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トラウマケアの基礎理論③ 代表的なトラウマ反応 分類編

このシリーズでは、トラウマケアに関する最近の基本的な知見をお伝えしています。

さて、前回は代表的なトラウマ反応の現れ方をお伝えしましたが、
こうした反応には名前がついている、とお伝えしました。

トラウマ由来の反応は多岐に渡りますが、
代表的な部分を大きく分類すると「3種類」「+α」に分けて考えることができます。
それを今回書いていこうと思います。

踏み込んだ内容について説明するので、今回の記事はどうしても専門用語が多めになります。

平易に書いたものとして、拙著の過去記事:「トラウマケアの基礎理論①」「トラウマケアの基礎理論②」の記事を読まれてからご覧になることをおすすめします。
                 ↓↓↓



まずおさらいですが、②の投稿で前述したように、トラウマとは
「本人にとって忘れられず、今も終わらない体験」のことを指します。

本来私たちが忘れられるはずの体験が、脳が消化に失敗してしまうために、「過去」にならない。


トラウマ(心的外傷)の概念が日本で初めて注目されたのは、
1995年の阪神・淡路大震災のときでした。

当時、被災地のケアに尽力された精神科医・中井久夫先生によって「心的外傷と回復(ジュディス・ハーマン著 みすず書房)が翻訳紹介されたことがきっかけに理解が徐々に広まりました。

トラウマが生じる2つの場面

このような「忘れられず終わらない体験」は、2つのレベルで生じます。

①非日常な体験
…国や地域レベルで起こる戦争や災害、事件・事故、間接的な目撃


②日常的に繰り返す(逃れられない)体験
…家庭レベルで起こる非安全的な養育や、虐待、ネグレクト、貧困、暴言暴力、
 教育虐待、コミュニケーションのすれ違いによるダメージなど

の、2つのレベル両方で起きます。

それぞれ詳しく説明します。

①非日常な体験

 最近でいえば、3.11の震災が記憶に新しいでしょうか。
 こうした大きな出来事に遭遇してしまうことを、「ビッグT(またはラージT)」
 トラウマと呼びます。 

「ビッグT」によって起こるのは下記のスライド上段にある3種類の症状です。

主な現れは上の3つに分かれる

1、「侵入 / 再体験」

まず、大きな危機を体験すると、人はあまりの衝撃にその出来事に言葉が追いつかなかったり、整理する余裕もなく、記憶として脳に収納することが不可能になることがあります。これを「驚愕(きょうがく)反応」と呼びます。生のままの怖さや身体感覚は残り、その出来事はなるべく思い出されないよう無意識のうちに対処されます。

その時「終わらない記憶」は、まるでカプセルに詰めるように、封印されて、無意識の奥にしまいこまれます。しかし、封印されただけであって、出来事自体は消化されていないので、強いストレスがぐっとかかったり、当時と似た刺激(映像や音、言葉)が入ると、勝手にカプセルから漏れ出てきます。このとき、あたかも自分の意思に反して、自動的に出てくるばかりか、まるで今まさに起こっているかのような体験の仕方で蘇ってくるため、これは「フラッシュバック」と呼ばれています。

このような、勝手に意識に侵入してくる記憶のことを、「侵入・再体験症状」と呼びます。

2、「過覚醒」

次に、過覚醒とは、危険に対して気を張り巡らせ警戒している状態のことを指します。非日常なことが起きた時、みなさんも意識が冴え切ってて眠れなかったことはありませんか?

それと同じように、いつ何が起きても対応できるように、脳が覚醒した状態に入り、五感が敏感になり、些細な刺激にもすぐ反応できるよう「不用意に気を抜かない」状態になることを言います。

そのため「眠っても寝た気がしない」とか、「夜中に何度も目が覚める」とか、「眠りに入るまでに2時間くらい時間がかかる」とか、そういうことが続きます。ときには「悪夢」を見ることもあります。(悪夢は眠っているときに起こるフラッシュバックのようなものです)また「1人なら寝られるけど、誰かがいると眠れなくなる」のもこれに該当します。

また、「緊張と落ち込みの気分の波をくりかえすこと」も過覚醒の現れのひとつです。気が張り敏感になっているので、このときは通常よりもずっと消耗しやすく、傷つきやすいです。
ずっと覚醒を維持し続けることにもう限界!となったときに、まるで電池が切れたようにぼーっとしたり、身体が動かなくなってしまいます。

これは過覚醒の反対の「低覚醒」の状態であり、生存を図るためのいわば「超・省エネモードの状態」なのですが、詳しい説明は「凍りつき」および「ポリヴェーガル理論」の投稿に譲ります。

この図については後日。

低覚醒に入ると、
・自分を責める考え(自責)
・フラッシュバック(芋づる式に過去の記憶が出てくる)
・「今ここ」にいる感じが失われる(→過去に意識がいってしまう)
が顕著になります。

抜け出るためには「グラウンディング」という手続きが有効なのですが、
これもこれで説明が長くなるので、「グラウンディング」についてもまた書きます。

3、「回避」

回避は、上記のような当人にとってきついと感じる反応を避けるため、こうした反応の引き金を引きやすい刺激や状況に近づかないようにすることを言います。

例えば学校にまつわるトラウマがある人は学校や勉強の話題を嫌がって会話を避けますし、対人関係による消耗を避けるためにLINEを全消ししたり、人との連絡を一時的に一切絶ったりすることも珍しくありません。特定の話題になりそうな予感がすると、話題を変えたり、その場を離れる行動を取るなどもあるでしょう。

何も知らない人から見れば、引きこもったり、意固地になっている人のように見えるかもしれませんが、これらに共通しているのはどれも、「自分で自分の身を守るための自然な行動」であるという点です。つまり、異常な出来事に対する正常な反応なのです。したがって、当人にとってきわめて自然で、正常な反応であることを、周囲が理解できるかどうかが鍵です。


以上が、非日常的な「ビッグT」トラウマによるメイン症状です。

「ビッグT」は大体、一回きりの出来事への反応なので、診断学上はひっくるめて
単回性PTSD」と呼ばれます。

※PTSDとは、「Post Traumatic Stress Disorder」の略。日本語でいうと、「心的外傷後ストレス症候群」。

②日常に潜むトラウマ

単回性PTSDは災害や戦争にまつわるものでした。どちらかというと、平和に暮らしている人にとっては縁のない話、みたいな感覚だったと思います。私もそうでした。

しかし、その後の研究の発展で分かったことは、「上記のようなビッグTがなくても、似たような症状が出てくることがある」ということでした。

それが、日常的なコミュニケーションレベルや虐待、ネグレクト、貧困などで起こる通称「スモール t 」トラウマです。

複雑性PTSDによって加わる症状

戦争で帰還した兵士たちは帰った後も続くトラウマ症状の中で、家庭において感情コントロールが不安定で、大多数がアルコール依存症に陥り、暴言や暴力などに家族や子供が晒されました。そうした「スモール t 」の積み重なった結果、生じたものを「複雑性PTSD」と当時の臨床家は名付けました。

(2019年になって、初めてWHOの診断基準である「ICD-11」に収載されました。この間、トラウマの概念は数十年の間ホコリを被る事になります)

複雑性PTSD(Complexed PTSD)の、いったい何が「複雑」なのか?

それは、単回性の症状3種類に、以下「+α」が加わる点が異なります。
もう一度スライドを上げます。

右下の3つが「+α」の部分。

④感情コントロールの不良
⑤否定的認知
⑥対人関係の維持の困難

になります。

説明して行きます。

④感情コントロールの不良

「自分でも理由もわからずに涙が溢れてきたり、イライラが止まらなくなってしまう」ことはないでしょうか?
きっかけがはっきりしない時でもこれが起こってくるので、当人でも自分がなんでこうなってしまうのかが説明できません。

頭では分かっているのに、相手へのイライラが止められなくて、でもそれを言えずに内側に溜め込んでしまい、余計にイライラ不満を溜めてしまう、そんな自分に自己嫌悪が止まらない…身に覚えはないでしょうか?

これは、実は意識上では平気でも、無意識の水準でトラウマが勝手に賦活され、蘇っている時があり、何らかの刺激によって引き金が引かれてしまっていることが多いです。

無意識に封印されたカプセルが勝手に空いてしまっている、とも言えます。そのときは何の刺激がその引き金(トリガー)になっていたかを特定することが大切です。

⑤否定的認知

そんな流れの時に、おそらく多くの方の頭に浮かんでくるのが、「自分を責める考え」です。これに苦しんでいる方が多いのではないでしょうか?

「こんな私は価値がない」
「私はいつも周囲に迷惑をかけている」
「私はダメな人間だ」
「私は愛されるに値しない」

といったものが多いです。自分で自分自身に対して持つネガティブな信念のことを、否定的認知と呼びます。

これ自体にも波があると思いますが、調子が悪い時にはフラッシュバックを伴ってこれらの思考が駆け巡るように出てくるので、非常にご本人はきついです。

そういう時、周囲に「そんなことないよ」とか「ポジティブに行こうよ」とか言われても、自動的に出てきている反応なので、気休めにもなりません。
また、本人の意思が弱いから出てきているわけでもありません。

むしろ当事者の多くは、「自分はおかしくなってしまったんだ」「自分が弱いからこうなるんだ」とご自身を責めていることが多いのです。

脳が過去のトラウマから身を守るために出てきている反応なので、勝手にやっていることなので、どうか自分を責めないで、労わってあげてください。

⑤対人関係の困難さ

複雑性トラウマが背景にあると、長続きする人間関係や仕事を続けることが困難になります。
ただでさえ社会の中にいると気が張っていますので、人と会うこと自体がそもそもしんどいですし、些細な相手の言動に深く傷ついてしまいます。家に帰ってくる度に疲弊して寝たきりのような状態になるので、外に出ようという意欲が削がれます。

また、トラウマを抱えている方には、適度な人との距離感をとることが大変不器用な方が多いです。

これは「愛着」に起因するところも大きく、本来なら「誰かといて安心したい」という本能が働くと同時に、誰かに近づくと「過去のしんどい記憶」も一緒に蘇るために、「近づいたと思ったら距離をとって離れる、離れたと思ったら安心したくて今度は近づく」という自分も他人もいったいどうしたいのか?と首を傾げたくなる独特の行動となって現れます。こうして、長続きする人間関係の構築が困難になり易いです。


…さて、大変長く書き連ねてしまいましたが、
こうした日常に潜む累積的なトラウマを、「複雑性PTSD」と呼びます。


私がインスタやnoteで主に触れているのは、この複雑性トラウマによるものを指しています。

過覚醒やフラッシュバックもなかなかにしんどいですが、なかでもキーとなる中核的な症状は「否定的認知」だとも考えられています。

否定的認知はどこかで学習された過去の記憶が、今に及ぼし続ける影響の主たるもののため、薬物治療でもなかなか変化しづらいことが多いです。
(なぜなら記憶は消せないですからね)

長くなってしまったので、つづきはまた次回。








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