き覚えのない名前に鹿又は首を傾げ、吉田の部屋に向かう。

「吉田先輩」

 少し大きめの声で部屋に声をかけると、数分も経たないうちにドアが開いた。ノンワイヤレスのヘッドフォンを首に掛けた吉田は「呼んだ?」と鹿又を見る。

「アンタに手紙来てるよ」

 鹿又がそう言うと、吉田はきょとんとして……すぐに顔色を青くする。
「な、なに? 催促状? それとも差押命令? ついにこの家没収されんの?」

「子供からの手紙ですよ」

 子供? 益々意味が分からないと言った顔をする吉田。鹿又だって分からないのだ。鹿又が「とにかく読んでみて下さいよ」とハガキを押し付けると、吉田はその場でハガキをじろじろ見つめてから、ハガキに書かれた文章を読み始めた。

 はじめまして わたしは かみじょうゆりといいます。
 いつも けいたいをつかって よしださんの どうがをみています。
 わたしのいえの うらやまには かみさまが いると いいます。
 わたしは かみさまを みてみたいです。
なので だいすきな よしださんに てつだってほしいです。

 吉田が読み終わると、鹿又は眉を顰める。正直、変な悪戯のようにしか思えなかった鹿又は、「……捨てますか、それ」と吉田に提案した。すると吉田がびっくりしたみたいに大きな声で「なんで?」と目を丸くする。

「いや、どう見たって変な悪戯でしょう。アンタが配信でペラペラ個人情報バラすから、ふざけて誰かが送って来たんですよ」
「そうかなあ。だって、ちゃんと住所書いてあるし……」

 そう言って、吉田がハガキを鹿又に見せる。だが、これがデタラメな住所出ないとは限らない。鹿又はその場でスマートフォンを取り出し、ハガキに書いてあった住所を検索する。
 検索の結果、都心部からかなり離れた田舎にある小さな村に地図の赤マークが立つ。本当に実在している。鹿又は驚きと、小さな恐怖を覚えた。

「なあなあ、行ってみようよこの村。俺、ゆりちゃんに会いたいな」

 吉田がキラキラした瞳を鹿又に向ける。どうやら、鹿又も強制参加のようだ。
「……給料出るんでしょうね」
 言いながら、鹿又はもう自分が逃れられない事を悟っていたのだった。

2

「本当に来てくれたんだ!」

  車で三時間半かけて辿り着いた山間部の小さな村に、明るい少女の声が響いた。慣れない山道での運転によってヘトヘトの鹿又に代わって、当たり前のように車で爆睡していた吉田が「こんにちは!」と三つ編みの少女に笑いかける。この子がきっと「かみじょうゆり」だろう。

「来てくれてありがとう! 私の家、こっち!」

 早速、嬉しそうに笑う少女が吉田の手を引く。されるがままの吉田の後ろを歩く鹿又は、ふとある違和感を覚えた。
 村の中に、人の気配を感じないのだ。普通、大人の一人や二人出てきても良いはずなのに。まさか子供が一人で住んでいるわけではないだろう。鹿又は辺りを見回した。しかし、誰も出てこない。違和感を拭えぬまま、吉田と共に鹿又は少女の家に向かった。
 少女が案内してくれた家は、今では珍しいような茅葺屋根の古民家だ。少女が古めかしい玄関を開けて「おばあちゃん、来たよ!」と大きな声で叫んだ。だが、誰も返事をしない。
 鹿又と吉田が顔を見合わせると、少女が笑って「おばあちゃん、耳が遠いの。ちょっと待っててね!」と言って、靴を脱いで廊下を走って行った。
 しばらく鹿又と吉田が玄関で待っていると、少女が戻って来た。「入っていいって!」と楽しそうな顔をする少女と共に家の中に鹿又と吉田が入っていく。
 少女についていくと、ちゃぶ台とこれまた古めかしいテレビが置いてある部屋に到着した。老人が一人、机に肘をついてテレビを見ている。この人が多分、少女の「おばあちゃん」なのだろう。
 机の直ぐ側に、3人分の座布団が置かれている。鹿又と吉田、それから少女の分の席だ。

「座っていいよ。私、お茶持ってくるね」

 少女が部屋を出ていく。気まずい気持ちになる鹿又だったが、吉田はものともしていないかのように座布団の上に座って、老人に話しかけた。

「あの、突然お邪魔してすみません。俺、吉田って言います! 実は、ゆりちゃんから手紙を貰ってここに来たんです」

 老人はテレビを見たまま、答えない。耳が遠いからなのだろうか。でも、かなり近くで吉田は話している。もしかして……無視をされている?
 だが、よくよく考えてみたら、突然男二人が家に押しかけてきたらかなり怖いだろう。鹿又は家に入ってから後悔した。通報されたら、鹿又と吉田は確実に捕まる。

「その……ゆりちゃんが手紙に書いてくれたんですよ。家の裏山に『神様』がいるって」

 老人が、微かに反応を示した。だが、何かを言うわけではなく老人は黙ってテレビを見続ける。
 吉田がさらに話をしようとした所で、少女が戻ってきた。

「吉田さん、ごめんね。おばあちゃん、すごく人見知りなの」

 お茶を机に置きながら、少女が吉田に謝った。きっと話しかける吉田の声が聞こえていたのだ。謝られた吉田は「大丈夫だよ」と笑ってみせる。

「あの、この村……他に大人はいないんですか」

 鹿又がずっと疑問だった事を口にしてみると、少女は鹿又を見て少し困ったような顔をする。

「あ、あー! ごめん、自己紹介してなかったよね。コイツ、俺の動画作りを手伝ってくれてる鹿又。変な奴じゃないよ!」

 鹿又と少女の間に割って入るように、吉田が慌てて説明する。吉田の説明に、少女が「そうなんだ」と安心した顔をする。鹿又は「この子、俺の事を何だと思っていたんだ」と軽くショックを受けた。

「この村はね、もう私とおばあちゃんしかいないの」

 鹿又がショックを受けている間に、少女が言う。吉田が「どういうこと?」と聞くと、少女は話を始めた。

「あのね、あんまりよく分からないけど、これからいっぱい工場が出来るから、村がなくなっちゃうんだって。だから、皆出て行っちゃったの」

 少女の話を聞く吉田の横で、鹿又はあるネットニュースを思い出す。この村を地図検索した際に「工場地帯建設による村の消滅」というネットニュースが関連するものとして出てきていたのだ。そこでふと、疑問が過る。

「何でゆりちゃん達は出て行かないの?」

 鹿又より先に、吉田が質問した。すると少女は真剣な顔をする。

「神様に会いたいから」

 ハッキリと少女は言った。吉田は驚き、鹿又は神妙な面持ちになる。

「どうして、神様に会いたいんですか」

 鹿又が少女に問いかけた。少女は真剣な眼差しを崩さぬまま口を開いた。

「私、神様に会ってお願いしたい。村を元通りにして下さいって。皆にもう一度ここに戻ってきて欲しいの! 工場なんて、私いらない。私はずっとこの村で暮らしたい。皆と一緒に……」

 少女の声が震えている。切実な願いを物語るその姿を見て、吉田はぐっと泣くのを堪え立ち上がった。

「わかった。ゆりちゃん、絶対神様に会おう! 作戦は今夜だ。それまで、一緒にお供え物とか準備しよ!」

 吉田の言葉に、少女が嬉しそうに表情を明るくした。それから少女と吉田は、お供え物を選別すると言って楽しそうに台所に向かって行った。

「……放っておいて大丈夫ですか?」

 鹿又が、依然としてテレビを見続けている老人に声を掛ける。鹿又は正直、「会えるはずがない」と思っていた。この現代において、村や小さな集落が消滅するのは仕方のないことだ。もう一度村が再建される事は不可能だろうし、「神様」という不確定な存在に祈った所でどうにもならない。
 鹿又の問いかけに、老人は答えなかった。

3

 夜になった。
 ゆり、吉田、鹿又の三人は裏山の見える縁側に座り、傾斜になった森をじっと観察していた。吉田が持ってきたチョコレートのクッキーを美味しいと言いながら頬張るゆりが可愛くて、ついつい甘やかしたくなる吉田。鹿又はといえば、いるはずもない神様をいつまで待てばいいのだろうと少しうんざりしていた。あと、この土地は山奥だからか電波が中々通じにくい。鹿又のストレスは増す一方である。

「吉田さんが来てくれてよかった。この村、もうおばあちゃん以外誰もいないし……友達が増えたみたいで、すーっごく嬉しいの!」

 ゆりの一言に、吉田が感激して「俺も! ゆりちゃんと友達になれて嬉しい!」と笑う。鹿又はその様子を「これ、知らない人から見たら犯罪だよな」とぼんやり見つめていた。

「鹿又さんも、来てくれてありがとう! 最初、ちょっとだけ怖かったけど……お料理、手伝ってくれて嬉しかった! 鹿又さんも、私の友達!」

 ゆりが鹿又に笑いかける。淀みのない笑顔を向けられた鹿又は、何とも言えなくなって黙り込む。そんな鹿又を見て吉田が「鹿又も人見知りなんだよ」とゆりに言った。吉田を睨みつけると、吉田はサッと視線を逸らした。
 そうして三人で話していくうちに、どんどん夜が更けていく。空には雲一つなく、星が輝いている。
 鹿又が夜空を見上げているうちに、喋り疲れたのだろう吉田とゆりの寝息が聞こえ始める。鹿又は縁側で眠る二人を見て小さくため息をついた。さて、どうしたものか。

「……ん?」

 ふと、鈴虫の音色の中に、別の鈴の音が混じっている事に気が付く。
 鹿又は辺りを見回すが、特に周辺に変わった様子はない。しかし、鈴の音は段々とコチラに近づいてきている事だけはわかる。鹿又は慌てて吉田を揺り起こした。

「先輩、起きて下さい!」

 鹿又が身体を揺すっても、吉田は全く起きる気配がない。鹿又はもう一度裏山の方を見た。
 裏山が、淡く点々と光り始めている。いつしか淡く黄色い光が裏山を染め、幻想的な風景を生み出した。鹿又は、その恐ろしい程の美しさに目を奪われてしまう。

「蛍だ」

 ふいに声がした。ハッとすると、いつのまにか目を覚ましたゆりが森を見ていた。鹿又は、ゆりの言葉でそれが蛍なのだと知る。都会にいては目にすることのないその景色を見つめていると、鈴の音が響く。

「……っ!」

 鈴の音と共に、裏山の傾斜から「何か」が降りて来る。黒い影のように塗りつぶされた、大きな物体。まさか熊か何かかと鹿又は身構えるが、そのような大きさではない。もっと大きくて……恐ろしい何か。

「お母さん!」

 突然、ゆりが叫んだ。そして、鹿又が止める間もなく裏山へと走っていく。草木と、淡い光に包まれ、ゆりの姿が消えていく。

「駄目だ、行ったら……!」

 手を伸ばしたが、既にゆりの姿は見えなくなっていた。淡い光、黒い影が、裏山を登って行ってしまう。鈴の音が遠ざかる。
 音が消え、静寂の闇が辺りを包む。まるで、全てが幻想だったかのように。

4

 夜明け。鹿又は吉田を叩き起こし、ゆりを探した。
 しかし、ゆりを見つけることは出来なかった。警察に電話しようにも、電波が悪くてどうにもならない。途方に暮れて縁側に座り込む吉田の背中に何も言えず、鹿又は焦った足取りで居間の襖を開けた。

「ゆりさん、見つからないです」

 鹿又は、黙ってテレビを見つめる老人の背中に向けて言った。相変わらずテレビを見たまま何も言わない老人に痺れを切らし、鹿又が半ば叫ぶ形で言った。

「貴方の大事な家族が、いなくなったんですよ! どうして平気なんですか!」

 鹿又は老人の背中を見つめていると、しばらくしてから老人がゆっくりとテレビを消した。

「あの子はここにいるよ」

 老人が言う。その声が、子供のように若く弾んだ声だった事に鹿又は戦慄した。老人は振り返らない。鹿又は、自分のいる空間が酷く不気味に感じた。この人と、これ以上ここにいてはいけないと警鐘が鳴っている。
 鹿又は居間を出ると、縁側にいた吉田を引きずって家を出る。振り返る事はしなかった。
 鹿又が車を飛ばして家に帰る間も、吉田は落ち込んだままだった。
車で家に帰った時には、もうすでに夕方を過ぎていた。家に帰ってきても落ち込んだまま何もしない吉田に代わり、鹿又はある調査を始める。
 鹿又はスマートフォンを操作し、知り合いである真木野に電話を掛けた。

「もしもし? 鹿又君かい。東京に帰ってきたのかな?」

 すぐ電話は繋がり、いつもの落ち着いた声が聞こえてきた。実は、鹿又は村にいる時から真木野に連絡を取ろうとしていたのだ。しかし村の電波状況が悪く、連絡を取る事が出来ていなかった。
 鹿又は真木野に連絡が取れた事にほっとしながら、村で起きた出来事について話をした。

「工場計画によって消滅する村、少女、蛍、鈴の音か……。そういえば、その村は一昔前に『蛍の名所』として特集された事があった筈だよ。だけど、村に生贄伝承が残っていたことが問題になってね、あまり観光名所として生きながらえる事は出来なかったんだ」

 真木野の話に、鹿又は「生贄伝承ですか…」と呟いた。その呟きに、真木野は「そこに引っ掛かるとは流石だね、鹿又君」と嬉しそうな声を漏らす。その後、何かガサガサと電話越しに音がしたかと思うと、真木野が「お待たせしたね」と返した。

「その村の生贄伝承について、実は調べた事があるんだ。さっき、蛍の名所で特集された事があると言っただろう? 実はそれが深く関係していてね。村の山には昔から『蛍の神様』がいると信じられていた。そして、その蛍の神様に村を守ってもらう為に、毎年子供を一人山に置き去りして生贄に捧げていたという訳さ」

 信じられない事を軽々と口にする真木野に、鹿又は言葉を失う。だが、お構いなしに真木野は話を続けた。

「ここからは僕の憶測だけれど、生贄伝承の問題と共に土地開発が進んで、村からは人が消えて信仰は途絶えつつあったんだろう。その中で……その女の子は最後の生贄になってしまったのかもしれない。村を守る、最後の砦としてね」

 鹿又は、真木野の話を黙って聞いていた。
ゆりはきっとそんなつもりはなかった筈だ。生贄になろうなんて、絶対に思っていなかった。鹿又は真木野に軽く挨拶をしてスマホを切ると、フラフラと自室に戻り、ベッドに背中を預けた。ウトウトと、意識が傾いていく。瞼が重くなって、鹿又はそのまま静かに意識を手放した。
それからどれくらい経っただろうか。
誰かが自分の身体を揺さぶる振動で目を覚ます。おい、一体誰だ。人が気持ちよく寝ているのに。苛立たし気に鹿又が目を開けると、視界一面に吉田の焦った顔が広がった。

「……うわ、え、何?」

 鹿又がすぐ傍にある顔に聞く。吉田は口を魚のようにパクつかせて、何かを訴えようとしていた。吉田が何かを見つけたのだと察して鹿又が起き上がる。吉田は鹿又の腕を引っ張ってリビングに連れていき、少し音量の大きく設定されたテレビを指さした。
 鹿又がズレた眼鏡を掛けなおし、テレビを凝視する。山間部で土砂崩れが起きたらしい。一体場所は何処だろうと視線を彷徨わせ、鹿又は驚いた。

「あ、あれ……ゆりちゃんの、村……」

 吉田がガタガタと震えている。鹿又は信じられないと言った顔をした。土砂崩れが起きたのは、吉田と鹿又が訪れたあの村の場所である。テレビ中継では、村が一つ飲み込まれたようだと報じていた。鹿又のスマートフォンが鳴っている。多分、真木野だ。

「……ゆりちゃんって、本当にいたのかな」

 わからない。吉田の言葉に鹿又は何も返事を出来なかった。何もかもが、嘘であればどんなにいい事だろう。あの、鬱蒼とした森から歩み出てきた黒い影も、なにもかも。
黙り込む二人の横を、ふわりと何かが飛んでいく。吉田が「ぎゃ!」と情けない悲鳴を上げて飛び退いた。鹿又が見ると、窓際のカーテンに黒い虫が留まっている。
 吉田が背中をぐいぐい押すので、鹿又がその虫を追い払う事になった。ゆっくりと窓際に近づき、そっと窓を開ける。カーテンを揺らして、外に虫を追い出そうと試みた。
 虫ははためいたカーテンから飛び立つ。そして、ふんわりとその身を淡く光らせた。
 それが蛍だと気が付いたのは、光溢れる夜の街にその姿が消えてからである。


次回更新:7月5日19時予定


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