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デジタル読書とポメラで学んだこと 1 思索と対話、多様性について

ここのところポメラ生活1周年で、投稿をいくつかしました。

今度はデジタル読書とポメラで学んだ事について思索したい と思います。

思索や対話によって多様性が生まれ組織や社会は前進する

デジタル読書で色々な本を読みました。今まで読もうとは思わない本もトライしてみました。
そして読書ノートを付けてみました。

そこで分かってきた大きな事の一つは、多様性の重要さ です。
多様性がなければ、画一的な社会になってしまい、いわゆる「生きづらい社会」がドンドン完成していく と考えています。実際身近な社会ではそれが進行しつつあるようにも思えます。世界的な流れでもそれを感じます。

そうならないように対話をしっかりすることが重要 と感じるようになりました。
また、自分の価値観を表明することも重要ですが、相手の価値観も聞いてみる。そして「相手の靴を履いてみる」ように相手の考え方や価値観も出来る範囲で疑似体験してみる 。(この表現はブレイディみかこ氏の著作で出会い、感激しました)
その上で、お互いにとっていいところを模索する、と言うことによって多様性は担保されてくる のではないか、と思うようになりました。

もちろん完全な自分の思い通りの世界ではないですから、多少の痛みはありますが、それを上回る充実感がある ように感じられるようになってきました。

また、多様性や対話のことを考える場合、自分なりに思索をすると言うことも非常に重要 だと思いました。
他人に自分の考えていることを押しつけることなく、うまく伝えるためには、自分でしっかりと思索をして、自分の立ち位置を明確にしてその内容を他人に表現しなければならないな、と思う局面が非常に多かったからです。

そのように感じた例をあげてみますね。

コロナワクチン接種について

小理屈野郎はいわゆる「ハイコンタクトグループ」に属する職種に就いています。
さらには、基礎疾患の観点から見ると、ある程度若年者ではありますが「ハイリスクグループ」にも属しています。
と言うことで、基本的には新型コロナワクチンを打つ、と言うことについては、世の中から見たら「問答無用」 と言うところですよね。
しかし、この新型コロナワクチンについては、小理屈野郎のような条件を満たしている人に対しても「接種を推奨」する 、と言う扱いなんですね。
と言うことは、「強制ではない」 と言うことです。考える余地がありそうです。
そんな中でまずは思考実験をしました。

小理屈野郎の新型コロナワクチン接種に関する思考実験

  • 接種するコロナワクチンはどういうものか

まあ、商品になっているようなものなのでそれほど危険なものではない 、と言う風に考えるのも一つの手です。
小理屈野郎は、もう少し掘り下げて、どのようなものを接種するのかと言うことを見てみました。

・新型コロナワクチンは、今までのインフルエンザワクチンのような製造法でつくられたものではない。
・mRNAと言うものを体内に打ち込んで、それによる反応でコロナワクチンに対する抗体を体の中で自ら産生して、感染から防御する。そして、その反応によって免疫細胞に記憶を残し、万が一かかった場合でも重症化をしにくくするものである。
・従来の製法のワクチンでの感染防御率・重症化率をはるかに上回る好成績を残している。
 

これが一番基礎的な知識となりました。

次に、基礎疾患を持っていたので、その人たちをグループとした感染防御率や重症化防止も見てみました。

その基礎疾患をしっかりとコントロールしているかどうかによって感染防御率や重症化率に変化があるかと言うことも主治医の先生に訊いてみました。その結果では、以下の通りでした。

基礎疾患をコントロールしていないと結構感染しやすいし、重症化しやすい。そして基礎疾患をある程度コントロールできている場合は、基礎疾患がない人にかなり近いぐらいの感染防御率や重症化率をキープできる。

以上のようなことが分かりました。

ここまで調べると少しほっとするところもありました。
しかしそれだけでは、ダメだと思いもう少し思索を進めてみました。

  • 副反応について

今までの製法でつくっているものなら、違う疾患に対するワクチンの成果ではありますが、副反応はある程度類推できます。(もちろんそれ以外の副反応が出る可能性はありますが)
しかし新しい製法でつくられていること、そしてその製法でつくられたワクチンがないことから副反応についての情報が他のワクチンに比べて極めて少ないと考えました。
実際調べてみると、原理上は短期的には(接種後しばらく、と言い方しか出来ませんが)大きな副反応が起こらないことが多い 、と言うのが科学者やウィルス学者、免疫学者の方たちの主張でした。
なるべく偏り無く色々な情報を集めて吟味した上で、そう判断しました。
晩期的な副反応については、書籍では皆さん口をそろえて「分からない」 と言うことをおっしゃってました。

ここからは、何か情報となるようなことはなかったので完全な思索段階になりました。
晩期的な副反応については未来を予測する、と言うことになりますのでおそらく予想は大きな意味では外れることが多い と思います。
それでは、どういうことを考えたか、と言うことなのですが、今の勢いを見るとこれから世界中で非常にたくさんの人が接種することになる。そして10年なり20年なりの時を経て、もし重篤な副反応が出た場合のことを考えてみました。
非常に高い接種率を誇る国も結構あります。そういう国は、その段階でたくさんの副反応を抱えた人であふれかえるわけです。
その反応が重篤であるほど、そしてその人数がたくさんであるほど、大変なことになります。おそらく国家が滅亡してしまうことも視野に入れなければならないと思います。
そうなれば、日本もおそらくそのような国家の一つとしてカウントされることでしょう。
この状況で(自分はその時まで未接種でコロナにかからずそれなりに元気で)生きる、と言うことを考えると、小理屈野郎的にはなんだか悲しい話だな、と言う風に感じました。
もちろん、最悪の想定ですので、ここまでのことは起こらないかも知れません。もう少し軽い晩期的な副反応の場合もあると言えます。

であれば、平均寿命から考える自分の残り時間も加味して接種を受けて、感染にかからない方が安心だろう 、と言う風に考えました。
以上のようなことを考えてから新型コロナワクチンの接種を受けました。現在までに3回接種を受けていますが、2回目以降も上記の思索の結果を基に、接種を受けています。

4回目については、3回目接種をしているにも関わらずオミクロン株以降ワクチンの効き目はかなり落ちているように見受けられること、そしてブレークスルー感染(ワクチン接種を受けていて十分に免疫が働いているうちだろうと思われるのに感染してしまうこと)がかなり見受けられるようです。
しかし重症化率は上がっていないので、いわゆる細胞性免疫(免疫細胞がこの疾患にかかった後に働かせる機構)は多少の低下があるようですがまだ保持されているようです。
この短期間に4回もワクチンを受ける、というのは普通のワクチン接種ではないことのようです。(多くても2,3回が限度のもののようです)
さらに、4回目の接種が非常に進んでいる国のデータがちょこちょこ出ているようですが、3回目までと比べて効果はあるようですが画期的な効果が無いようです。
以上のことから、主治医の先生とも相談の上、どうしようか最終的には自分で判断しよう と思っています。

デジタル読書や、ポメラによる思索を行っていなかったときはここまで色々と突き詰めて思索することが無かったと思います。
そういう意味でなかなか自分でも興味深いことだなと思いました。

他の家族のメンバーの新型コロナワクチン接種に関する思考実験と対話

次に、家族の新型コロナワクチンについてどうするか、と言うことに視点が向いていきました。

まず、家族構成としては、家内はわたしと同い年、そして子供はその当時中学2年生の双子(女の子と男の子)、そして中学1年生の男の子です。

まずは家内と相談してみました。
家内には、小理屈野郎がどのように考えて、結局接種に至ったかを上記の通りに話してみました。
そして、ハイコンタクトグループの職に就く家族もハイコンタクトグループに近いぐらいリスクはある、との説明も付け加えました。
また、子供たちが学校などからもらってかえってくる可能性にも言及しました。
(ちょっと誘導尋問のように家内には聞こえるかも知れませんが、これは伝えなければならない情報の一つと考えさらっと伝えました)

家内はわたしの考え方については、なるほど、と理解を示しました。
そして家内はどうしたいかについて聞いてみました。
家内は、「ワクチンの効く理由などは分かった、しかし今のところ外で働いているわけではなく外出の機会は極めて少ない。そしてワクチンを打ったからと言って趣味のフルートのレッスンを対面ですぐに再会できるわけではない。そして晩期の副反応が分からない、と言うのが非常に心配」 とのことでした。

結局、いろいろ考えた上で納得がいかない、と言うことで接種はすべて見送っています
夫婦はお互いの存在や考え方を尊重していくことが一番大事なことです。
ワクチン接種は強制のものではないし、個人の価値観の問題です。しっかりと考えた上で、お互いに相談をして、お互いの考え方を理解した上で気持ちよく結論を受け入れることが出来ました

次に3人の子供たちにも少しかみ砕きながら、家内と同じ内容をゆっくりと話してみました
その上で、彼らの返答を待ちました。
彼らの返答の要約は以下の通りです。

長女

晩期の副反応のことが心配。自分たちは、3密にならないようにしたり、マスクをしっかり使う、手洗いうがいをするからいいかな、若い人はかかってもひどいことにはならないことが多いみたいだし、 とのこと

長男

晩期の副反応のことが心配。ニュースなどを見ているとアメリカなどは接種率を上げるために接種後にハンバーガーをサービスしたり、お金を渡したりしている。それってなんだか変。ワクチン接種の個人的・社会的利益は分かるが、うさんくさい。長女と同じように自分たちで出来ることをしっかりして、かかったときはしょうがない。ちょっと迷惑かけるかも知れないけどね、とのこと

次男

晩期の副反応のことが心配。ワクチンの重要性は理解した。長男と同じようになんとなくだけどうさんくささを感じた。なので、自分の出来ることをやるわ、とのこと。

子供たちの話を聞いていても、彼らなりにいろいろと真剣に考えていたようです。彼らの成長を感じた瞬間でした。
そして、説明した内容に理解がついていかなかったときは質問を適宜してくれたしそれに対しては分かる限りの説明をしました。

以上のようなことで小理屈野郎以外の家族のメンバーすべては接種を見送る と言うことで今まで過ごしています。

子供たちも含め対話を行うことで、このような結論に至りました。
自分がしっかり思索をしていないと、上記のような対話も出来ないし、その対話からの結論も受け入れられないかも知れないな、と思いました。

対話のその後

小理屈野郎は、基礎疾患のコントロールにいそしんでいます。一時少しコントロールが悪くなりかけたことがありましたが、なんとか元に戻しています。

家内は、かなり色々なことに気をつけているみたいで、例えばお買い物に行く時間をシフトしてなるべく人の少ない時間に行く、とか店舗が換気ををしっかりしてくれているか確認している、とか言っていました。
家の換気もかなり注意しているようです。
また、子供たちの様子にもかなり注意して見てくれているようで、時折確認や相談を受けて二人で色々と対策することもあります。

子供たちは、遊びたい盛りではありますが、学校外での友達とテーマパークに遊びに行くお誘いなどは自発的に断っているようです。理由は子供なりに考えて状況を説明しているようです。
最初はなかなかつらかったけど、周りも理解してくれるし、お誘いを断ったからと言って特に何も無い 、とのことでした。
もし、子供たちとの対話で、彼らも自主的に出来ることをしてくれている、と言うことであれが本当に嬉しいことだと思います。

新型コロナウィルス感染症やそのワクチン接種についてはどの家庭でも問題になった(なっている)と思います。

その中でみんなで相談して、それぞれの意見を尊重できたので良かったと考えています。

それを支えたのはデジタル読書、(ポメラなどの補助を得た)思索、対話であり、そこから出たのは多様性の小さな実現であったと考えています。

まとめ

小理屈野郎の家庭における新型コロナワクチン接種の顛末をまとめました。
今までの小理屈野郎なら、このような問題が起これば、ともすれば、家族の存続を揺るがすようなけんかに発展していたのでは無いかとも思っています。
デジタル読書から始まる知識の血肉化、そしてそれをサポートしたポメラによる思索。
これらによってそのようなことなく、みんなが納得して安心してこの決断が出来て本当に良かったと思います。

多様性についてはもう少し思索してみることにします。
次回も多様性について思索してみますね。

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