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パン好きもとりこの五島の米・大切な人を大切に母娘帰省旅②

思考の散歩

あっという間の3日間だった。

母の兄夫婦も、祖母もきっと疲れただろう。

明日の今頃は、こんなに気持ちいい畳の上でごろ寝なんてできない。

もうここにはいられないのだ。

そう思うと急におしくなり、散歩してみることにした。


さっと靴をはき、五島のゆっくりしたテンポに逆らって歩くテンポをはやめる。

散歩ははじめさえはやさを決めてしまえば、あとは自動的に足が動いてくれる。

そのテンポになじむと、もう止まりたくないし、Uターンもしたくない。

それが散歩人の心意気だと思っている。


私は職場の休憩時間にもよく散歩をする。

腹が立ったとき、考えごとをしたいとき、歩くと全てがととのい機嫌よくなれる。

五島の風は心地よく、一つ一つのくさきが巨大だった。

ふと、昨日行った海を目指してみようと思いついた。

アスファルトがくずれた道をさけ、巨大なくさきにうもれ、夢中で歩く。

歩くと思考が、回転する。


この旅行のこと。

帰ってからのこと。

私は何をしようか、何かできるのか、何をしたいのか。

はじめて会った、苦労もしれんも飲みこんだあとの優しい祖母。

祖母から母、母から私に着実に引きつがれた命。

ひと仕事終えた私は、どんな表情になって、どんな人に囲まれているのか。

人生に満足した日なんてくるのだろうか。



私を育てて、きっと母は幸せだった。

母の若かりし笑顔をたくさん思い出す。

楽しそうに歌うこともあったし、卒業式では成長をよろこび、私が頑張った時は誰よりも嬉しそうだった。

親は子供が忘れた思いでも、一つ一つ大切にリボンをつけて心にしまっている。

母はちゃんと子育てを楽しんでいた。

私の存在は母にとって誇りであり、自分が頑張ってきたあかしなのだ。

私の存在は母に自信をあたえ、母の自信を感じた祖母も母を誇らしくおもい、祖母自身も幸せにする。

親は子どもから色々なものをもらうが、子どもが幸せそうな姿からも幸せをもらう。

この時の幸せとはケーキを食べたときの一過性の幸福感ではなく、安堵とか自尊心とかが混ざりあった、もっと深い幸せのことだろう。


大丈夫、私はちゃんと母を幸せにしていたのだ。


くるくるくるくる。くるくるくるくる。思考がめぐる。


ふと潮の香りが強くなった。

海に出たのだ。

ぱっと開けた視界には圧倒的な自然が両手を広げている。

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頭の中には、魔女の宅急便でキキがはじめて大きな時計台の街に来たときの音楽がなる。

カモメの鳴きごえ、漁港で働くひとの活気、きたいに満ちたキキの表情。

パッと現実の海が見えたとき、あのにぎやかな映像があわさって、はずむように海岸へおりたつ。

あざやかなソーダゼリーのような海。

海岸はきれいにほそうされているのに誰もいない。

むし暑い、こい潮風が私を囲む。


迷子


ふとこの風景と思いを写真におさめようと携帯電話を探すが、今さらながら忘れてきたことに気がついた。

携帯電話がないのもいいものだ。

眺めれば黄色い水着をきた3歳の母がプカプカ泳いでいる。

大型のうみどりは海上から魚やイカをねらう。

するどいくちばし。

あのうみどりは生きるために必死だし、ねらわれた魚やイカも必死だ。

私の毎日はこんなにシンプルじゃない。

人間は複雑な生き方をしているが、それは幸せなことなのだろうか?

余計なことばかりに気をとられて、正しい気持ちがわからなくなってしまった。

そのわからなくなった事にも気づかない。

それはだいぶ不幸なことなのではないか。

ではどうすればいいのだろうか。

くるくるくるくる、また思考がまわりだす。


ふと気づくと空が青紫にかわろうとしていた。

もう帰らなくては。

せっかくなので、来たみちと違うみちで帰ってみよう!

すっと立ち上がって、違うみちを探す。


見しらぬの土地では冒険心がくすぐられる。

新しい場所で散歩するときは、地図はみず直感でみちを決める。

明るさや、みどりの色、道のけいしゃを察知してひかれる方をえらぶ。

今回もそうしよう。


刻いっこくと変化するくさきも見のがせないが、たそがれどきの雲はさらにドラマチックな演出を見せる。

リアルすぎて恐怖さえおぼえる反面、360度地球につつまれる浮遊する感覚が神秘的で、歩くスピードも自然とはやくなる。

どんどんどんどん歩く、どんどんどんどん、どんどんどんどん。



そして帰れなくなった。

散歩のときの悪いくせが出た。

楽しくなると、止まりたくないし引きかえしたくない。

これでなんど道に迷ったことか。

東京なら目印はたくさんあるし、住所もかいてある。

てきとうに歩いていても、いずれどこかの駅についてしまうのだ。

しかしここは五島。

前を見てもうしろを見ても同じあぜ道。

道を聞こうにも、人すら歩いていない。

さっきまでドラマチックだった空は、もう幕を閉じようとしていた。

携帯電話を置いてきたことを心からくいた。

「えー、まってまって、日がおちたら本気の暗闇になるのでは!?」

東京ではありえない、生命の危機を感じあせりがわきおこってきた。

もはやこちらのほうがくが正解なのかも自信がないが、歩きつづけるしか打開策はないと思われる。

なにかヒントを探しつつ、不安なまま歩みを進める。



「あー、どうしよう。」
さっき見たうみどりがたくましく思える。



はたちも過ぎた大人がまぎれもなく迷子である。

あたりは闇につつまれ、ときおり1台2台と車が通る。

これは、車をとめて道をきくか、不信がられるだろうか。

でも完全に道がわからない、人も歩いていなければ、その方法しかないのではないか。


どこか木のかげに入って休むか?

いやいや、歩かなければ進まない。

なんで携帯電話を置いてきたのか。

なんで、もと来たみちを戻らなかったのか。

そもそも、なんで一人で外出したのか。

後悔と対処に苦悶していると、1台の軽トラがとまった。

「え、、なんだ、なぜ止まる?」

「ん?私か?」

「いやー、変な人じゃなかろうか」

変な人は私である。


軽トラに乗ったおじいさんは、普段人が歩かないみちを日も暮れた中1人で歩く私を心配して、Uターンして戻ってきてくれたのだ。

なんて親切なんだ(涙)見ず知らずの私のためにUターンまでしてきてくれたのがありがたかった。

作業着のおじいさんは神々しく光ってみえた。

母の兄の名前をいうと、おじいさんは家まで送ってくれた。

軽トラに乗ると一気にあんどし力がぬけた。

「ありがとうございます」を何度もいいながら、軽トラからみたのは、数10メートルごとにある精米小屋だった。

ぼんやり、はじめはなんの小屋かわからなかったが、よくみると精米所だった。

そっか、五島の人は玄米でお米をかう。

食べるぶんだけ精米する。

お米の鮮度も、美味しいお米の秘密だったのかもしれない。


帰宅後あの五島のお米が忘れられず、有名な米どころからお米を取りよせるようになった。

炊き方だろうか、鮮度だろうか、やはり五島の空気が違うのか。

きっとそれら全てがおいしさの理由だろう。

色々試行錯誤しているものの、あれほどおいしいお米にはまだ出会っていない。


追記

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この旅行から1年後、祖母は自宅の畑で眠るように亡くなっていたそうです。

最後に母と一緒に祖母を訪ねられて本当に良かった。

人はいずれ離ればなれになる。
必ずです。

だから今、遠くばかり見ていないで、あなたの大切な人を大切に。

あなたの本心にもしっかり耳をかたむけて、大切にしてほしいと心から願うばかりです。

長々読んでいただき嬉しいです。

この母娘旅の思いではリボンをつけて、いつまでも私の中にしまっておきます。

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