その詩人が去り、最も深く心を傷めたのは、もう一人の詩人だった。


「歴史小説には少しうるさいよ」という方へ、小説の一片を!

あなたは、歴史小説、お好きですか。歴史小説にも色々ありますよね。捕物帳や犯科帳、あるいは武芸物に市井の人々の泣き笑いなど。読後の爽快感や清涼感が、癒しとなる作品も多い気がします。

ご紹介するのは、森鷗外作「魚玄機(ぎょげんき)」。
九世紀の唐の女流詩人魚玄機の短い一生を描いた歴史小説です。そして、これまで私が読んできた歴史小説とは、趣が異なりました。
最初に読了したとき、「書いてあることはわかりました。ところでオチは?」という気持ちになったのです。そして、登場人物に関する知識がゼロでは、太刀打ちできない、と感じました。

主人公の魚玄機と、その師ともみられる温庭筠(おんていいん)について、電子辞書の広辞苑、ニッポニカ、ブリタニカで確認してみました。ちなみに魚玄機と温庭筠は、広辞苑に次のように簡記されています。

魚玄機 
晩唐の女性詩人。字は幼微・蕙蘭。長安(陝西省(せんせいしょう)西安(しーあん))の人。温庭筠(おんていいん)らと詩を交換。侍女を殺害した罪で処刑された。森鷗外に小説「魚玄機」がある。(844頃~868)
温庭筠(おんていいん)
晩唐の詩人・詞人。字は飛卿(ひけい)。本名は岐。山西きの人。詩は李商隠とともに「温李」並称される。新興の詞の制作に本格的に取り組み、新しい表現様式を確立。著「温飛卿詩集」。(812~872頃)

温庭筠は、詩に関して高名であったこと、そして、彼が魚玄機と接点があったことがわかりました。すると、温庭筠の役割にヒントがあるように思えてきました。

温庭筠は、幼かった魚玄機の詩才を認めた人です。そして、魚玄機は、詩人としての温庭筠を尊敬しています。二人の境遇は変わっても、魚玄機は、温庭筠に自作の詩を送り、教えを請います。温庭筠は、詩を通して、魚玄機の変化、特に女性としての成熟を知ることができたのです。

森鷗外は、魚玄機の一生を、温庭筠という大詩人との接点を設けて描くことで、詩で心を通わす世界の美しさを描きたかったのではないか、と思えてきました。「オチは?」などと、失礼な問いを発していた森鷗外の歴史小説に、ようやく、楽しむための視点を得た気がしました。

お立ち寄り頂き、ありがとうございました。

物語の一片 No.18 森鷗外作「魚玄機」


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