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囲碁小説「手談」#12

「検討が済んだらね。もう少し待ってて」
 杉浦さんはにこっと笑った。僕はお茶を飲みながら先生の対局を見ていた。
「じゃあ、みんなで遊ぼうか!」
 杉浦さんが明るい声で言った。
「玲奈ちゃん遅すぎー」
 不満げな優佳ちゃんをよそに、航平くんが待ちかねたように和室に行って翔太くんとじゃれ合った。
「みんな、何しようか」
「こないだウノやったから今日はババ抜きがいいー」
 翔太くんの提案で六人はババ抜きを始めた。先生との対局を終えた咲希ちゃんはちらちら和室の様子を窺っている。
「咲希もおいで!」
 杉浦さんの呼びかけに咲希ちゃんは小さく頷いた。
「玲奈ちゃん今ババ引いたでしょ!」
「引いてないよ」
「玲奈ちゃんってすぐに顔に出るよね」
「そうそう。わかりやすいんだよねー」 
「そんなに顔に出てる?」
「ジョーカーの顔になるからすぐわかる」
「何それ」
 杉浦さんはおかしそうに笑った。子供たちも楽しそうにはしゃいでいる。みんなの様子を見ながら僕は先生と話していた。
 まもなく咲希ちゃんのお母さんが迎えにきた。トランプがお開きになって残念そうな咲希ちゃんの頭を奈緒ちゃんが撫でていた。
 みんなを見送ると、先生が冷蔵庫から茶色の紙袋を持ってきた。
「今日紺野くんが来ると思って妻が買っておいてくれたんだ。さあ、何でしょう」
 先生が微笑んだ。
「何かヒントください!」
 杉浦さんが笑って手を合わせた。
「外は茶色で中は黄色。まあるい私はだーれだ?」
「うーん」
「シュークリームじゃないですか」
「紺野くん、正解! といっても人数分しかないから賞品はないけどね」
 先生が紅茶を淹れてくれた。小ぶりなシュークリームは生地が厚く、カスタードクリームは濃厚で自然な甘さがした。
「昔ながらの味ですね!」
 杉浦さんは幸せそうな笑みを浮かべた。
「たしかに素朴な味でおいしいですね。お気遣いありがとうございます」
「家の近所に昔からある洋菓子店でね。高齢のご夫婦がされてるんだ。紺野くんは甘いもの好きだったっけ」
「好きですよ。杉浦さんは?」
「女子の九割はスイーツ好きなんじゃないかな。私見ですけど」
「二人とも気に入ってもらえてよかった。妻も喜ぶと思うよ」
「ご馳走さまでした!」
 杉浦さんが満面の笑顔で言った。
「杉浦さんって子供たちに慕われてますよね」
「ここでは保育士さんみたいな感じですね」
 杉浦さんは照れくさそうに笑った。
「紺野くんも一緒にトランプやればよかったのに」
 先生が残念そうな顔をした。
「ちょっと疲れてたんで」
「君は引っ込み思案なところがあるからもったいないね。でも杉浦さんも昔は内気だったんだよね」
「そうなんですか? とてもそうは見えないですけど」
「私、昔はちょっと暗い子だったんです」
 杉浦さんが話してくれた過去は意外なものだった。

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