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チャリで轢かれても好き

まーくんが結婚したと聞いた時、
ようやく私の初恋は幕を閉じたような気もした。
まーくんとは、私の初恋の相手であった。


そもそも私は別段恋多き女でも無いので、人生の恋愛遍歴など語る程の量も無い。
それでも記憶に残っている歴代オモイビトのことは確かにみんな好きだったし、
学生時代の恋愛はフィクションのようなもので、今でも思い出として輝いている。
その年表を真っ直ぐ辿っていって、一番端に位置しているのが、まーくんだ。

記憶を遡るとと実に幼く、年齢にして4歳程だったような気がする。
当時私は結婚したい相手を、父でも無く母でも無く、ましてや同い年の友人でもなく「まーくん」を選んだ。
まーくんは兄の友人だったのだ。
私は大変おませな女の子だったので、その時既にトキメキという感情を知っていた。
あの感情は遊びやおままごとでもなくて、今でもハッキリと「恋だったな」と考える。
まーくんもまた、兄よりずっと大人びていて優しくて(というには余りにも子どもだったが)周りとの差が魅力的に感じたのだろう。


トキメキ、なんて言ったが私の彼へのアプローチというものは大変に酷かった。
『恋をすれば自分のことを知ってもらいたいもの』という意識は潜在的にあったのか、私は当時大好きだった『すごいよ!マサルさん』のアニメを彼に見せては喜んでいたのである。
ご存知だろうか、当時深夜に放送されていて、(恐らく)打ち切りという形で突如として最終回を迎えてしまった伝説のギャグアニメだ。
母が録画したビデオを擦り切れる程に見ていたのだが、そんなコアなアニメを好きな人に押し付けるのは間違っている。
大人だったら嫌われている。
事実私は彼がそのアニメを見ながらポカンとしていたのを、うっすら覚えている。
それでも私は嬉しかったのだ。好きなものを共有しているという事実が。

彼をいつまで好きでいたのだろう。
それ以降、まーくんを好きだった頃の私の思い出は、
まーくんが漕ぐ自転車の前を私が全速力で走っている時、
誤ってまーくんに轢かれたことくらいである。
私は滅茶苦茶泣いていた。
まーくんは本当によく出来た子だったので、誠心誠意私に謝ってくれたことも覚えている。
その時はまだ、好きだった。

幼馴染に想いを寄せ続けるという少女漫画はよくあるけれど、
私の人生に、それは事実として反映されなかった。
小学3年生の時やってきた転校生に見事に片思いをしたからである。
その子もまた、大人っぽかった。
今でこそ捻くれた性格の持ち主ばかり好きになってしまう訳だが、
子ども時代の私は大人っぽくて優しい人にコロッと落ちてしまう傾向があったようだ。そのままであって欲しかった。
その頃からまーくんと会う機会もすっかり減ってしまったので、
初恋というものはフェードアウトという形で薄れていった。

ところが、である。
初めて付き合った人は特別というけれど、
私にしてみれば初めて好きになった人もまた特別だ。

中学に上がって、私は偶然まーくんと同じ部活に入ることになった。
彼はやっぱり大人っぽくて優しいままで、おまけに人気者だった。
思春期真っ只中の私は全然話せなくなってしまったけれど、
彼はいつでも同じように接してくれた。
頭も良くて、学級委員もやっていた。
非の打ち所がないくらいに眩しかった。
彼は手が届かないくらい進化していたのである。

そうなるともう、恋とかそういう次元では無くて、
周りにいるアイドルのような存在で、私は拝むことしか出来ない。
またまた少女漫画ならかなり美味しい展開だったが、やっぱりそれはフィクションである。

ただそれからも、まーくんは私の記憶の片隅に、
『初恋』という概念に姿を変えてずっと棲みついた。

まーくんは学区で一番頭の良い高校に進学してから、一度も会ってない。
それでも私は時々母に、
「そう言えばまーくんって今何してるんだろう」と聞いた。
「大学で○○に行ったらしい」とか
「今度は就職で○○に行ったらしい」とか、
まーくんは物理的にも離れていった。
聞いたところで『そうなんだ』としか思わないのだが、
何故だか今何をしているのか気になる自分がいた。
以降好きになった人の所在など全く気にならないから不思議である。
初恋は恋愛と同時に並行して、半永久的に存在しているような錯覚にも見舞われた。

そうしていよいよ母の口から、
「まーくんが結婚した」と聞かされたのである。

まーくんは就職した地で結婚したらしい。
地元に戻る選択をしなかったのだ。
私だってもう地元に居ないのに、何故か寂しく感じた。
最早私は他人として人生を歩んでいる。
恐らく、まーくんと会うことは今後無いであろう。
そんなにも遠い関係性なのに、
【初恋の相手が結婚した!】という事実は随分心に来るものがあった。
もう私は大人なのだと現実を突き付けるには、充分すぎるエッセンスだったのだ。

初恋年表は、彼の結婚を機にいよいよ幕を閉じた。
長い間棲みついていた『初恋』の代わりを何で埋めるべきなのか、
考える時が来たようである。

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