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「現代人は感性への刺激に飢えている」キャンプブームの裏に本能の蠢き

いま、日本に何度目かのアウトドアブーム、キャンプブームが訪れています。

このキャンプをアカデミックな視点から考え、発信しようというのが、國學院大学のランタントークという試み。國學院の教授陣が教育、歴史、考古学などそれぞれの専門分野から、縦横無尽にキャンプを語っています。

このnoteは、より広い方々に「キャンプ×アカデミア」のおもしろさに触れてもらうことを意図した、いわば出張版。ランタントークにも登場する教授がより柔らかい語り口で、自身のキャンプ体験なども交えながら話す入門編と位置づけています。

1回目に登場するのは、野外教育、自然体験が専門の人間開発学部准教授・青木康太朗。

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「青少年自然の家」で知られる独立行政法人国立青少年教育振興機構にかつて在籍し、自然のなかで子どもたちと直接触れ合ってきた青木准教授は、キャンプブームの背景にあるのは「感性への刺激を求める人間の本能ではないか」と言います。


五感への刺激を本能的に求めている

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── 青木先生はいまの日本のキャンプブームをどう見ていますか?

歴史的に見て、日本には何度かキャンプ、アウトドアのブームが来ています。

第一次ブームは1980~90年代。自家用車が普及したのにともない、オートキャンプやスキーがすごく流行りましたよね。90年代にはテレビ番組がきっかけで、中高年のあいだで登山もブームになりました。

その後いっとき下火になるものの、2000年代に入ると、若い人は「山ガール」などファッション要素をフックに、シニア層は健康ニーズの高まりから、再びアウトドアブームが過熱しました。

2010年代以降、現在まで続く第三次ブームを後押ししたのは、SNSの存在でしょう。「リア充」「インスタ映え」などの言葉も流行りましたが、SNSで投稿するネタとしてアウトドアは相性が良かったのだと思います。

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── たしかに、キャンプをしていると写真を撮りたくなるシーンが多いですもんね。

極力自然素材を使ってひとりで楽しむ「ブッシュクラフト」から、豪華な設備が整った「グランピング」と呼ばれるものまで、楽しみ方が多様化しているのも今回のブームの特徴です。

これもSNSがもたらしたひとつの効果と言っていいのではないかと思います。アウトドアの情報と言えば昔は専門誌などから入手するものでしたが、SNSが普及したいまは情報の入手経路もさまざまです。

……と、ここまでアウトドアブームの背景にあった社会的要因を挙げてきましたが、より本質的にというか、その根底にあるのは「感性への刺激を求める人間の本能」ではないかと思うんです。

── 感性への刺激を求める人間の本能……どういうことですか?

デジタル化が進み、効率化・ルーティン化が進んだ現代の都会の暮らしは、五感への刺激がある程度限定されていますし、似たパターンのものが多いです。

対して、自然は感性への刺激の宝庫。虫の声、空からの光、水の冷たさ、風の音……日常で出会えない五感を揺さぶる要素が無数にあり、なおかつ四季折々で絶えず変化し続けていますよね。

そういうものを五感で感じる機会を本能的に求めて、自然・非日常に身を投じる人が増えてきているのではないかと思うんです。

── なるほど。なにか裏づけるデータはあるのでしょうか?

都市部在住の人ほどアウトドアを好む、というデータがあります。総務省の社会生活基本調査によれば、登山・ハイキングの行動者率がもっとも高い都道府県は東京都、ついで神奈川県です。

都市部の人ほど日常的に自然に触れる機会は少なく、いわばアウトドアは非日常。そこに魅力を感じるのではないかと。

もっとも、キャンプはなにかとお金がかかるものですから、世帯収入が影響している可能性もあり、一概には言えないのですが。

学びやアイデアの土台にはいつも感性がある

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── 「感性」という言葉が何度か出てきましたが、そもそも「感性」ってなんですか?

たとえば春先に道を歩いていて、風に吹かれて桜の花びらが散っている姿を見る。その「散っている」ことに対して「きれいだな」「はかないな」などと、なんらかの感情を抱く力を感性と呼んでいます。

もう少し学問的に言うなら、まずは起きていることを捉える「感覚」、次に捉えたものを理解する「感受性」、そしてそのことに対してなにかを感じる「感情」。この三つを合わせたものが感性です。

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自然のなかで過ごしていると、本当にさまざまな感情が生まれます。先ほどの「きれいだな」「すごいな」というのもそうですが、最近の子どもが虫を見て「気持ち悪い」と感じるのも、ひとつの感情です。

そうしたさまざまな感情のなかでも、特に重要なものとして「好奇心」と「探究心」が挙げられます。簡単に言えば、いろいろなものに目を向けて「不思議だな」「なんでだろう」と思う気持ちが「好奇心」。その答えを見つけ出そうとする気持ちが「探究心」です。この好奇心と探究心が、学ぶ力の源になります。

── もう少し詳しく教えてください。

学びのプロセスは、体験→概念化→実践の3段階からなると言われますが、体験から概念化へと進むところに感性が関わってきます。

たとえば、原っぱで遊んでいると、とげとげのついた種が服や靴にくっついてくる。あるいは垂直の壁をいともたやすく登るトカゲを見て、「不思議だな」「なんでだろう」と感じる。その「なぜ?」を自分なりに理屈に置き換えて理解することで、知性が養われる。

さらに、その知性を実生活と結びつけて、実際の行動にうつしていきます。これが体験から学びへとつながるプロセスです。

ですから、体験を通じて「不思議だな」「なんでだろう」という感情を抱くことは、すべての学びの土台であると言っていいだろうと思います。

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── 最近は学校現場でも「体験学習」「アクティブ・ラーニング」といった言葉で、生徒が主体的に学ぶための「体験」の大切さが強調されていますね。

そうそう。ぼくらが野外教育、自然体験で追求しているのも、まさにそういうことです。

生物学者のレイチェル・カーソンは、自然に対して驚いたり不思議に思ったりする感性を「センス・オブ・ワンダー」と呼びました。そういったものが養われるのは幼児期であり、その時期に、身近な環境で驚いたり不思議に思ったりしたことに対して自分なりに答えを見つけていくことで、知識が身についていくと言っています。

実際、自然のなかで遊んだ経験のある子どものほうが学力が高い傾向にあることは、調査結果にも出ています。理科だけではなく、算数や国語でもそう。これは、自然の中で養われた豊かな感性を使ってさまざまな物事に目を向け、その本質を知ろうとする思考力を身につけるからではないかと思っています。

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── 「不思議だな」と思う気持ちが大切なのはわかります。でも、それを育むのに自然環境がふさわしいのはなぜでしょう?

人工物に囲まれた環境には感情を揺さぶられる機会や「不思議だな」と思う機会が相対的に少なく、感性が育ちにくいということだと思います。

もちろん身の回りにだって不思議に思えることはたくさんありますが、自然の比ではありませんよね。自然には人間が計り知れないものがたくさんある。なおかつ、常に一定でもないので。

ちなみに、感性が大切なのは大人も変わりません。なにげないところに「不思議だな」と感じるところから、多くの発明品は生まれています。

大人になるといろいろなことに慣れてしまって、子どものころであれば目を向けていたものにも目を向けなくなり、「不思議だな」と思う機会が減ってしまう。そんななかでも、偉大な発明家はそういう気持ちを持ち続けているということです。

不登校の子どもに笑顔をもたらすキャンプの力

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── このあたりで少し話題を変えて、青木先生ご自身のことを教えてください。先生はなぜこの道に進まれたんですか?

小さいころからカブスカウト、ボーイスカウトに参加していたので、自然と触れ合う機会は割と多かったと思います。

でも、実を言うとキャンプはあまり好きじゃなかった。ボーイスカウト、カブスカウトでは「全部自分たちでやりなさい」と言われます。テントが壊れていても自己責任。雨が降ったら当然びちゃびちゃ。だからあまりいいイメージがなかったんです。

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本腰を入れるようになったのは、大学生になり、指導者側を経験したことがきっかけでした。社会福祉の学部に進んだのですが、授業の一環で不登校の子どもたちのキャンプにリーダーとして参加する機会がありました

不登校の子どもと言っても、活動中は、一見すると他の子と変わらないくらい元気なんです。でも、ところどころで、やはり心のどこかで悩みを抱えている様子がみられる。人とうまく関われない子ももちろんいます。

そのなかの一人に、震災で目の前で祖父母を亡くしたという子がいました。さらに、その子の家では親のトラブルもあり、そうしたことが重なって学校に行けなくなったと、キャンプが終わる前日に打ち明けられました。

当時大学生のぼくはその話に衝撃を受けて。その子になにもしてあげられない自分に無力さを感じていました。でも、キャンプを終えたその子は、そんなぼくに満足した笑顔を向けて帰っていったんです。

キャンプに参加した子どものなかには、何度かこのキャンプに参加するうちに登校できるようになっていった子どもが何人かいました。なんだかわからないが、キャンプには人を変える・成長させる力があるのかもしれない。そう思ったところから、野外教育を研究する道に進むことを決めました。

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── キャンプでなぜ人が変わるのか、現時点でその答えらしきものがありますか?

キャンプの持つ非日常性が、子どもを変えるひとつのきっかけになっていると思っています。

ぼくは研究職に就くまで、教育目的でキャンプを行う現場の指導者をしていました。リーダー、参加者などの組織的な役割が決まっている「組織キャンプ」と呼ばれるもので、家族や友人とレジャー目的で行うキャンプとは違います。

組織キャンプで大切にしてきたのは、親元から離れて同年代の仲間と「同じ釜の飯を食う」体験です。手取り足取り助けてくれる両親がいない環境で、子どもたちだけで集団生活をする。

ですから、当然うまくいかないことがいっぱいあるわけです。人間関係もギクシャクする。そうしたことも含めて、いろいろと日常では体験できないことをたくさん経験することになります。そこがポイントです。

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家庭や学校などの日常のなかでは、人間関係や役割が固定化されてしまって、いくら変わろうと思ってもなかなか難しいものです。そうした日常を飛び出して、いつもと違う場所、いつもと違う人間関係、いつもと違う立場や役割を経験することで、これまで気づかなかった自分の新しい一面に気づけるのだと思います。

もちろん、短いキャンプに一回参加しただけで劇的に変わることはないかもしれません。それでも、親元を離れて自分なりにがんばってやり遂げた経験は、その後の人生において大きな自信になるはずです。

自然と溶け合う「日本的アウトドア」の可能性

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── ところで、日本の野外教育、自然体験の現状ってどうなんでしょう。世界と比べて進んでいるのか、それとも遅れているのか。

いま日本で盛んにやられているアウトドアやキャンプは欧米から入ってきたもの。そういう意味では日本より欧米のほうが盛んですよね。

でも、修験道のように日本には古くから自然のなかで自分を磨く慣習があり、あれを日本的な野外教育の源流とする見方もあります。

こうした古くからある日本的な自然観にはいま、世界中から注目が集まってるんですよ。

── どういうことですか?

欧米の自然観にはキリスト教の影響が強く、あくまで中心は人間であり、自然は人間のためにあるものという見方をします。

1970年代になると、それまでのように無尽蔵に自然を消費していてはダメということがわかってきて、自然を絶対に壊さない、絶対に触れないという環境保護の考え方が出てきます。しかし、自然を人間の外にあるものと見ている点では、依然としてそれまでの自然観の延長上にあります。

対して日本の自然観は、自然との共生、自然のなかに身を置くことを大切にする考え方です。ですから、日本の場合は環境保護ではなく環境保全。里山・里海などに象徴されるように、活用しつつ自然と共存していこうということをやってきました。

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こうした自然観は海外にはないものであり、SDGsの文脈などから、いますごく評価されているんです。やっぱり自然にまったく触れない、使わないとなったら困りますからね。

サステナビリティが大切になるこれからの社会に必要なのは、こうした日本的な感覚であるとぼくも思っています。

── でも、欧米化されたいまの日本人にそういう価値観が根づいていますか?

いまの日本人にこうした感覚がちゃんと根づいているかと言えば、残念ながらそうではないでしょう。日本でも70年代には公害問題などがあり、環境保護ということが盛んに言われていましたから。

でも、この5月に自然公園法の一部が改正されて、国立公園・国定公園などの扱いも変わってきています。これまでのように「絶対に触れてはいけない」ものではなく、保全の感覚に舵を切ったということです。

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思い返してみてほしいんですが、ぼくらが子どものころに描かれた「未来都市」のイメージって、あたり一面高層ビルだらけで、車が空を飛んでいて……というものでしたよね。

でも、当時から見た未来にあたるいま、現実の都市はそうはなっていない。これってやっぱり、都市であっても日常的に自然に触れる、自然が目につくような環境をぼくら自身が求めているということだと思うんです。東京オリンピックに向けて改築された国立競技場も “木のぬくもりが感じられるスタジアム”といわれていますから。

これからは「ここまでが都市、ここからが自然」と区切るのではなく、境界線が消えて都市と自然が溶け合うくらいが理想ではないかと。

キャンプ、アウトドアもしかり、です。いまはまだキャンプやアウトドアが非日常かもしれないですが、成熟社会の中で豊かな人生を送るためには、日常と非日常の境目さえも曖昧になって溶け合い、特別なものでなくなっていく必要があるし、徐々にそうなってきているのではないかと思います。

■青木先生によるランタントーク本編はこちら


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執筆:鈴木陸夫
写真:藤原慶
編集:日向コイケ(Huuuu)

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