ココロテン

~10人のカメラマンが表現する10の短編小説~

ココロテン

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  • ココロテン

    竹内心のイベント「ココロテン」が、2023年4月18日(火)~4月23日(日)、渋谷のギャラリー・ルデコ6階で開催されました。ここでは、会場で公開した朗読音声を紹介します。

最近の記事

白い部屋

もうなにもしたくない。毎日そう呟いて目を閉じる。 ある日、目を開けると僕は白い部屋にいた。 なんの音も聞こえない、 目に見えるのはただ真っ白な景色で、 なるほどたしかにこれは何もできないなと察した。 しばらくは悠々それを楽しんだが、 どのくらい時間が経っただろう。 ふと、いつかの雨の日、 ずぶ濡れのままにゃあにゃあと鳴く 子猫を無視した夜を思い出した。 きっと君や僕がいなくなっても 何事もないみたいに世界は回る。 生きているだけで偉いだなんて 無責任なこと言えないよ。 僕は急に悲しくなっておいおいと泣いた。 生きる意味を知るために生きてみたい。 そう声を上げたのは他の誰のためでもない、 ただの自分だった。 Photographed by nbutterfly Narrated by 竹内 心 Story written by 竹内 心 Music composed by 山本朝陽

    • 二杯目コーヒーフロート

      「ブラックコーヒーは飲めないけど、 シロップで甘いのも嫌、ラテはホットがいいから、 やっぱり夏はコレに限る、でしょ?」 彼女からの誘いで久しぶりに会った僕らは、 懐かしい喫茶店にいた。 「さすが、よくわかってる」 あの頃と変わらない笑顔で 二杯目のアイスをつつく彼女を見て、 可愛いなと思った。 「……結婚する?」 あの時はずっと言えなかったのに、 なぜか今日はおはようを言うみたいに言えた自分に驚く。 彼女は少し驚いた顔をしたあと、 「そう、わたし結婚するの」 と照れ臭そうに微笑んだ。 「そっか、おめでとう」 できるだけ動揺していることがバレないように声を出す。 「二杯目のコーヒーフロートはごちそうするよ」 Photographed by ぽんきよ Narrated by 竹内 心 Story written by 竹内 心 Music composed by 山本朝陽

      • 川添さんから音が鳴る

        ある日、あの人は言葉を捨てた。 言葉は間違って伝わるから。 川添さんはそう思ったのだと僕は思う。 だから今となっては川添さんと話すことができない。 川添さんは言葉を持たず、 川添さんにあるのは川添さんの真実、 それだけだった。 川添さんは言葉を捨ててもなお、僕の近くにいる。 そんな川添さんを見ていると、何か音がする。 そのことが僕には感覚できる。 音は川添さんの真実を表している。 いま、それが分かった。 言葉を捨てた川添さんから鳴る音を、 言葉を捨てずにいる僕は説明することができない。 その音を聴いてから、 僕はずっと幸せな気持ちでいる。 それだけはしかし、 絶対に確かなことだということを、 僕は知っている。 Photographed by maT_chanG Narrated by 竹内 心 Story written by 田村将章 Music composed by maT_chanG

        • こうして世界が

          世界の中心で愛を叫んでいたら怒られたのでやめた。 それは佐々木さんだった。 「おはようございます」と僕は言った。 「こんばんは」と佐々木さんは答えた。 今は夜だった。 朝になった。 僕は「こんばんは」と言うしかなかったでのでそう言う。 佐々木さんもまた「おはようございます」と言うほかなかった。 そのようにして繰り返すうちに叫びたくなった。 そう思ったときすでにこの場所が世界の中心としてあった。 そのことが分かった。 気持ちが晴れ晴れとして、 そして大声になった。 佐々木さんは叫び声を聞いた。 その次に怒った。 こうして世界があった。 神はそれを善しとした。 みんなもそれを善しとした。 Photographed by 山本高裕 Narrated by 竹内 心 Story written by 田村将章 Music composed by 山本朝陽

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        • ココロテン
          10本

        記事

          また会おう

          どうぶつ島に捕らえられている 竜の子供を助けに行ったり、 小林くんと探偵団を作って大泥棒と戦ったり、 クラスメイトと恋バナして 夢を語って秘密を打ち明けながら夜通し歩いて、 黒髪の乙女を追いかけて 酔いにまみれた奇妙奇天烈な京の夜を駆け巡って。 私は私で、誰にもなれない。 それでも、手に収まるこの本は 私をいろんな世界に連れて行ってくれる。 楽しいこと、悲しいことを経験して いろんな感情が溢れて。 ワクワクしてドキドキして、 胸がギュッと締め付けられて。 それでも話は進み、別れが近づいてしまう。 だから最後の10ページはいつも息を整えてページをめくる。 さようなら、みんな。また会おうね。 Photographed by ウロタ Narrated by 竹内 心 Story written by 港谷 順 Music composed by 山本朝陽

          また会おう

          また会おう

          歩く

          深夜にカラスが鳴いていた。 それを聞きながら私は眠りにつく。 長期休みが取れて久しぶりに地元に帰ってきた。 地元の空気が懐かしく感じる。 高校を卒業して以来、地元の友人、 働いていたバイト先の人とは一切連絡を取っていなかった。 当時のわたし、今のわたし。 なにかが変わったのかな。 陽の光を感じて目が覚める。 みんな元気にしてるかな。 最近ラジオを聴いていたらパーソナリティーの声が 昔好きだった人の声に似ていた。 忘れたいと思っていたのに気づけば最後まで聴いていた。 「元気してる?」 簡単に連絡できたらいいのにな。 カラスが外で鳴いている。 結局誰にも連絡はできなかった。 私は外に出て、コンビニで大量に買い物をして 地元の商店街を、一人歩いている。 Photographed by slow_hand@55+5 Narrated by 竹内 心 Story written by 重野滉人 Music composed by 山本朝陽

          上を見れば、私より優れている人ばかりだ。 努力も、才能も、好きという気持ちさえ、 私よりずっと上がいる。 手を伸ばせば伸ばすほど、 その距離の遠さが身に染みて、 いつしか私は上を見るのを止めた。 もう疲れたからと、 好きではなくなったからと、 諦める理由はどんどん溢れた。 思えば思うほど、どんどんと嫌いになった。 下を見る。 下には、目の前に広がる新しい景色に目を輝かせ、 今は届かぬ未来に手を伸ばす人がいた。 私は手を伸ばす。真上にまっすぐ手を伸ばす。 まだ見ぬ新しさを探して。まだ知らぬ夢を求めて。 上を見れば、私より優れている人ばかりだ。 それでも私は上を見る。 Photographed by 飛人-tony- Narrated by 竹内 心 Story written by 港谷 順 Music composed by 山本朝陽

          深呼吸

          川を見ると思い出すことがあります。 僕はまだ中学生で、 ぎゅうぎゅう詰めの満員電車に揺られ 学校に向かっていました。 電車が川を渡るちょうどその時、 川の真ん中に立つ女性がいました。 彼女は自殺を考えているのかもしれない。 僕は急ぎ電車を降り、川に向かって走りました。 川は逸る気持ちと裏腹に、ゆっくりと流れておりました。 たどり着くと彼女はスカートを膝まで捲りあげ 気持ちよさそうに水と遊んでいたのでした。 陽を浴びて川に立つ彼女は、 先程の満員電車と対照的に、 自由で温かくゆっくりとした時を生きていました。 川を見ると思い出すことがあります。 その度僕はゆっくりと深呼吸をするのです。 Filmed by 天才たなべ Narrated by 竹内 心 Story written by 港谷 順 Music composed by 山本朝陽

          天国

          天国は本当にあるんだろうか。 大勢の人は天国といったら 空の上にあるイメージをするけど 私は下の方にあると思っている。 物理的なこともそうだけど、 はるか下の方に世界が広がっていてもいんじゃないだろうか。 見えない世界には無限大な可能性がある。 私はうまく笑うことができない。 先日、おばあちゃんが亡くなった。 私の記憶の中では元気だったおばあちゃん。 亡くなる数ヶ月前に電話で話して、 私の体調を気にかけてくれた。 なんでだろ、愛想よく簡単な返事をすることしかできなかった。 おばあちゃんは、私の笑顔が好きだった。 もっといろんな話を聞かせたかったな。 そっと地面に気持ちを馳せる。 今、うまく笑えてるかな。 Photographed by シュウト Narrated by 竹内 心 Story written by 重野滉人 Music composed by 山本朝陽

          朝焼け

          彼との最後。 自分がつまらない人間だと思った。 人に合わせること、合わされること。 考えれば考えるほど生きづらいけど。 今日は気分で歩いて帰りたいと思った。 音楽も聴かず、街の音を聞きながら。 遠くに見える高層ビル、廃れたカラオケ屋。 曖昧な感情を押し殺して、 朝焼けの国道沿いを歩く。 世の中には情報が多すぎる。 いろいろな情報で溢れていて、 本質の部分で大事なことが霞んでしまいそうな気がする。 今わたしはこの時代を生きている。 これからの未来に光を見ていいんだろうか。 じめっとした空気が顔を覆う。 考えても意味ないか。 もうそろそろで街に着くはず。 夜が明けて、街も動き出す頃だ。 さあ、屈伸と伸びをして帰ろう、 自分の家に。 Photographed by Tatsu44(Tatsu-yoshi) Narrated by 竹内 心 Story written by 重野滉人 Music composed by 山本朝陽