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ダンジョンバァバ:第14話(後編)

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目次

―――・・・―――
地下21階
―――・・・―――

完全なる暗黒空間のなかで、床に描かれた小さな魔法円だけが仄かな光を放ち、円の内側に封じ込められた ”存在” の輪郭を薄っすらと照らし出している。
その存在はローブに身を包み、膝を突いてうずくまったまま、ぴくりとも動かない。
魔法円の外側には、封じられし者を取り囲むように6人の戦士が立っている。オーガ、ドワーフ、ワーウルフ、ブラッドエルフ、フェルパー、人間。彼らもまた、彫像の如く無言不動。

他には何も、何者も存在しない。
冷たく、静かで、永遠に時が止まってしまったかのような空間。

――その空間が、長い時を経てふたたび動きだす。

まずはじめに、ドワーフの身体がゆらめいた。
揺動は他の戦士たちへと伝播しながら激しさを増し、全員の姿がまばゆく光る6つの球体に変わった。光球はゆっくりと浮上したのち、まるでどこかの誰かに呼び戻されたかのように、音もなく消え去った。

魔法円は光を失い、真の闇が訪れた。

封印は解かれた。

しばらくすると、固く閉ざされていた大扉がごりごりと音を立てて開いた。外から薄暗い灯りが差し込み、ねっとりとした闇が隅に追いやられる。
「オッホッホ」
広い空間に哄笑が反響した。
声の主―― 不死族の頂点に立つ者、ヴァンパイアロードがコツコツと石床を踏み鳴らし、落書きと化した魔法円に近づいてゆく。長身で、不気味なほど青白い肌。燃えるような赤毛。冒険者たちから剥ぎ取った布を仕立て直した、いびつな意匠のドレス。外見と声は人間族の男に似せているが、性別は無い。
「お目覚めですね?」
コツ、コツ、コツ。ヴァンパイアロードが歩きながら問いかける。うずくまったままの ”主” は、反応を示さない。
「お目覚めですね?」
手の届きそうな距離まで近づいたヴァンパイアロードが、もう一度言う。
すると、魔法のローブ―― 数百年経っても色褪せることのないエルフの賢者ホーカスのローブが、微かに動いた。
俯いていた顔がゆっくりと上に向き、フードに覆われていた面様が露になる。それはまるで墓から甦ったばかりのミイラのようで、両目は深く落ちくぼみ、垂れ下がったまぶたの隙間から暗黒なる瞳が覗いている。
「―※―」
ローブの存在―― 地の厄災が、干からびた唇を形だけ動かした。
ヴァンパイアロードは思わず身をふるわせた。
自らの眷族を束ねるに必要な力と不老を約束され、恐れを知らず、先の大戦においてもしぶとく生き延びた魔の強者が、ぞくりと全身をふるわせた。
「い、いえ、そのようなことは」
ヴァンパイアロードは軽く咳払いし、深々と一礼する。
「オッホッホ。……実に素晴らしい。ええ。ここしばらくは地上からの客人で賑やかでしたよ? 中層階までは随分と好き勝手やられて? といっても? 私のダイニングホールにたどり着くような強者はおりませんから? ……退屈。退屈です。だから可愛い子らに任せて仲間を増やしていたのですけど? 他の眷族がもう愚かで。愚かで。”ダスト” は見境なく食い荒らすし? せっかくいい子がいてもあばずれ ”ミストレス” が横取りしようとするし? ……昔と何も変わりません。この状況でもし? あなたが ”悪魔族のマヌケ王” や ”竜族のタワケ王” を復活させたなら? もう私は我慢が? もう私はがま」
「―※―」
「オッホッホ。失礼。失礼。……お喋りに飢えておりまして。そうです。地上への ”蓋” も外れたようですから? 大勢が出たり入ったりするでしょうね? ですが下等なもの同士? 好きにやらせておけば? ……いいのです。あなたはここで力を蓄えて? あなたを封じた愚か者たちを葬ることだけを考え? そしてすべてが整ったら? ……オッホッホ」

◇◇◇

第14話『ドゥナイ・デンにて』(後編)


ニューワールドの厨房。
夕方からの営業に向けて、トンボはひとり仕込み作業に取り掛かっている。

ハンターに真実を明かす時がきたら、店は畳む。

――そうバグランと話し合っていた。大半のハンターは憤るか恐れるかして、この地を去るだろうから。そして、自らも戦に身を投じなければならないから…… と。
だが。
昨晩の集会は、予想外の結果に終わった。総勢32名、全員が参戦を表明したのだ。さらには、黒騎士隊を名乗る者たちの申し出。
トンボは独断でもうしばらく店を続けることにした。勇気ある大馬鹿者たちのために。バグランならきっとそうするだろう、と。

(私兵云々はままごとかもしれんが、あの青年自身はなかなか――)

トンボの手がそこで止まった。
眼光が人間から獣へ。鼻口部は狼のように突き出し、全身が灰色の体毛に覆われてゆく。
「ぬ?」
無意識の獣人化。
深呼吸。克己。およそ50年ぶりにみなぎる ”力” を抑え込む。人間の姿に戻ったトンボの顔に、いくつもの感情が入り混じった皺が刻まれる。坊主頭をさすり、短い時間、考えを巡らす。
「やるべきことは……」
独りごち、手を洗う。具足を着用する時間は無い。捲り上げていたシャツの袖口はそのままに、竜のたてがみが織り込まれた漆黒のベストを身に着ける。1年ほど前にバァバが探してきた一級品だ。
常に手の届くところに置いてある愛刀を掴み、店を出る。向かうは南。すぅっと鼻から肺へ空気を送り込む。地を蹴り、風を切る。矢のような速さで路地を一息に駆け抜けると、目指す修道院が間近に迫る。その扉口。人間―― に似ているが、首から上は豚と猪をまぜたような魔物―― オークが3体、コソコソと辺りを窺っている。トンボは足を突っ張り、横滑りしながら急減速。砂煙が巻き上がる。カタナの柄に手をかける。オークが気づき、視線がぶつかる――
抜刀斬る、斬る斬る。
飛び退き…… 納刀。
オークの首が地面に転がり、どす黒い血柱が3本噴き上がる。

「おい、後ろのふたり」
トンボは目と鼻で魔物の痕跡を探りながら、背後に向けて言った。
「は、は、はいっ?」
たまたま居合わせた王国兵の片方が、うわずり声を上げる。肝試し感覚で修道院を訪れ、運悪く目撃者となってしまった2人は、揃って腰を抜かしている。
「報せろ。お主らの大将に」
「へっ? 報せる? あの、いったい……」
トンボは2人に向き直り、必要なことだけを伝える。
「敵だ。すでに集落をうろついているぞ。おそらく6匹」
「はへっ? て、敵?」
「この豚あたまが味方に見えるか?」
オークの首をひとつ掴み、兵士の足元に放り投げる。
「ひっ!」
「探すのは違う種だがな。そうだな…… サソリ人間、とでも言えば想像がつくか?」
「さ、サソ? そそそそんな、そ」
「なに、多対一でかかれば恐れることはない。……さあ行け! ぼやぼやするな!」
喝を入れられ、王国兵は転げるように走り去った。

「さて」
トンボは修道院に足を踏み入れ、地下へと続く暗がりを睨みつけながらシャツの第一ボタンを外す。ワーウルフへと変化した全身から殺気を漲らせ、地の底まで響くような低い声を発した。
「魔窟暮らしも飽きたろう。もれなく地獄に送ってやる」

◇◇◇

診療所。
いつになく険しい顔でアンナが待っていると、バァバが戸口に姿を現した。互いに無言のまま、並んで椅子に腰かける。

「バグランだよ」

「…………そう、か」
アンナは目を伏せ、かつてバァバから聞いた言葉を反芻する。
――封印を解除する切っ掛けは、ふたつのどちらか。
ひとつ。6人がダンジョンに潜るとき。
ふたつ。潜る前に、6人の誰かが死んだとき。
そしてそれぞれ理由は異なるが、どちらにせよダンジョンに張った結界も解くことになる。

「守りは」
診療所の壁を見つめたまま、アンナが問う。
「トンボが向かったろうさ。奴も悟ったはず。ハンターもすぐに気づくだろう。それに黒騎士隊。プラチナムの兵も、施設の守備に徹すれば多少は……」
「上層の浮かれ雑魚相手に限ればな。じきにそうもいかなくなる」
「ま、頼みの綱が到着するまで踏ん張るしかないさ」
「遣いは? もう出したのか」
「テンマには鴉を飛ばした。今さっきね。フロンは王としての務めがもうすぐ片付く」
「ドワーフは」
「鴉は大山脈を渡れない。ゲートは…… モリブとなると、今ならアタシか雑貨屋の弟くらいさ。だがどっちも手一杯」
「待つしかない、か……」
「クク…大丈夫。ジアームは抜かりなく準備を進めていた。バグランの死を知れば動く」
「間に合うといいがな」

沈黙。ふたりは視線を床に落とし、戦友の死をもう一度噛みしめる。

「……ドーラは戦力外。バグランは死んだ。当てはあるのか?」
と、アンナ。バァバは大袈裟に嘆息し、困り果てたように眉を寄せる。
「満点、ってのは難しいね。それでも何とかするしかないさ」
「サヨカたちにひとり加えたようだが、何者だ?」
「世間の持て余し者」
「心配だな」
「ヒヒ…しっかり首輪をつけてあるから大丈夫」
「ふん。で、あいつはどうする」
アンナが、病室の扉に目を向ける。
「容体は?」と、バァバ。
「変わらずだ」
「ったく。世話の焼ける男だね。訓練場跡の医療用施設が良さそうだけど、まだかかる。守りが手薄な状況で王国兵に任せるのも……」
「今しばらく、私がここで面倒を見るしかないか」
「ヒヒ…。見張りを立てようか? いくら短眠のお前さんでも」
「いや、いい」
「ソ。じゃヨロシク。そろそろ行くよ」
「暴れすぎて周りを怖がらせないようにな」
「クク…その役はトンボに譲るよ。まずは可愛い三姉妹を疎開させないとね」

◇◇◇

北西区画、訓練場跡の近く。
王国兵3人組が廃屋の外壁にもたれ、土工たちの仕事を遠巻きに眺めている。
「家に帰りたいなぁ」
最年少の男が呟いた。
「馬鹿、こんな美味しい出兵なかなかねぇぞ? ボーっとしてるだけで給金はたっぷり出るってんだから」
よく肥えた男が言って、下卑た笑みを浮かべる。残りのひとりも、すまし顔で同調した。
「そうそう。辺鄙すぎてなーんにも楽しみが無いのは残念だけどね」
「でも…… 魔物が出るかもって話じゃないですか」
「馬鹿、上も大袈裟に言ってんだよ。気が緩まないようにな。どうせマッドモンキーとか、でけぇ芋虫とか、子供みてぇな体格のゴブリンとか。その程度だろ」
「そうそう。アーバス司令も隊長も、ダンジョンがー、危険がー、なんて脅していたけど、私は新しい採掘場の確保が目的だと睨んでいるよ。ダンジョンはたまたまその近くにあるってだけ」
「ほう? 俺は王族の道楽だと思うぜ。 ダンジョンの秘宝探しとかな」
「賭ける?」
「いいぜ……っと、おい見ろよ。ならず者たちのお出ましだ」
肥満男がことさら大声で言った。その視線の先、路地の向こうから5名のハンターが歩いて来る。
「き、聞こえますよ」
「構いやしねぇさ。なぁにがハンターだ。いっちょ前なのは格好だけだろ?」
明らかに聞こえるように言う。だがハンターたちは相手にせぬそぶりで周囲の観察を続け、何かを確認し合いながら3人の前を通り過ぎようとする。
「面白くねぇ」
肥満男が唾を吐き、先頭を歩くハンターのブーツを汚した。5人が立ち止まる。先頭の男は中老白髪。長身猫背の胴には、年季が入ったスケイルアーマー。殺気を放つ仲間を制してから進み出て、しげしげと王国兵たちを見る。
「……ふぅむ」
「なんだぁ? じろじろ見やがって。やんのか?」
肥満男が凄む。
「いや、そこに何かいるような気がしてね」
「あぁ? コケにしてんのか!」
「いやいや、お前たちのことじゃない。ほれ、後ろの壁。廃屋の――」
白髪男は指をさして言いかけ、横に飛び退いた。巨大な尻尾が廃屋の壁を突き破って飛びだし、胴体を貫かれた肥満男が宙に浮く。尻尾は大蛇のように暴れまわり、もろくなった壁を破壊してゆく。ハンターたちは条件反射で武器を構え、白髪男の名を叫ぶ。
「ヤット!」「ヤットさん!」
「ジャイアントスコーピオンだと? なぜこんな所に」
ヤットは舌打ちし、ダガーを抜いた。崩れた壁の向こう、廃屋のなかに、血色の悪い女が見える。乱れ放題の髪。虚ろな目。だらりと開いた口。剥き出しの乳房。腰から下は…… 黒光りする巨大なサソリ。
「ネェ…… なンデ、ワタシ置イて、イッタの? ネェ」
尻尾をくねらせ、怪物が喋った。
ヤットはシーフの感覚を研ぎ澄ます。

(こいつだけか。バァバが言ってた ”例の日” はまだ先のはずだが、1匹いるってことは……。犠牲者1名。残りのふたりは? 生きてる。運がいい。周りが気づいて大騒ぎになるのも時間の問題)

「ここは俺がやる!」
決断したヤットは矢継ぎ早に指示を出し、行動に移った。敵の注意がヤットに向けられた隙を突いて、力自慢のウォリアーが王国兵2名をまとめて担ぎ、王国司令官のもとへ走る。残りの3人は、他のグループに連絡すべく散った。
「ネェ? ナんで置イテ? ワたしを、イッたノ? ネェ」
8本の足がゴゾゴゾと素早く動き、尻尾の連撃が繰り出される。
「知るか。お前を見捨てた仲間に尋ねるといい…… あの世でな!」
ヤットは敏速に動き回り、急所に一撃刺しこむ機会をうかがう。戦闘中であっても彼の耳は、南方で上がった悲鳴や、修道院の方角から届く轟音を聴き洩らさない。

(くそっ、いったいどうなってやがる!)

◇◇◇

「オイオイオイオイ、もうおっぱじまってるぞ」
「ちょっと嘘でしょ?」
いち早く異変を察したアイーレのグループが集落の中心部に駆けつけると、おびただしい魔物の死体が転がっていた。大地は赤、黒、緑の血で汚れ、昨日までそこにあったはずの修道院は瓦礫の山に変わり果てている。ダンジョン地下1階へと続いていた石段周辺は陥没し、半径10ヤードほどの大穴ができている。
そして地上―― 石材が散乱する大穴のへりでは、血まみれのワーウフルが背中を向け、凄まじい大きさの肉塊と対峙していた。
「オイ! その服、トンボだな? 大丈夫か!」
「テルルのレンジャーか。ちょうどいい」
トンボの声に、アイーレは内心驚嘆した。これだけ多くの魔物を狩っておきながら、息がまったく弾んでいない。
「必中のアイーレだ。覚えとけ。……って、オイ常連客だぞ? 名前覚えてないのか?」
「怪我は?」と、プリースト。
「返り血だ」
「ふん。で? このバケモンは……」
アイーレは、トンボの前方に聳える肉の山を見上げた。人間であればおよそ7,8人ぶんの横幅と、4人ぶんの高さがあった。食欲が失せるような音と臭いを発しながら緩慢に伸縮し、蠢き、何本もの触手を振り回している。
「ブロッブ。見たことがあるだろう」
迫りくる触手を斬り払いながら、トンボが答えた。
「嘘つけ! こんなバカでかいの知らんわ!」
「おそらく、地下で密かに育てた者がいる。そして今も、私が斬り捨てた死体を取り込み肥大化し続けている。カタナや弓ではどうにもならん。そこの、メイジだな? 焼けるか?」
トンボが一瞥すると、ローブ姿のハーフエルフは自信なさげに頷き、慌てて詠唱を始める。
「で? オレたちゃどうするよ」
アイーレが鼻を膨らまし、弓を掴む。リーダーのアイーレ、メイジ、プリースト、そしてウォリアー三兄弟の、6名構成。
「メイジとプリーストはそのまま。私が守る。残りは大穴の向こう側に回ってくれ」
トンボの指示に、アイーレが眉を顰めた。
「向こう側? 何をさせる気だ」
「本隊を穴から出すな」
「本隊? まだ上がって来るのか?」
「おそらく。こいつが自らの意志で地上にあがって来たとは考えられん。囮として――」
トンボの読みは的中した。穴の底から次々と梯子が伸び、トンボやアイーレとは穴を挟んで向こう側のふち、ブロッブの斜め後ろに立て掛けられてゆく。何匹ものオークが縦に連なり登ってくる姿が見える。
「来たぞ! そいつらを逃がすな!」
ブロッブを引きつけながら、トンボが叫ぶ。
「リーダー急げ!」「ちょ、急に言われたってよぉ!」
ウォリアー三兄弟が猛然と駆けだし、アイーレが続く。大穴をぐるりと迂回しながら【妖精の】弓を引き絞り、矢を放つ。われ先にと梯子を登っていたオークの後頭部に命中し、下を巻き込んで穴の底になだれ落ちてゆく。同時に、メイジの火球がブロッブに直撃した。肉塊の一部が炎に包まれ、暴れ狂う触手が梯子を薙ぎ払う。
だが魔物たちは怯まない。梯子を立て直し、瓦礫や土砂を積み上げ、あっという間に大勢が地上に達し、廃墟が建ち並ぶ方へと逃げ去ろうとする。そのオークの群れの中に、1匹だけ上等な鎧兜を着たオークがいた。そのオークはマントを翻しながら振り返り、アイーレを見て笑った。
「オークロードがいるぞ!」アイーレが声と手振りで知らせる。
「主導者だ! 仕留めろ!」トンボが吠える。
「んなろー!」
アイーレがふたたび矢を放った。オークロードは手下の肩を掴むと、怪力で引き寄せ盾にする。【貫通の】矢は手下の胸を貫き、オークロードの鎧を貫き、その心臓を破壊した。
「必中ッ!」
「クソッ! 逃げてくぞ!」
迂回を終えたウォリアー三兄弟が大立ち回りをはじめるも、すでに20匹近いオークが廃墟エリアに向かっている。その様子に気を取られたウォリアーの次男坊が足を掴まれ、大穴に引きずり込まれた。穴の底で悲鳴が上がり、すぐに聞こえなくなる。
「兄貴!」「てめぇら! よくも!」
「おのれぇぇぇぇ!」
合流したアイーレは憤怒に燃える顔で梯子を蹴飛ばし、接射で次々とオークを葬ってゆく。プリーストも目眩しのスペルを唱え、這い上がろうとする魔物たちを足止めする。トンボとメイジは、ブロッブの注意がアイーレたちに向かぬよう攻撃を加え続けている。
走り去ってゆく敵は見逃すしかない。歴戦のハンター揃いとはいえ、この人数ではとても防ぎきれる状況ではない。
「ひとまず退却するか!?」
アイーレが言う。しかしトンボは同意しない。今この集落にはプラチナム王国から来た兵士や労働者が大勢いて、彼らの守備は整っていない。
「辛抱しろ! もうすぐ援軍が来る! そうすればこの波は防ぎきれる!」
「無理よ! 持ち堪えるなんて無理!」
「昨晩の威勢はどうした!」
「それはそれ!」
「俺はやるぞ! 兄貴をやられて引き下がれるか!」

――馬の音。全員が押し黙る。地鳴りのような馬の蹄の音が近づいて来る。

西の路地から、真っ黒な馬鎧を纏った黒馬が一斉に姿を現した。
全10騎、そのすべてに2人ずつ跨る黒鎧の騎士が20名。騎馬隊は二手に分かれ、5騎が大穴のふちで戦うアイーレたちのもとへ。残りの5騎は逃げ去ろうとしていたオークたちを追い、長大なランスによって次々と串刺しにしてゆく。
大穴に到着した5騎は、後ろに跨っていた隊士たちを速やかに降ろしてから離脱。何事にも即応できる位置に整列した。馬から降りた5人は剣を抜き、アイーレたちに加勢する。
「遅くなりました」
言いながらオークの胴をまっぷたつにしたのは、隊長のルシアス。黒兜の面具をはね上げ、生真面目な顔で戦況を見渡す。巨大な肉塊を見ても眉ひとつ動かさない。
「小僧め。遅いぞ」
アイーレは文句を垂れるが、その顔はニンマリと笑っている。
「すみません」
ルシアスは言い訳せずに謝罪し、続けざまにオークを斬り伏せる。
「ふん。小僧…… ルシアス、だったか? 少しは腕が立つようだが、お前がおしめしてる頃にはもうこのアイーレ様は大山脈の蛮族とだな――」
「東からも増援ですね」
ルシアスの言葉につられて、アイーレが短い首を回す。するとハンターのグループが一組、また一組とあちこちの路地から中央通りに姿を現し、一目散に走って来るのが見えた。

第14話・完

第15話に続く


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