【小説】 きみが好きな音楽を片手に 第6話

第6話 バンドメンバー募集②

一番はじめから
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 桜の蕾はふっくらと膨らみ、咲きほころぶのを今か今かと待ち焦がれているようだ。晴れてこの大学に入学した蓮たち新入生も同じ気持ちであろう。親の敷いたレールを歩くしかなかった高校生までとは違い、大学生ともなれば自分の力で道を選び、切り拓くことができる。新しい世界に待ち受けている沢山の希望。自分の夢への飽くなき挑戦。
 ただしまだ金銭的に生活力は無く大いに親に依存しているところが情けない限りではあるが。

 全国でも名の知れた国立大学。駅の周辺には下宿用の賃貸ワンルームが乱立している。蓮は自宅から電車通学をすることになった。
 合格を手にした瞬間、両親と手を取り合い喜んだ。
 勉強への努力というのは、やればやるだけ手応えを感じた。決められたフォーマットの通りにやれば決まった解答に辿り着ける。ある種分かりやすく心もフラットで居られることが多かった。
 だが、音楽の作詞や作曲というものはそれとは正反対だった。まさに闇の中でゴールがどこかも見えないまま進まなくてはならなかった。どれだけ努力しても答えがわからない。著名な世界の音楽家や画家は、彼らの死後に作品が評価されることがある。同様に、自分が生きているうちには見向きもされないかも知れない。それどころか、独りよがりで未来永劫誰にも評価されないかも知れない。

 時代に媚びる。ディレクターに迎合する。求められているものに自分を軟体動物のように枠にはめる。どれも正解かも知れないし、どれも間違いかも知れない。
 10代最後となるこの一年、蓮は考えた。俺は音楽で何をしたいのだろう。
 言語化するのは難しかった。ただ迷いなく浮かぶのは大きなステージで満員の観客に向かって自分のギターと歌を届けたいというイメージだった。

 願わくばこのイメージを共有できる仲間と出会いたい。とにもかくにも足枷だった受験は終わった。幸いこの古い国立大学にも軽音楽部なるものがあった。蓮は入学式が終わったその足で軽音学部の部室に行ってみた。
「こんにちは」
 ノックをしてドアを開けると落武者のようなザンバラ頭をした男が一人ギロリと顔を上げた。後ろには音楽なんかやったこともないような男が二人、煙草を吸いながら将棋をしていた。
「失礼しました。間違えました」
 
 蓮はきびすを返してドアを閉めた。直感でこれは違うと感じたからだ。名のある国立大学だがサークルや部とは名ばかりで活動も怪しい団体もあると聞く。新興宗教やねずみ講ビジネスなど最たるものだ。さっき部室に居た男たちがそうだと言うわけではないだろうが、気をつけていかないとと蓮は空を見上げてため息を吐くのだった。軽音学部に入って最高の音楽仲間に出会うなんてそう簡単に上手くいくわけはないか、と大学構内のベンチに腰をかけた。妙に風は暖かく、そこかしこに春の匂いがあり、芝生にはたんぽぽまで咲いていた。
 
 ふと顔を上げると、隣に明らかにベースであろう楽器を横に置いて、同じようにため息を吐いている奴と目が合った。
 
 金髪を短くした頭にところどころ深緑色ふかみどりいろのメッシュが入っていた。装飾されたゴツいブーツを履き、バッグにしろピアスにしろ持っているアイテムが金のかかってそうないいものだった。切長に奥二重の眼差しは相当モテるタマだと蓮は一瞬にして思った。
 
 男はおもむろに蓮のギターケースを指差して、
「楽器やるんすか」
 と言った。
「自分バンドやりたくて」
 とも言った。

 それがベーシスト平井尚志ひらいなおしとの出会いだった。

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