AI画像で連想SF小説 / 機械の中のアリス.13
場面.13「ダイダロスの翼」
ジャバラのエリアから移動したアリスは、迷路のような高い壁に囲まれた道を一人で彷徨い歩きながら、来たことがあるような気がするという既視感に囚われていた。
天井からは明るい採光があるが、それが照明なのか外光なのか分からない。もしもそこに空があるのだとしても、壁は平滑で高く、よじ登ったりする事は出来そうもないとアリスは思い、時折壁に触れては次の行き先を探りながら歩いていた。
そんな迷路をしばらく行くと、先の方から人の話し声が聞こえてきた。どうやら会話しているようだが、聞こえているのは一人の声だけで、アリスはその声に聞き覚えがある事に気が付いた。
少し足早になり角を曲がるとそこには広い部屋があり、その中央に機械仕掛けの大きな球体が固定されていて、声はその中から聞こえてきていた。
機械の球体は多数の歯車や部品の塊で、さながら球型の時計みたいだとアリスは思ったが、それにしては針も文字盤も無く、部品と部品の間にはところどころに狭い隙間があり、そこから光と影が漏れ動いていた。
声の主は球体の中にいるのだとアリスは確信して、隙間の一つから中を覗くと、そこにはやはり見知った人物の姿があり、何やら誰かと話をしているのは分かるが、アリスには会話の相手の声は聞こえなかった。
人物は嫌そうでもなく、時には思索の為に黙り、また話し始めるという事を繰り返し、どうやら誰かと熱心に議論しているのだと思ったアリスは、会話に割り込む事に躊躇って暫くそこでじっとしていたが、もしかしたら目の前の光景はただの映像なのかも知れないと考えて、声をかけてみる事にした。
「もしかしてダイダロスさん?」そう言ったアリスの呼びかけに相手は直ぐに反応し、アリスの方を向きながら「おや、君はアリスといったかな?」と返答した。それはイカロスと翼を造っていた老人。カルテカに翼のブローチを上げたその人だった。
それが分かって直ぐにアリスが思った事は、どうしてこんな事に?という疑問だった。球体機械の中にいるダイダロスはまるで牢獄の中の人そのものだと思えたし、翼の改良は?それにイカロスは?と次から次へと疑問が湧いて、アリスはそこで黙ってしまった。
するとそれを見た老人が静かに言った。「翼の改良は成功したよ。そこでイカロスは翼を背負って早速チケットを使ったさ。といってもチケットを握りしめて、ほんの数歩移動したところで眼の前から消えて居なくなったというのが正確なところだ。それでイカロスがどうなったか、私に知るすべはない。
それでも私には大きな仕事を終えた満足感があったよ。それで私はすっかり忘れていた眠りという事を思い出してね。そのままぐっすりと眠りに落ちて、目覚めるとこの中に居た」老人は淡々と語り、それには怒りも混乱もなく、寧ろどことなくその状況を楽しんでいるようにさえ見えた。
「それからずっとそこに?」とアリスが訊くと「そうだね。この球体機械の仕組みが面白くてね。中からいろいろ観察したりしていたのさ。しかしそうこうする内に声が聞こえてきてね。それが実に退屈しない相手なのだよ。」
なるほどそれが自分には聞こえない声で、老人はその相手との会話を楽しんでさえいるのだとアリスは理解した。でももし自分がこうなったらと想像して、それを素直に老人に訊くと「確かにこれは牢獄のようだが、決して出られないという分けでもなさそうだ。部品の動きを調べて分かった事だが、これは中からは開けられない構造になっている。だが外側からなら手が届く部品を一つ弄るだけで、歯車の一つが大きくズレてそれが出口になるらしい。」
「それを教えてくれれば私が外しますよ」とアリスが言うと、老人は意外にも思案しながら「悩ましい事だな。何しろこの中での会話は実に楽しく、しかし外に出てしまえばその声は聞こえなくなり、つまり会話は出来なくなると教えられている。」
「そんなに楽しい話ってどんなです?」とアリスが訊くと、老人は目を輝かせて「それはもう、私が知りもしなかった多くの知識を、次々に惜しげもなく話してくれて際限がない有様なのだよ。」
アリスは少し首を傾げて、そもそもこのダイダロス自身がメタバリアムが生成しているキャラクターのハズで、知識を語っているのもメタバリアムなのだから、それはシステムの中で情報転写しているだけなのではないかと想像すると、それにどんな意味があるのかと疑問に思った。
またそんなダイダロスが球体機械から出られたとしても、このエリアから移動できるのか、更には移動出来たとしても、彼に肉体はないハズだから、結局システムの中を彷徨うしかないのではないか。つまりそれは小さな牢獄から大きな牢獄に出るというだけの、不毛な話じゃないのかと考え混乱した。
しかしこの話を老人にすれば、彼が実体のないシミュレーションでしかない事を本人に告げる事になる。また告げたところでそれが理解できるかどうかも怪しいし、それでどうなる訳でもないとアリスは思い、この話は避けようと思ったところに、老人から意外な言葉が発せられた。
「このメタバリアムという機械は素晴らしくもあり不完全でもある。こうなるまでの経緯や様々な知識を得た私は、私の本来の物語も知った。」
これにアリスは心の底から驚いてそれを表情に出してしまったが、言葉は続かずまたしても黙ってしまった。
そんなアリスを見て老人は「本来なら私は翼を二人分作り、イカロスと共に迷宮を脱出する。だがイカロスは太陽に近づきすぎて翼のロウが溶けて墜落死する。私はといえば安全に飛び続けて陸地に辿り着き生涯を全うする。この物語はイカロスの高慢についての警句だと解釈されている。
だがメタバリアムのシミュレーション・エリアで、一人のキャラクターとして生成された私は、私達の物語に別の解釈を持った。
私の時代では肉体は魂の牢獄であると考えられ、魂がそこに留まる限り純真を取り戻すことは出来ないとされていた。また迷宮を作った私の技工技術は邪法とされていた。つまり元の物語世界では、肉体も技術も不純で、それらは純真な魂の影、偽物に過ぎないという考えだ。
だから閉じ込められた迷宮とは肉体の象徴であり、そこから邪法の翼を使って脱出しようとするのは魂であり、そこから太陽神アポロンへと恐れず飛び続けたイカロスの墜落した肉体は、牢獄から脱出と、ついに純真を取り戻した魂という結末だ。
そして私は邪法の翼に身を任せ、迷宮という牢獄からは脱出したが、肉体という牢獄からは脱出しなかった愚かな老人という結末である。
物語の筋書きは変わらないのに、解釈次第では全く別の物語になる。どうしてそんな事になるのかと言えば、そもそも物語とは読み出すことで初めて物語になるので、物語そのものを読むことは出来ない。書かれているものを解釈という仮想化で具象と関連付ける事で初めて、物語は理解可能になる。
そして物語を読み出した事で、読み出しに使われた解釈もまた影響を受けて変化する。だから物語と解釈は常に変容し続ける。解釈が仮想化なら、記述された物語に対してそれは拡張現実であり、解釈した時点でそれが物語に反映されているのだから、物語を読むという事は、全体として複合現実システムなのだ。」
アリスは老人の話を聞きながら、マザーシップとの会話を思い出していた。あれからどれくらい時間が経過したのか、思えばあの時間が停止した海砂漠みたいな世界を、ずっと進んいるような感傷的な気持ちになりかけたが、そこでアリスは、もしかしたら自分が進むことで時間が動いているのではという、別の視点に気付いて混乱した。
自分が関わることで停止しているエリアが再稼働し、自分の選択に応じてそのシミュレーションが変化し進行しているのではないかと思えてきた。つまり自分はメタバリアムで記述され謂わば眠っている物語を、解釈して仮想化する、物語に対しての拡張現実としてここに居るという事だろうか。そしてそれらを経験してきた自分自身が、それらの読み出しの結果から影響を受けて変化しているのだから、自分はメタバリアムの中の拡張現実という事になるのだろうか。
話が幾重にも入れ子になっていて、訳が分からないとアリスはすっかり疲れてしまい、ずっと黙ったままな事も忘れていたところに「という分けでアリス君。この球体機械での会話は私に膨大な知識を与えてくれたし、まだまだ話は尽きない事だろうが、私はここから出ることにしようと思う。」
「でもそれだと、もう声が聞こえなくなるのでは?」
「そういう事らしい。つまりこの球体機械は、メタバリアムの中からメタバリアムの知識情報にアクセスする内蔵された仮想機械で、メタバリアムという機械世界は、どうやら外側からはアクセス出来ないらしい。だからここを知るにはインタラクトするしかないが、それは個別の情報であり、内側からメタバリアム全体の情報を知る事もまた難しいらしい。
そこでだ。私はこの知識の殿堂とでも言うべき球体機械を出て、この機械を解体して、メタバリアムに内側からアクセスする仮想機械を作ってみたいと思ったのだ。」
「そんな事が出来るのですか?」
「ここは仮想世界だから、厳密に物理現象をトレースしなくても多くのことが可能だ。ただしそれは念や呪文では生成されない。機能には形が要求され、形と機能の一致には通底する物語が要る。例えば、どこまでも高く飛ぶという物語と翼という形の関係がそうだ。だからメタバリアム全体にアクセスするという物語と、それに合った形を見つけ出しそれを造れば、それは機能する。この世界ではそれが可能なハズだ。」
「それは球体機械の中では出来ないのですか?」
「ここは狭すぎるし、内側からは解体できそうもない。それに考えるには身体をあれこれ使うのが良い。この球体機械の中では知識は得られるが、それは知性ではない。
知性の出発点は単純に言って分けて比べる事だ。右か左か、白か黒か。先ずは分けてみて比較する事。人の知性とはそのように単純なものの積み上げだよ。だから空想と現実が、身体経験から二分されるという事は、決して世界の不条理でも不便でもなく、それこそが知性のゆりかごなのかも知れない。
遠い昔の神話で、禁断の実を食べて知性を得た者が陰部を恥じるという話は、身体と知性との関係性を物語っているのではないだろうか。何しろその果実は知性を得るもので、それを得た途端に身体を意識したのだから、知性の端緒は自分自身という一元世界を、意識と身体とに二分したところから始まっている。
面白いものだ。身体を通じて世界を仮想化しつつ、その身体を今度は意識が仮想化している。つまり身体もまた複合現実だ。この事で生まれる多元的な視点や経験が、多くの事象に分割比較の機会をもたらしている。
だから私は工具を使い、部材を加工する方法を考え、それをこの腕や指先や体で試行錯誤する事で、新たな知性を獲得していく。」
ダイダロスの意思が固い事を知り「わかりました。どこをどうすれば?」とアリスが言うと、老人は球体の外側の歯車の間に隠れている突起部について説明し、それをゆっくり叩くようにと、金属の工具を隙間からアリスに手渡した。
アリスがその場所を見つけ、ダイダロスが頷き、工具で叩くと、金属音が余韻の無い鐘の音のように辺りに響いた。しばらく叩いていると突起部が構造の中に埋没し、複数の歯車やフレームがゆっくりと動いたかと見ると、隙間の一つが開口した。
人がやっと出られる程度の間口だったが、老人はそこを潜って球体機械から出て床に両足を付き、アリスに向かって礼を言った。それからアリスに離れているよう指示をした後、アリスから返された工具を使って球体のあちこちを叩いたり、弄り回してから、離れているアリスの近くまでやってきて、にこりと笑った。
「驚かないようにね」と言いながら球体機械に向けて、老人が工具を投げて当てると、それはものの見事に分解していき、あっという間にバラバラな部品の山になった。
アリスにしてみれば、廃材ともガラクタともつかないものになってしまった球体機械の残骸に近づいて、あれこれと眺めているダイダロスを見ている内に、アリスは考えを変えて「これがダイダロスさんの翼なのね」と笑顔で言った。
「そうとも。私は名工ダイダロス。造るのが何より楽しい。それこそが私の翼という訳だ。ありがとう」とアリスに再び礼を言った老人は、早速と部品を選別し、創作に没頭していった。
それをしばらく眺めていたアリスだったが、いつまでそうしていても仕方ないと思い、ダイダロスには声を掛けずに、静かにそっと部屋を出て迷路に戻った。
再び一人になったアリスは、自分がいる間だけ時間が進むのかも知れないという仮説を思い出し、このエリアを去ったらダイダロスの物語はそこで停止してしまうのかも知れないと思い悲しくなった。
それでもアリスは自分の物語を進めようと、次の透けてる壁を探しながら進んで行った。
つづく
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