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『詩』遥かに教会の尖塔を仰ぎながら

遥かに教会の尖塔を仰ぎながら
僕はステアリングを握っている
初秋の風が運んでくるのは 木々の匂いと
微かにクレープの焼ける匂い


後部座席には君のヴィオラ
助手席に
オレンジ色の薔薇の花束
通りの奥の公園の入り口で 
若いスーツ姿のジャグラーがクラシッククラブを投げ上げると
クラブはカラフルな小鳥となって
空の高みへと飛び去ってしまう
マジックとおもっている見物客は
若いジャグラーに喝采を送る
呆気に取られている男を尻目に
僕はアクセルを踏み込んでゆく


この美しい時間!


ラフマニノフの「メロディ」を
ヴィオラで聴いてみたいだなんて
僕は言ったことあったっけ
忘れてしまうのは平和のため
でもこうして
僕はヴィオラを運んでいる
それはいつかのささやかな仕返し?


スクランブルを左に曲がると 街並は
名残惜しげに遠ざかり
代わって白樺林が出迎えてくれる
美しい葉群れの上に十字架だけ残して
教会の尖塔が隠れてしまう
白樺の
すらりと伸びたその一本一本が
誰かの祈りに違いない
すべての祈りを受け止めるように
驟雨がやってくる


しばし 林の中に車を停めて
驟雨が過ぎるのを待っていよう
君の「メロディ」が楽しみだから
BGMは必要ない
ただしばらく雨音が
なぜだか悔やむように鳴り響いて


驟雨が行ってしまったあと
雨雫あましずくの中 サンルーフを開き
助手席の花束を
僕は思い切って空へと投げ上げる
まるでダイヤモンドの銃撃!
白樺から降り注ぐ
雫に打たれて飛び散ったオレンジの薔薇の花束は
なんて綺麗な
幸せのかたちであるまいことか!




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