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兄は失踪、幸せな空間

私には2人の兄がいる。

2人は正反対の性格で、4つ上のグレた兄と優等生のような面倒見のよい5つ上の兄。

次男はあまり家にいたがらなかったが、よく家にいた長男とは私が高校生になってからも仲が良かった。

私は当時長男が大好きで、学校から帰るとすぐ長男の部屋に向かい入り浸っていた。
彼はゲームが好きでよくテレビの前で椅子に座り何時間もゲームを楽しんでいた。
そんなゲームをしている兄のそばで「つまらない」と言ってよく邪魔をしていた。
今考えるとかなりの迷惑行為だったが、温厚で優しい兄はそんな私を本気で怒ることは一度もしなかった。部屋にいるとよく笑顔の表情をみせてくれた。
私は両親には甘えられなかったけれど、
当時私にとって自然と甘えることができた唯一の人でした。

ある日母が、呆然とした声で言った。

身分証も携帯もお財布もぜんぶ家に置いて
兄が消えた。

車で兄を駅に送りその後、消息不明に。車の中にいる様子はいつも通りだったと母は言った。

私には難しかったけれど周りとのバランスを考えたり冷静に物事を見ていたあの兄が全てを捨てていなくなる程に追い詰められていたことを、いなくなってから知った。

思いかえすと失踪する数ヶ月前からか暗い部屋の布団の中で思い悩むような兄の顔を見かけるようになり、それと同時に兄の体には湿疹のような又は、アトピーのようなガサガサとしたものが肌に現れだしていた。

私は小さい頃からアトピーに悩まされていたから単純にそれは兄も私と同じ肌質だったんだと軽い気持ちでいた。
そしてその肌と時折見せる沈んだ顔は別問題なのだと決めつけていた。
母には伝えていたが、徐々に徐々に止まることなくそれは広がっていっていた。

私は兄がいなくなった数ヶ月後も泣くことができなくて、誰よりも慕っていたのに薄情な人間だと強く思っていた。
兄のいない部屋を見ても現実感はわかず、何の根拠もないのに兄が命をたつことを考える人ではないと、いなくなった後でさえ考えていた。
そしてきっとどこかで生きていると夢のようなことを信じて疑わなかった。

長男のいない家の中はいつも通りだった。
でも思いかえすと失踪したばかりの頃の記憶の中の母の目だけは静かに絶望していた。

そして、私の住む家はほとんどが母と私の2人の空間になっていった。
その中で兄が失踪した理由を知った。

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