見出し画像

【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #21(第6話:2/4)

躓く石も縁の端。
-ジュディ-

<前回のジュディ>
ジュディはトレバーと愉快なゲームをし、重要な情報をいくつか得た。時はふたたび先へと進み、日本。イタルは手紙を頼りに四谷へと向かっていた。
前回(#20(第6話:1/4)
目次

……………
■#21

渋谷の戦いから2時間。
慣れぬ土地を歩いたイタルは、どうにか四谷の三丁目に足を踏み入れた。人目を避けるように大通りから外れ、細い路地に入る。
しばらく歩き、左手―― 建ち並ぶ大小のビルがとつぜん途切れた一画にふと目をやる。建物の外壁に三方を囲まれた小さなコインパーキング。その薄暗い隅にしゃがみ込んで何かを咀嚼している男と目が合った。
地味な格好。どこにでもいそうな男。だがその男の口は耳元まで大きく裂け、剥き出しになった歯の隙間から動物の尻尾がこぼれ垂れている。

迂闊。面倒。
わずかな ”気配” に気づけなかったイタルは、己の不注意に舌打ちしながら両脚の具合を確認した。突いていた棒切れは不要になったとはいえ、目の前の障害を一蹴できるほど回復しているわけではない。しかし、やるしか―― 目を合わせたまま咀嚼を続ける悪魔に向け、イタルは左足をじり、と一歩前に出す。

「あんちゃん、ストップ」

不意に背後から声をかけられたイタルは、殺気立った顔を後ろに向けた。
暗い路地に溶け込むような黒のスーツに、真っ白な襟つきのシャツ。黒い髪を短く刈りそろえた坊主頭の男がビニール袋をひとつ片手に、イタルのすぐ後ろに立っていた。
「おっと、俺は敵じゃない。……あんちゃん、危ないからさっさと行きな。様子からしてカタギの人間じゃぁなさそうだがその足。怪我してるだろう。この粗大ゴミは俺が始末するから。……さ、早く。行った行った。職質に気をつけろよ」
言いながらイタルの隣に歩み出た坊主頭は、ひらひらと手を振った。

並んでみると背丈はそれほど高くないが、スーツの上からでも見て取れる引き締まった筋肉。気取られず背後を取る身のこなし。只者ではない。そして何より、悪魔を見据えるこの双眸―― 敵ではない。そう判断したイタルは、素直に従って先へと進むことにした。今は余計なコトに関わっている場合ではない。こんな所で犬死にするわけにはいかない。一刻も早く、ヴィクターが記した場所に向かわねば。前に向き直ったイタルは、坊主頭に狙いを定めた様子の悪魔を横目に、その場を後にした。

「ったくウマイ焼き鳥のあとに酷ぇもん見せやがって…… なあ、俺が動物好きって知っててやってんのかテメェ」
坊主頭の静かな怒声が背後から伝わる。

イタルは不意打ちに備えて背中に神経を集中させながら、これ以上の面倒に巻き込まれぬよう振り向かずに前進する。15秒ほど歩いて路地の突き当たりを右に曲がった途端―― 悪魔の短い絶叫が耳に届いた。

◇◇◇

ほどなくして目的の雑居ビルにたどり着いたイタルは思案に暮れていた。
エントランスの横に掲げられたプレートをもう一度確認する。
3F 桐島商会 技術研究所

ヴィクターの手紙に書かれていた場所に違いない。
が、入れない――

数分前、イタルは ”CLOSED” の札が吊るされた喫茶店の入り口を通り過ぎ、ビルのエントランスを見つけた。……そこまではよかったが、ガラス製の自動ドアにはスチール製のグリルシャッターが降ろされていた。そのすぐ隣に設けられた関係者向けと思われる小さな扉も施錠されており、こちらは暗証番号と鍵が無ければ開かない様子だった。シャッターの隙間から見える屋内には、常夜灯に照らされたエレベーター。あれに乗らねば。
イタルは考える。
ブラインドが降ろされた3階の窓から光が漏れている。目の前にはインターホンがある。が、押したところで喋れない。もし誰かが応答したら? 深夜、無言、この身なり。それに、自分は相手の素性を知らない。慎重に…… 会うべきその人物の顔を見てから事情を伝える必要がある。

「ん? あんちゃん……」

聞き覚えのある声によってイタルの思考が途切れる。喫茶店の入り口があった方へと顔を向けると、坊主頭の男が歩み寄ってきた。

◇◇◇

「さ、どうぞ。面倒ですが靴を脱いでください」
イタルを連れてエレベーターで3階にあがった坊主頭は、『桐島商会』と書かれた重そうな扉の鍵を開け、中へと案内した。入ってすぐ、正面に設置された間仕切りに視界が塞がれる。玄関右手に備え付けられた下駄箱で素早く靴を履き替えた坊主頭は、きっちり揃えたスリッパをイタルの足元に置いた。
「おっと…… 明るい所で見てみりゃ酷ぇ怪我だ。手伝いますよ。つかまって」
イタルに肩を貸し、乾いた血で強張ったブーツを脱がせた坊主頭は、間仕切りの向こう側に声を投げる。
「お嬢! お客さんです」
「あー? こんな夜中にどこのどいつさ。非常識にもほどがあんだろ」
不快感を剥き出しにした女の声が返ってきた。
「お嬢はヤカラっぽいですが根はイイ人なんで、そこはご承知を」
玄関左手、間仕切りによって作られた短い通路を歩きながら坊主頭が囁く。

間仕切りが途切れ、イタルの視界に飛び込んできた室内は15畳ほどの広さ。中央には、ローテーブルを挟むように置かれた2脚の応接ソファ。右手の壁には大型のテレビや冷蔵庫、電子レンジといった家電類に加え、背の低い書棚がいくつか並んでいる。残る二方のうち、正面奥にはふたたび大きな間仕切りが立てられている。その奥にまだ何畳かスペースがあるのだろう。薄暗い空間からカチャカチャとキーボードを叩く音が響いている。もう一方、左手の壁には頑丈そうなドアと施錠用と思われるパネルだけが設置され、その部屋だけはこの室内から完全に隔絶されているようだった。

お嬢、と呼ばれた女は、ソファに寝転んでテレビを見ていた。

年は20代後半から30代前半。背は低く、やや小太りの体型。雑に束ねた長い黒髪。顔立ちははっきりしているが銀縁の眼鏡はだらしなくズレており、モゴモゴと動かす口からはイカの足先のような物が飛び出している。研究者のような白衣を羽織ったまま横になり、ローテーブルには酒の缶が3つとツマミの空き袋が並べられている。
――ヴィクターはこんな女に会えと言ったのか。にわかには信じ難い。しかし…… 坊主頭は多少だが信用できそうだ。この男がお嬢と呼ぶ女…… 人は見かけによらない、か。それにヴィクターが死に際に嘘や冗談を述べる理由もない。
一瞬で観察と判断を終えたイタルはしかめていた顔を元に戻し、目が合った女に軽く会釈した。

「おいコラ。ゴスケ、なに勝手に通してんのさ」
イタルを一瞥した女は不満そうな声をあげながら身を起こし、坊主頭を睨んだ。

「えぃ。このあんちゃん…… ヴィクターさんの言ってた例の人物かと。あ、これ、おみやの焼き鳥です。あんちゃん。例の手紙をお嬢に見せてやってください」
ゴスケと呼ばれた坊主頭はローテーブルにビニール袋を置くと、空き缶を片付けながらイタルに目配せした。
ゴスケに促され、イタルはジーンズのポケットから取り出した紙…… ヴィクターの手紙を女に差し出す。
「こいつが?」
女は座ったまま乱暴に紙を奪い取ると、黙って文字を追った。

「確かにこれはオジキが昨日、ここで書いたものだ。……アンタ、一人か? オジキは? ヴィクターはどうした」

問われたイタルは歯を軋ませ、苦悶の表情で俯く。

「クソ……」
既に察していたことではあったが、事実を突きつけられた女は憤懣やるかたないといった表情で下唇を噛んだ。
「……アンタをブン殴りたいところだが、星になったオジキが怒るだろうな。まあ座れ」
「このあんちゃん、足を怪我してるんです」
ゴスケに口を挟まれた女の猫目が丸くなる。
「あ? ……うぇ。それ返り血じゃないのか? 見せてみな」
事情を知らぬ人間が見たら ”そういうデザイン” と言われても信じそうなほど赤黒く変色したジーンズの裂け目がめくられ、大きな傷が露になった。
「あー。ずいぶんやられたな…… しかしこれは…… 治り具合からしてオジキのナノマシンだね? 安心しな。しばらく大人しくしてりゃ完治する。ゴスケ。ゴミ袋をソファに敷いてやれ。鎮痛剤、いるか? 効くぞ」
イタルは首をゆっくり横に振る。
ゴスケは手際よくゴミ袋を裂いてソファの上に広げ、イタルの脇を支えながら慎重に座らせた。

「……よし」
黙って様子を見守っていた女はテレビを消し、ゆっくりと口を開いた。
「アンタ、喋れないんだったな。オジキから日本語は通じると聞いているが…… 日本語で大丈夫か? この男は英語がダメでな」
イタルの背後に立つゴスケを ”この男” と顎で指した女の声は、先ほどまでとは違った、やや穏やかな声色に変わっていた。イタルが頷く。

「よし。あとはそっちの意思表示をどうするか…… おいゴスケ、紙とペン。それに水だ」
「えぃ」
ゴスケがローテーブルに紙とペン、冷蔵庫から取り出したペットボトルの水を置くと、イタルは一気に水を飲み干した。深く息を吐いたイタルの視線がローテーブルの上のビニール袋に注がれる。あまじょっぱそうな…… 香ばしいタレの香り――
「ゲッソリして。腹も空いてるだろうがまずは話を聞かせてくれ。大事なことだ。終わったらメシを食って寝るといい。この焼き鳥はウマイぞ。寝るときは隣のマンションのベッドを使ってくれ。着替えも用意してやる。一晩寝ればシャワーくらいは浴びて大丈夫だ。いいな?」

察しの良い女の言葉に、イタルが頷く。

「よし。イタル。話を進める前に、念のため本人確認だ。ヴィクターからアンタのコトは聞いていたが、顔は知らない。今までのアンタの様子からして可能性は低いが、”手紙を奪った偽者” かもしれない」

イタルが深く頷く。

「よし。ヴィクターから託された秘密の質問だ。……この紙に ”コロラド名物シチサン男の名前と職業” を書け」

予想外の質問に動揺したイタルは、何かの間違いでは? と確認するように女を見返す。だが、女は真剣な目で答えを待っていた。

ゴードン FBI

書き記された答えを確認した女は顔を緩め、満足そうに頷いた。

「よし。疑ってスマンな。念には念を、だ。こちらも自己紹介しよう。アタシはアコ。桐島 亜子。オヤジから継いだこの会社、桐島商会のシャチョーを務めている。貿易、商社、わかるか? レアなブツを仕入れて流したりとか…… あとはこのオフィスでいかがわしい工学関連の研究開発とか、まあ色々やってる会社だ。オジキ…… ヴィクターとアタシのオヤジに血のつながりは無いが、随分と馬が合ってね。ギブ・アンド・テイクの関係を越えて、もう長い付き合いさ。オジキには色々と世話になったよ。オヤジも、アタシも……」
どこか遠くを見るような目で語っていたアコは、イタルに視線を戻して続けた。
「で、その丸刈りカットはゴスケ。宗方 五助」
「えぃ。お見知りおきを」
名前を呼ばれたゴスケはイタルの横に歩み出て仁義を切った。

「それに―― おいタクミ! ピーシーの前でカップラ食うなつったろ! 客人にメシテロのオイニーがダダ漏れなんだよ!」
二人の名前を漢字で書き終えたアコが叫ぶと、奥の間仕切りから男が顔を出した。
「す、すんません! そっちで食べるのも失礼かと……」
相撲取りのような体格の男は、右手にオニギリを持ったままペコリと頭を下げる。
「ったく……。コイツはタクミ。漢字で書くとこう…… 一ノ瀬 匠。モテ度の高そうなサワヤカネームだが重度の根暗だ。頭脳はアタシに引けを取らない。おい、その握り飯、未開封だろ。イタルにくれてやりな」
えへへ、と照れた顔で近づいたタクミはローテーブルにコンビニのオニギリをそっと置くと、もう一度ペコリと会釈してふたたび奥へと姿を消した。

「さて、長くなっちまったが自己紹介は終わり。ここからはアタシがいくつか質問するから答えてくれ。それが終わったらメシにしよう」

アコの言葉にイタルが頷く。

「オジキは殺されたんだな?」

イタルは沈痛な表情で頷く。

「誰に殺られた? わかる範囲でいい」

三人、日本人、全員ハンター。渋谷にヴィクターを呼んだ奴ら。婆さんとその孫が二人。混血狩り、罠

「なるほど。オジキが会うって言ってた奴だな。罠かもしれないと言っていたが…… クソどもが。そいつらはどうなった」

三人とも殺した

「やるじゃないか。ありがとうよ」

アコが労いの言葉をかけると、イタルは目を瞑って首を横に振った。

「気持ちはわかるが、仇は討てたんだ。オジキも喜んでるだろうさ。オジキの遺体はどうした? 指示の通りやったか」

指示通り。燃えて なくなった

「よし。辛かったろうけど…… ちゃんと痕跡は消したようだね。次はアンタの意思確認だ。オジキからは ”アンタをアメリカに届けてくれ” と頼まれている。その意思はあるか」

イタルが強く頷く。

「よし。密航させる。ただアンタは喋れない。暴れん坊とも聞いている。今のアンタからはそんな印象を受けないが…… うまく切り抜けるには同伴者が必要だ。同意するか」

頷く。

「よし。あらかじめオジキに頼まれていたとはいえ、準備に1日ほど時間が要る。アンタにはゆっくり休んでもらって…… 明日の夜、アメリカに発つ。いいね?」

頷く。

「わかった。アタシからの質問は以上だ。イタル、アンタは? 何か聞きたいことはあるかい」
どうだ? という顔を向けられたイタルはしばらく考え、ゆっくりとペンを走らせた。

普通の人間か

「ああ、その説明が抜けてたか」
紙に注目していたアコはからからと笑いながら何度か頷くと、視線をイタルに戻して説明をはじめた。
「ゴスケはバリバリのハーフだ。アタシはクオーター。死んだオヤジがハーフだった。珍しいんだよ? クオーターって。無事にハーフが生まれるのと同じくらい確率は低い。つまりハーフより珍しいのさ。オジキが言うには能力半減らしいが、それでもアタシの ”ココ” はかなりのモンさ」
アコは ”ココ” と言いながら人差し指で自らのこめかみをトントンと突いた。

イタルが続きを促すような表情でアコを見つめる。

「ん? ……ああ。タクミ? アイツはフツーの人間。安心しな。身体はブヨブヨだが口は滅法堅い。桐島商会には他にも従業員がいるが…… このことを知っているのはアタシとゴスケ、タクミの三人だけだ。この研究所には三人しか出入りしない。……他に何か聞きたいことはあるか」

ない

「よし! 質問タイムは終わりだ。焼き鳥タイムへと移行する。これマジでウマイからな。あ、チンしてやるから待ってな。温かいものが食べたいだろ…… ああそうだゴスケ! 明治通り沿いのドンキまでひとっ走りして寝巻きと街着を見繕ってやってくれ。金は…… ホラ」
「えぃ」
アコがポケットから取り出した皺くちゃの万札2枚を受け取ったゴスケはイタルに「失礼します」と言って頭を下げ、玄関へと姿を消した。

◇◇◇

15時間後、PM5時。

泥のように眠っていたイタルは目を覚まし、寝巻きを脱いで浴室に入った。拭いきれなかった血が熱いシャワーによって溶け、排水溝へと流れてゆく。傷の具合は良好。バックリと斬られた大腿部は瞬間接着剤を塗ったかのようにピッタリと接合され、屈伸しても痛みは感じられなかった。
ゴスケが買ってきてくれた外出用の服に着替え、アコたちが寝泊り用に使っているというマンションを出る。隣の雑居ビルのエントランスを塞いでいたグリルシャッターは失せ、自動ドアがスムーズに開く。エレベーターを降りて3階のドアをノックすると、アコが出迎えた。
「おはようさん。よく寝れたか? 間に合わせですまないが弁当をいくつか買ってある。好きに選んで食べてくれ」

弁当を2つ平らげ、お茶をガブ飲みするイタルをよそ目に黙って雑誌をめくっていたアコが「さて」と呟きながらイタルに話しかけた。
「準備ができた。今晩、アメリカに向かう」

イタルが頷く。

「心配するな。アタシが一緒に行くから」

あんたが? と目を丸くしながらイタルが首を傾げる。

「おや不満かい? オジキの遺言でね。オジキのネグラに用事があるんだ。それにオジキを日本で失踪扱いにするわけにはいかない。オジキのプライベートジェット、操縦したかったし……」

ヴィクターのプライベートジェット? どうやって?
質問したそうなイタルに答えるように、アコが付け加える。
「アタシだけじゃないよ。もう一名が同行――」
アコの発言が終わる前に、間仕切りの奥から男が姿を現した。

ヴィクター。

「……!!!! ア、ア」
目を見開き、口をパクパクとさせたイタルが呻き声をあげる。

「こらゴスケ! 出てくるタイミングが悪いんだよ! イタル! ……イタル、落ち着きな。コイツはゴスケだよ。ゴスケ。趣味の悪いイタズラをするつもりはないんだ。説明してから…… と思ったんだが、驚かせちまってすまないね」
「すみません」
アコに叱咤され、ヴィクターの顔をしたゴスケが深々と頭を下げる。

「オジキとは…… オヤジの代から色々な分野で研究を重ねていてね。こーゆー人工皮膚の進化バージョンみたいなブツも作れちゃうのさ。ルパンもゼニガタも真っ青の変装だろ? パスポートも指紋もオジキが残してくれているから問題ない。体格も近いからバッチリさ」
あまりに精巧な造りに呆然としたイタルは、自信に満ちたアコの説明を右から左へ流してゴスケの顔をペタペタと触った。人間の皮膚となんら違いのない感触――

「よし、準備は整ったな。成田に向かうよ。……イタル、アンタもなかなかキマってるじゃないか。いや、パスポートの名前は俊雄―― 有田 俊雄だ」

真っ黒なジャージにスカジャンを羽織ったイタルの背中には、獲物を捕らえんと足を構える鷲の刺繍が描かれていた。

【#22に続く】

いただいた支援は、ワシのやる気アップアイテム、アウトプットのためのインプット、他の人へのサポートなどに活用されます。