見出し画像

その顔は、至上の幸福に輝いている。

楽しい夢を見ると、ちょっと幸せな気分になりませんか? 最近、そんな夢を見ていないという方へ、小説の一片を!

ご紹介するのは、中島敦作「幸福」。
ある島の長老とその下僕は、同じ夢を見るようになります。ただし、夢の中では、二人の立場が入れ替わっている。この二人が、同じ夢を見ていると知るのは、長老が、「夢の中で下僕となった自分」を、「夢の中で主となった下僕」が虐げることに腹を立て、下僕を罰するために呼びつけたときです。

長老は、下僕の変化に驚きます。やせ衰え、おどおどしていた、小心者の下僕が、デップリと肥り、元気いっぱい、しかも、態度は自信に充ちている。変化の理由を尋ねた長老に、下僕は、夢の話をします。それに続き、長老も夢の話をします。それを聞いた下僕の様子と、下僕を見る長老の様子は、次のように描かれています。

 下男はそれを聞いても一向に驚かぬ。さもあろうと云った顔付きで、とっくに知っていたことを聞くように、満足げな微笑をたたえながら鷹揚に頷く。その顔は、誠に、干潟の泥の中に満腹して眠る海鰻(カシボクー)のごとく、至上の幸福に輝いている。この男は、夢が昼の世界よりも一層現実であることを既に確信しているのであろう。アアと心からの溜息を吐きながら、哀れな富める主人は貧しく賢い下僕の顔を妬まし気に眺めた。

苦楽の総量は、同じだけれど、味わう順番が変わると、幸福感が変わる、ということでしょうか。

お立ち寄り頂き、ありがとうございました。

物語の一片 No.5 中島敦作「幸福」  

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,330件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?