『ゴッドファーザー(上)(下)』(マリオ・プーヅォ著・一ノ瀬直二訳)を読んで…あらすじ・映画との比較・疑問 ー第1回ー
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原作『ゴッドファーザー』は、“新しい発見の宝庫”だった!
『ゴッドファーザー』は、1972年に公開された映画で、当時の興行記録を塗り替える大ヒットとなった。また、同年度のアカデミー賞において作品賞・主演男優賞・脚色賞を受賞している。多くの映画好きの人達にとって一度は観たことのある、名高い映画と言っていいだろう。
ご多分に洩れず私もこの映画の大ファンであり、もう、何十回観たか分からない。DVDを購入し、地上波やBSテレビでも新聞の番組欄で放送予定を目にすればほとんど観逃すことはない。最近ではnetflixでも視聴しているがこの頃は、(早く『ゴッドファーザー』を超える内容の映画が現れないものか)と、待ち望んでいるというのが本当のところである。では一体なぜ、この映画は観る者(少なくとも私)をここまで惹き付けるのだろうか、原作ではこの映画はどのように描かれているのだろうか、そんな疑問とともに興味が湧いてきて、私は原作を覗いてみることにした。
読み進めていくうちに、私は「うーん!」と唸り始めた。そこには、映画では映し出されなかった内容が次々と現れてきたのである。映画の作成においては,原作を若干変更している部分も当然あり、表現しきれていない部分もあった。原作のそれぞれの場面を読むにつれて、本当はこうだったのかと納得し、なるほどと新しい発見もできた。それなら、あそこの場面はどういうことだったのだろうと新たな疑問が浮び読み進めると、さらにその答えが現れてくるのである。映画で観た場面が脳裏に浮かんでくるのと同時に、原作は映画では知り得なかった未知の領域を、ジグゾーパズルを作り上げていくときのように埋めていく。読み終えた時、映画『ゴッドファーザー』をより広く、より深く理解することができたという満足感が残った。映画では分からなかったが、原作を読んで理解が深まった内容や、新たに出てきた疑問は、例えば、
〇葬儀屋アメリゴ・ボナッセラがドン・コルレオーネに嘆願する場面で、ボナッセラの娘を暴行した二人の若者への制裁について、ドンが「殺さない程度に」といってトムに指示した後、実行したクレメンツァは、部下にどのような制裁を行わせたのか?
〇娘コニーの結婚式の日に、ドンに祝辞を述べ忠誠を誓う、存在感のある殺し屋ルカ・ブラージとはいったいどんな男なのか?
〇歌手ジョニー・フォンティーンの件でラスベガスに交渉に行ったトムの要請を断った、映画プロデューサー、ジャック・ウォルツのベッドから名馬の生首が現れた場面は、観る者を震撼させる、この映画の中でも最も恐ろしい場面の一つであるが、この競走馬がどうしてこんな姿になってしまったのか、また、コルレオーネ・ファミリーは如何にしてこの猟奇ともいえる恐策を断行できたのか?
などなど、読めば読むほど映画ではたどり着かなかった、未知の世界が原作の中に広がっていった。小説『ゴッドファーザー』は正に、“新しい発見の宝庫”となった。私は、原作を読み終わると、また初めから読み返し、まとめながら映像と比較し、まとめを補足するという作業を、自分の感想や疑問、他の資料も取り入れながら始めた。手間のかかる作業となったが、関心の高まりが継続する中で、“読んでまとめ、映像を見て、また次を読む”という作業に、知らぬ間にどっぷりと浸かっていた。
『ゴッドファーザー(上)(下)』(マリオ・プーヅォ著・一ノ瀬直二訳)
第1部
〇1~3
ボナッセラの娘を暴行した若者の裁判の場面~~ドン・コルレオーネがソッロッツォ一味に銃撃され、瀕死の重傷を負ったことを知ったマイケルがコルレオーネ家に戻る前までの場面(P9~P165=映画:52分/177分)
〇葬儀屋ボナッセラに嘆願され、ドンが「殺さない程度に」といって、トムを通してクレメンツァに指示した、二人の若者への制裁は?
〇ルカ・ブラージとはいったいどんな男なのか、またドンとの関係は?
〇観る者を震撼させた、映画プロデューサー、ウォルツへの恐策は?
1
原作では、葬儀屋であるアメリゴ・ボナッセラの娘を暴行した二人の若者が、裁判を受けている場面から物語は始まる。若者たちには3年間の禁固刑が言い渡され、執行猶予が加えられた。彼らはその日のうちに自由の身となった。腹の中が煮えくり返るほど激しい憎悪を抱いたボナッセラがヴィトー・コルレオーネに公平な裁きを嘆願しようと決心する。続いて、全盛期を過ぎた歌手ジョニー・フォンティーン、美人女優である妻マーゴットの奔放で目に余る行動を目の前にして彼は怒りを露わにするが、妻の侮辱的な言葉に負い目を感じ屈辱的な絶望感に襲われた。しかし、ハリウッドで生きのびてきた彼の負けじ魂がよみがえり、今後の身の振り方を相談するために名付け親であるドン・コルレオーネのもとに。子ども時代からの友人であるパン屋のナゾリーネ、娘が結婚したいと思っている彼氏の市民権を取り、結婚を成就させたいと考えヴィトー・コルレオーネを頼る。
(映画では、娘コニーの結婚式当日、ボナッセラがドン・コルレオーネに、娘に暴行を加えた若者への制裁を嘆願するシーンから物語が始まっていく。原作では、ボナッセラをはじめ、ドン・コルレオーネへの依頼者について、その経緯や理由について詳しく描写されている。映画で見えなかった部分が原作には書かれている)
ボナッセラもジョニーも、そしてナゾリーネも、ヴィトー・コルレオーネの娘コニーの結婚式に多くの人々と同様に招待されていた。このめでたい宴の日には、それぞれが花嫁への贈り物として、ゴッドファーザーへの敬意の言葉を記したカードの入った現金入りの封筒を携えていた。それを花嫁のコニーに渡すのである。披露宴が行われている庭では参列者に飲み物が振る舞われ、祝いの日にふさわしい賑やかな歓声が溢れていた。(ヴィトー・コルレオーネ役のマーロン・ブランドは、原作のイメージに似せるため、口に綿を含んで顔を変え、渋みの演技が行えることを強調したという)
ヴィトー・コルレオーネには4人の子どもがいる。長男のソニー・コルレオーネは強靭な肉体と、勇気も備えていた。寛大で大きな度量があったが、気短かで物事の判断を誤ることがしばしばあった。それゆえ、父親の後継者となることに疑念を抱く者も少なくなかった。父親も長男に対して、自分の後継ぎとするには少々不安を持っていた。(ソニーの短気さが、後に大きな代償を彼自身に与えることとなる。ソニー役には、ロバート・デニーロもオーデションを受けている) 次男のフレッド・コルレオーネは忠実で従順で、常に父親に仕えていた。じっくり型のフレッドは父親にとって心の支えであったが、上に立つ者に必要な力強さ、人を引きつける魅力に欠け、父親の後継者たる器ではないとされていた。(フレッドは、コルレオーネ家では異色の存在で、マフィアらしくない雰囲気を漂わせている) 三男のマイケル・コルレオーネは父親の命令を拒否した、ただ一人の息子であった。彼は、父親の反対を押し切り軍隊に入隊し、海兵隊大尉として数々の勲章を受けた。除隊後2・3週間自宅に滞在したが、誰にも相談せずに大学に入学手続きを済ませ、父親のもとを去って行った。マイケルはドンのお気に入りで、その時が来れば当然、家業の跡目を継ぐ者とされていた。彼には父親同様、内に秘めた闘志と知性が備わっており、人の尊敬を得るように行動するための、生まれついての勘というものをもっていた。今日の結婚式には、婚約者のケイ・アダムスも同伴していたが、マイケルはもちろん礼儀をわきまえて、家族の者を含む参列者全員に彼女を紹介した。(マイケル役のアル・パチーノの鋭い眼光が印象的である。当初、ロバート・レッドフォードを起用するという話もあった) 娘のコニー・コルレオーネは、美しい娘ではなかった。痩せて神経質で、いずれ口やかましい女房になるだろうことは明らかだった。しかし、今日は白い花嫁のガウンを身にまとい、身体じゅうから若さと恥じらいを発散させ、ほとんど美しいと言っていいほどに見えた。(コニーの役を演じるタリア・シャイアは、後に映画『ロッキー』でロッキーの妻の役を演じている)
4人の兄妹は、コルレオーネ・ファミリーの中で、複雑な人間関係を背負いながら生きていく。
(三男のマイケルは1945年、戦闘で負傷を追っている。その後除隊し大学へ通うことになるが、改めて 『ゴッドファーザー』の時代背景を考えてみると、その時代は第二次大戦が終わった頃、日本で言えば昭和20年~30年代初頭にかけての時代に相当すると思われる)
マイケルからケイに兄だと紹介されたトム・ハーゲンは、12歳の時にソニーが家に連れてきた。両親と死に別れ、行く当てもなかったトムはドンの許しを得て、結婚するまで息子達と一緒に暮らしてきた。その間、ドンは父親というよりも後見人という立場でトムに接し、愛情を見せないかわりに息子たちに対するよりも思いやりを示した。トムはヴィトー・コルレオーネの事実上の養子となり、大学院に進み司法試験にパスして弁護士となったが、ドンに「ぼくはあなたの息子のように、あなたのために働きたい」と繰り返し伝えた。ドンはそれを聞くと初めてトムに父親らしい愛情を現わし、トムを両の腕で抱きしめた。そして、後に、トムはドンの大抜擢で組織のコンシリエーレ(相談役)となった。ドンは、トムと両親に失礼になるという考えから、あえてトムの名前をコルレオーネに替えることはしなかった。(原作では、ドイツ系のトム・ハーゲンがコンシリエーレに任命された時、他の有名なシシリー人のファミリーたちは“アイルランドのギャングども”と言ってけなし、コルレオーネ・ファミリーが落ち目とみなされている一因ともなっていると書かれている。しかし、このトム・ハーゲンの立場は、映画全体を引き締める重要な役割を果たしていて、俳優ロバート・デュバルの渋い演技が光る)
シシリーには昔から、娘の結婚式の日には友人の頼みごとを聞き入れなくてはいけないという習慣があった。そこで、今日もそのチャンスを見逃すまいと、何人かの依頼人が順番を待っていた。トムはドンからその順番を聞き、順次ドンの部屋に招き入れていた。パン屋のナゾリーネ、ピザ屋を開くためにドンから500ドルを借りに来たアンソニー・コッポラと、ドンはそれぞれの依頼者の話を聞き、心を込めて対応をした。トムは、ドンに「リストにはありませんが、ルカ・ブラージが会いたがっています」と伝える。
一方、披露宴の行われている庭で、ルカ・ブラージの顔に刻まれている凶暴な表情にショックを受けていたケイがマイケルに質問すると、マイケルはルカ・ブラージについて語り始めた。ルカ・ブラージは東部の暗黒街で最も恐れられている男の一人であること、仲間を作らず単独で殺しをやることを得意とし、警察による発見、追及をまったく不可能にしてしまうこと、15年程前に父親のもっていたオリーブオイルの仕事を乗っ取ろうとしてつけ狙い、父親を殺そうと計った連中の前にルカ・ブラージが現われ、二週間で6人の男を殺し、オリーブオイル戦争を終結させたこと、など。ケイは身を震わせたが、ルカ・ブラージには父親とトムしか知らない話があるらしかった。トムに聞いても、その話はマイケルが百歳になるまで言えない、本当に人の度肝を抜くようなことをルカ・ブラージは仕出かしているということであった。ルカ・ブラージは、彼の姿を見れば地獄の鬼も退散するといわれるほどの男で、背が低くがっしりとしていて、頭が大きく、彼が行くところ常に血なまぐさい風が吹き荒れていた。顔からはいつも凶暴な気配がうかがわれ、瞳は茶色だがそこには一片の温かみも見えず、ただ渋い色の点のようであった。薄いゴムのような唇は、死人のそれとはいわないまでもいかにも冷酷そうで、子牛の生肉のように真っ赤であった。
ルカの凶暴さはみんなから恐れられ、彼のドン・コルレオーネに対する忠誠ぶりはよく知れ渡っていた。彼がドンの権力組織を支えるうえで、多大の貢献をしてきたことは明白な事実であった。いずれにしても、彼は実にまれな存在であった。
今、ルカ・ブラージはドンの前に連れて行かれ緊張にすっかり身をこわばらせていた。ドンはルカの祝辞と現金入りの贈り物を受け入れ、感謝の意を伝えた。ルカの顔からは凶暴な表情が消え失せ、勝ち誇った喜びの表情が取って代わった。ルカはドンの手にキスをし、トムが開けたドアから、子牛の生肉のような色をしたゴムを思わせる唇を、軽くねじ曲げて出て行った。
(ルカ・ブラージは、映画ではいかにも不気味で凶暴なマフィアの殺し屋というイメージが強いが、その人となりはよく分からなかった。原作にはルカの経歴、凶暴性や冷酷さが詳しく綴られており、ドンとの関係についても改めて理解できた。後にマイケルは、ルカの度肝を抜くような話を、シシリー島で聞くことになる)
トムの後について隅の部屋に入っていったアメリゴ・ボナッセラは、娘のことでドンに嘆願しにきた。だが、ドンの態度からは冷ややかなものがうかがわれた。ボナッセラはドンからひどく嫌われていた。ドンの妻がボナッセラの娘の名付け親であるにもかかわらず、彼はドン・コルレオーネのことを“ゴッドファーザー”と呼んだことがなかった。出来ればマフィアとは関わらないでいたいと思いながら、今日まで生きてきたのである。ボナッセラは、娘が受けた暴行のこと、警察に行って若者が逮捕されたこと、若者はその後の裁判で3年の禁固刑に執行猶予が付け加えられたことなどを話した。
話を聞き終えたドンは、哀悼の意を見せながらも「しかしあんたはどうして警察に行ったんだ?はじめから私のところに来ることもできたんだろうに」ボナッセラは、横柄ともいえる口調で、制裁してもらえる条件をドンに尋ね、最後にドンの耳元で長いひそひそ話をし終えた。ドンが、無理な相談だと答えると、ボナッセラははっきりと、金に糸目はつけないと言った。話を聞いていたトムは首をすくめ、ソニーは冷たい笑みを浮かべてボナッセラを見ていた。
ドンはボナッセラに、彼がこれまでドン・コルレオーネを必要としなかったこと、それなのに今になって公正な裁きを願い出てきたこと、しかもその頼み方が横柄で、友情の証を見せないこと、娘の結婚式にやってきて人殺しを頼み、そのうえ金に糸目はつけないと言ったこと、どうしてこんな無礼な仕打ちを受けなければならないのか、ということを滾々と話した。ボナッセラは恐怖に顔を引きつらせながらも、裁きをお願いしたいと再度懇願する。ドンが決着の方法を問うとボナッセラは「目には目を」と答えた。「娘が味わったのと同じ苦しみを奴らに味わわせてください」「一体いくら支払えばいいんです?」それはもはや、やぶれかぶれの悲鳴であった。ドンはくるりと背中を向け、暗に帰るようにと合図したが、ボナッセラは頑としてその場を動こうとしなかった。
しばらくして、ドンはため息をひとつつき、今や死人のように顔を真っ青にしている葬儀屋のほうへ向き直った。ドンは、優しくて忍耐強い男だった。
「あんたはなんだって、私の真の友人になることを恐れるのかね?」
「初めから私の裁きを求めに来ていたら、あんたの娘さんを傷つけたクズどもは、今日にでも苦い涙を流していることだろう。あんたのような正直者がちょっとした不幸な事件から敵を作ったとしたら、それは私の敵でもある」
とボナッセラを説くと、彼は首をうなだれ、かすれた声でつぶやいた。
「わかりました。友情を誓います」
「結構、いつの日かあんたにこのお返しをしてもらう日が来るかもしれない。その日まで、この裁きを私の妻からのあんたの娘さんへの贈り物ということにしておこう」
感謝の思いでいっぱいの葬儀屋を退出させると、ドンはこの件をクレメンツァに任せるようトムに指示した。
部屋の中の3人を驚かすように、庭から歓声が沸き起こった。ジョニー・フォンティーンがコニーの結婚祝いに顔を見せたのだ。ジョニーは彼らの英雄であった。昔の仲間でありながら、彼らにとっては夢である、歌手となり銀幕のスターとなったのである。花嫁のコニーを挟み、昔の仲間であるニノ・バレンティと求婚を競い合う歌を歌った。それと同時に披露宴は最高潮に達し、拍手の嵐がやむ気配はなかった。
しかし、ドン・コルレオーネだけは、ジョニーの様子が普通でないことを感じ取っていた。彼を家の中に招き入れたドンは、
「私にまだ何かできることがあるのかい?おまえはすっかり有名になったし、金もたっぷりあるし、私の助けなんてもういらないんじゃないのかな?」
「ぼくは金持ちなんかじゃありませんよ、ゴッドファーザー。もう落ち目なんです。」
ジョニーの口からは、再婚したことの後悔、喉の異変で歌が歌えなくなったこと、前妻や子ども達ともうまくいっていないこと、一体どうすればいいか分からないということが、言葉となって次々と出てきた。ドンは、ジョニーが可愛くてたまらないといった仕草を示しながらも、泣き言を繰り返すジョニーを真似るような仕草をすると、荒い口調で咎めた。そして、ジョニーから映画の主人公に当たる男がジョニーにそっくりで、演技の必要もないほどうってつけの役があるが、ジャック・ウォルツが役を回してくれないという話を聞き、これからのことは、大船に乗った気持ちで自分に任せるよう彼に伝えた。
パン屋のナゾリーネが丹精込めて作ったウェディング・ケーキが庭に運び出されたのは、そろそろ夕暮れ近くなってからで、ひとしきりの賞賛の声がささやかれた後、ナイフが入れられた。その後、ドンは、コンシリエーレのジェンコ・アッバンダンドを見舞うため、フレディの運転する車にソニーとマイケルとジョニーを載せ、マンハッタンにあるフレンチ・ホスピタルに向かった。ジェンコ・アッバンダンドは、コンシリエーレ(相談役)としてドンの右腕となり、20年もの長い間働いてきたが癌に冒され、1年近くの入院生活の末、死期を待つばかりとなっていた。病床を見舞ったドンは、古い友人の手をさすりながら、元気づけるように言った。
「早く元気になって、イタリアの故郷の村に二人して旅行しようじゃないか。」
ドンは、まわりの人々に部屋を出るよう身振りで示すと、枯れ木のようなアッバンダンドの手を包み込んだ。二人して死を待ち受けながら、彼は優しく友を元気づけていた。そんなドンの姿は、消え去っていきそうな友の生命を奪い戻せるのではないかと思えるほどだった。
(ジェンコ・アッバンダンドは、初代コンシリエーレで、トムの前任者である。映画には登場しないが、クレメンツァ、テッシオと並ぶ組織の最古参で、ヴィトーの盟友である。元は若きヴィトーが務めていた個人食料品の息子で、しがない一般人であったが、コンシリエーレとして非凡な才能を見せ、数々の内外の争いごとを調停し、信頼が厚かった。映画の開始時点では死病の床にあり、間もなく亡くなる。未公開シーンでは彼の臨終シーンがある)
日曜日の夜、トムは空港に向けて車を走らせていた。この日、未明にジェンコ・アッバンダンドが息を引き取り、ドンは本日をもって正式にトムを一家のコンシリエーレに任命すると彼に伝えた。これにより、権力はもちろんのこと、多額の富が、トムの今後に約束されたことになる。これまでのコンシリエーレは、常にシシリー人が選任されるのがしきたりで、この人事は異例であった。
コンシリエーレはその名の通り、ドンの補佐役であり、右腕となる人物であった。また、ドンの最も近しい同士であり友人でなければならなかった。重要な旅行に出かける時は、彼がドンの車を運転し、会議においては彼がドンのためにコーヒーやサンドイッチやシガーなどを取ってやる。彼は、ドンが知っていることのほとんどすべてを、そして組織内のあらゆることを知っていなければならなかった。ドンに忠誠を尽くしている限り、彼は財産と権力が増し、尊敬を勝ち取ることができたのである。
場合によってはまた、コンシリエーレがドンの代役を務めることがあった。カリフォルニアに向かうトムにとって、今はまさにそのような場合であった。この任務が成功するか失敗するかによって、彼のコンシリエーレとしての将来に大きな影響を与えることになる。その意味で、ジョニーの問題よりもはるかに重要なのは、金曜日に予定しているバージル・ソッロッツォとの会議の成り行きのほうであった。ジョニーの話から、映画プロデューサー、ジャック・ウォルツの説得は難しいと思っていたが、ドンとジョニーとの約束を成就させる以外にはなかった。要するに、彼の役割は、接触し交渉することであった。
ロスアンゼルスに着いたトムは、午前10時過ぎウォルツとの交渉を始めた。トムはすぐに要点を述べた。自分はジョニー・フォンティーンの友人の使いであること、この友人は非常な権力を持ち、もしウォルツ氏が彼の小さい願いを聞いてくれたなら、彼はウォルツ氏に永遠の感謝と友情を誓うだろうこと、小さな願いとは、ウォルツ氏の撮影所が来週撮影を開始する予定の新しい戦争映画の配役に、ジョニー・フォンティーンを加えてもらいたいこと。さらにトムは、ウォルツの弱みや、半分脅しともとれる内容も含め、物越し柔らかく、冷めた言い方で、極めて事務的に話を進めていった
ウォルツの反応は否定的であったが、トムの冷ややかな反応に対して満面に怒りをあらわにした。机越しにトムの方へぐいと身体を乗り出してきた。
「いいか、チンピラ、きさまときさまのボスに一言教えてやる。ジョニー・フォンティーンは絶対にあの映画に出られやせん。マフィア風情が何人やって来ようとわしのこの決心は変わらんからな」
トムは、ドンから教え込まれた「決して怒ってはいかん、また決しておどしてもいかん、道理でもって相手を説得することだ」という、交渉のコツを忘れなかった。トムは弁護士と分かる彼の名刺をウォルツに見せ、ドンが金銭的な支援も可能であることを伝えた。すると、ウォルツの目は細くなった。彼は餌に食いつてきたのだ。その日の午後遅くウォルツからトムに電話があり、彼の自宅で夕食を共にすることとなった。
ジャック・ウォルツの住居は、映画のセットを思わせる作りだった。農家風の邸宅に、広大なグランドや厩舎、牧場があった。彼の態度は午前中よりも友好的だった。
「夕食前にちょっとわしの馬でも見ていただこうかな」
そう言って厩舎を案内し、去年イギリスから60万ドルで手に入れたという競走馬を自慢げに見せた。彼はその馬のたてがみを撫でながら、優しく声をかけたが、その音声には心からの愛情がこもっており、馬もそれに応じるような素振りを見せた。彼は馬の安全のために、特にガードマンも雇っていたのである。
やがて夕食の時間となり、二人は邸宅に戻った。食事を終えて、トムがジョニーの映画出演の件について尋ねたが、答えはノーであった。ウォルツは、ジョニーをとことん憎んでいた。トムは、ヴィトーコルレオーネがジョニーの名付け親であり、ジョニーは彼の両手の中で洗礼を受けたこと、父親が死んでからは彼が父親代わりをしてきたこと、彼はゴッドファーザーと呼ばれ皆から尊敬と感謝の念を抱かれていることを話した。しかし、ウォルツは彼の女性問題の恨みという個人的な問題で、ジョニーの配役を断った。さらに、ギャングの指図は受けん、とコルレオーネファミリーを口汚く罵った。「夕食と楽しい夜をどうもありがとう」とトムは言い、「空港まで車で送っていただけますか? お宅に今晩ご厄介になるわけにはいかなくなったのです」と、ウォルツに冷ややかな笑みを向けた。「ミスター・コルレオーネは、悪いニュースはすぐに聞かないと承知しない人ですからね」
空港に行く車を待っていたトムは、リムジンに乗り込もうとしている二人の女性を見つけた。今朝彼がウォルツの事務所で会った、愛らしい12歳ほどのブロンド娘とその母親だった。しかし今や、少女のきりっと引き結ばれていた唇はぶざまにピンク色に膨れ上がり、深海を思わせるブルーの瞳はかすみがかかり、少女は足の悪い老婆のようによろめき歩いていた。母親は、娘の身体を支えるようにして、車の中に押し込みながら、その耳元で盛んにまくし立てている。トムには初めて合点がいった。トムが到着するまでの間、ウォルツはゆっくりくつろいで、あのいたいけな少女を慰み物にしていたのだ。
クレメンツァの指示で、ポーリー・ガット―はビールをすすりながら、売春婦を口説いている二人の若者を横目でうかがっていた。ボナッセラの娘を暴行したジュリー・ワグナーとケビン・ムーナンである。この若者は大学へもどるために二週間後に町を出る予定だった。クレメンツァはその前に仕事を済ませるよう、ポーリ―に指示していた。彼はクレメンツァから、警察が撮った二人の若造の写真と、彼らが毎晩女を拾いがてら飲みに行くバーの名前を聞いていた。店から出てくる若者を待って、ポーリーは二人の大柄な男たちに指示した。彼らはいずれも、ソニーに拾われた元ボクサーであった。
「脳天または後頭部への打撃は避けること、また間違っても殺してはならない。あとは思う存分腕を振るってよい。ただし、あいつらが一か月以内に病院から出られるようになってみろ、おまえたちはトラックの運転手に逆もどりだからな」
ワグナーは、背後から二人の若者に腕を取り押さえられ、右手に二ミリほどの鉄のスパイクがついた特別製の真ちゅうのナックルをはめたポーリーに、鼻先を力まかせに殴りつけられた。さらにポーリーは、急所にアッパーカットをたたきこみ、ワグナーはぐったりとなった。
次はムーナンの番である。二人の大柄の男は、タイミングを計り、ゆっくりしたモーションから全体重をかけてパンチを繰り返した。一撃ごとに肉がはじけるような音がした。ムーナンの顔は誰だか見分けがつかないほどになっていた。さらに、ワグナーの方に向き直り、ぶん殴って膝をつかせると、片手をねじ上げ、背骨あたりを思い切り蹴飛ばした。骨の折れる音と共に、ワグナーの苦痛のうめき声がなり響いた。一人がワグナーの頭を万力のようにはさんで持ち上げると、もう一人がその制止した的をめがけて巨大なこぶしをたたきこんだ。バーから次々に人が飛び出してきたが、誰も割って入ろうとはしなかった。
(葬儀屋ボナッセラの娘に暴行をした二人の若者への制裁は、このようにして行われた。後日、この事件はディリー・ニューズに載り、路上に横たわるワグナーとムーナンの写真が掲載された。写真はひどく陰惨で、彼らは肉の塊にしか見えなかった。その記事によると、二人は全治数か月の重傷ながら奇跡的に生きており、いずれ整形手術を受けるだろうということだった。トムに電話を入れた葬儀屋ボナッセラの声は感激のあまり震え、彼の永遠の友情をドンに伝えてくれと言いつのった。自分は、敬愛するゴッドファーザーのためなら命をも惜しまないと。…トムは、ドンに伝えることを約束した)
(続く…続きは週一で投稿していきます)
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