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【小説】 きみが好きな音楽を片手に 第1話


第1話 はじまりはそうこんな感じだった


  車も人もどこから湧き出てくるのか。その流れは無限に続くように思われる。毎日がお祭り騒ぎのようなスクランブル交差点。
 中国系やアジア系の外国人がほとんどだったのは昔の話で、今は欧米からの観光客なのか白人も目立つ。
 駅から吐き出されてくる人が縦横無尽に行き交う。
 多くのすれ違う人は誰一人と自分を知らない。
 
 片瀬蓮かたせれんは雑踏の喧騒に小気味良ささえ感じた。
「いつか此処にいる人たちがみんな俺を知る日が来る」
 蓮の背中には相棒のギブソンのレスポールが揺れていた。

「きゃ。こんな所で止まらないで」
「お兄さん、今ちょっといい女の子紹介できますよ、興味ないすか」
「あの人バンドマンかな」

 信号が青になったのを合図に蓮はスクランブル交差点のど真ん中で立ち止まった。人々は蓮を迷惑そうに避け、小さく呟く。
 蓮はゆっくりとビルの合間から覗く小さな空を見上げた。

「俺たちのMVは高層ビルの間をちょろまかと動き回るドローンで撮影したい。俺らの音楽が色彩さえ見えるように。鮮やかで、自由なシーンが沢山あるんだ」

 
思わず今日は妄想にふけりたくなった。それぐらい今は毎日が楽しくて音楽を鳴らせる日々が嬉しい。
今日もバンドメンバーと渋谷のスタジオで練習だ。蓮は交差点をぐるりと見渡して満足すると足早にスタジオに駆け出した。

 バンドを組んで三年。大学入学と同時に結成された蓮のバンドはBIG DIPPERビッグディッパーという。メジャーデビューしても食えない人間はゴマンといると聞く。売れる売れないの境界線は何なんだろう。

今は売れるとかは分からない。だけどとにかく蓮は自分というクリエイターを世に知らしめたかった。
 BIG DIPPERのメンバーは四人。ギターボーカルの蓮を中心に、キーボディストで音大に通っている中村佑なかむらゆう。そして、ベーシスト平井尚志ひらいなおし。ドラマーの野村竜也のむらたつやだ。

 四人は奇跡的に出逢い、導かれるようにバンドを結成した。そこそこにInstagramのフォロワーも増え、YouTubeにアップした数曲の自作MVは再生数が10万を超えるようになった。じわじわとファンからのコメントが増え、何か見えない力が動き出したかのように感じる。
 BIG DIPPER というバンドが、綺羅星のように光り出すその時まで、あともう少しだった。


第2話

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