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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #ChristmasSpecial

ソリの扱いは意外と得意。
-ジュディ-

―― 2017年12月25日 コロラド州

デンバーの繁華街、16番ストリートに店を構えるメキシコ料理店 ”デビルズキッチン” 。
オーナーとシェフを兼ねるソフィアが1年前にオープンして以来、その悪魔的な味と彼女の人柄によって一躍人気店となり、この2日間のディナーは予約客だけでほぼ満席という繁盛ぶりだった。

店の地下に設けられた秘密の部屋。その扉を開けて飛び込んできたスーツにポロコート姿の男―― ゴードンが、息を弾ませながら膝に手を突く。
「ハーッ、ハーッ、フー、ハーッ、ハーッ、スーッ」
薄暗い室内。控え目の明かりに纏わりついていた紫煙がゆらりと揺れ動く。

「産まれるのかい?」
奥のカウンター席に背を向けて座っていたジュディが目もくれずに言って、グラスに並々と注がれたテキーラを一息に飲み干す。隣席の老人ヴィクターも自らのグラスを空にし、2つのグラスをふたたび満たす。
「ハー、ハー……。ジュディ、電話に出てくれよまったく」
ゴードンは口を尖らせながらカウンターの向こうにまわってコップを手に取り、勢いよく蛇口をひねった。

「やらんのか?」
ヴィクターがボトルを掲げ、白い眉毛を片方だけ吊り上げる。喉を鳴らして水を飲み干したゴードンは首を横に振り、ジュディを睨んだ。
「仕事中。ジュディ、事件だ」
「お断り。今日は何の日? クリスマスだ」
ジュディは咥えタバコで即答しながら火をつけ、ゆっくりと吸い、勢いよく煙を吐く。
「クリスマス? キャラじゃないだろ」
「今年からそうなったの。ま、よっぽど面白そうな話なら別だけどね」
ゴードンは嘆息しながらかぶりを振り、乱れていたシチサンヘアを丁寧に整える。ここでしくじって興味を失われたら終わり。慎重に言葉を選ぶ。
「いいか、聞いてくれ。今日だけで立て続けに殺しが3件、すべてダウンタウン周辺。遺体の状態から同一犯による連続殺人と判断した市警がFBIに協力を要請してきた」
「ふん。”ただの” スプリー・キラーじゃないの?」
「その手口が普通じゃないんだ。被害者は全員若い男。鼻を削がれ、頭には木の枝が2本、突き刺されてこう…… 角みたいに。死因はそれが脳まで達して――」
「赤鼻のルドルフ」
「え?」
「トナカイだよ。ジョニー・マークス」
「なるほど、犯人は被害者をトナカイに見立てている、と」
「へっ。それくらい普通の人間でもやりかねんぞ? もっとサイコな奴だってゴロゴロいる」
ヴィクターが横槍を入れ、ジュディは「そうだね」と同意する。しかしゴードンは深刻な表情を崩さず、切り札を口にする。
「……それだけじゃないんだ。他にも拉致に関する通報が何件か。詳しい聴取はまだだが、いずれも目撃者は ”犯人はサンタクロースの恰好をしていた” と。そこまではまだわかるんだが、殺人3件についても現場付近でソリらしき物に乗って空飛を飛ぶ何者かが目撃されてる。拉致も殺しもソイツが絡んでるんじゃないかと」
一息に言ったゴードンは、じっとジュディの反応を窺う。

「へぇ……」
ジュディはもったいぶるようにゆっくりと煙草を揉み消し、薄い笑みを浮かべながらグラスを掲げた。
「面白そうだね。協力するよ」
「よし! ヴィクターは――」
「ワシはパス。しこたま飲んでるしな…… そうだジュディ、これ持ってけ」
ヴィクターがポケットから弾丸を取り出し、じゃらりとカウンターに転がした。
「改良してみた。フィードバックよろしく」
「もっと無いの?」
「ああ? 試験段階だから贅沢言うなや。6発あれば十分じゃろ。サンタのひとりやふたり」
「チッ、ケチくさいジジイ」
「あ? なんか言ったかババア」
ジュディはとぼけ顔で口笛を吹きながら黒い外套の下に左手を伸ばし、シングルアクションのリボルバーを抜くと一瞬で弾丸を入れ替える。その様子を羨ましそうに凝視していたゴードンがたまらずヴィクターに尋ねた。
「お、俺には?」
「無い。勿体ないもんね」
「何だよそれ…… そういやエリザベスは?」
ゴードンがチームに加入して間もない女の名を口にすると、ヴィクターは不満そうに鼻を鳴らした。
「リズちゃんは大学のお友達とパーティーだとよ。せっかくワシが美味しい食事に誘ってやろうと思っとったのに。結局ババアとこのザマだ」
「ふん。男とよろしくやってるんだろ。ジジイやシチサンじゃない男とね」
「なっ……!」「なに……!」
「さ、とっとと行くよ。楽しい楽しいハンティング…… モタモタしてるとクリスマスが終わってサンタクロースが帰っちまう」

◇◇◇

「あ、ゴードン。ユニオン駅の近くで何か事件があったみたい。たくさん警察を見たって、お客さんが。その件で来たの?」
店の1階に上がったところで、コックコートを着たラテン系の女がふたりに声を掛けた。
「ああ。だがその1件だけじゃない。それに ”奴ら” の可能性が高い。ソフィアも油断するなよ」
「あら。なら少しくらいキャンセルが入ってくれてもいいのに。昨日だけでもうヘトヘト」
ディナーのピークタイムを前に、ソフィアは肩をすくめながらオッドアイを白目に変える。すれ違いざまにジュディがその肩をポンと叩いた。
「商売繁盛。とっとと終わらせて戻ってくるよ」
「ならいくつか食事を用意しておくわね」
「気を使わなくていいよ。閉店後に一杯やろうじゃないか」
「嬉しい。気をつけてね」
ソフィアはふたりの背中を少しだけ眺め、すぐにキッチンに戻っていった。

店を出たゴードンとジュディは、普段から一般車両の通行が禁止されている16番ストリートを州会議事堂方面に向かって歩きはじめる。さまざまなショップが建ち並ぶこのアウトドア・モールはクリスマス一色に包まれ、あちこちで陽気な音楽が流れていた。まだ辺りをウロつく市警の姿は見当たらず、若いカップルや女性グループが楽しそうに肩を並べている。冬は雪が当たり前のコロラドだが、晴れ続きのここ数日はいくつもの星が輝いて見えた。

「なんでお前とこんな場所を散歩するのさ。車は17番街じゃないのかい? まさかジョギングが趣味だからって支局から走ってきたんじゃないだろうね?」
ジュディに睨まれたゴードンはばつが悪そうに頭を掻く。
「いやあ…… 実はそこの、16番街の入り口にあるマクドナルド。そこでバーガーを買おうとしてた矢先に連絡が来てさ。走った方が早いかなって」
「40手前の男がクリスマスにひとりバーガー。女っ気ゼロ」
「悪いかよ。クリスマスのお祝いなんてガキの頃…… ゴールデンにいた頃の思い出しかないな。18で卒院してからはFBIに入りたいってそればっかりで、いざ入局したら仕事に追われて。気づいたらこの年さ」
ゴードンは遠い目で記憶の1ページを開く。さんざん叱ってくれたリディアとルーシー。孤児院に来た時はまだ3歳だったソフィアをはじめ、同じ境遇の仲間たち。キースの発火能力でケーキのローソクを火柱にしたのは最高に笑えたが、ウォルターの髪に燃え移ったときはさすがに冷えた。
「彼女ができたぞーとか言って、気持ち悪いくらいニヤついてた時期もあったじゃないか」
「ん? あー、あったっけ。でも一瞬だよ。この仕事を続けていると、なかなか難しくて」
「ふん、どうしようと自由だけどね。仕事のせいにするんじゃないよ。自分で選んだ道だろ」
「相変わらず厳しいな」
ゴードンはうなじをさすりながら笑った。

シェラトンホテルを通り過ぎて石畳の歩道が終わり、交差点に差し掛かったところで女性の悲鳴がかすかに聞こえた。
「右。”奴” の気配」
ジュディは言いながら交差点を右に折れ、大きな建物に挟まれた街路の奥へと走り出した。
「おいジュディ、待てよ!」
ゴードンもすぐに反応するが、ジュディの背中はどんどん小さくなってゆく。置いて行かれまいと歩道を数十ヤード走ったところで思わず歩調を緩め、己の目を疑った。
「なんだよあれ――」

「おやおや。こりゃまた趣味の悪い……」
ジュディは前方を見据えたまま外套の下に右手を伸ばし、アックスホルスターの留め金を外す。その視線の先、路上駐車された車が並ぶ薄暗い道のど真ん中に、一台のソリ。その傍らに若い女が倒れており、男性物の衣類が散乱している。しかし何よりも目を引くのは、そのソリに繋がれた6頭のトナカイ―― ではなく、パンツ一枚の男たちだった。みな若く、みな四つん這いで、みな頭から木の枝を生やし、みな削がれた鼻から真っ赤な血を垂らしている。かなりの激痛に襲われているはずだが、まるで魔法をかけられたかのように6人とも虚ろな目で口を半開きにし、一言も声を発しない。
「何ジロジロ見テンダ。見セモノジャナイ」
今しがた手に入れたのであろう6頭目、いや6人目の男にハーネスを着け終えたサンタが首から上だけを動かし、濁った眼をジュディに向けた。6フィートはあろう肥満巨体。赤い帽子と赤いズボンはサンタを思わせるが、上は白のタンクトップ。冬場らしからぬ薄着の中で爆発しそうな乳房が威圧的に揺れている。事件の犯人に間違いないその悪魔の ”肉体” は、長い赤毛を後ろで三つ編みにした中年の女だった。当然、トレードマークの白髭も無い。

「うへぇ、なんだアレ…… FBIだ! 両手を上にあげてひざまづけ!」
追いついたゴードンがグロックを抜き、一応の決まり文句を飛ばす。
「ありゃ軍人上がりだね。海兵隊。女、しかも若くない身体を選ぶってのは珍しいと思ったけど納得」
「海兵隊?」
ジュディの言葉に、ゴードンが銃を構えたまま首を傾げる。
「左の二の腕。タトゥー」
「ああ、なるほど……。なぜ被害者たちはトナカイに」
「さあね。ただ死んだ3人は加減を誤った ”失敗作” ってことだろう。人が集まると厄介だ。さっさと片付けてオサラバするよ。重火器に用心しな」
この間にも、数名の通行人がギョッとした顔で慌てて引き返していた。メインストリートの眩いイルミネーションと対照的な、暗い路地。顔を見られても誤魔化しは効きそうだが、ホテル客が大騒ぎする前にこの場を去らないとさすがに不味い。

しばらく動きを止めて思案するようなそぶりを見せていたデビルサンタはゴードンの警告を無視し、予想外の身軽さでソリに飛び乗った。
ドンッ!
ジュディの外套が翻った瞬間、リボルバーが火を噴いていた。ワンショット・ワンキルの弾道を正確に描いた特殊弾は、サンタの頭部にヒットする前に丸太のような腕に遮られる。
「……行カナキャ。6頭、揃ッタ。時間ガ」
デビルサンタは肉が抉れた己の腕を平然と見つめた後、グイと手綱と動かした。

シャンシャン…… シャンシャンシャン……

男たちがハイハイをはじめると、首輪についた鈴がクリスマスムードたっぷりの音を奏で…… ソリが動きはじめた。だがその推進力がハイハイによるものではないことは一目瞭然だった。サンタが手綱を振るった瞬間、ソリは宙に浮いたのだ。デビルサンタは器用に手綱を動かしてソリを旋回させると、45度の角度で上昇してゆく。
「チッ、何が改良版だよあのジジイ。しかし飛ぶってのは珍しいねぇ!」
ジュディが左腰から手斧―― フロストブリンガーを抜いて猛然と駆ける。
「待て!」
ゴードンが3発発砲。だが何の細工もない9ミリ弾はデビルサンタのふくよかなボディに呑まれて消えた。デビルサンタは後部の白い布袋からサプレッサー付きのアサルトライフルを取り出し、弾切れするまで片手で軽々と掃射する。上空から降り注ぐ弾丸の雨。胸に3発食らったゴードンが呻きながら車の陰に転がり込む一方、瞬きせずに弾道を見切ったジュディは一気に距離を詰める。
「逃がさないよ!」
ジュディは常人離れした跳躍を見せ、ビルとビルの2階をつなぐ連絡通路の上に飛び乗り、ふたたび大きく跳躍。ソリの後部に着地したジュディを見て、初めてデビルサンタ―― 悪魔の顔色が変わった。
「私も連れてっておくれよ。サンタの国に」
「俺ハ 帰リタインダ。ホットイテクレ」
デビルサンタは上体を捻じり、敵意の無い目でジュディを見る。高度を上げたソリは水平飛行に移り、びゅうびゅうと風を切って進んでゆく。
「あぁ? なに都合のいいこと言ってんのさ。帰る? ……帰るって、悪魔の世界にかい」
「ソウダ。コノソリト、6頭アレバ、俺ノ能力デ。俺ハ 帰リタイ」
「そりゃ楽しそうだね。私も連れてっておくれよ」
「オ前ヲ……?」
「そう。来るのを待ってるよりずっと手っ取り早いじゃないか」
「不可能ダ。俺シカ――」
ドドドドンッ!
0.6秒。背中の1点を正確に射るジュディ神速の4連射。弾丸が弾丸に押されて脂肪を突き抜け、弾丸が弾丸と弾丸に押されて筋肉を突き抜け、弾丸が弾丸と弾丸と弾丸に押されて心臓に到達した。
「期待させんじゃないよバカタレ」
「グゥ……」
さすがの巨体もつんのめり、デビルサンタはたまらず目の前の手すりを掴む。
「タフだね」
ジュディは撃鉄を叩き終えた右手でフロストブリンガーを握り直し、飛び掛かっていた。

死ね!

ギィンッ!
足元から取り出された大振りのアーミーナイフが、斧の刃を受け止めた。デビルサンタは座った姿勢のまま軍隊仕込みのナイフ・テクニックでジュディの腹を裂こうとする、が――
「ナ……?」
ナイフが動かない。手放そうにも指の1本も動かない。ナイフは掌ごと凍りつき、フロストブリンガーとの接触点は氷塊に包まれていた。
「クソ、離レナ、クソ!」
デビルサンタは必死にナイフを剥がそうとするが、立ち姿勢のジュディは冷酷な顔で斧を握ったままビクとも動かない。人間であれば致死の一撃を受けている身体は本来の力が出せず、もはやナイフを握る右の肩までが凍りついていた。
「離セ! 離セ! 助ケテクレ!」
「ハイわかりました。……って助けるバカがどこにいるのさ。お前もそうやって懇願する男たちの頭に木を突き刺して鼻を削いだんだろ?」
「ヤ、ヤメ、嫌ダ! 俺ハ帰ルンダ」
「お前に帰る場所は無い」
「ヤ、メ…………」
遂にデビルサンタの全身はその芯まですっかり凍結し、一切の動きをやめた。ジュディはデビルサンタの右手を蹴り砕き、フロストブリンガーを自由にする。
カチリ。左手で撃鉄を起こす。
氷像と化した悪魔の顔面に銃口を突きつけ――
「メリー、クリスマス」
最後の1発をチャンバーから送り出した。

◇◇◇

「あら、……雪? 雪だわ。ねえ雪!」
シェラトンの一室。銃声かしら、と窓を覗いていた女が目を丸くし、ベッドの男を手招きする。
「え? 今年のクリスマスは降らないって聞いてたけど―― ほんとだ」
「あっ、あれ! ねえ、あれ何?」
「どれ?」
「あそこ。あのビルの、上の方。ソリが飛んで…… サンタさん!?」
「……に、見えるな。でもあれ、乗ってるのは…… 黒ずくめ? トナカイもなんかおかしくないか?」
「すごい! 本物のサンタさんってきっと黒いのよ!」
「うーん。映画の撮影か何かじゃないかなあ」
「また! そうやって夢の無い!」

◇◇◇

ゴードンがゼイゼイと息を吐きながら建設中のビル屋上に辿り着くと、ジュディは縁に立ってデンバーの街を見下ろし、うまそうに煙草を吸っていた。
「意識は無いけど6人とも生きてるよ。このままだと凍死するだろうけど」
ジュディが目配せした先にソリがあった。そのシートには、氷混じりの灰の山。デビルサンタの成れの果て。傍らには横たえられた6人の男。
「じきに救護班が来て大騒ぎになる。あとは適当に処理しておくから行ってくれ」
「いつも悪いね」
「いいんだ。俺が役に立てることといえばこのくらいさ。そうだ、ソフィアとヴィクターによろしく伝えてくれ。すっかり忘れてたよ、クリスマスの挨拶」
「閉店後に下で一杯やるから自分で伝えたらどうだい」
「いや、いい。クリスマスのうちには帰れないだろうさ」
「そうかい。じゃ」
「ああ」

◇◇◇

26日、AM3時。
ひと通りの手続きを終えて自宅アパートに戻ったゴードンは、玄関ドアに鍵を差し込む手を止めて腰のグロックを抜いた。音を立てぬよう開錠し、慎重にノブを回す。僅かに開けたドアの隙間から光が漏れた。素早く身体を滑り込ませてグリップを握り直すと――

「お、特別捜査官サマが銃を構えてご帰宅だぞ」
エントリーしてすぐのリビングダイニング。そのソファに座るヴィクターが赤ら顔でグラスを掲げた。
「あらゴードン! 遅くまでお疲れさま。お腹すいたでしょ」
奮発して買ったはいいが使われることのない4人掛けのダイニングテーブルに、ソフィアが座っている。その向かいにジュディ。
「おっ、ゴードン! お帰りー!」
悪戯っぽい笑顔でキッチンから姿を現したのは、長いブロンドヘアをアップにした中性的な顔立ちの美女。冷蔵庫からくすねたと思われるCORONAの瓶をソフィアの前に置き、ジュディの隣に座った。

ゴードン、数秒の硬直。

「…………あらゴードン、お帰りゴードン、じゃないだろ。なんで俺の家に。それにエリザベスまで」
「へへー。大学のパーティーがつまんなくってさ。ソフィアさんのお店に顔を出したら面白そうな作戦を聞いちゃって」
「作戦……」
ゴードンが呟きながら他の3人を順に見る。ソフィアと目が合った。
「そんな、作戦なんて。大したものじゃないのよ? ジュディさんが戻ってきて、事件の話を聞いて…… お店を閉めたあと、じゃあゴードンの家に行っちゃおう! って。ねえ?」
ソフィアが同意を求めるようにジュディとヴィクターを見るが、ふたりは「さあ」「どうだったかのう」などと言いながらショットグラスを空にする。
「あ! ちょ、そのグラス高いんだぞ」
「大事に飾っといて何になる。使われてこそグラスも喜ぶってもんだ」
「あ、ジュディさん氷、お願いします!」
「はいよ」
エリザベスが手繰り寄せたアイスペールにフロストブリンガーの刃先が触れると、一瞬にして水が氷に変わった。
「さ、ゴードンも座って。料理も温め直すけど、その前に乾杯しましょう」
ボウイナイフで氷を砕き終えたソフィアが言いながらゴードンを隣席に座らせる。スパイシーな香りに急な空腹感を覚えたゴードンは黙ってそれに従った。
「……鍵は」
「ん?」
「ここの鍵、ピッキング対策は万全のはず。警報も」
やっと思考が働いてきたゴードンがグラスを握ったまま疑問を口にすると、女性3人の視線がヴィクターに集まる。
「鍵? そんなもん、ワシのアレでちょちょいのちょいだ」
「ああ…… そう、か。ハハ」
「さ! 謎も解けたってことで、乾杯乾杯!」
エリザベスが起立し、オレンジジュースが入ったグラスを掲げる。
「いいですかー? 3時間ほど過ぎてしまいましたが…… はい! メリークリスマース!」
「「「「メリークリスマス」」」」
ゴードンは小声で「チームに」と続け、空っぽの胃袋にテキーラを流し込んだ。

Christmas Special・完


※本作は、完結済の連載小説『ジュディ婆さんの事件簿』の時系列より1年ほど前の出来事を書いたものです。

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