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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #11(第3話:4/5)

ぺちゃくちゃ喋るヌケサクは嫌われる。
-ジュディ-

<前回のジュディ>
乱歩の真似事をするキモイ全裸男がでてきた。
セクハラ言動に怒りを燃やすソフィアはタイマンを挑む。
前回(#10(第3話:3/5)
目次

……………
■#11


中庭に突っ立ってこちらの出方を伺う全裸の変態男。

得物はお互いナイフ。ナイフ格闘には自信があるけど油断はできない。 一対一とはいえ、私の背後にはゴードンとルーシーさんが控えている。なのにあの男が浮かべる余裕の表情…… 不気味。

「で…… アンタ、いつから中に入っていたの?」
軽く膝を曲げて腰を落とし、基本の構えを維持しながらソフィアが詰問する。

「あ? ああ、えー、あー… 3日前? ソーソーまるまる3日。何度か座ってくれたよなァ? 一人で鼻歌フンフンしちゃってサー。イイ声で。オレ様コウフンしっぱなしで辛抱たまんねかったよォ……ジュルズズツッツッッ!」
ダガーナイフをべろべろと舐めまわしながら全裸男が答えた。

「……気持ちわる。で、”どうやって” 入ったのよ。座席の中に」

ここが問題だ。
3日前から ”運転席の中” に入っていたのはわかった。しかし、どうやって? 座席の背面を切り裂いて、詰め物をいくらか取り出し…… 自分で内側から縫い付けた? この変態がそんな細かいことをする? もしくは何かしらの能力で? もし ”能力持ち” であるなら迂闊に私の手の内をさらすのは危険……。

「あ? ……さーてなァ? はてさて。……はーァか。最近は無言でスーハーしてばかりだったからついついお喋りモードのスイッチ入っちゃってたけどよォ。オレ様って本来は辛抱強くて超クールなオトコなんだゼ? ソフィアちゃん…… 寂しいけれどお別れしようか。キミの腹を割いたら後ろのババアとシチサンを始末して…… オレ様はまた新しい出会いを求めに行くサー」
右手に逆手持ちにしたダガーナイフを高々と振り上げ、全裸男が一歩、二歩とこちらに向かって走りはじめた。

トッ、トトッ、トッ、トトッ…
スキップ? 遅い――
トット… トッ、トトッ、トッ、ト、ト、トトトトトトト!!
いや速い!
みるみる加速!!
15ヤードほどあった間合いは一瞬にして失せ、背丈の低い男のアタマがソフィアの胸下に迫る! そして心臓めがけ振り下ろされるダガーナイフ……ッ!
左手に構えたボウイナイフでその刃先を逸らし、すかさず右の肘を男の顔面―― ニヤついたその眉間に打ち込む!

が!

空振り…! 後ろに回り込まれた?
振り向こうとした瞬間、臀部に伝わる不快な感覚。
「ケーツケツケツケツ! スーッ、ハーーー! …いやシートごしが一番と思ってたけどスーッ! 直ケツも悪くねーなァハァーッ! ええ? 殺す前にちょっくらなんて思ったけどハマりそスーッ!」
「こいつ…!!!!」
咄嗟に身体を前方へと倒したソフィアは腕立ての状態になり、尻に顔をうずめていた全裸男のわき腹を両脚でガッチリ蟹挟むと…… 自らの身体を思い切り仰向けに捻った。
グルン!
男の全身がダ・ヴィンチの人体図が如く綺麗な円を描きながら180度高速回転し――
ドグチャッ!!「ぶべっ!」
地面へと叩きつけられた頭部が泥土をえぐり、男は逆立ちの状態で一時停止した。
「ドラァアアイブ……」
すかさず跳ね起きたソフィアは、エンジニアブーツに包まれた右足を後方へと大きく振り上げ――
「シューーーーッ!!」
全裸男の股間にコミック直伝、必殺のボールキックを見舞う!
メリィッ
「ギュフッ!!!」
蹴り飛ばされた全裸男は甲高い呻き声を発しながら悶絶!

「ひでえ」
顔をしかめたゴードンが内股でもじもじする。

「あ、ごめんなさい。つい」
言いながらソフィアはブーツのつま先を枯れ草に擦りつけた。

「グフーッ! フー! ンノ…… ごめんで済んだらFBIとか要らねーだろーがよォォォオ! ああ!? 悪魔だってイテーんだよ!! …… ッソー! クソ! テメエエェェェェェ!! 殺す! このブス! ブッコロシャアァァァ!!」
怒り狂う全裸男! 泥まみれになった顔に涙を浮かべ、ぼたぼたと涎を垂らしながらソフィアへと襲い掛かるとダガーナイフをがむしゃらに振り乱した。
「コロシャッ!  ゴノ! デメー!! 殺す!!」
ガン、ギッ! ギン! ギ! ガ、ガン!
「ちょ、クッ…!」
ナイフで防戦するソフィアだが、身長の差が不利に働く。執拗に腹や脚を狙ってくる突き、斬りを見事に捌き続けるその体勢がじわじわと崩れてゆく。連撃を縫って反撃するも、怒りに任せて跳ねまわる全裸男を捕らえるのは極めて困難だった。
ギン! カン、ジャリッ! ガン! ガン!

この動きを止めないと――
能力の ”相性” が気になるけれど、出し惜しみしている場合じゃない。
足首への斬撃をバク転でかわしながら距離を取って屈んだソフィアは、あいている右の掌を地面にピタリとつけながら全裸男を睨んだ。

「お? 土下座するの? クソブスの命乞いですカァ!?」
「それをするのはア、ン、タ!」
ソフィアの左眼、緑玉色の虹彩が強く光る!

「は? オレ様? オレ様が土下座とかするワケね…… あ??」

… 違和感を覚えた全裸男が己の足元を見つめる。
男の周辺だけ…… すっかり枯れていたはずの夏芝が青々とした緑色へと変わっていた。猛烈な勢いで伸び続ける芝がヘビのように両脚へと這い上がり、ガッチリと絡みついている。
「え、は?」
束となった芝はさらに強度と長さを増し、あっという間に全裸男の腰、肩へと巻きつくと…… ギュウッと音を立てながら一気に収縮した。
「ちょま、ぐげっ」
芝草による強制土下座! 処刑スタイル!
「これで…… 終わりよ!」
「まてまてまてサ!まてまてサ!」
全力で地を蹴ったソフィアは全裸男の脳天にボウイナイフを突き立てた!

ズビシャッ!!
「な……」
「ハーーー。あぶねえ。あぶねーよ! アー、あぶねー!」
ナイフは確かに男の脳天を捉えた。現に、今も突き刺さっている。いやそれどころか、ナイフを握った左手が頭部にめり込んでいた。頭蓋骨を貫いた感触が無い。まるで腐ったプリンの中に手を突っ込んだような……
「残念でしたァ」
薄気味悪い笑みを浮かべた全裸男が四つん這いのままハイハイを開始! 
ヒトの形を保ったまま液状化したその身体に、拘束していたはずの芝草…… そして私の左腕が包まれてゆく!
「キモっ」
頭部から腕とナイフを引き抜き、後ろにさがる… が、しかし。拘束を抜けた男に押し倒され、馬乗りのポジションを取られた。
「勝った! オレ様の勝ちィ!」
狂喜の顔で見下ろす全裸男。
「クッ! この、おもっ」
この変態男、小柄のクセになんて重さ……!


馬乗りになった全裸男は己の勝利を確信していた。
胸、肩、首をこの重量で押さえつけたらさすがに動けまい。あとはこのナイフを顔面に突き刺すだけ。いや、ハラワタ引きずり出してザコいシチサンとヌンチャクファイトしたら楽しいかも? オレ様カンフーもできるし。んでシチサンの頭皮を剥いで怪力ババアのアタマに被せれば…… タノシソー!
「っと。フーー。さてさて。……ソフィアちゃんさ。そんな能力持ってるとか最初に言えよォ? 怖い怖い。悪魔的! ハンターもイマドキはそーゆー能力あるの? てかハンターなの? 何者?? ……まあどうれあれ。オレ様は無敵サー。全身をビチャビチャプヨプヨにできちゃうんだよォねェ。ツツツツツッ! 知ってるか? 成人男性の場合よォ、身体の60パーセントは水分なんだってなァ。それを知ったオレ様は考えたのサ。あれ? 残りも水っぽくできちゃうんじゃね? そしたらオレ様イコール水分じゃね? 最強じゃね? ッテなー! で。さすがオレ様。できちゃったんだよォー! ツツッ! タンパク質とか脂肪とか筋肉の比率とかこまけー調整もマスターしてよォー。今のオレ様、重てぇだろ? ……ったく後ろのババアとシチサンが何してくるかわかねーから隠してたけどよォ。ここまでやられちゃァ、オレ様もムカついて本気だしちゃうワケ!! テメーの縛りプレイだの刃物だのじぇんじぇん効かねぇーんだよォォォォ! そろそろ死んどけ!」
狂ったようにまくし立てた男は天を仰いでガッツポーズ! その高々と挙げた両手でダガーナイフを握り締め、死を恐れ歪んでいるであろう女の顔を拝むべく下を向く……

あ? 笑ってる?
「…… オメーなんで余裕こいた顔してんだよォ?」

片方の口角を上げ、ソフィアがクスクスと笑っていた。
「いや、アンタは下品で変態で気持ち悪くて腹が立つけど、能力の相性はいいんだな、って」

「あー? …… アタマおかしくなったのか? まあオレ様の能力はたしかに! テメーの草ボーボーなんて効かねーからよォ。相性はバツグンだけど」

「草ボーボーじゃなくて」

バチッ! バチバチ… バチッバチッ…

ソフィアの右眼、琥珀色の虹彩が輝くと同時に… 彼女の身体が電気を帯びはじめた。

「こっち」
バチバチバチッ!

「イデッ、イデデッ!」
馬乗りになっていた全裸男が激痛に耐えられず飛び退く。

この刺激は―― 電撃?

「あなた、水なんでしょ? ”水の敵には電気や氷が効果的だ!” …ってコミックでもよくあるじゃない」

ゆっくりと立ち上がるソフィア。その右眼の光が強さを増していく。

「え、え、え、ダメダメ。ダメダメダメ。それはダメ、絶対!」
全裸男は首を振りながら必死に逃げ場を探す。
広い中庭…… 全面が ”濡れた足場”。雨上がりで湿った枯れ草、ぬかるんだ土…… 水溜り。庭一面がアウト。オレ様が入っていた運転席の中は? いや棺桶に自ら飛び込むアホになっちまう…… 石壁の上には零れんばかりの水滴。トラックは女の背後。しかも荷台に… ちゃっかりババアとシチサンが乗ってる!?  あいつらわかってて! 妨害される危険性高し!
アー! もう! 逃げ場なし…… あ!

―― あったよォ!

全裸男はソフィアに背を向けると、孤児院の玄関を凝視した。

あの中に飛び込んでしまえばこっちのもの!
家の中で液状化してコソコソ戦えば負ける気がしねーー!
いけいけいけいけオレ様は速い! オレ様は速い! 電気よりも速く駆けろ!

全裸男は走った。

肉体を ”普通の人間の状態” に戻し、力強く地を蹴って走った。
ぬかるみなんてものともせず。
身体の水分を比率をどう変えようがあの電撃を喰らえば死ぬだろう。
あの女はそういう自信たっぷりな顔をしていた。
「正体はわかりました。確実に殺す方法があるのでお見舞いします」そんな余裕こいた顔をしていやがった――
だが! 生き延びる! 走れオレ様ッ!

「無駄よ!」
ソフィアが両手を地面につけ、全身にフルチャージした電気を送り込む!
バチバチバチバキバキバキバキ!!!
轟音と閃光!
まばゆい光の筋が水分をたっぷり含んだ地表を這い、全裸男の背中に迫る!

全裸男は走る!

いけるいけるいけるまだいけるいける間に合う間に合うあと10ヤード8ヤード6ヤー… あ?

男が目指す天国の入り口―― 孤児院の玄関が開いた。
まるで男を迎え入れるかのように。

チャンスチャンス! ダイビングチャンス! …って、なんだあのババア?

玄関の中から背の高い老婆が姿をあらわす。

どけどけどけどけ死ね死ねババアあれ何それババっ…………
ズガンッ!!!

玄関まで、あと4ヤード。
全裸男の意識はそこで途絶え、二度と戻ることはなかった。
顎から上をまるまる吹き飛ばされた裸体はそれでもなおヨタヨタと走り続けたが、ソフィアが放った電撃に追いつかれると激しく痙攣し…… ベチャっと音を立てながら倒れた。

水平二連のショットガンをおろした老婆が渋面を作りながら死体を叱った。
「授業中です」

【#12に続く】

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