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ダンジョンバァバ:第9話(前編)

目次

全高100フィートはあろうかというドワーフが、威厳に満ちた表情で白銀の大地を見下ろしている。両刃の斧を大地に突き、柄頭に両手を重ね乗せて仁王立ちするその姿は、雪化粧に染まったモリブ山の岩壁に直に彫刻されていた。
「さ、着いたぞ」
そう言ってバグランは蒼白い巨狼からヒョイと飛び降り、久々の感触を確かめるように雪を踏みしめた。
「大きいな」
像を見上げていたバテマルは視線を下ろし、巨狼の魂をほどく言葉を口にする。半透明の体躯が無に帰り、輝きを増してきた柔らかな雪面に術具が落ちる。
「続きの言葉を当ててやろうか? ”なりは小さいのに見栄を張って”――」
「見事な腕だ。なぜこのようなものを」
術具を拾い上げながら、心底感心した顔でバテマルが答えた。肩透かしを食らったバグランは不満そうにムゥと唸り、像へと続く雪道を進む。
「真面目すぎるぞお前さんは。ついて来い」
「なぜこのようなものを」
前を歩く小さな背中に、バテマルはもう一度問いかける。
「バサルII世。ここモリブをワシらの ”家” と定めた王。掘削の名人で誰よりもよく働き、皆に愛されておったと聞く。で、道半ばにしてこの世を去った王を想う民が彫ったっちゅー話よ。ま、200年以上生きとるワシが産まれた時にはもうあったから詳しくは知らん」
「先祖に敬意を払う点は共感できる」
白い息を吐いたバテマルは、目の前に立ちはだかる巨大な斧刃に注目する。対称形の両刃で、精確な長方形。
「腐食していないが…… 鉄なのか?」
「主には、な。いくつか細工してあると聞く」
「これほどまでに大きな物を造れるとは。斧刃を門扉にしてしまうという発想はどうかと思うが……」
独り言ちながら歩み寄り、ひんやりとした刃の側面に触れてみる。幾度も侵入者を防いできた歴史を伺わせる傷が無数に刻まれているが、外力によるひずみは一切見当たらない。まさに鉄壁。
「斧頭を軸に両刃が回転するようになっておる。有事の際はピタリと閉じて固定されるが、普段はこうして半開きだな」
「誰でも入れるのか」
「うむ。いろいろおるぞ? エルフもな」
「ドワーフは排他的な種族と思っていたが」
「それはテルル山のドワーフだ。ま、その辺の話は後でゆっくりしようじゃないか。ここのエールもニューワールドに負けず劣らず、美味いぞ?」
バグランは酒を飲む仕草を見せながら斧刃の端まで歩き、岩壁との隙間から洞窟内部へと客人を導く。無数の突出し燭台に照らされた長方形の通路は直線的で、山に潜っているとは思えぬ照度が確保されている。寸分の狂いもなく加工された石材が床、壁、天井を形成しており、彼らの技術力を物語っていた。
「バグラン殿!」
奥から歩いてきた重装備のドワーフが4名、バグランの前で直立不動の姿勢をとった。眼鏡状の覆いに包まれた8つの目が、倍ほどもある身の丈の女に向けられる。
「おう! 久しぶりだな。見回りご苦労さん。バーバリアンを見るのは初めてか?」
「バーバリアン……!」「聞きしに勝る肉体」「美しい……」「顔に入れ墨とは珍しい」
4人が口々に感嘆の声を漏らし、無遠慮にバテマルを観察する。バテマルは太い眉を少しだけ寄せ、「しばらく世話になる」と言った。
「ジロジロ見るな。彼女は怒らせると怖いぞ?」
バグランが意地悪な顔で言うと4人は慌てて取り繕い、そそくさと巡回に出ていった。
「私は怖くないぞ。お前の前で怒ったことも無いと思うが」
「冗談だ、冗談。まったく」
「やはりバーバリアンは珍しいのか」
「そりゃなあ。同じ大山脈に生きる間柄と言ってもワシらは西の端。お前さんたちは遥か北、イシィ=マーの奥の奥だろう? そもそもバーバリアンの多くは外界に出ないと聞くが」
「ああ。普通に暮らしていれば出る必要が無い」
「だがお前さんはドゥナイ・デンで鍛冶屋を営み、今はこうしてドワーフの故郷に来ておる」
「……」
「ま、人生いろいろってこった」
バグランは肩をすくめ、歩きながら話を続ける。
「この通路はな、斧門が破られた場合の防衛線としても機能する。見てみろ。壁の上のほう…… 天井付近に覗き窓がいくつもあるだろう?」
「ああ。……あそこから射るのか?」
「そうだ。あれは裏っ側から見ると小部屋になっとってな。大盾兵が押しとどめている間に左右から一斉に殺っちまおうって考えだ。矢、スペル、熱湯、なんでもアリ。ま、侵入を許したことは一度もないがな」
「私たちの防衛戦術とはまったく発想が違う。興味深い」
「噂に聞く『イシィ=マーの悪魔』、か。この目で見てみたいもんだ」
「仕事に来たつもりが、学ぶことも多そうだ」
バグランはウムウムと満足そうに頷き、突きあたりからコの字に通路を折れ―― 芝居じみて言った。
「ようこそモリブへ。ここがワシらの住み家だ」
「おお……」
一歩足を踏み入れたバテマルは絶句し、その場に立ち尽くした。
これを見れば巨人族ですら「過剰」と言うに違いない。まず驚くのは、小さな町が丸ごと収まってしまいそうなほど広大な半球状の空間とその明るさ、そして今にも汗が吹き出そうな暑さである。明かりと熱の源は、すぐに知ることができた。金属で加工された網状の足場が至る所に敷かれており、バテマルとバグランはそのひとつの上に立っている。下を見れば、地の底で鮮やかなオレンジ色の溶岩がうねっているのが見えた。遠くまで見渡せるだだっ広い中央広場に建物はほとんど存在せず、いくつもの鍛冶場や加工設備、それに戦闘訓練のための物らしき設備が並んでいる。
「住居や施設のほとんどは壁沿いに掘り込んである。円形の土地だから左右どちらに進んでもグルリとここに戻ってくるってわけだ。1階には客人向けの宿。天然のアツーイ浴場が自慢だ。それに何かしらを売る店がいくつもある。自慢の武器防具はもちろん、加工した宝石、鉱石、道具、衣服、食い物、酒、など、など。そこかしこの階段から上がれる2階はドワーフのための各種施設。3階から上は住居だ。王の間は5階にあるが、普段はワシらと何ひとつ変わらぬ暮らしをしておる」
バグランは適当にあれ、これ、と指さしながら、広場を突っ切ってゆく。作業中のドワーフに次々と声をかけられ、短い会話に花が咲く。訓練用と思われた木製のデクは、どうやら武具の性能を試すためにも使われているようだった。ドワーフたちは女バーバリアンを興味深そうに見つめるが、敵意の眼差しを向ける者はひとりもいない。
「人気者だな」
「ワシは有名人だから…… というのは半分冗談で、ドワーフは長生きだからな。お互いのことをよく知っておるわけだ。ホレ、お目当てのブツが見えてきたぞ」

―― ここは、カナラ=ロー大陸の西端。北に向かって連なる大山脈の、始まりの地。ミスリルを託されたバテマルは、バグランの故郷モリブを訪れていた。

第9話『モリブ山のドワーフ』(前編)


バグランとバテマルがモリブに向かう前日、ドゥナイ・デン。
「ヒヒ…おこんにちは」
バァバが雑貨屋の商品棚をコンコンと叩くと、店の奥で眠りこけていた双子が大きな目をパチリと開けて飛び起きる。
「ヤヤ! バァバさん」「ヨヨ! 珍しいですね」
「儲かってるかい」
「昼寝するにはもってこいの繁盛ぶりです」
兄のイノックが屈託のない笑顔で答えると、弟のイラッチが続く。
「何かご入用で?」
「買い付けの依頼だよ。期間は30日。最優先は傷薬、包帯、ハーブ、各種ポーション、魔素の石…… 癒しに関わる道具類ね。それと脱出用のスクロールを100本以上。あとは戦闘に使えそうな小道具を思いつくだけ。この金でね」
バァバは背負っていたみっつの布袋のうち、ひとつをカウンターにドサリと置く。袋を覗き込んだ兄弟は、裂けんばかりに目を見開いて仰け反った。
「ヤヤヤヤヤ!」「ヨヨヨヨヨ!」
「10000000イェン入ってる。使い切って構わないよ」
「「イ、イ、イッセンマン!?」」
「ピッタリね。数えてもらって構わない。足りなきゃまだ払う用意がある」
「いえいえ、いえいえ、そこは疑いません。ただこれほどの額を使い切れるかどうか……」
兄弟は顔を見合わせ、尖った顎を同時にさする。
「戦だからね。大きな戦。事情は説明する。だがまずは仕事の話。これはアンタらだからこそのお願いさ。腕のいいレンジャーの兄と、大陸のあちこちに印を持つメイジの弟。採取も買い付けも加工もまとめて頼める最高の双子に期待してるよ。なんせアタシはチト忙しくてね」
「フムム…… やってみましょう」「やってみます」
「ヒヒ…頼んだよ。集めた品はアタシの店の裏手、倉庫を建てておいた。結界はイラッチ、アンタに解除の方法を伝えておく」
「ハイ……それはそうと、何か、ものすごいニオイがしますけど」
イラッチが悪臭を追い払うように片手をパタパタさせ、バァバの背中の布袋を見る。
「これはね…クク…なんと……! おや、ちょうどいい」
バァバは言葉を切り、店の出入り口に向き直る。テレコが鼻を摘みながら入店してきた。
「ヤァヤ! いらっしゃいませ」「ヨォヨ! いらっしゃいませ」
「なんだいなんだいこの悪臭は」
「ヒヒ…グッド・タイミング」
「グッドなもんかい。鼻がひん曲がっちまうよ。イノック、研ぎ石をお願い」
「「毎度ありがとうございます」」
「で、バァバがなんでこの店に? 珍しいじゃない」
宿屋の女主人は恰幅のよい身を翻し、訝しむような目でバァバを見上げた。
「買い付けの依頼さ。……で、テレコ。宿屋の敏腕支配人。旦那を顎で使う女。ハーフリングの大いなる母。商売の達人で槍の名手……アンタにも重要な話とお願いがある」
「褒めてんのかいそれ? やめとくれよ。嫌な予感しかしないね」

◇◇◇

イノック、イラッチ、テレコに ”これから起きること” を伝え終えたバァバは、残りひとつの布袋…… 一際大きく重い袋を背負って鍛冶屋を訪れていた。
「これは私の手に余る。それに酷い臭いだ」
依頼内容を聞いて袋の中身を見たバテマルは、端的に言った。
「おや、いきなり降参かい?」
バァバの挑発じみた物言いにも表情を変えず、バテマルはゴツゴツとした大きな指を3本立てる。
「理由はみっつ。まず、ここの道具では無理だ。使いものになるのはコイツくらいだな」
バテマルは視線を戦槌【パーフェクト・デストロイヤー】に向けながら続ける。
「多少の加工ならやってやれなくもないが、これほどまでのミスリルを扱うことは不可能だ。そして私はミスリルを扱った経験に乏しい。これがふたつめの理由。みっつめは、相棒の問題。いくら熟達していようとこの鍛冶仕事には相棒が必要だ」
「できる…… アンタならできる。アンタの腕を見込んでの頼みだ」
「受けた仕事には責任が伴う。できない仕事は受けない」
「もっと上等な鍛冶場なら…… どうだい?」
バァバは浅く被ったフードの下から右眼を覗かせ、試すように尋ねた。
「その質による。特に炉と金床。それに鏨と鋏もミスリルの加工に耐えられるものでなければならない。場の条件を満たしても、残りふたつの問題は解決しないが」
「扱いに詳しい奴らと協力して…… なら、どうだい?」
バァバは白髪まじりの髪の下で琥珀色の左眼を光らせ、試すように尋ねた。
「その者たちに依頼すればよいだろう」
「ダメ、ダメ。ダーメ……。この地でハンター相手に商売してきたアンタの確かな腕前、センス、そして戦士としても相当なレベルのアンタだからこそできるきめ細やかな創意工夫…… 他に候補者は見当たらないね。ミスリルを扱った経験なんて関係無いさ。アンタならやれる」
しつこく粘る客人に困ったバテマルは腕を組み、鼻から大きく息を吐いた。
「……どうやら心当たりがありそうだな。聞かせてくれ」
「ヒヒ…そうこなくっちゃ。あ、その前に背景を説明しておこうかね」
「いや、いい。察しはついている。どうせその話は長くなるのだろう?」

◇◇◇

「ホレ、お目当てのブツが見えてきたぞ」
バテマルは、指し示された先―― 前方に目を凝らす。
斧門の位置から考えて地下都市の一番奥。その壁の中腹から、溶岩が滝のように絶え間なく流れ落ちている。そしてその手前には、巨石を数段積み敷いて作られた祭壇のようなものが見えた。祭壇の上には、ドッカリと鎮座する鈍色の物体。棺のように長方形で、バーバリアンですら横たわれる大きさ。
「あれは…… まさか金床?」
「うむ。モリブのドワーフはあれを『グレート・フォージ』と呼ぶ」
「あれほどのものは見たことがない……」
「あそこで作られたユニーク、マジック装備は数知れず。素材の組み合わせと力を吹き込む腕によるが、奇跡的に生まれたレジェンダリー・アイテムもひとつやふたつではないぞ? かつてはそれらを纏った戦士たちが厄災と…… ああ、厄災ってのはな…… って、オイ」
バテマルは、半ば駆け出していた。無意識に。
一歩、一歩と石段をのぼり、そっと金床に触れる。表面には古代のものと思われる文字と文様がいくつも刻まれており、その一筋一筋が金色の光を放っている。
「それはハイエルフが施した印だ。かつての奴らはタリューの森に引きこもっておったが、ここを掘っていた時代に物好きな奴らが数名、知恵と技術を貸してくれたと聞いておる」
「水と油の関係と思っていた」
「そういう面もある。エルフが ”ハイ” エルフだった頃は、文字通り自尊心が山よりも ”高くて” な。ドワーフはドワーフで頑固者には違いない」
「だが互いに違う側面もあった、と」
「ま、そういうことだ。そのおかげでグレート・フォージが生まれ、さらにコイツからは最高の武具が生まれた。モリブのドワーフはそういった種族間の関りを重んじておる」
説明を耳で受け止めながら巨大な炉を観察していたバテマルは、金床の傍ら、道具台に並ぶ品々に手を伸ばす。いずれも長く使い込まれた物とわかるがよく手入れされており、すぐにでも仕事に取り掛かれるよう整頓されていた。
「炉は溶岩の熱を無駄なく使える仕組み…… 水は地下水を引き込んでいるのか。そして道具はミスリル製」
「うむ。それだけではないがな。……どうだ? お前さんの仕事を遂げるにはここ以上に適した場所はなかろう」
「最高の環境だ」
バテマルは深く頷き、飽きることなく隅から隅まで熟視する。
「まあまあ、そう焦るな。着手は明日だ。紹介せにゃならん男もおる。さあついて来い。まずは昼飯がてら一杯やるとしよう。……モリブで酒は断れんぞ?」
バグランはそう言って踵を返し、酒場を目指して歩きはじめる。

◇◇◇

「カーッ、久しぶりに飲む故郷のエールは格別!」
大きなコップを5秒で空にしたバグランは、髭についた泡を拭いながら満面の笑みを浮かべる。
昼時にも関わらず、広い店内で大勢が酒盛りをしていた。バグランは「昼のエールはもうひと頑張りのための燃料」と説明するが、バテマルには「ただ飲みたいだけでは」としか思えなかった。客の輪の中には、人間やホビット、ハーフエルフの姿も見える。皆バグランの存在に気づいて軽く挨拶を交わすが、客人に配慮してか図々しくテーブルに近づいて来る者はいない。
バテマルが握ると小さく見えるコップもあっという間に空になり、バグランは忙しなく動き回るエプロン姿のドワーフに「もう2つ」と注文する。
「店は大丈夫なのか?」
「あん?」
「ニューワールド。こうして見ると、この店と雰囲気がよく似ているな」
「ああ、心配ない。テレコの計らいでジャンが手伝ってくれとる」
「ジャン? あの少年か」
「そうだ。お前さんが助けたあの少年。まだ声は出ないようだが、随分と逞しくなった」
「あれは皆の力で……」
「いや、第一発見者のお前さんが怯んでおったら結果は違ったろう。アレを相手に大したもんだ。……ま、ジャン少年の憧れはトンボらしいがな」
バグランはガハハ、と豪快に笑ってから、かしこまった顔で続けた。
「それに、店の客も…… ドゥナイ・デンのハンターも随分と減った。……それでいい。あそこはもうじき血みどろの戦場になる。お前さんも、今後の身の振り方を考えておけ」
「私があそこに来た理由」
「ん?」
「ドゥナイ・デンに来た理由は、見極めるためだ」
「ほう……。無駄口が嫌いなお前さんにしちゃあ、曖昧な言い回しだ」
「確かに」
バテマルは僅かに口角を上げて笑い、2杯目のエールを一気に飲み干す。
「お前さんとこうして話す機会はほとんど無かったな」
「ああ」
「ワシもバーバリアンのことを…… お! 来た来た。おいジアーム! こっち! こっちだ!」
バグランが「もう3つ」と注文しながら、野太い声を張り上げて手招きする。つられてバテマルが見やると、老齢に見えるバグランよりもさらに歳を重ねていそうな白髪白髭のドワーフが入り口に立っていた。声に気づいたそのドワーフは眼帯に隠れていない方の目玉を丸くし、片手を挙げ、目尻に皺を作った。
「よぉうバグラン!」
負けじと大声で答えたジアームは、ひっつめて後ろで結わえている白髪を左右に揺らしながらずかずかと近寄ってきた。途中で周囲の客に何度も捕まり、何かを言って、客たちが笑う。どうにか2人のテーブルに辿り着くとバグランの隣にドカっと座り、互いの背中をばしばしと叩き合った。
「しばらくぶりだなぁ! 相変わらず辺境酒場でエール作りか? トンボは元気か?」
「うむ。お前さんこそ相変わらず潜っておるようだな」
「おう。離れ山でなかなかよい鉱床を見つけたぞ」
「ほう! そりゃいい。だがこの時間に一杯やりに来るってことは、ジジイ扱いされるのも変わっておらんようだな」
ジアームは不満そうに頷き、極太の両腕を組む。
「ジアーム殿は計画と朝一番の現場指揮だけお願いします、だとよ。ま、昼間っから湯に浸かれるし、こうして美味いエールを飲んで寝転がれるってのも悪くないがな」
「なんだ? ジジイ扱いされすぎて本当にジジイになったか」
言われたジアームはしゃがれ声で笑い、店員がコップを置いた瞬間にその取っ手を掴む。
「……で、バグランよ。このベッピンさん、紹介してくれんのか? 酒が乾杯しろとせっついておるぞ」
「うむ、紹介しよう。彼女は――」
「私の名はバテマル。ここの鍛冶場、グレート・フォージを借りに来た」
「ほほーう。その背中のビッグ・ハンマーは伊達じゃねえってか。叩くのはミスリルだな? それも大量の」
「そう。なぜわかる」
「ニオイでな」
ジアームは大きな鼻を器用に動かし、向かいに座るバテマルの足元に鋭い視線を送った。バテマルも布袋に鼻を近づけ、スンスンと臭いを嗅ぐ。
「臭い? 臭うか? よく洗ったつもりだが……」
「ガッハ! 冗談だ、冗談! なんだ? 洗った? 堅物のバーバリアンにしちゃあ面白い奴だな。いいか、ミスリルは強力な魔素を含んでおる。スペルユーザーが慣れているものとはちぃと違う、特有のな。ワシはその判別ができるってだけのことよ」
「そうか。ミスリルの扱いに長けた男というのは……」
バテマルに水を向けられ、バグランが頷く。
「うむ、紹介しよう。この男が――」
「ワシはジアーム。ミスリルと言えばワシだな。で――」
「おい、お前ら。まったく…… もう勝手に話し合ってくれ」
「おお拗ねるなバグランよ! モリブ最強の戦士ともあろう男が! さあ、あらためて紹介してくれ。な?」
ジアームは、プイとそっぽを向いた友の肩に腕を回し、コップを強引に握らせる。
「……こっちはドゥナイ・デンで鍛冶屋をやっとるバテマルだ。クラスシンボルは身につけとらんが、凄腕のシャーマンでもある。バァバの依頼で ”戦士たち” のための武具をこしらえに来た」
「ほう! シャーマンとは珍しい。で? ”戦士たち” は揃ったのか?」
「うむ。あとひとり…… って、話を逸らすな」
「ガッハ! すまんすまん、続けてくれ」
「ふん。……バテマルよ、このうるさい男はジアーム。ジアームI世。モリブの王で、マスター・ブラックスミス。お前さんの力になってくれるだろう」
「……王?」
バテマルが目を皿のようにして、ポカンと口を開いた。
「ガッハ! そう見えんか? ジアームと呼んでくれ。ま、飲みながら話をしようじゃないか。さあ! 客人に…… 乾杯!」

◇◇◇

3人の乾杯と同時刻。
巡回にあたっていた4名のドワーフが、麓の森から猛然と駆け出してきた一頭の巨熊を視界に捉えていた。目標は斧門、そう確信した2名が横並びになって大盾を構え、突進に備える。その斜め後ろでもう2名が長柄の斧を握り締め、衝突後に見舞う一撃のために呼吸を整える。
「来るぞ!」「なんだあの熊…… 透けてないか?」「おい、誰かを乗せているぞ!」「クソ、どうなってんだ。止まれ! 止まれー!」
ドワーフたちが混乱している間に距離を詰めた蒼白い巨熊は、敵意が無いことを示すように速度を落とし―― 4人の前で、静かに伏せた。恐る恐る近づいてみると、大柄の男が熊の背に覆いかぶさるようにして目を閉じている。
「さっきの客人とそっくりだ」「死んでるのか?」「いや脈はある」「おい! しっかりしろ! おい!」

後編に続く


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