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創作

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1人でも多く読んで貰いたいので頑張ります。 1年で短編50本チャレンジ中
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#文学

アブサン【7】

アブサン【7】

俺は思わず立ち上がると、櫻子の側に立った。
先程酒から出てきた鍵を、穴に通す。
90度回すと、繊細な大きさの扉がゆっくりと開いた。
中に入っていたのは、繊細な大きさのダイヤモンドが付いた指輪だった。

「やっぱり…」

彼女は指輪を手にすると、心なしか悲しそうにそれを見つめた。

「叔父が欲しかったのは、これです。
母の形見です」

櫻子は、指輪を見つめ続けるだけだった。
そこまで高そうにも無い小

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アブサン【6】

アブサン【6】


そこからバーまでの距離は近かった。
歩きながら、今起こっていることを整理するが、
どうにも追いつかないでいた。
時間を戻し考える。
老人が駅で俺に合図をした時、声を掛けてきたのは櫻子だった。
いや、寧ろ女が存在しなかったのが本当ならば、
老人は櫻子に向けて携帯を掲げたというのだろうか。

思わず立ち止まる。
自分の頭では解決できそうに無い出来事の連続に、
軽い目眩が襲った為である。

『この街

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アブサン【5】

アブサン【5】

「虜か。俺の場合、取り憑いてるのは悪だ」

ポケットの中に入った紙切れをくしゃっと握る。
彼女の目が、先程よりも濁って見えた。

「取り憑かれるということは、
簡単に離れるなんてことは出来ないんだ」

カン、カラン。
その時小さな鈴の音が店内に響き、扉が開いた。
見知らぬ顔だったが、
誰だかはすぐに分かった。

「櫻子、待たせたな。大変だったろう。
危険な目には遭わなかったかい」

「辰彦叔父さん

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アブサン【4】

アブサン【4】

空気が固まった。
まさか拳銃を持っているなど、
微塵も考えていなかったのだろう。
その固まった空気は一瞬にしてゼラチンの如く柔らかくなり、
男たちの笑い声に変わった。

5人の声が1つになって、ゲラゲラと聞こえる。
品の無い、大きな笑い声だった。
荒い声が高架下でこだまする中、
右後ろに居たジャージの男が、腹を抱えながら叫んだ。

「それで俺たちに何をするってんだ。
おもちゃだろ、それ。どう見ても

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アブサン【3】

アブサン【3】

「父の遺品なんです。
どうやら悪い人たちが探していた代物らしくて、
ここ数ヶ月、私はずっとその人たちから逃げる生活を送っていました。
今日はようやく外国に住んでいる叔父に預かって貰うことになっていて」

彼女の言う『悪い人たち』は
道理の通じる人ではなさそうだった。
一体その絵画とやらに、どれ程の価値があるというのか。それが不思議だった。
彼女は話を続けた。

「ここは、父が経営していたバーです」

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アブサン【2】

アブサン【2】


女の指した路地裏のバーは駅から近く、暗く深い場所にあった。
チワワのように、俺の3歩後ろをヒョコヒョコと歩き続ける。
土地勘にも疎い俺は、複雑な曲がり角の多さに四苦八苦しながらも、
彼女のスマホに表示された地図を見つめながら歩くのがやっとであった。
女は一度も話しかけなかった。
ただ後ろから、懸命にゴロゴロとスーツケースを引く音だけが聞こえる。
その中には一体、何が入っていると言うのだろう。

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アブサン【1】

アブサン【1】

人はその酒に酔いしれる。
すっかり虜になった俺は、
その姿や瞳から、2度と目を離せないのであった。


初めて降りた駅は、とんでもなくうるさかった。

うるさい、といっても大きな音が永遠と耳を劈いている訳ではない。
意味のない不快な音が、右へ左へと飛び交っていた。
雑音の殆どがゲームセンターやカラオケ店のBGMで、それだけでも利用者の年齢層と治安の悪さを表している。
ガヤガヤと、意味を成さない音

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箱庭の中のセカイ

箱庭の中のセカイ

皮肉な程に、メリーゴーランドは輝いている。

期間限定のイベントで設けられた小さな小さな遊園地は、
まるで私たちの別れを歓迎するかのように、
愉快な音楽と、光を放つ。

達哉はまだ知らない。
今日、私が別れ話を切り出すことを。

「スッゲーな! 2ヶ月限定のイベントなのに、こんなにちゃんとしてるんだ」

大学生の達哉は、髪をほんのり茶色に染めている。
私の会社には、茶髪の男性社員は一人もいない。

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