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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #8(第3話:1/5)

Judy Potter and the Chamber of Secrets.
-ジュディ-

<前回のジュディ>
77年ぶりに相対した男。母親の仇。戦いを挑んだジュディ。しかし…… 討つことはできなかった。そして、エリザベスは連れ去られた。
前回(#7(第2話:3/3)
目次

……………
■#8

ウォルデンでの戦いから2日後の深夜。
デンバーの繁華街、さまざまなショップが建ち並ぶ16番ストリートに店を構え、ひときわ美味いと評判の人気メキシコ料理店 ”デビルズキッチン” 。店の地下に設けられた秘密の部屋に四人の男女が集まっていた。

やや落とされた照明。部屋の奥に設置された小さめのカウンターの背後、バックバーには丁寧に磨かれた酒のボトルとグラスが並ぶ。まるでどこかの高級バーのような雰囲気だが、それに似つかわしくない六人掛けの円卓が部屋の中央を占拠していた。

空席は2つ。

ジュディが話し終えると、短い沈黙が訪れた。

「経緯はわかったけど… ジュディさん少し横になったら? 喋るのも辛そう」
デビルズキッチンのオーナーシェフ、ソフィアが心配そうな表情を浮かべながら口を開いた。オッドアイ―― 琥珀のようなイエローゴールドとエメラルドグリーンの両眼が褐色の肌に映える。ラテン系のグラマラスな姿体で多くの男性を悩殺してきた彼女だが、30歳を機に店を開業して2年。 現在は、謎めいたルートで仕入れる珍しい食材や希少なスパイスとメキシコ伝統料理を掛け算した創作メニューで客の舌を魅了している。

「いや、大丈夫だよ。ハンターの回復力は並じゃないからね」
平静を装うジュディだが、その声には普段の力強さがない。

「大丈夫なわけないじゃろ。フツーの鉛弾ならまだしも… ワシがこしらえた特製の弾丸をドテッパラに喰らったんだ。最低でもあと2日は安静にしておかんと内臓がブチってなってまた血がドバーっと出て死ぬで」
椅子に深々と腰掛け、テキーラを呷っていた老人が口を挟む。白髪に白髭、小柄ではあるが… 洒落たセーターをパツパツにさせる逞しい肉体と生気に満ちた顔つきは、60を過ぎた老人のそれとは思えない。
「そうよ。ヴィクターはお医者さんなんだから言うコト聞かないと」
「はん、闇医者が偉そうに。自分の身体の具合はわかってるつもりだよ」
「おぉ? お腹がーとかゆって失血死寸前になりながらバカでかい車で乗り付けたババアが偉そうな口叩くなや」
「アル中のジジイに言われたかないね」

ソフィアがヴィクターと呼んだ白髭の老人は、世界でも有数の腕を持つ医師…… 正確に言えば医師 ”だった”。かつて天才と称された彼は医学のさまざまな分野に精通し、これまでの常識を一変させるような研究成果や施術法、器具などを次々と医学界に広めていった。しかし、一流総合病院の外科医として多くの患者を救ってきた天才は、50代のときに買った宝くじ ”メガ・ミリオンズ” で5億ドルという大金を手にした途端…… スッパリと病院勤めを辞め、医学界からも姿を消した。権力が物を言い、派閥争い、足の引っ張り合いが繰り返される医学界。地位や金さえあればどんな患者よりも対応を優先してもらえるような病院の因習。そんな世界に辟易していた。今では巨万の富を持つ裏社会の医師として… 本人曰く「やりたいことをやっている」ということだった。

「なんじゃとこのご長寿ババア」
「億万ジジイはしばらく見ない間にまた白髪頭が薄くなったんじゃないかい」
「さいきんオールバックにしてるからそう見えるだけ!」
「頭頂部のハゲ隠しだろう?」
「アホかフサフサじゃ!」
「大枚叩いた研究の成果かい」
「地毛!」
「そんな言い争いしてる場合じゃないだろ!」
沈黙していたゴードンが大喝一声。
「エリザベスがさらわれたんだぞ!」
怒りの矛先はジュディではなく、ゴードン自身に向けたものだった。勝手に二人だけで町に向かったジュディを責めたくなる一方で、では自分が一緒にいたら何か事態を変えることができたか? と自問すれば答えはノーだった。六人全員が揃っていれば何とかなった可能性もあるが、それはまず期待できないということはゴードンもわかっていた。それに…… まだ少女といえる年齢ながらエリザベスの戦闘力は高く、彼女の ”能力” は攻撃だけでなくチームのサポートにも活かせる万能なものだった。さらに経験を積めばチームの要に育つことは間違いない。そんな理由で積極的に彼女を招集していたのはゴードンだ。何十年も独りで行動してきたジュディに頼み込み、自らが作ったチームとジュディの協力関係を築いてきたのもゴードンだった。
さらに言えば、エリザベスがチームに加わってからこの1年、さりげなく… ではあるが彼女を弟子のように可愛がってきたのはジュディだった。そのことは円卓を囲む全員が知っている。そんなジュディを責めようとする者はいなかった。

「まー、その親玉っぽい奴の発言からして、大人しくしてりゃ殺されることはないじゃろ。どうにか居場所さえ判れば助ける方法もありそうだが…」

「そういえばジュディ、エリザベスの ”おてて” って… どうしたの?」
ソフィアがハッとした顔で尋ねる。
「ああ、ジジ… ヴィクターに預けたよ」
悪魔とは異なり、”混血” の肉体は切断、死亡といった状況で灰になることはない。エリザベスの両手は、フロストブリンガーの魔力によって冷凍させた状態でジュディが持ち帰っていた。
「おう、リズちゃんの綺麗な両の手はワシがしっかり保管しちょるから安心しな。ちょっと実験に使わせてもらうけど…」
「またヴィクターの悪いクセ! ダメよ。彼女の大切な一部なんだから!」
「あいあい。……それよりジュディ、さっきお前が言ってた ”石” ってのは一体なんなんだ? そういった類の情報が世界中から集まるワシですら耳にしたことがない」
たくわえた白髭をなでながらヴィクターが尋ねた。ジュディたちが使用する銃の弾丸―― 対悪魔用の弾丸は、彼が試験開発したものだ。ハンターと悪魔に関わる道具類、生態などあらゆるものを研究しており、その知見と情報力はかなりのものとジュディも認めていた。

「ああ、石。石… ね。”奴ら” と戦う人間のためにどこかの賢者が創ったものだと… 一部のハンターの間で言い伝えられているんだけどね。賢者とは何者なのか、いつ創られたのか、どういった力を秘めた石なのか、見た目はどうなのか―― 詳しい記録は何もないんだ。ただ…… 私の母はその言い伝えが事実だと確信している様子だった。それでアメリカ中を旅してまわっていたんだよ。何世代も続いているハンターを訪ねたりしてね。その流れでウェストバージニアにある遺跡の情報を得て…… あのクソ野郎に殺されちまった」
当時の光景を目に浮かべたジュディが険しい表情で続ける。
「その時は見つからなかったんだよ。石。遺跡もぜんぜん関係ないものでね。鉢合わせたあのクソ野郎もガセネタ掴まされたってことだろ。しかし今回は違った。ウォルデンの山奥に隠されていたんだ」
「間違いないの?」
熱心に耳を傾けていたソフィアが確認する。
「ああ。襲ってきた奴らは大半が鉱夫みたいな格好と道具でね。あのクソ野郎も ”石ころを見つけた” と言っていた。まさかと思って付近を調べたら… 教会の裏手の倉庫から腐臭がした。殺されていたよ、多くの老人が。ゴードンに連絡して警察やらFBIにお決まりの捜査は任せたけれど、私は町を去る前に ”喋ってもらった” のさ。死体に… 5秒ずつね。それでわかった。奴らは町の歴史を知っていそうな老人を捕まえては何日もかけて拷問し、ウォルデンのどこかに… 誰かが秘匿した ”石” の在りかを聞き出そうとしていたのさ」

「そうか… それで故郷を離れ生活していた老人まで狙っていたのか」
合点がいったゴードンが深く頷いた。

「その石… ジュディさんと互角にやりあう程の悪魔がしつこく探していたってことは、相当なパワーを秘めている可能性もありますよね。それがあいつらに渡ってしまったとなると…… 近いうちに何かが起きるかもしれませんね」
ヴィクターがあっという間に空にしたテキーラのボトルを片付けながら、ソフィアが不安を口にした。

「まあ、今それを考えても仕方ない。石のことは理解した。喫緊の脅威は… 好敵手みたいなノリでジュディが狙われる危険もあるが…… それよりも。リズちゃんをきっかけに、だ。興味を持ったその親玉がワシら ”混血” にちょっかい出してくるかもしれんってことさな。お前らみたくガキの頃から近くに同類がいると麻痺するじゃろうけどの、ワシらチョー珍しいから」
ヴィクターはグラスに残ったテキーラを飲み干すと、ゴードンとソフィアの顔を順番に見つめた。二人も無言でヴィクターの目を見つめ返す。

「確かに。エリザベスが俺たちのことを簡単に喋るとは思わないが…… その男がふたたび ”奴ら” を統率してあちこち嗅ぎまわる可能性もあるな。”ゴールデン” にも知らせておくべきだろう。電話だと心配させるだけだろうから… 俺が明日にでも直接行ってくるよ。じゃあ今日はこの辺で」
ゴードンが立ち上がり、コートハンガーに手を伸ばす。

「私も行く。月曜は定休日だし。リディアさんやルーシーさんに久しぶりにお会いしたいわ。…… あ、”カレ” にはどう伝えます? いちおう狙われる可能性が…」
ソフィアが円卓の空席を見つめながら、皆に意見を求めた。

「知らせなぞ要らんじゃろ。どうせ海外で好き勝手やってるんだ。狙われるとか気にせんでええ。……さて、と。ワシも研究がチト忙しいから帰るで。ジュディも自宅で大人しくオルタード・カーボンでも観とけや。調子に乗ってるとマジで死ぬからの。ワシの弾丸舐めんなよ」
言いながらマフラーを巻き終えたヴィクターは、ハンチング帽を深く被るとジュディを睨んだ。

「ふん… まあ、家でやりたいことも溜まっているからね。ゴールデンの二人によろしく伝えておくれ」
「あ、ジュディさん、車で送りますよ」
「いや、大丈夫。たかが15分程度の距離だよ。歩いて帰るさ」
「だめです!」
「じゃあソフィア、明日のことは後でメッセするから」
「ゴードンよろしく! ジュディさん待って!」

最後に部屋からでたソフィアが鋼鉄のドアを閉め、廊下の壁に掛けられた粗末なランプを捻る。ゴトン、と音を立てながら用具庫がスライドし、部屋への入り口は完全に見えなくなった。

【#9に続く】

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