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縄文時代、犬はどういう存在だったの?愛犬を偲んで考える。

「夢にでてきた」
大学生のときに、10年間程飼っていた愛犬そらが亡くなった。
それから毎年ある時期に夢にでてきて、お墓参りにいくとパタッとその夢をみなくなる。寂しがり屋のそらが発信しているサインなのかもしれない。

振り返れば、そらとわたしはライバルだった。
わたしが母の隣に座れば、その間を割って入ってきてちょこんと座る。
わたしが父の隣で歩けば、その間を割って入ってきてトコトコと歩く。
でも、そらとわたしが1匹と1人の空間になると、わたしのそばに駆け寄る。嫌なことがあったときは何かを察したのか手をなめて励ましてくれたりもした。

ライバルだけど友達。

その言葉がしっくりくる関係だった。
わたしが大学進学を機に上京をしてからはそんな関係に変化があった。
そらが癌になったのだ。
あんなにわたしと対抗していたのに、吠えることも、まともにソファにも上がれず母とわたしの間に座ることもできなくなった。
散歩には行けず、家の窓から外を眺めている。
そんなそらを抱えて散歩をすると、「ありがとう」という言葉の代わりに手をなめる。

いつかまたライバルだったときのように一緒に走り回りたいという想いはかなわず、10月のある日そらは息を引き取った。
わたしの大事な大事なパートナーは、遠い存在になってしまった。

市教委が2008年度から発掘調査したところ、09年3月に縄文犬を埋めたとみられる跡が見つかった。骨などの出土品を調査していたところ、巻き貝2点に加工した痕跡が確認された。
いずれも長さ約1・7センチで、背や側面をこすった上で、一つは1個、もう一つには3個の穴が開けられていた。貝塚が形成される以前に埋葬されており、さらに食用には適さない貝でもあることから、犬に供えられた装飾品と判断した。死ぬ前から犬に付けられていたものか、副葬品かは分かっていない。
 市教委によると、縄文人は犬を食用とせず、狩猟のパートナーとして大切に扱い、死んだら人間と同じように埋葬していたことが分かっている。
 市博物館の増山禎之学芸員は「人間と同じように、装飾品を供えたということから、狩猟のパートナーとしてだけでなく、現代のペットに似た関係性もあったのではないか」と話している。

縄文時代の犬は人間の「大切なパートナー」
埋葬跡から装飾品発見、現代のペットにも似た関係性か

縄文時代も犬を生活のパートナーとしていたそうだ。
現代にもペット用の火葬があり、墓地があるように、縄文時代もパートナーである犬をあの世にきっちり見送っていたのだろう。

そらの火葬を終え、共同墓地に埋めたときに「悲しんでいるだけではいけない」と思った。そらの分までもこの世を楽しまないと、と。
おそらく縄文時代もいまも変わらず、弔いは残された人たちがこれからも生きるためにあるのだろう。


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