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121 その物語の名は

 全員が席に着くと会場内で幾つもの注意などが伝達された。

 ステージが始まったら席を立たない事、見ている間は喋らない事、周りに迷惑をかけない事、ステージには立ち入らない事。など色々と決まりごとがあるらしい。

 にしてもここまで広い場所で声がこんなに大きく響いて聞こえるのは何か秘密でもあるのだろうかと不思議にその注意の声にシュレイドは耳を傾けていた。
 これまでは気にも留めなかった色々な事に意識を向けるだけで確かに、これまでと違って世界が見えている気がした。
 
 ほとんど剣しか知らなかった自分は新しい何かに触れてしまう事でこれまで積み上げた大切なものが消えてしまうんじゃないかとずっと思い込んでいた。
 でも、本当はそんなことはないのかもしれない。
 
 座席には説明書きのようなものが置かれており、どうやら今回見ることが出来る物語の概要が書かれているようだった。サリィは食い入るようにそれを見つめており、興奮している事が一目で分かる。

 人里離れた山奥で暮らしていた時は、剣を振る事ばかりしていたシュレイドではあるが剣以外に一つだけ触れていたものがあった。
 自主的な訓練をしている時に山奥で見つけた洞窟の中に所狭しと並べられていた沢山の本。

 誰もいないその場所にも関わらず本はほとんど劣化が見られない程に管理が行き届き綺麗な状態の本ばかり。難しい本が多かったが剣以外で楽しいと思えたものは初めてだった。
 何より本に描かれていた物語の中にも自分の好きな多くの聞いたこともない剣が出てきており、当時のシュレイドの胸を高鳴らせるには十分だった。

 その時の事は鮮明に思い出せる。訓練の合間には物語の中に出てくる人物達の剣技を想像で真似したりもしたことも記憶にある。
 
「物語の本とか、サリィも好きなのか?」
「うん、シュレイド君、、、」
 説明書きに視線を落とす彼女に問うと彼女は答える途中でガバッと顔を上げてシュレイドに振り向いた。
「も!?」
「そうだな、昔は剣の訓練とか本を読む事くらいしか出来ることなかったから、色々と読んだ記憶があるよ」
「え、マジ!? そうなんだ! じゃぁ、あれ! あのお話は知ってる? 英雄が攫われたお姫様を助け出した後、肩書を捨てて一緒に幸せに過ごすお話!!」
「英雄の肩書を捨てる? えーと、それって確か、聖剣アスタリカにまつわる神話だったっけ?」
「そうそう!! わー! あの話を他にも知ってる人がいるなんて! 私ね、その話が大好きなの!!」
「へぇ、そうなのか。あ、そういえばこの学園にも神話の本が置いてある場所があるらしいってメルティナに聞いたな」
「マジ!? 久しぶりに読みたいなぁ、あるかなぁ」

 シュレイドも同じ気持ちになって思わず気軽に誘いかける。

「なら今度、一緒に行ってみるか?」
「うん、いくいく!!……ッッて、え!? え!! うえええええええええ!? いっちょに!?」

 勢いの余りサリィは盛大に噛み散らかす。

「プ、なんだよいっちょって」

 その様子に思わずおかしくなってシュレイドが吹き出すとサリィは真っ赤になって俯いた。
 同時に大きなブーっという音が響き、ざわざわしていた生徒達が静まり返りサリィは真っ赤なまま舞台上にバッと視線を向ける。
 
「あ、始まるみたいだな」
「う、うん」

 静かになる音と共にゆっくりと会場の灯りが暗く落ちていく。静かに満ちていくこことはまるで別の場所であるかのような空気に息を飲む。
 全員がぼんやりと照らされて浮かび上がるように現れるステージを見つめて、会場中の視線が一点に集まっていく。
 
 これから何が起きるのか? この場に居る生徒達はほとんどの者がそれを知らなかった。結果的にこの機会は生徒達に多大な影響を与える事になる。

「……」

 生徒会のメンバー達が並ぶ二階席の後方の一角で、緑の髪の少女は少しずつ暗くなる中、無言で二階席前方のシュレイドとサリィの後ろ姿を見つめていた。

 大きな幕が上がると共にその物語の空気は更に客席へと流れ込んでくる。

 現れる人物達のその姿に、一挙手一投足に、視線も意識もこの場の誰もが奪われる。

 沈黙の中、数人の息を吸う空気の音が一つに重なって、次の瞬間には全員の声が乱れなく均一に揃った声が会場中に響き渡る。

『願いは力に、約束は誓いに、ひとりはやがて、縁となる』

 その言葉を皮切りに多くの人物達が舞台上に集まり、光に照らされて浮かび上がる。

 生徒達の多くはこの一言で既に鳥肌が立つほどに身震いしていた。
 

 第一幕
 仲の良い4人組が星の見える丘で約束をする。ずっとずっと、みんなと一緒にいられるようにと。
 だが、そのうちの一人の女の子には残酷な運命が待ち受けていた。
 聞こえてしまう「わざわいをよぶもの」の声。
 世界の平穏を守るために生贄となる存在に選ばれてしまう。
 彼女はその運命を受け入れ、時間の流れないその場所に閉じ込められるという所から物語は始まっていく。

 
「正直、わからない。僕だってどうして大いなる意志が君を選んだのか。どうして君でなければならないのかどうして」
「辛かったね。でも私、なんとなく知ってたんだ。自分が選ばれたんだってこと。うまく言えないけど、そういうものらしいから」
「君が、選ばれたことは1年くらい前には決まっていたらしい。でも、言えなかった。聞けなかった」
「うん」
「楽しかった。君たちと過ごす時間がいずれ終わるとわかっていても。その時間を手放すことができなかったんだ。僕は、卑怯だ。ずるいやつだ!! だから! 僕を憎んでくれていい!! 恨んでくれたって」
「ねぇ、それって他の皆が選ばれる可能性もあったんだよね?」
「えっ?」
「どうなの?」
「否定はできない。誰が選ばれるのかなんて大いなる意思にしか。だから」
「良かった」
「えっ!?」
「もしあたし以外が選ばれてたらあたしはきっとこんなこと許せなかったから。でも、あたし自身なら、あたしが受け入れれば済むんだもん」
「……」
「そんな顔しないでよ。あ、お父さんには」
「もう、話はしてある」
「そっか、でも永遠にお別れってわけじゃないんでしょ?」
「あぁ、もちろんだ。」
「じゃあ、三人で待っててよ。あたしが出てくるまで」
「……これを」
「んっ? なーにこれ?」
「おまもり」
「ふーん。ありがと」
「……ッッ」
「なに?」
「待ってるからな。いつまでもいつまででもまってる」
「当たり前でしょ。あたしは……あの四人が全てなんだから!!!」
「すまない。すまない……」

 舞台上がゆっくりと暗くなる。物語に引き込まれた生徒達は息をすることすらも忘れていたように大きく息を吐き出す。
 
 
『第二幕は少しの幕間の後、再開します』

 そんな声と共に客席に明かりが灯っていく。サリィは既に涙をぽろぽろ零していた。

「うええええ」
「ど、どうしたサリィ」
「あんなに仲が良かったのに、運命なんて、運命なんてぇええ」
「運命、か、そう、だよな」

 サリィの表情を見てシュレイドは不思議な感覚に見舞われる。
 まるで彼女が自分の事に涙しているように見えたからだ。
 
 その心中を推し量る事はシュレイドでも出来はしない。
 サリィがどこかで自分と登場人物を重ねているような気がした。同じような気持ちはシュレイドにも生まれている。
 
 特に心を惹かれたのは赤茶色の自分の髪色によく似た元気で明るく活発な少年だった。

 二階席の緑の少女は手のひらで胸元をギュッと押さえて苦悶の表情を浮かべて呟いていた。
「……わざわいを、よぶもの」

 その言葉にどうしてか胸が疼き続けていた。
 
 
 第二幕
 数年の時が過ぎ、残された三人はバラバラになってしまっていた。
 居なくなった彼女の代わりになろうとした少女
 少女の役目の終わりを待つことを決めた少年
 少女をあの場所から救おうと決めた少年

 そして、成長した青年二人の想いは望まず激突してしまう。

「なら、何故!! こんな馬鹿なことを!!」
「俺はさ……。俺は、例えあいつに嫌われてもあいつと交わした約束を守ってやりてぇんだよ!!」
「交わした約束……」
『あたしたち四人は最高!! いつまでも一緒にいる!! これは何があっても変わんない約束!!』
「っつ……。君はまだ、あんな子供の頃の約束を……いつまでそんなものに縛られているつもりだ!! 君は!!」
「いつまでって……。決まってんだろ。死ぬまでずっとだ」

 だが、二人の想いは根底は同じだった。

 昔のようにいがみ合いながらも力を合わせて最後には少女を救い出した。
 青年となった二人は全てを終わらせるために光の中へと消えていった。
 だが、物語はまだそこで終わりではなかった。
 

『第三幕は少しの幕間の後、再開します』
 
 そんな声と共に客席に明かりが再び灯る。
 会場の生徒達は完全に物語の世界に浸っていた。これからどうなるのか、先が気になって仕方がない様子だった。

 サリィは複雑そうな表情で考え込んでいる。シュレイドの方を向かずに舞台上を見つめたまま問いかける。

「シュレイド君だったらさ、どうする?」
「どうするって?」
「あの女の子みたいにね、大事な子が手の届かない場所にいたら、あの男の子二人のどっちの選択をする?」
「……うーん、難しいな」
「だよね」
「……けど、俺も助けようとする、かな」
「どうして?」
「勝手な運命で自分の意思とは関係なく、一生会えないままかもしれないなんて、そんなの何か嫌、だから」
「そっか、なら私も閉じ込められてもいいかも」
「なんでだよ」

 サリィは上目遣いで覗き込むようにシュレイドを見上げる。
 
「そしたらシュレイド君に助けてもらえるでしょ?」
「え、いや、今は別にサリィの話してなかったと思うけど」
「なんでよ、助けてくれたっていいじゃーん!!」
「……うーん、難しいな」
「そこ悩むわけ! 難しくないよ!!」
「考えてることとかよくわかんねぇんだよなサリィは」
「……考えてること? そんなの、その、毎日、しゅ、しゅしゅ、しゅしゅしゅ、しゅれ、しゅれれれ、、んんまだ言えるかぁいい!!!! おしゃらぁ!!」

 途端にサリィはオーバーヒートして頭を掻きむしって自分のほっぺをピシャリとした。
 ほっぺをペシリと叩く音に周囲の視線が集まる。

「あ」
 
 サリィは真っ赤になった顔を見られないように伏せた。

「ふ、ひとりで何やってんだよサリィ」
 
 そういってシュレイドはくすくすと笑う。そんな様子を見てサリィはなんだか数日前のシュレイドとは何かが違うような気がした。
 角が取れているというか、柔和になっているというような雰囲気を感じる。 
 この間の悪い空気が感じられなくなっていた。自分の突拍子のない行動に笑ってくれる彼を見て、彼女もなぜだか嬉しくなっていた。

 
 第三幕
 いつまでも戻ってこない二人。
 助けられた少女は自分を助けてくれた青年たちともう一度会いたいと強く願う。
 消えてしまった二人を取り戻そうとする中で明かされる世界の理。
 
 偶然発生した繰り返される同じ時間の中で少女は苦しみもがきながら解決の方法を探し何度も失敗しながら道を探す。
 その輪廻の中でいつしか自分であって自分でない存在へと彼女は至っていく。
 
 その中で存在が発覚するもう1つの世界。
 
 再び二人と再会する事が叶うも一人の少年が持つ秘密に一同は驚愕することになる。
 そして彼はその自分の出生に苦悩し、自分の存在を否定し始めてしまう。

 けれど、過ごした時間は思い出は、記憶は何も変わらない。
 彼がどんな存在であったとしても彼が彼なことに変わりはない。

 仲間達はその事実を受け入れて彼に思いの丈を伝えていく。
 
 そして、少年と何らかの共通点を持つ新たな少女の登場も加わり、その少女を気遣い、手を差し伸べ助けようとする少年も物語の世界を拡げていく。

 もう一つの世界との邂逅は彼らに何をもたらすのか。
 新たに登場する人物達と共に物語は終わりへと紡がれ続ける。

 
『第四幕は少しの幕間の後、再開します』
 

 この段階で会場の明かりがついても席を立つ者はいない。誰もがその物語に没入し、この後の結末を気にして想像をし続けている。

「あああ、このあとどうなっちゃうの」
「えんげきって凄いんだな。まるで本当にその世界の出来事を覗き見ているみたいだ」

 熱に浮かされたように周囲の生徒達も静かに終幕の始まりを待っている。
 短い時間のはずなのにとても長いような気さえしてくる幕間の時間。
 誰もが言葉少なく、見守っていた。

「……」

 シュレイドは自分の事のように苦悩する青年をずっと眺めていた。胸が締め付けられそうになった。
 自分の存在が他の皆とは異なるという事に悩み、苦しむその姿に。
 でも、それでも周りは戸惑いながらもそんな彼に手を差し伸べていく。

 もしも自分が彼のように他の皆と違っていたら?
 双校祭の初日に倒れた時に見た夢が、どうしても重なり合ってしまう。
 
 自分の隣にいたシュレイドと呼ばれていた赤子は別の人間で、自分ではないのかもしれない。
 だとするなら、それを見ていた自分は一体何者だというのだろうか。

 心が大きく揺れ動く。えんげきを見ているとどうしてか思い出す。
 たのしいこと、つらいこと、くるしいこと、うれしいこと。
 
 どこかで自分の人生と結び付けてしまうような力が目の前の物語にはあった。

 
 第四幕
 物語の終幕。
 登場人物である彼らは力を合わせ、世界の傾きを整えていこうとする。
 だが、その天秤の理は強大でちっぽけな人間がどうにかすることが出来るような代物であるとは思えない。

 立ちはだかる不可能を前に全員が諦めてしまいそうになった時、奇跡は起きる。
『私は絶対に、最後まで諦めない!』
 聞こえるその声が全員の瞳に光を灯す。
 
 
 皆で最後の困難を越えて、もう一度、あの場所へ。

 そして、物語はエピローグへ。
 
 これまでの出来事全てが収束して壮大な物語の終結を迎える。
 
 彼らは遂に再びあの丘へと足を運ぶ。

 昔、みんなで約束をしたあの場所へ。

『ねぇ、、覚えてる? 皆で見た星のこと。あたしね、、これからもずっとずっとみんなで一緒にいられますようにって、そう願ったの』

 そんな言葉に全員が感無量の表情で女の子の様子を見つめて微笑んだ。
 
『私たちはずっと、ずーっと一緒にいます!! はい! みんなも!! せーの』
『ずっと、ずーっと一緒にいます』
『私たちの絆は永遠だぁぁぁ!!!』
『無敵だぁぁぁ!!!』

 見事な大団円。
 壮大な物語の終わりは、最初の約束を果たす人物達の笑顔。
 全員で笑い合って手を繋ぎ合って、夜空へと掲げている姿。

 ゆっくりとステージの灯りが消えていく。物語が終わる。

 幕が下りて舞台に居た人たちが頭を下げる中、誰からともなく、どこからともなく拍手が聞こえ出す。初めてのえんげきに形式など分からない生徒達も気が付けば手がかゆくなることもいとわず立ち上がり全力で手を叩き続けていた。

 その音が会場を包み込み、地鳴りのように響き渡る。

 真っ暗になったこの場所の生徒達は完全にこのえんげきの空気に呑み込まれていた。
 客席が明るくなっても呆然としている。
 まるで本当に夢を見ているまま。ふわふわとした非現実感が残り続ける。
 誰もが夢から醒められないような面持ちでいる。

「……おわり、なんだよね」
「みたいだな」
「すごい」
「そうだな」

 大きな声が会場に最初の注意の時のように響き渡っていく。退室を促すように優しい声が聞こえる。
 誰もが魂をあの世界に置いてきたかのような空気が場に充満している。

「これが、えんげき」

 サリィはフルフルと身体を震わせていた。シュレイドも言い知れぬ感動にその手が大きく震えていた。


つづく

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