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『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』は無知と恥知らずという「罪」を容認するのか

『I, Tonya』★★★★。(4ツ星満点中、4ツ星。)

貧困が招く無知蒙昧と厚顔無恥は、もはやそれだけで「罪」だ。そのことを、『アイ、トーニャ』は容認しているかのよう。作品的には感嘆しきりだが、存在そのものが倫理観の瀬戸際に立つ映画でもある。


アメリカのフィギュア・スケート界で初めて、そして世界では日本の伊藤みどりにつづいて2番目にトリプル・アクセルを成功させた元オリンピック選手、トーニャ・ハーディング。2度の冬季オリンピック出場を果たしたが、94年のリレハンメル五輪当時、同じフィギュア選手ナンシー・ケリガンへの傷害事件に関与していた疑いがかかる。本作は、そんなトーニャの生い立ちと、事件に至るまでのいきさつをドキュメンタリー・タッチで描く。監督は『ラースと、その彼女』、『ザ・ブリザード』のクレイグ・ガレスピー。

制作費$11Mと目される本作の国内興行は$14M超。賞レースの候補作としての追い風が、本作の興行的な成功を後押ししてくれるかどうか。アートハウス映画としては、話題に上がり続けているだけでも成功とは言える。

[物語]

オレゴン州ポートランドに生まれたトーニャ・ハーディング(マーゴット・ロビー)は、母ラヴォナの5回めの結婚相手との間に生まれた貧困家庭の一人娘。ラヴォナは、富裕層のスポーツであるフィギュア・スケーティングに憧れる娘を持て余し、ウェイトレスとして稼いだ金を注ぎ込んでレッスンを受けさせる。壊れた家庭環境も、本人の競争心むき出しな性格も、フィギュア・スケート界の理想的な選手像とはかけ離れていたトーニャだが、才能はめざましく開花。虐待にまみれた私生活の一方で、オリンピック選手として上り詰めるトーニャの人生。しかし、ある「事件」をさかいにして、彼女の人生は急転直下の大転換を迎えることになる。

[答え合わせ]

飛び抜けて優れた映画だと感嘆するのと同じくらい、本作の存在そのものに対する否定的な思いも募る。はっきり言ってしまうと、トーニャ・ハーディングその人が、これだけ立体的なキャラクター像を再現してもらう資格は、ない。彼女が、本作のドラマティゼーションの過程で得ることになった深みは、現実世界の本人には微塵も感じられないからだ。

ここに、実話を題材にした映画としての扱いの難しさを感じる。映画化に最適な題材ではある。だが、コメディやバラエティでさんざん笑いと批判の種に使われてきた事件を、なぜ改めて映画化したのか。現代アメリカを取り巻く社会情勢に少なからず呼応する立ち位置の本作だからこそ、アメリカという国に対する「絶望感」を想起させる。本作で、事件の当事者たちが改めて脚光を浴びることへの抵抗感は大きい。

本作でも部分的に再現されたインタビュー映像のソースや、当時のニュース映像を見るといい。本物のトーニャ・ハーディングと、マーゴット・ロビー演じるキャラクターとしてのトーニャ・ハーディングに根本的な差があることが、容易にわかる。前者は無計画に無知を垂れ流す存在であるのに対して、後者は映画のため高度に設計されたキャラクターだ。

現在40台後半に差し掛かった実物のトーニャ・ハーディングは、愛嬌のあるアメリカ白人特有の顔つきをしている。その話し方と態度は、一時期リアリティ・ショー界を震撼させた子役コンテスト出場者、「ハニーブーブー」ことアラナ・トンプソンを彷彿とさせる。ホワイトトラッシュの典型例だ。その類似性は究極的に、現アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプのボキャブラリーのなさや、息をするように嘘を吐きつつ、その信用性のなさにどこまでも無自覚で浅はかな「アメリカ白人」を象徴している。

そんな人物を主軸に据えて、理解を超えた圧倒的な社会的断絶を見せつける。その胸糞の悪さを、まずは呑み込む必要がある。

その上で、映画としての本作を見てみたい。

秀逸だ。映画は、ドキュメンタリーにするには過度に開放的な再現インタビュー部分と、刺激的にドラマタイズされた本編部分とで構成されている。ときおり第4の壁をカジュアルに壊すショットには面食らいつつも、総体的には虐待と暴力の暗さを、開き直った明るさで表現し通す。

序盤から、底辺に暮らす白人貧困層の崩壊ぶりが、破壊力たっぷりに演出される。貧困と、無知と、階層格差が人々に及ぼす破滅的な影響を、フィギュア・スケート界というこれ以上にないほど不公平なスポーツを背景にして語っていく、出色のしたたかさに浸れてしまう。

キャストのパフォーマンスも特筆に値する。現実のトーニャと比較すると、マーゴット・ロビー演じるトーニャは緻密に作り込まれ、物語を伝えるのに最適化された「アンダードッグ」を体現している。迫真のパフォーマンスが、キャラクターへの共感をどこまでも後押ししてくれるのはいい。繰り返しになるが、それが正しいのかどうか、あとになって悩まされることに留意されたい。

加えて、トーニャの母ラヴォナ・ハーディングを演じるアリソン・ジャネイ、そして低能の極み、ショーン役を見事にこなすポール・ウォーター・ハウザーの再現度も抜群。元夫ジェフ・ギルーリー役をこなすセバスチャン・スタンは、虐待癖のあるレッドネックを演じるには優しい印象がつきまとうが、関心を削ぐほどではない。そのほか、脇を固めるキャスト陣はいずれも手堅い。

撮影では、複数回あるフィギュア・スケーティングのシーンで技術力の高さを証明している。テレビ中継のように滑らかで俯瞰したカメラワークでは、つい目立ってしまうスピード感やスケート力のなさを、画面ブレをあえて盛り込んだ近めのショットで長回しにする。ボディダブルとマーゴットの顔を合成するには難易度が高まる方式だが、臨場感とキャラクターの内面を強調するてきめんの撮影方法。序盤、トーニャがスケート力を見せつけるシーンでは、観客の盛り上がりを背景に、トーニャの勝ち気な表情、スケートのテクニック、そして流れるようなカメラワークでジェフや母親や審査員たちの表情へと寄っていくショットが続く。注目に値する、極めて効果的な演出だ。

唯一、挿入歌たちのあからさまな感には引く一面もあるが、映画としての出来には唸らせられる。

だからこそ、冒頭のポイントに戻る必要がある。

少なくとも現代アメリカの断絶ぶりを痛感するにはてきめんの映画だ。だが、ハリウッドがカメラを向けることで脚光を浴びてほしい題材ではない。そんな思いこそが、いまアメリカを断絶させているのだろうと反芻することも含めて、二面性があることを覚悟すべき映画、としたい。最大限に推奨しつつも、鑑賞には要注意、だ。

[クレジット]

監督:クレイグ・ガレスピー
プロデュース:スティーヴン・ロジャース、マーゴット・ロビー、トム・アッカーリー、ブライアン・アンケレス
脚本:スティーヴン・ロジャース
原作:N/A
撮影:ニコラス・カラカトサニス
編集:タティアナ・S・リーゲル
音楽:ジェフ・ルッソ
出演:マーゴット・ロビー、セバスチャン・スタン、アリソン・ジャネイ、マッケンナ・グレイス
製作:ラッキーチャップ・エンターテインメント、クラブハウス・ピクチャーズ、AI Film
配給(米):ネオン
配給(日):ショウゲート
配給(他):N/A
:121分
ウェブサイトhttp://tonya-movie.jp/

北米公開:2017年12月08日
日本公開:2018年05月04日

鑑賞日:2018年01月18日21:00〜
劇場:Pacific Theaters Glendale 18

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