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癇癪を起さず、辛抱して、書き続けてください。

ほんの感想です。 No.33 芥川龍之介作「戯作三昧」大正6年(1917年)発表

芥川龍之介の「戯作三昧」を読んだとき、思いがけず、作者の体温を感じた気がしました。その理由は、「読者に向けて書き続ける人の苦悩と希望」が描かれていたためです。その「書き続ける人」とは、「南総里見八犬伝」を書いた滝沢馬琴です。

「南総里見八犬伝」は、滝沢馬琴が四十七歳から七十五歳までの二十八年をかけて完結させた、9集、98巻、106冊という、すぐにはイメージできない大作です。オリジナルを読んだことはないけれど、仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌の玉をもつ八犬士が、力を合わせ、里見家を再興するというあらすじは、映像作品や、翻案作品によって刷り込まれています。

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「戯作三昧」は、六十五歳の滝沢馬琴のある一日として、次のことを描いています。

・銭湯で、八犬伝ファンの言葉に戸惑い、アンチの不評を耳にし、滅入る。
・帰宅すると、待ち構えていた出版人から、無茶な執筆を依頼され、怒る。
・訪ねてきた画家の渡辺崋山と、戯作や画作に対する幕府の制限を、嘆く。
・お参りから戻った孫から、「もっと辛抱して書き続けて」というメッセージを伝え聞く。
・そのメッセージの発信者を知り、前向きな気持ちになる。
・八犬伝の続きを執筆する。

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実績も人気もある滝沢馬琴ですが、次の事情から、書き続ける上での苦しさを感じていることが読み取れます。

・自分が書きたいものと、読者から求められる内容のギャップ
・好きなことを、好きなように書くことを許さない、業界システムや、幕府の政策の存在
・死が意識される年齢であること

しかし、孫が教えてくれた言葉は、彼に力を与えました。その夜、八犬伝の続きを執筆し始めると、走りそうになる筆を、「あせるな。そうして、できるだけ深く考えろ」、と何度も戒めます。

筆の勢いを止められない馬琴の様子は、次のように描かれています。

頭の中の流は、丁度空を走る銀河のように、滾々(こんこん)として何処からか溢れて来る。彼はその凄まじい勢いを恐れながら、自分の肉体の力が万一それに耐えられなくなる場合を気づかった。そうして、緊(かた)く筆を握りながら、何度もこう自分に呼びかけた。

「根かぎり書きつづけろ。今己が書いている事は、今でなければ書けない事かも知れないぞ」

 しかし光の靄に似た流は、少しもその速力を緩めない。返って目まぐるしい飛躍の中に、あらゆるものを溺れらせながら、澎湃として彼を襲ってくる。彼は遂に全くその虜になった。そうして一切を忘れながら、その流の方向に、嵐のような勢いで筆を駆った。

noteへの投稿を始めてから、「何かを書きたいけれど書けない。それが苦しい」というときがあります。誰にも頼まれていないのに・・・。

そんな自分に、私は言ってあげたい。

「あせってはだめ。そうして、できるだけ深く考えてください」
「癇癪を起さず、辛抱して、書き続けてください」。

ここまで、読んでくださり、どうもありがとうございました。


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