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実証研究紹介11:官僚制度と政治(3)代表的官僚制の考え、公務員の属性と政策効果、組織パフォーマンスの関係

このページでは自分の専門と関連する分野を中心に、最近の査読付き学術誌(英語)での社会科学の実証・理論研究結果について紹介していこうと思います。このようなページを書こうと思った動機は、日本での政策議論や論壇等で国際的な査読付き学術誌での実証・理論研究成果にあまり目が向けられていないと思ったからです。細かい内容紹介や訳出は時間の制約上できかねますので、この投稿が論文の存在を知るきっかけ程度になればと思います。紹介した論文の送付もできかねますので、ご自身で入手をお願いします。

今回は行政学の重要な考えである代表的官僚制(representative bureaucracy)の概念と関係する実証研究結果を簡単に紹介します。日本ではまだ馴染みの薄い考えですが、行政学の教科書や査読付きジャーナルでは必ず取り上げられるトピックです。筆者の所属する大学での比較行政学や政策過程の授業では1-2コマ、このトピックを取り上げますが、学生同士の議論はいつも一番盛り上がります。

代表的官僚制の考え方は一言でいえば、社会を構成する人たちの属性と官僚・公務員の属性を近いものとすることで、公共サービスがより民主的で公正さを保つものになるという考え方です。どのような属性に注目するかというと、人種、性別、社会階級、宗教、教育レベル、地域等の要因があります。つまり、公共政策の執行、公共サービスを提供する責任をもつ行政組織の構成員の属性を、そうしたサービスの提供を受ける市民、住民の属性となるべく近いものとすることで、政策実行、公共サービスの提供をより民主的、公正、効果のあるものとする考えです。

こうした考え方は古くはイギリスにおける公務員制度に関するDonald Kingsley (1944)の著作に遡り( Riccucci & Van Ryzin 2016)、公務員制度の中で社会階級の代表制のバランスをとることが、民主的な統治にとって必要だということが言われました。現在でもそうですが、公務員、特に国家公務員は社会階級としては中流階級以上の構成員が多く、必ずしも社会の多様な階級を反映した構成となっていません。こうした行政府の性質を重視する考え方は、あまり指摘はされていませんが、近年北欧を中心に研究が盛んになっている「政府の質」( Quality of Government)の考え方とも共通項があり、政治システムのインプット側 (D. Easton)(特に選挙等に関する民主主義 electoral democracy))よりも、アウトプット側(公共政策の執行、サービスの提供主体=行政府)側が、市民生活の質や、国家、政府に対する信頼、満足度、更に政策効果に影響を与えることが大きいのではないか、という前提に立った考え方です。

代表的官僚制の考えは、伝統的な選挙を通じた民主的な統治の仕組みだけでは社会の多様な利益や選好を政策、公共サービスに反映させるのは難しいので、公務を執行する行政官、公務員の構成員を社会の構成員と近づけることで、そうしたことを反映させていこうとする考えです。例えば、マイノリティーの意見は選挙では票数が足りないため、反映させることは難しいです。そのため、政治システムのインプット側のみではなく、アウトプット側にも注目して調整することで、全体的なバランスを取っていくという議論だと思います。

代表的官僚制の考えは、公務員を構成する人たちの属性と社会を構成す人たちの属性を割合の上で近づけるという「消極的な代表」( passive representation)と、特定の社会的属性をもつ人たちが、同じ属性をもつ人たちの利益の実現や選好を政策の実行に反映させるために積極的に活動する「積極的な代表」(active representation)に分けられます。この他に「象徴的な代表」( symbolic representation)、単に特定の社会的属性をもつ人が公務員の立場にいるだけで、何ら特別な行動をとらなくても、共通する属性をもつ市民や住民の利益に繋がるようになる、という考え方があります。

代表的官僚制の考え方は主に、現アメリカン大学(元テキサスA&M大学)のKenneth Meier教授やラトガーズ大学のNorma Riccucci教授をはじめ米、英を中心とした研究者により理論・実証面での研究が進められてきましたが、近年ではヨーロッパやアジアの研究者の間でも盛んに実証研究が行われています。筆者の勤務するライデン大学でも複数の研究者が代表的官僚制を実証研究の対象としています。

下記ではいくつかの実証研究結果を簡単に紹介します。

Meier, K. J., & Nicholson‐Crotty, J. (2006). Gender, representative bureaucracy, and law enforcement: The case of sexual assault. Public Administration Review, 66(6), 850-860.

アメリカの都市部におけるパネルデータを用いた研究。女性の警察官比率を高めることは性犯罪の報告率と逮捕率の上昇と相関性があることを示す。

Riccucci, N. M., Van Ryzin, G. G., & Lavena, C. F. (2014). Representative bureaucracy in policing: Does it increase perceived legitimacy?. Journal of public administration research and theory, 24(3), 537-551.

警察の家庭内暴力を担当する部門で女性の代表制を高めることは、市民の警察組織のパフォーマンス、信頼性、公正さへの認識にプラスに作用するというサーベイ実験結果

Hong, S. (2017). Black in Blue: Racial Profiling and Representative Bureaucracy in Policing Revisited. Journal of Public Administration Research and Theory, 27(4), 547-561.

イギリスの警察データを用いた研究。警察でマイノリティー人口を増やすこととレイシャル・プロファイリング(マイノリティーに調査対象を絞って調査を警察が行うこと)の比率削減が関係していることが分かる

Fernandez, S., Koma, S., & Lee, H. (2018). Establishing the link between representative bureaucracy and performance: The South African case. Governance, 31(3), 535-553.

南アフリカ共和国でのパネルデータとインタビューを用いた研究。歴史的に社会的弱者とされている人たちの代表制を国の行政組織で高めることは、組織が目標を達成することと関連していることが分かる。

Bishu, S. G., & Kennedy, A. R. (2020). Trends and gaps: A meta-review of representative bureaucracy. Review of Public Personnel Administration, 40(4), 559-588.

代表的官僚制の96の理論・実証研究のメタレビュー論文。これまでの研究の対象、対象となる代表的官僚制の属性の分析(性別、人種、年齢、宗教等)、対象国、主な結果などを分析

Kennedy, B. (2014). Unraveling representative bureaucracy: A systematic analysis of the literature. Administration & Society, 46(4), 395-421. 

優れたシステマティックレビュー論文。93の先行研究を分析

その他の理論・実証研究論文の例

Meier, K. J. (2019). Theoretical frontiers in representative bureaucracy: New directions for research. Perspectives on Public Management and Governance, 2(1), 39-56.

Meier, K. J. (1993). Latinos and representative bureaucracy testing the Thompson and Henderson hypotheses. Journal of Public Administration Research and Theory, 3(4), 393-414.

Atkins, D. N., & Wilkins, V. M. (2013). Going beyond reading, writing, and arithmetic: The effects of teacher representation on teen pregnancy rates. Journal of Public Administration Research and Theory, 23(4), 771-790.

Wilkins, V. M., & Keiser, L. R. (2004). Linking Passive and Active Representation by Gender: The Case of Child Support Agencies. Journal of Public Administration Research and Theory, 16(1), 87-102. doi:10.1093/jopart/mui023

Riccucci, N. M., & Van Ryzin, G. G. (2017). Representative bureaucracy: A lever to enhance social equity, coproduction, and democracy. Public Administration Review, 77(1), 21-30.

Nicholson-Crotty, J., Grissom, J. A., & Nicholson-Crotty, S. (2011). Bureaucratic representation, distributional equity, and democratic values in the administration of public programs. The Journal of Politics, 73(2), 582-596. 

Jankowski, M., Prokop, C., & Tepe, M. (2020). Representative bureaucracy and public hiring preferences: Evidence from a conjoint experiment among German municipal civil servants and private sector employees. Journal of Public Administration Research and Theory.

Vinopal, K. (2019). Socioeconomic Representation: Expanding the Theory of Representative Bureaucracy. Journal of Public Administration Research and Theory, 30(2), 187-201. doi:10.1093/jopart/muz024




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