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ダンジョンバァバ:第13話

目次

タリューの高台に転送されるやいなや、全員の目が “それ” に釘付けになった。それは、現実離れした構造物。それは、200ヤードも向こうから一行を威圧する塔。塔…… なのだが、いったい何をどうすればあのようなものを築くことが出来るのか。人知を超えた巨塔に、そして塔を創造した天の厄災に、ヘップは言い知れぬ恐怖を覚えた。
目を凝らせば、平面的で超巨大な円柱―― 幅と高さからして、集落ひとつがすっぽりと納まりそうな円柱―― が何段も積み重なることで、直円柱の塔を形成していることが分かる。周囲よりずいぶんと高い位置に立つ一行から見ても、塔の天辺はまだまだ頭の上だった。

(手記によれば、円柱1段が1フロア。ぜんぶで21段…… か)

ヘップはヤコラの記述を思い出してから、少しだけ感傷に浸る。

(もしセラドさんが隣にいたら…… きっと笑い飛ばすだろうな。「賭け狂いが積んだコインみてーだな」とか言っちゃって)

人知れず苦笑し、ゆっくりと視線を下方に移す。

赤。

赤く染まった湖から、灰色の塔が生えている。
――そんな錯覚を覚えた。
その赤は、夕日が作り出せる色ではない。天から血をぶちまけたような赤で染め尽くされた建物が群れを成し、幾重もの層となって塔をぐるりと囲んでいるのだ。赤の町。ブラッドエルフの棲家。

塔の根元に注目すれば、高台から見てちょうど正面の位置に大きな扉が見える。大扉から手前に向かって太い道―― これもまた赤―― が伸びており、その左右には、切り立った土手が平行して設けられている。その人工的な土手は高く、巨人族ですら登ることは難しいだろう。つまり塔から出てくる者がいれば、その場で引き返すか、80ヤードほどの道を馬鹿正直にまっすぐ進んで死を受け入れるしかない。なぜなら、土手の上にはブラッドエルフの射手や魔法使いが整然と隊列を組み、今も “出てくる者 “ を待ち受けているのだ。奇跡的に死の雨を掻い潜ったとしても、その先で待ち構える本隊によって皆殺しにされるだろう。

ヘップは魔物の目線で想像する。
コボルドの大軍。大扉から溢れ出し、周囲を見回す。正面。まっすぐ続く、赤黒い道。道の両脇。見たこともない高さの土壁が聳え立つ。立ち止まることも深く考えることもせず、全速力で直進する。すると土手の上から一斉に矢と魔法を浴びせられ、群れの大半は十秒と持たず倒れてゆく。一部のコボルドはボロ盾で矢の雨を防ぎ、また一部のコボルドは運良く致命傷を受けず駆け抜けるが、その先の本隊が放つスペルか矢か長槍によってあっけなく殺される。スペルの炎で焼かれずに済んだ死体は血を奪われるか、何かに使われるか、どこかに棄てられる。赤黒い道はほんの少しだけ赤黒さを増し、次の獲物を待ち構える。
これは道のようで、道ではない。処刑場だ。

「ひょー。楽しそうですね!」
シンが心底愉快そうに言った。
「何が?」
ヘップは不愉快そうに聞き返す。誰に対しても丁寧な物言いのヘップだが、シンに対してはそのつもりが無い。
「あれですよ。あれ。殺す気満々の殺し放題じゃないですか。ブラッドエルフってのはブラッドエルフって名乗るくせに血も涙もありませんねぇ。ハハッ! ……うんうん。さぞかし気持ちいいんでしょうねぇ。門から出てくる可愛いモンスターたちを一方的に殺しまくって…… 一体なにが楽しいのか! まったく! ひどい奴らだ!」
「……お前、大丈夫?」
ヘップが尋ねた。精神破綻を起こしたかのように喋り散らしていたシンは、真顔でホビットの目を見る。
「え? 何がですか? 私はね、悪趣味だって言ってるんですよ。でもホラ。もっと悪趣味なのはあの塔ですよ。あれ、石や土や木に混ぜてありますよ。大量に」
「混ぜてある? 何を」
「骨」
「骨……」
「ええ。骨。骨、骨、骨。動物のものも多そうですねぇ。この辺りは立派な森だったわけですからねぇ。で、人骨っぽいのはエルフですかねぇ。100年前の内輪モメで大量生産されたんでしょう。ああなんと悍ましい!」
「骨ってヨ…… 見えるのか? 塔の表面」
無視を決め込んでいたルカが、思わず聞き返してしまった。視力に絶対の自信があるのに、この距離からでは灰色の石柱にしか見えない。シンは得意げに頷いた。
「昔から褒められるんですよ。シン。お前は目がいいねぇ。シン、お前はすごいねぇ、って。ねぇサヨカさん」
「はい?」
「あなたの親しい人もあの骨のどれかですか? お母さん? お婆ちゃん? お婆ちゃんだったら悲しいなぁ。私、お婆ちゃん子なんですよ。お父さんかなぁ」
ヘップたちは顔を引き攣らせ、サヨカの表情を伺った。サヨカは生い立ちについて詳しく語らないが、エルフの寿命からして、彼女の両親が大戦で犠牲になった可能性が高いことくらいは想像がつく。
サヨカは顔色ひとつ変えずにシンを見つめている。
シンは屈託のない笑顔を浮かべ、小首を傾げている。
「口を慎みなさい」
ジーラが威厳に満ちた声で言った。シンの喉元に槍が突きつけられている。セレンの時と違って雷槍は光を帯びておらず、穂や柄、逆輪、石突に刻まれた細かい文様や神聖な意匠が確認できた。
「わ! 槍なんて持ってました? 手品ですか!? すごいですねこれ」
シンが人差し指を伸ばし、槍の尖端に触れる。瞬間、槍が突として眩く光り、バチン! と強烈な音が高台に響く。
「ゲッ」
5人は白目を剥いて倒れたシンを放置し、いまいちど塔を眺め、町へと続く山道をくだりはじめた。

――ここはエルフの始まりの地、タリュー。魔法大戦からおよそ100年。焦土と化した広大な森は、かつての美しい自然を取り戻しつつあった。だが塔の周辺だけは土壌の酸化が激しく、今も貧栄養の赤土に覆われている。天の厄災の討伐を託されたヘップたちは、生きてこの地を去ることが出来るのか。

◇◇◇

第13話『赤の町とブラッドエルフ』


鬱蒼とした山道を抜けると景色一転、吹きさらしの枯れた大地が赤の町へと続く。
フードやスカーフで赤砂まじりの風を防ぎながら歩き、町の端に辿り着くと、外周に沿って同じ形の建物が等間隔に建てられていることに気づく。その背の高い建物は鏃のように鋭角な形をしており、いずれの屋根の天辺にも、めまぐるしく色を変える巨大な球体が乗せられ―― いや、わずかに宙に浮いた形で固定されている。
「何者だ」
女の低い声につられて見上げると、尖った建物の窓からブラッドエルフが上半身を覗かせていた。白く透き通った肌。鋭い目。口調だけでなく、顔もアンナとよく似ている。左手には金色の弓。すぐにでも射殺せるよう、半身の構えを崩そうとしない。
「天の厄災を討つため、ドゥナイ・デンから送られて来ました」
リーダーのヘップが一歩前に出て、慎重に言葉を選ぶ。
「貴様らが……?」
ブラッドエルフは、品定めするように片目を細める。
「はい。バァバからは、族長のソーヤさんに話を通してあると聞いています」
「バァバ…… ふん。案内役を寄越すからそこで待っていろ。それ以上近づくと――」
「またまた一番乗りぃー! ハハッ! おっさきで――」
いつの間にか背後に迫っていたシンが、猛スピードで一行の脇を駆け抜けていった。
「すっ」
そして見えない壁に衝突し、白目を剥いて赤土の上に転がった。
「話を最後まで聞かぬその阿呆も貴様らのツレか」
ブラッドエルフは、汚物を見るような目でシンを見下ろした。
「は、はぁ、まあ、……すみません」
「起きろテメー」
気絶したシンの腹に、ルカが蹴りを入れた。ふくれっ面のサヨカがその横に並び、ルカの真似をしてシンの尻を思い切り蹴飛ばす。
「おっ、いい蹴りしてんじゃねーか」
「嫌味のお返しですー」

◇◇◇

結界の一部に穴を開けてもらった一行は、処刑場にほど近いソーヤの屋敷に案内された。屋内もまた赤煉瓦と朱塗りの木材によって作られているが、無機的な外観と異なり、品格の高さを感じさせる装飾的な調度品が嫌味なく配置されている。
「いいですねぇ。センスの欠けらも無い人間の王族貴族どもと大違いですねぇ」
ルカとジーラに挟まれて歩くシンが、あちこちを眺めてはニコニコと笑っている。案内役に従って1階のホールを抜け、屋内リフトに全員が乗ると、音も無く床が上昇を始めた。
「ホッホ……スペルの応用ですな?」
「そうだ」
無口なブラッドエルフは素っ気なく言って、5階でリフトを降りた。長い脚ですたすたと通路を先導し、古代エルフ語らしき文字が刻まれた金属製の扉を叩く。
「入ります」
5階の指揮所は町で一番背が高く、塔の大扉と処刑場を一望できる位置にあった。柱を除いて壁がすべて取り払われ、町の外周と同じシールドで防護されている。
「塔の戦士が到着しました」
案内役が言うと、ヘップたちに背を向け処刑場を見下ろしていた赤いケープの男が、ゆっくりと振り向いた。
「ようこそタリューへ。族長のソーヤだ」
ブラッドエルフは皆容姿が似ているが、100年ものあいだ族長を務めてきたその男には、畏怖の念を起こさせる貫禄があった。
「初めまして。オイラはヘップ。サヨカ、ルカ、ホーゼ、ジーラ、それに――」
「ソーヤ殿…… シンと申します。以後お見知りおきを。ハハッ! 私、加入ホヤホヤの新イテッ! イテテ!」
ルカの肘とジーラの膝がシンを黙らせる。燃えるような瞳がシンに向けられると、ヘップが慌てて間に入る。
「すみません。本当は別の候補者がいるのですが、ちょっと色々ありまして……」
「ホビット、ウッドエルフ、オーガ、ノーム、フェルパー、そして人間。……バァバに聞いていた通りだが?」
「ええ、まあ、人間は人間なんですが……」
「そいつはバァバの人選ではない、と?」
「あ、いえ、バァバの人選…… です」
「なら口を出すつもりはない。サヨカ、久しぶりだな。アンナは達者か」
サヨカは「はい」と答え小さく頷いた。
「え? 知り合い?」
ルカがブラッドエルフとウッドエルフを交互に見やる。
「アンナは私の愛弟子だ」
「へぇ。つまりサヨカはアンタの孫弟子ってことかヨ」
「ああ。そうなるまでに、それこそ色々あったが」
含みのある言い方をしたソーヤが笑みをこぼす。一方のサヨカには、いつものような明るさが見られない。
「あの、町の案内をどなたかにお願いできますか。さっそく明日から探索しようかと」
ヘップが話題を変えた。
「明日と言わず、今から少しどうだ」
「え?」
「なあに、中に入る必要はない。そろそろ引手が戻る頃合いだ。我らに力を示してみろ」

◇◇◇

塔から続く広い道の中央で、6人の戦士が陣を構える。
前衛。ルカとジーラ。槍の間合いを意識し、ルカは大きく距離を取っている。ヴァルキリーと初めて組む彼女の顔は、どこか楽しそうでもある。
中衛。ヘップは機動力を活かし、前衛の補助と後衛の護衛。シンは近接戦闘を強く希望したが、ヘップの判断で弓による援護射撃を任せられている。
後衛はホーゼとサヨカ。ホーゼは杖で浮遊して前方を見通し、肉弾戦になる前に多くを処理する役目を担う。

やや前方、土手の上に整列したブラッドエルフたちが、じっと6人を見下ろしている。背後を振り返れば、待機姿勢のまま微動だにしない本隊が、やはりじっと6人を見つめている。ソーヤは本隊ではなく、土手の上から見物する。
「やりづらいなぁ……。実力を見せろってのは分かるんですけど」
ヘップが呟くと、ルカは前を見据えたまま豪快に笑った。
「アタイらの実力を見たら小便ちびるさ」
「お嬢! なんと品の無い」
「来ます」
ピンと立った耳を微かに動かし、ジーラが雷槍を顕現させた。ホーゼが詠唱に入る。ヘップはすでにシルバーダガーを抜いており、いつでも駆けまわれるよう呼吸を整えている。

塔から最初に出て来たのは、ブラッドエルフだった。
――しかもひとり。
その男は驚異的な速さで走りながら、いつもと様子の違う処刑場に戸惑いの表情を見せる。すかさず土手の上から指示が飛ぶ。合点がいった男は頷き、ヘップたちに向かって加速した。
「もっとたくさん引っ張ってくればよかったかな?」
男は意地悪く言って6人の横を通り過ぎ、あっという間に本隊の列の隙間に消えていった。
がちゃちゃちゃ、かたかたかた、がたたたたた……。
塔の中から音が聞こえた。大量の何かが、硬い何かがぶつかり合い、擦れ合う音。不気味な音はどんどん大きさを増し、魔物たちの姿が露になった。
「スケルトンだ!」
叫んだルカは足を踏み鳴らし、胸当てをガンガンと叩き、獣じみた雄叫びをあげて鼓舞する。骸の群れが大扉から溢れ出し、押し合い圧し合いによって無数の骨が地面に散乱する。愚鈍なゾンビ―と違ってスケルトンの敏捷性は高く、目的を与えられると行動にムラがない。スケルトンの集団は置かれた状況など気にもせず、屑鉄のような武器を手に前方の6人へと殺到する。
「ヤーッ!」
最初に到達した5体が、ジーラのただひと薙ぎによってまとめて両断された。
「ォラァ!」
続けて襲いかかった3体はルカの連撃を受けて砕け散る。
後続のスケルトンたちはまるで怯まず、不快な音を立てて次々と戦士たちに迫る。その群れの後方に氷の雨が降り注ぎ、骸の頭蓋骨に次々と穴を開けてゆく。
「ホーゼ遅い!」
「ホッホ! 炎から氷に変えたもので」
拳を繰り出しながら怒鳴るルカの横で、ジーラは波のように押し寄せるスケルトンを処理している。まるで草を刈るように雷槍を振り回し、神聖スペルによって生み出された光の柱が数体を灰に変える。だがダンジョンと違って道幅が広く、すぐに前衛2人の取りこぼしが発生する。ヘップはルカ、ジーラ、スケルトンの動きを読み、あぶれた敵を的確に討つ。

(シンは?)

戦闘開始からまだ20秒程度とはいえ、矢が1本も飛んでいない。ヘップが横目で様子を窺うと、シンは握っていた弓を背中の留め具に戻そうとしていた。
「シン! お前!」
シンは口笛を吹きながらヘップを見ると不敵に笑い、弓を留め、矢筒とは別に背負っていた細い筒から2本の剣をいっぺんに引き抜いた。人間の腕ほどの長さのショートソードで、錆びたように赤黒く、悪魔の角のように禍々しく捩じれて波打っている。
「リーダー、アレに弓は効果ないですよねぇ?」
シンは双子のように同じ形の剣をだらりと垂らしたまま、疾風のごとき速さで前線のど真ん中に突っ込んでいった。
そこからはあっという間だった。暴れ狂う竜巻のような乱舞がスケルトンの波を真っ二つに割り、骸の破片が宙を舞う。ルカとジーラは驚きながらも即応し、左右に押し分けられた敵を始末する。
「テメー! 勝手なことやってんじゃねぇヨ!」
ルカの罵声。飄々としたシンの笑い声。3人が前進すれば骸兵はただの骸と化し、まるで塔に向かって骨の絨毯が敷き詰められていくような光景が広がる。すっかり出番の無くなったヘップ、ホーゼ、サヨカの3人は、その様子をただただ眺めるしかなかった。

◇◇◇

「ワンマンプレーが得意なのはよくわかったよ。自己顕示欲の強さも」
骸の山の上でだらりと座り込んだシンに近づき、ヘップが冷たく言った。
「ハハッ! ……いやぁ、そんなつもりじゃ。作戦もコケてちょっとピンチかもって感じだったし? なのに血肉のない骸骨に向けてバカみたいに矢を射るんですか? もうそれってバカみたいじゃないですか」
生傷だらけのシンの傍らで、サヨカがヒールスペルを唱えはじめる。
「そういうコト言ってるんじゃねーんだヨこのバカ! おいサヨカ、ヒールなんて魔素が勿体ないからやめとけ。こんなのツバつけときゃ治る」
「でもこれくらいしか出来ることないですし……」
「そうそう、しっかり癒してくださいよ」
「ノヤロー黙ってろ!」
「イテッ! でもでも、首輪は爆発しませんでしたねぇ? 私の判断は間違っちゃいないってことじゃないですかねぇ?」
シンは叩かれた頭をさすり、嫌味ったらしい三日月目でルカを見上げる。
「あぁ!? ふざけやがって!」
灰白色の額に静脈が青く浮き出る。ルカを抑え、ジーラが疑問を口にする。
「あの剣さばき、いったい何なのです? レンジャーは弓と剣の使い手。そう聞いてはいましたが……」
「だーかーらー、私レンジャーじゃないんですよ。言いましたよね? ボケたんですか? あれ? あなたには言ってなかったかな? どっちでもいいですね。ま、弓は得意ですし? レンジャーのスキルも大半は会得してますし? 剣の達人でもありますし? とにかく頼りにしていいですよ。ね?」
「レンジャーでないと言うなら、貴方のクラスは」
「そんなのどうでもよくないですか?」
「いいえ。命を預け合う私たちには重要なことです」
「うーん。じゃあ。教えて差し上げましょう。なんと、私のクラスは…… なんと…… なんと!」
「さっさと言えバカ」
「なんと…… トリックスター! ババ~ン!」
シンは跳ね起き、道化師が子供を驚かすように両腕をパッと開いた。
「……トリック、スター?」
ジーラが首を傾げる。
「あ? なんだそれ。聞いたことねーぞ。ホーゼは?」
「ありませんな」
「オイラも初耳です。確かに、レンジャーとは違う技を持っているようだけど……」
「うんうん。そうでしょう、そうでしょう。なんせ私が命名したクラスですから。みんなにはナイショですよ?」
「「「は?」」」
「テメーふざけんなヨ? 殺すぞ」
「イテッ!」

パチ、パチ、パチ……。

拍手の音に、口論が中断された。
土手の上のソーヤが、感情の乏しい顔で手を叩いている。やがてその場に居たブラッドエルフたちも淡々と両手を叩きはじめ、寸分のズレもなければ抑揚もない拍手が処刑場に響き渡った。

「なあヘップ……」
ルカが複雑な顔でヘップを見下ろし、囁いた。察しのいいホビットは、彼女が何を言いたいのかすでに理解している。
「はい……」
「こういう時ってヨ…… 大したものだ! とか大将が大声で言って、実力を認めた手下たちもウォーって喝采して太鼓ドンドコやる場面じゃないのか? それってオーガやトロルだけか?」
「ど、どうですかね。ブラッドエルフの歓迎は独特なのかも……」
シンだけが満面の笑みで拍手に応え、演劇のフィナーレの如く仰々しいお辞儀を繰り返している。
「わかんねーな、ブラッドエルフってのはヨ。サヨカは詳しいのか?」
サヨカはニコリと微笑み、翡翠色の髪を横に振った。
「さー。でも感情を表に出すのは苦手ですねー。100年生きても変わってませんから、死ぬまで変わらないんじゃないですかねー」
ヘップたちは不愛想なアンナの顔を思い浮かべ、妙に納得した気持ちになる。
「さ! 寝床を確保して、明日に備えましょうー」
「デッ!」
しつこく拍手を煽るシンの頭を杖で殴ったサヨカは、淡い黄昏時の処刑場をツカツカと歩きはじめた。


【第13話・完】

第14話に続く

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