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ダンジョンバァバ:第6話(後編)

目次
前編

「ア? 殺しただア?」
大岩の上で胡坐をかいていたトロルが、ギョロリと手下を見下ろした。
「ゲヒッ。ノコノコとヒトリでウロついてやがったデス」
間抜けな顔を並べて報告する手下5人。そのひとりが下卑た笑いを浮かべ、ウトレの首を掲げた。卑劣な不意打ちとは言え、たった5人でオーガを仕留めたのだ。残りの4人も興奮気味に報告を重ねる。
「ビコスサマ。アイツら休憩してるみたいデス」
「この森を抜けたところデス」
「呑気にメシの支度してたデス。こりゃチャンスデス」
「デスデス、チャンスデス」
「ア? なンの?」
「エ?」
「なンのチャンス?」
「エ……」
岩の上のビコスに問われ、5人はきょとんとした顔で小首を傾げる。
「なんの、デスか? 奇襲デス。奇襲のチャンスデス」
「ア? 奇襲? ア?」
ビコスは言いながら飛び降り、5人の前に立った。肌の色は他のトロルと同じく緑青色だが、背丈が6フィートほどもある。ビコスの鋭い眼差しを浴び、ドワーフとさほど変わらぬ大きさの手下たちは表情を凍りつかせた。
「……デ、デス。奇襲デス」
「…………ンで殺しちまったンだよボケ! ア!? ひとりでも戻らなけりゃ警戒されンだろ? バレンだろ? ア!? 奇襲になンねーだろうが!」
激昂したビコスの大鉈が手下の首をまとめて刎ねた。即死した3人の横で小さい悲鳴を上げたひとりが、背を向けて走り出す。背後から飛来した矢に斃れるトロルを一瞥したビコスは、残るひとりの首に手を添えた。
「あとでまとめてブッ殺しゃあいいンだよ…… それくらい分かれよ…… ア?」
「む、無防備だったも…ウグゥ」
弁明する手下の首を鷲掴み、顔の高さまで持ち上げる。ビコスの豚鼻から熱い息が漏れた。手下は顔を背けようと足掻く。しかしビコスはそれを許さない。
「フロンの目的は? 聞き出した? ン?」
「ざ、ざあ……」
「ヤツラの先に村があると言ったな。その情報は? ン?」
「グ、コォ… も、申じワ、ゲッ」
首の骨を握り砕いても腹の虫がおさまらぬビコスは、事切れたトロルの顔面を背後の大岩に叩きつけた。岩肌に鉄紺色の大輪が咲き、周囲から蛮声が湧き上がる。ビコスは岩に飛び乗り、兵士たちを見回しながら吼えた。
「野郎ども! オーガどもがオレたちを待っている! 全員殺せ! フロンの首を持って来い!」
「「オーガを殺せ!」」
緑色の群れが一斉に武器を突き上げ、呼応する。
「オーガどもを始末したら村で晩飯だ! 長旅の褒美だ! 好きなだけ奪え! 好きなだけ食え! ひとり残さず食い尽くせ!」
「「奪え! 食らえ!」」

第6話『フロン王と戦士たち』(後編)


「数は」
「谷の時の3倍以上。森の中で正確には掴めず」
「フム……」
いつもは即断即決のフロンが、焚火を睨みながら顎をさする。
「オジイ、百だろうと二百だろうと関係ないさ。ウトレの敵討ちだ。こっちから攻めて全員ブッ殺してやろーヨ」
煮え切らない祖父にルカが言うと、ホーゼが諭すように口を挟んだ。
「お嬢、森では小柄なトロルに分がありますぞ? 数も圧倒的…… 日も暮れる。亀たちも同じ。森では思うように働けません」
「じゃあどうしろってゆーのさ」
「ホッホ。相手はビコス。族長の中でもとびきりの直情径行タイプ。待っていれば正面から来るでしょうな。……ただビコス本人の武力と彼の兵力を甘く見てはいけません」
言い終えたホーゼは、灰色の髭を撫でながら王の言葉を待つ。しばしの沈黙の後、フロンは焚火から目を逸らして立ち上がった。
「ローレンシウムの精鋭たちよ!」
オーガたちは一斉に起立し、フロンを見つめる。
「ビコスの兵が来る! タンタルの谷で交戦した時の3倍以上だ! 10人と12頭、計22の横陣で迎え撃つ! 互いの間隔は最大限広く取れ! その後ろにシャーマン4人! 騎乗し、後方支援および前列が討ち漏らしたトロルを叩け! 前列で倒れる者がいれば代わりに立て! たとえ何匹来ようと怯むな!」
「「オオ!」」
オーガたちは各々の武器を胸に3度叩きつけ、短く雄叫びを上げた。
「オジイ」
ルカが言い掛けると、フロンは首を振って黙殺した。
「いいか! これは我々が持ち込んだ問題! 奴等の狙いは我々だ! 決して集落に向かわせるな!  両翼端を迂回してまで略奪を優先するとは考え難いがトロルに我々の常識は通用しない! ルカとホーゼを集落防衛の任に充てる! 我は危険を知らせた後、皆と共に最前線でトロルどもを撃滅する!」
「「オオ!」」
オーガたちはまた胸を3度叩き、準備に取り掛かった。
「頼んだぞ」
フロンはルカとホーゼに言い残し、ドラゴンタートルを駆った。
「……可愛い孫娘の話を聞けっての。まったくヨ」
小さくなってゆく祖父の背中を見つめるルカの肩に、ホーゼが飛び乗った。
「ホッホ。王はお嬢の力を信頼しているからこそ重要な任務を与えたのです。ささ、参りましょうぞ」
「ハイ、ハイ。お前はここで頑張るんだぞ。皆を守ってやってくれ」
ルカは己のドラゴンタートルに一時の別れを告げると屈伸し、疾風の如く駆け出した。

◇◇◇

星空の下、4ヤード間隔で横一列の隊形を成したオーガとドラゴンタートルは、微動だにせず40ヤード先の森を見据えている。
やがて森の闇からガチャ、ガチャと金属が擦れ合う音が零れ、やや大柄のトロルが数人、姿を現した。オーガは一斉に武器を掲げ、胸に叩きつけ始める。
ガン、ガン、ガン。ガン、ガン、ガン。武器と胸当てが威嚇的な音を鳴らし続ける。先陣のトロルたちが立ち止まって様子を伺っていると、その背後から通常サイズのトロルがわらわらと湧き出だした。トロルたちは横に広がり、弓に矢をつがえ、斜め上に放った。
「キシシィィ!」
ドラゴンタートルたちが短く吼え、天に向けて一斉に炎を吐いた。10ヤードはあろう12本の放射炎が空を赤く染め、雨のように降り注ぐ矢を一瞬にして灰と屑鉄に変える。ガン、ガン、ガン。オーガは黙って胸を叩き続ける。トロルたちは得物を持ち替え、ゲッゲ、グッグと喉を鳴らす。
「進めぇ! オーガどもを皆殺しダァ!」「突撃ィィィ!」「ブチコロセェ!」
頭一つ大きなリーダー格のトロルたちが叫びながら武器を振り上げると、背後の兵が一斉に駆け出した。百を超える大軍が押し寄せる光景を前にしても、ガン、ガン、ガン。オーガは無言で胸を叩き続ける。
「キシシィィ!」
ドラゴンタートルたちが火球を吐いた。水平に飛んだ灼熱のそれは先頭のトロルたちを火だるまにし、焚火代わりと言わんばかりに周囲を照らす。森の奥に明かりが届き、木々の間から次々と走り来るトロルの姿が見えた。突撃するトロルたちは焼け焦げる仲間を顧みずにオーガへと殺到し、いよいよ武器を振り上げる。トロルとの距離が10ヤードを切ったところで、オーガたちは攻撃態勢に入った。
「「オオオオオオオオオオオ!!」」
大地が割れんばかりの大声を上げ、戦士たちが武器を振るった。戦斧が4つの胴をまとめて裂き、巨大なハンマーは次々と頭蓋を粉砕してゆく。槍が5つの胸を貫いたかと思えば軽々と持ち上げ、振り投げられた死体の束がトロルたちを襲う。ドラゴンタートルは鋼鉄の如き甲羅で身を守りながらその長い首と鋭い牙で砕き噛んでは投げ、角で突き上げ、後続のトロルには火球を見舞った。数少ないトロルシャーマンがスペル攻撃を放つが、後ろに控えるオーガシャーマンたちがカウンタースペルでことごとく潰してゆく。オーガシャーマンたちはその合間に補助スペルを詠唱し、いっそう強力になった前列の戦士たちは押し寄せるトロルの群れに猛撃を浴びせ続けた。
オーガの戦力はトロルを圧倒し、目の前に死体の山を築き上げていった。死体が邪魔になると息の合った動きで横陣を数歩退げ、ふたたび武器を振り回して死体を量産する。それでもトロルたちは土嚢のように積み重なった死体を越えて攻撃を仕掛けるが、恐れをなして背を向ける者も出はじめた。
「行けっつッテンダロー!」「臆病者は今すぐ死ねぇ!」「前進前進前進前進ンンン!」
森の境目で戦況を見守るリーダー格のトロルたちは、左右に控える弓兵に命じて遁走者を次々と射殺し、兵士たちを戦場へと追い立てる。苛立たしげに喚き散らしていたリーダー格のひとりが尻込みする兵を蹴飛ばし、戦笛を鳴らした。
暫くすると、森の中でバキバキと音が鳴り、木々が揺れ始めた。森を掻き分けながら顔を見せたのは、オーガの倍ほどもあろうかという大きさの重装トロル3体。さらにはこれまでの総数を上回る雑兵の大軍が姿を現し、森の外で待機していたトロルたちと合流しながら雪崩を打って進撃を開始した。
「なんだあのデカブツは」「一体どれだけいる!」「魔素を充填しろ!」
予想外の敵、そして想像を絶する大軍を前に、さすがのオーガたちも動揺の色を見せた。

◇◇◇

フロンがバァバを訪ねると、ドゥナイ・デンは既に防衛体制を整えていた。
壁の無い正方形の集落には、360度どこからでも侵入できる。一番可能性の高い東の玄関は、ドゥナイ・デン最強のドワーフが守る。北寄りのニューワールドにはトンボ、南寄りの鍛冶屋付近はバテマル、そして集落の中心―― 修道院から少し西側に行ったところに、アンナとサヨカが待機。雑貨屋のイノックとイラッチも、遊撃隊の役を申し出た。酒場を追い出されたハンターたちも、事情を聞いて中央通りの守備を買って出た。
「さすがの地獄耳だな。非戦闘員はどうする」
フロンが問うと、バァバは遠く屋根の向こうに見える丸太の壁を指した。
「最悪の場合はアソコ。避難防衛には丁度いい」
「そうか」
「クク…そんな心配するなんて随分と弱気じゃないか」
「我々が片付ける。しかし念には念を、だ」
「ま、この面子が揃ってりゃどうにでもなるよ。宿屋の客もグッスリ寝てりゃいい…… しかし本当にいいのかい?」
「ああ。オーガの戦士たちは助けを借りん」
フロンは決意を変えず、同じ回答を繰り返した。
「ヒヒ…相変わらずの性格だねぇ…… しかし片意地張って死なれたらコッチが困る」
「……我々はそうやって生きてきたのだ。オーガは他種族に何かを期待しない。特にトロルと一緒くたにされて忌み嫌われ、人食い扱いされるようになってからはな」
「そうやって辺境の火吹き山に篭って数百年…… ま、先代やお前さんみたいなオーガが生まれて来たことには意味があるのかもしれないね…クク」
「どうだろうな」
フロンは鼻を鳴らし、重く低い声で続けた。
「トロルが来るとすれば戦闘中の南東方向からだろう。途中でルカとホーゼが待機している。コソコソと迂回してくる可能性もあるが…… いずれにせよあの2人が対処する」
「アイアイ。ま、死んだら全てがパーだからね。用心しとくれ」
「わかっている」

◇◇◇

「ヒマ……」
月明かりに照らされた小丘の上で、ルカは足を投げ出して座っていた。
起伏のせいで戦場の様子は伺えないが、かすかに聞こえてくる戦士たちの雄叫び、そしてトロルの絶叫が、仲間の健闘を伝えていた。ドラゴンタートルに跨り仲間の元へと戻ってゆくフロンの姿も遠目に確認していた。この調子なら自分の出番は無いだろうとルカは考えていた。
「お嬢、いけませんぞ。今…… 駆けつけようと思いましたな?」
肩に乗って甘菓子を食べていたホーゼが、ルカの耳たぶを引っ張った。
「イデデ! イテーって! ……だってヨー」
「無事に終わればそれで良いのです。ま、甘い物でも食べて」
ホーゼは手のひらに甘菓子を召喚し、ルカに差し出す。ルカは面白くなさそうな顔で引ったくり、大きな口で貪った。
「む、お嬢。…… 出番ですぞ」
突然のホーゼの言葉に、ルカは口をモゴモゴさせながら首を傾げる。
「集落の北東方面。距離はここからおよそ800。数は50ほど…… あれはビコス!」
フクロウの目を借りていたホーゼが吃驚し、ルカの肩で跳ねた。
「ビコス? 大将が本隊から離れたってのかヨ」
ルカは跳ね起き、グッと背伸びする。
「奴め…… 集落に向かっておりまブッ」
ホーゼが言い終わらぬうちに、ルカは砂塵を巻き上げながら北に向かった。

◇◇◇

最前列の重装トロルが巨大な鉄盾で火球を受け止めながらオーガに迫り、陣形を崩そうとしていた。戦士たちは3人がかりで1体を倒したが、残り2体のトロルが大木のような棍棒でドラゴンタートルの甲羅を叩き、足元を狙うオーガを蹴り払う。分厚い鎧の隙間を斬られ、突かれても、重装トロルは痛みを忘れて暴れまわった。後列のシャーマンが欠けた穴を埋めて横陣を死守しようとするが、巨大な2体に加えてバラバラと襲い掛かる雑兵を相手にしているうちに列が大きく乱れ始める。その瞬間、死体の壁を利用しながらジワジワと距離を詰めていたトロルの大軍がここぞとばかりに仕掛けた。
前面に加えて左右、背後から迫るトロルの群れを相手に無傷でいることは不可能に近かった。方円陣への移行を試みるも、重装トロルがそれを許さない。
オーガたちはひとり、またひとりと傷を負い、大量のトロルに押し倒されてゆく。ドラゴンタートルも必死の抵抗を見せるが、何本もの長槍で首根っこを刺され呻き鳴く。
「怯むな! このデカブツに集中しろ!」
号令を飛ばした年長のオーガが戦斧で雑兵を千切り、重装トロルを睨み上げる…… と、敵の首から上が無かった。その横を飛び抜けた影が、大軍の真っ只中に着地する。地面が抉れ、衝撃波によってトロルの群れが吹き飛んだ。
「フロン!」
「待たせた。想像以上の数だな」
フロンは小ぶりのトロルどもを蹴散らしながら、残り1体になった重装トロルへと猛進する。
「ブルルルアァァァ!」
怒りの矛先をフロンに向けた重装トロルが、雑兵を踏みつぶしながら突進した。緑色の海を割りながら突き進む両者に注目が集まり、ふたつの肉体が激突する。力比べに勝利したのは―― フロンだった。強烈なチャージでトロルを突き倒し、仰向けになったその鳩尾に大剣【ドゥーム・ブリンガー】を突き刺した。
「オゴゴォォアアア!」
絶叫が平野に響き、オーガに群がっていたトロルたちの手が止まる。フロンは充分に睥睨してから声を張り上げた。
「トロルどもよ! 我はローレンシウムの王、フロン! 死にたい者からかかってこい!」
フロンは片手で大剣を引き抜くと敗者の首を刎ね、戦士たちに指示を飛ばす。
「方円陣! 負傷者を囲め! 亀は甲羅に篭り遠方の敵だけを焼け! 魔素は!」
「それぞれ石が残りひとつ!」
シャーマンのひとりが答えた。
「よし。治療を優先しろ! 2人だけ我について来い! ビコスと直近の者どもを片付ける」
「「我らが!」」
戦斧を振り回していた年長のオーガとその息子が、すぐさま名乗りを上げた。深く頷いたフロンは【ドゥーム・ブリンガー】を2つに割り、デュアル・ウィールドにスイッチする。
「道を開けよ!」
先頭を駆けるフロンが2本の長剣を振るうたび、青緑色の群れはライ麦のように刈り飛ばされて宙を舞う。いにしえの戦神ラゾスを彷彿とさせるその猛勇を前に、トロルたちは畏れ、逃げまどい、道を譲るしかなかった。

◇◇◇

猪に乗った機動部隊50騎が、ドゥナイ・デンを視界に捉えた。
「アレダ!」「お楽しみの時間ダアァ!」「ギャッハー!」
手下たちが奇声を上げながら加速する。最後尾のビコスは一際大きな猪―― ワイルド・ボアに跨り、紫色の舌で唇を舐める。
ビコスは楽観していた。オーガの相手は、戦に飢えている下っ端どもに任せておけばいい。あれだけの数を揃えた。重装トロルも連れてきた。まず負けることは無いだろう。生き残った者は村で暴れさせてやろう。だがその前に。誰にも邪魔されずに一番甘美な汁を啜るのは自分――
「ア?」
興奮のあまり豚鼻をフゴフゴと鳴らすビコスの視界左手に、火の玉ふたつ。ビコスは目を凝らす。小刻みに揺れながら猛スピードで接近する火の正体は、何者かの両腕だった。ビコスはさらに目を凝らす。真っ赤に燃える両腕に照らされ、女の顔と身体が暗闇に浮かび上がった。白髪のオーガ。笑っている。その視線が自分に向けられていることに気付いたビコスが指示を出すまでもなく、手下たちが進路を変えて女に襲い掛かった。
「シッ!」
オーガは燃える右拳を突き出し、先頭の猪の鼻面を正確に捉えた。肉と骨が潰れる鈍い音。ビコスは己の目を疑い、思わず手綱を引いた。一瞬にして炎に包まれた猪は後方に弾き返され、後続5騎を巻き込みながらビコスの前まで転がって来たのだ。つんのめって宙を舞った乗り手のトロルは左拳を胸に食らい、炎上しながら明後日の方向に飛んでいった。
動揺した機動部隊はやや距離を取り、2重の円でオーガを取り囲む。その外側からビコスが叫んだ。
「テンメー! テンメェ… その髪… メスの戦士…… フロンのガキだな!? ノコノコとひとりで…… フロンの首とセットでオレサマの椅子に飾ってやる!」
「ガキじゃねーヨ。ルカだ。覚えときな…… 殺されるまでの短い間だけな! ハハッ!」
ルカは高ぶる感情を抑えきれず笑い、ワイルド・ボアに跨るビコスを指さした。反応した兵士の壁が槍を構える。
「殺せ殺せ殺せぇぇエ! ……エッ?」
ルカの立ち位置から全方位へと放射された冷気が機動部隊に襲い掛かり、43騎全てが凍り付いた。雪像のように動かなくなった手下を前に、ビコスは言葉を詰まらせる。初撃に巻き込まれ転倒していたトロルたちは、喚きながら逃げ出した。
「ア? な、ア?… なンなン? ハ? オイ!」
「ホッホ! このスペルは使い所が限られておりますが…… 久しぶりに役立ちましたわい。ホホッホー」
ルカの上空―― 闇に紛れ、小さな杖に跨っていたホーゼが嬉しそうに笑った。ルカは正面の兵士を粉砕し、勇ましい足取りでビコスに近寄る。ビコスよりも敏感に死の臭いを嗅ぎ取ったワイルド・ボアが急反転して逃げようとする。しかし一瞬で距離を詰めたルカに強烈なローキックを見舞われ、猪は悲鳴を上げながら横転した。無様に投げ出されたビコスは、大鉈を支えに立ち上がる。その顔からは動揺が消え、恥辱による怒りが噴き出していた。
「テ… テンメー…… トロルの族長がひとり…… ビコスサマになンて態度だ…… ア!? オイ! オレサマが直々にイテェ思いさせながらズタズタにバラして食ってやる!」
「ヘッ! なにがビコスサマ、だ。焼きトロルにしてそこの猪に食わせてやるヨ。ホーゼ! 手、出すな。火ィ消して」
ルカの言葉に従い、ホーゼがエンチャントを解除する。ルカは「よし」と呟きながらガントレットを突き鳴らし、ストライカー特有の構えを取った。
「……おや?」「ア?」
ホーゼとビコスが不意に声を漏らし、同じ方を向いた。ルカは目線だけ動かし眉根を寄せる。
「どうした? ホーゼ」
「いやはや… これは後で揉めそうですな……」
ホーゼがどう答えて良いものか考えあぐねていると、突然ビコスが何もない場所に向けて大鉈を薙いだ。
「ンだテンメー!」
見えない何かにぶつかって刃が止まり、鋭い金属音が響く。
「おっと…… やっぱ見えてんの? 足音まで消したのによ」
インビジブルが解かれ、ショートソードを握る男が姿を現した。セラドである。セラドは鍔元で大鉈ごとビコスを押し返し、僅かに浮いていた身を地に降ろした。
「ンだテンメー!」
「うるせーな。まずテメーが名を名乗れ…… あ、もう無理か」
「ア? ンだと、ゴ、ガッ… カッ… コ」
ビコスが目を剥きながら鉈を取り落とし、己の喉元を両手で抑えた。セラドはトロルの指の隙間から噴き出す鉄紺色の血飛沫から逃れるように後退する。
「うぇ、汚ったねぇ……。おいヘップ、背中から急所を狙えよ」
「トロルの内臓がどうなってるか知らないもんで、つい。毒が効くかどうかも不明ですし……」
返り血を浴びながら姿を現したヘップは、言いながら大鉈を拾い上げてビコスの胸に突き刺した。
「てかよ、何でヘップはバレねーんだ」
「さぁ… オイラのステルスはセラドさんの曲やスペルと違うから、ですかね?」
「ずりーなソレ」
「そう言われても」
「アー腹減った。眠い。ダンジョンから戻るなり行って来いだのなんだの…… さっさと終わらせて帰ろうぜ」
「オッス」
うずくまったまま絶命したトロルのことなどもう忘れたかのように、2人は呑気に会話を続ける。上空のホーゼは感心しながら髭を撫でた。

(ホッホ…… トロルや私の目を欺くとはこのシーフ……)

「で、オーガは殺さなくていいんだよな?」
セラドが思い出したようにルカに視線を向けると、ヘップが頷いた。
「そう言ってましたね。味方だと」
「なあアンタ、うら若きお姫サマを助けに行ってこい…って、とあるババアに言われたんだけどよ。心当たりねーかな」
ルカはギリギリと歯を鳴らし、肩を震わせながら2人を睨んでいる。
「泣いてんの? ……あれ? まさか怒ってる? 美人が台無しだぜ? ちょっとその牙が気になるけど……」
ルカが吼え、ホーゼが叫び、セラドは悲鳴を上げた。

◇◇◇

同日深夜、ニューワールド。
「容体は」
パイプ煙草を咥えながらバァバが尋ねる。アンナは自前のゴブレットに葡萄酒を注ぎながらそっけなく答えた。
「右腕と肋骨が数本折れていた。ま、一晩寝れば元通り。左の義手はさすがのバテマル製ね」
「すんません、オイラたちが余計な手出しをしたばっかりに」
「いやいや! こちらこそ申し訳ない…… ホレ! お嬢! 謝りなされ」
ヘップとホーゼが互いに頭を下げる。ルカはむすっとしたままエールを飲み干し、木製コップをテーブルに叩きつけた。
「……謝る? 何でヨ。邪魔したのはコイツらだ。 ……そもそもそこのババアが指図しなきゃあんな衝突は起きなかった」
「ヒヒ…印象に残る出逢い、大、成、功。乾杯」
「あぁ!?」
「やめんかルカ。お前は他種族との付き合い方を学ぶのだ。命を預け合うことになるこの面々とは特にな」
隣のフロンが遮り、立ち上がったルカを座らせる。
「チッ。……組む相手がこんなヤツラじゃ不安だヨ」
「まあまあルカさん。仲良くやりましょうねー」
アンナの横で静かに葡萄酒を飲んでいたサヨカが、ルカに笑いかけた。
「あぁ? 仲良しこよしってか。生きるか死ぬかって話しなのに呑気なエルフ。わかってんのかね」
「ウフフ―。わかってますケド?」
ルカはゾワリとした何かを感じ取り、黙った。サヨカの目は笑っている。困惑した顔で2人のやり取りを見ていたヘップが話題を変えた。
「で、オイラたちは5人で何をするんですかね? セラドさん、サヨカさん、ホーゼさん、ルカさん、そしてオイラ……」
「人探しだ」
フロンが言う。
「人探し、ですか? 誰を」
「6人目だ」
「6人目? ……どこにいるんですか」
「この大陸のどこか」
「ええ…? ナニソレ……」
話が飲み込めないヘップは、助けを求めるようにバグランとトンボを見た。カウンターの奥の2人は黙ったまま頷く。
「ヒヒ…」
いつもの声にヘップが振り向くと、バァバは煙草の煙で輪っかを作って遊んでいる。
「バァバ、教えてくださいよ」
バァバは口をすぼめ、煙の矢で輪っかを射抜き…… 呟いた。
「ジャーニー…… アドベンチャー……」

【第6話・完】

【第7話に続く】


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