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セッション定番曲その73:Stella By Starlight(星影のステラ)

ジャズセッションでの定番曲。歌っても演奏しても、素晴らしい曲です。タイトルの優雅さも人気の秘密でしょうか。
(歌詞は最下段に掲載)

和訳したものはあちこちのWebサイトに掲載されているので、ここではポイントだけ説明します。


ポイント1:Stella(ステラ)って誰?

「星影のステラ」という邦題が雰囲気があって素敵ですよね。「Stella」は人名(女性名)で、この曲が使われた映画の登場人物の名前です。人名として身近なところだと「ステラおばさんのクッキー」が有名ですよね。

この「Stella」という言葉は「星(惑星)」「星の光」という意味があります。つまり「星影の星子」ということになります。ちょっとガッガリ?

呪いの家 - Wikipedia

ポイント2:作曲はVictor Young

以前のコラムでも紹介したVictor Young先生の作曲です。映画音楽を沢山書いていて、映画の中のシーンに合わせて観客の感情(喜怒哀楽)を揺さぶるような曲を書く技術に優れていました。そんな中からジャズスタンダード曲になったものも多く、この曲はその代表ですね。

歌詞は後から、映画とは関係なく付けられたので、メロディに合わせたロマンティックなものになっています。

ポイント3:1950年代にジャズスタンダード化

ジャズの全盛期は1950年代」という言い方は「ジャズ」の定義をハッキリさせないと誤解を招いてしまいますが、間違いではないと思います。

単なるダンス伴奏音楽から抜け出して、演奏者視点で「ジャズ」を再構築した時代。それ以前に流行歌であったミュージカルや映画の劇伴曲を素材としてジャズ化していって「ジャズスタンダード曲」がどんどん生まれていきました。この曲も最初に発表されたのは1944年で、歌詞が付いたのは1946年。1947年にまずFrank Sinatraが歌い(この録音はムード音楽っぽい)、1952年にCharlie ParkerやStan Getzが、翌年にはBud Powellが録音して、人気曲になっていきました。少し遅れてDizzy Gillespieも1956年に録音しています。実際にはそれぞれライブ演奏は行っていて、レコーディングしたタイミングがこうなっていたのだと思います。

そして下記の動画にもあるように初期の段階から「リハーモナイズ」は試行されていました。元のコード進行がシンプルであればあるほどこういう工夫の余地があって、これがまさに「ジャズ化」。
Bud Powell's Stella Bridge Changes

以前のコラムにも書いた「教科書があることの弊害」でもありますが、ジャズセッション参加者の共通認識があることのメリットに対して、「教科書に書いてあることから先を考えなくなる」という問題点はありますね。与えられたコード進行の上でアドリブを工夫するだけでなく、進行そのものをいじってしまう工夫もどんどんやっていくと面白いと思います。そういうカスタマイズに耐える曲がジャズスタンダードとして生き残っているものなので。

ポイント4:ヴァース(Verse)があります

これもあまり歌われることはないと思いますが、やはり導入部としてヴァースがあります。

Have you seen Stella by starlight
With moon in her hair?
That's Stella by starlight
Raptures so rare

本歌ではなかなか出てこない「Stella By Starlight」というフレーズがいきなり出てきます。ここで提示されていたキーワードを受けての本歌だったというのが分かりますね。

Ella Fitzgeraldのこのバージョンではヴァースが一番最後に出てきます。こういう使い方もアリなのか・・・と思ってしまいますね。


ポイント5:歌詞のポイント、発音のポイント

非常に短い歌詞ですが、意外と手強いです。

The song a robin sings
Through years of endless springs

歌詞に「動物や植物の名前が出てくる時は何らかの暗示」という法則があります。「robin」は「(ヨーロッパ)コマドリ」という小鳥の種類。その生態は「繁殖期である冬から初夏にかけて、日中から夕方までよくさえずる」らしく、つがいで鳴きあう声が森にこだまするようです。象徴的には「何か新しいことの始まり、希望や喜びを運んでくる」「新しい出会いや機会の訪れ」として使われます。文学作品などにも登場します。

とすると、この「終わりの無い春が何年も続き、その中でロビンが歌っている歌」というのは、もうすぐ訪れる予感のする何か(恋?)を描写しているのでしょうか。

Robin: Discover the Spiritual and Dream Meaning Behind this Symbolic Bird

「years」「springs」の複数形の「s」は意味的に大事なので、しっかり発音しましょう。

The murmur of a brook at even tide
That ripples by a nook where two lovers hide

同様に、歌詞に「情景描写は何らかの心の動きの暗示」という法則もあります。ここはちょっと聞き慣れない単語の連発ですね。

「brook」は「ごく小さな小川」で、その「murmur=微かな声での囁き」。(「murmur」はオノマトペみたいに見えますが、ちゃんとした単語です)
brookとcreekとriverとstreamの違い

「murmur」は口をあまり開かずに発音します。
MURMUR | Cambridge Dictionary による英語での発音

「at even-tide」は「at evening tide」と書かれている場合もあり、前者なら「夕暮れ時」、後者なら「夜、暗くなってから」になります。
「a nook where two lovers hide」=「恋人2人が隠れる人目につかない場所」とあるので、夜の方が隠れやすそうですが。

「ripple」は「さざ波が起きる/さざ波のように(途切れ途切れに)聞こえる」という感じですね。

まとめると
暗くなってから、恋人2人が隠れている場所のそばで、小川の囁きがさざ波のように聞こえている」と、非常にひっそりとした中で「何か」が起きている、という情景描写になっています。詩的ではあるけど、何か答えがある訳じゃなくて、雰囲気だけを伝える歌詞になっていますね。心が密かにザワザワしているという感じでしょうか。

A great symphonic theme
That's Stella by starlight, and not a dream

ここで急展開、メロディも明るく力強いものになります。
「シンフォニーのテーマが鳴り響く」「それは星影のステラについてのもの」「彼女は夢なんかじゃなくて確かに存在する」と。

その直前までのひっそりとした感じから、いきなりオーケストラが鳴り響くと、ビックリしちゃいます。これも心の中で鳴っている音なんでしょうね。

「theme」は「θíːm」と発音します。「eme」は唇の両端を思い切って引っ張って「イー」と出しましょう。少し大袈裟なくらいが正解です。最後の「e」は音になりません。こういうスペルと発音が乖離している単語が英語には多いですね。

My heart and I agree
She's everything on earth to me

あとは蛇足です。
「on earth」は表現を強調する時に使われますが、「She's everything to me
」を大袈裟に言っているともとらえられますし、文字通り「彼女はこの世界で、自分にとっての全てといえるもの」と受け取ることも出来ますね。

なので、短い歌詞の中に様々な感情の動きがぎっしりと詰め込まれた歌詞だと思います。

*余談:「誰が殺したクックロビン(マザーグース/パタリロ!)」の「cock robin」が略されたものが「robin」です。

ポイント6:楽曲解析

この動画が分かりやすいです。
こうやって構成を理解しておいて歌うと、迷子になりにくくなります。


ポイント6:Robert Glasper

Robert Glasperが行っている演奏が非常に現代的で面白いので、紹介しておきます。

当然リハーモナイズされていて、ソロを取るパートも特殊です。
詳細は下記のブログで詳しく解説されていて、スコアも掲載されています。
Robert Glasperを弾く Stella By Starlight

ポイント7:色々なバリュエーションを聴いてみましょう

Anita O'Day, The Oscar Peterson Quartet、1957年録音
彼女のちょっとは「すっぱな歌い方」が、雰囲気があっていいですね。絶妙にメロディを崩して歌っています。古き良きジャズボーカル。

Ella Fitzgerald、1961年録音
教科書のような歌唱、2コーラス目のメロディフェイクが見事ですね。

Sarah Vaughan、1962年録音
ちょっとビブラート掛け過ぎじゃないかなと思うくらい揺らしていますね。何かとても意味ありげな曲に聴こえます。

Chris Connor、1954年録音
低音に魅力のある人なので出だしからゾクッとしますね。

Kelly Dickson、2004年録音
ぐっと現代的、クセの無い歌唱。
Stella By Starlight

Tony Bennett、1961年録音
朗々とした歌唱、声の良さがすべてを補っていますね。
Stella by Starlight

Ray Charles、1960年頃の録音
意外ですがこの人も歌っています。こういうのもいいですね。
Stella By Starlight

Johnny Mathis、1962年録音
ヴァースから歌っています。映画音楽に先祖返りしたような雰囲気。
Stella by Starlight

Will Downing、1995年録音
メロウなR&Bにアレンジされています。

Charlie Parker、1952年録音
「テーマをちゃんと表情豊かに吹く」というのが如何に大事かわかります。

Bill Evans、1967年録音
何回も録音していますが、ベースの存在感があるこの演奏もいいですね。

Bud Powell、1947年録音
前述のように「歴史的録音」ということですね。

Stan Getz、1958年録音
Stella By Starlight

John McLaughlin、2003年録音
Stella By Starlight

Morten Haxholm Quartet、2015年録音
ギリギリの線で「BGM」にならない、実はエグい演奏。
Stella By Starlight

Jonathan Kreisberg、2014年録音
Stella by Starlight

70年前から現代まで大事に演奏され、歌われている曲だということが分かりますね。ジャズギタリストにも人気の曲ですね。

■歌詞

The song a robin sings
Through years of endless springs

The murmur of a brook at even tide
That ripples by a nook where two lovers hide

A great symphonic theme
That's Stella by starlight, and not a dream

My heart and I agree
She's everything on earth to me


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