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進化論についてよくある13の誤解

自然選択による進化に対するよくある13の誤解を紹介します。進化を誤用しないためにも、最低限、絶対抑えておきましょう。若干わかりやすくするために自分の解釈も入っています。より正確に理解したい人のために、最後に引用元を貼っておきます。

1.自然選択はランダムで、偶然の産物である

これは誤解です。自然選択は、「変異・淘汰・遺伝」を経て種が変化していく過程・プロセスのことです。このプロセス自体はかなりロジカルに、一定に動いています。むしろ、ランダム・偶然なものは「変異」の部分で、ここは突然変異によって固体間に差異(バリエーション)が生まれることをさしています。固体間に差異がなければ環境によって優位な形質が選ばれることも起きえないです。変異はランダムに起きますが、変異を自然選択で篩にかける「フィルターにかける」作業そのもの(自然選択)は、とてもロジカルに動いています。

2.自然選択は生存のためである

これはよくある間違いです。自然選択は自己の生存のためでなく、「生殖」に関するものです。これにはまず生存(suivival)と生殖(reproduction)の違いを明確にすれば誤解は解けます。例を挙げると、「リスクテイキング」の傾向は、男性によくある形質であることがわかっています。自分の命の危険があってもリスクを取ることが男性にとっては生殖に有利に働いたからだと推測されますが、リスクテイキング自体は自己の生存にとってはむしろ不利に働くでしょう。もっと極端な例を挙げると、いくら長生きすることができる遺伝子・形質を持っていても、それが生殖につながらなければ進化では役に立ちません。短命になっても、より多くの子孫を残すことができる形質の方が、自然選択されて進化します。

3.自然選択は、生物の生殖にとってのベストな環境を「主体的に選んでいる」プロセスのことである

これは微妙に間違いです。むしろ自然選択は、ある環境において生殖に有利な形質が「たまたま選ばれる」プロセスです。何か自然が主体的に・能動的に個体を「選んでいる」わけではないし、そこに意思や意図はありません。これに近い誤解で、しばしば人間の「成長」が進化の誤用として使われます。「SNSのテクノロジーが、時代のニーズに合わせて進化してきた」「大谷翔平はメジャーへ適応するために進化した」 こう言った、「主体的に自ら進化している」印象を与える記述は、生物学における自然選択とは関係がありません。

4.自然選択は、「何かのゴールや目的に向かって動いている」という目的論である

これもよくある間違いです。自然選択に、目的やゴールはありません。最初に何かのゴールがあって、そのゴールに向かって生物が進化していくことではなく、その時その場で有利な形質が選ばれていくプロセスを長い世代を通して繰り返していくプロセスです。これは3の誤解とも通じる話で、ゴールに向かって変化していくようなプロセスは人間における成長とか発達の意味であり、種の生殖を説明する自然選択による進化ではありません。

5.自然選択は、種の保存を優先する

これについての誤解の例は枚挙にいとまがありません。自然選択は種の保存ではなく、「個」の生殖を優先するプロセスです。例えば、利益を顧みず他人を助けるような利他的な行為は、確かに種やグループ全体としては有利な行為です。しかし、利他的な行為は結局、尊敬を得たり、高い地位を得ることに繋がったりして、自分の利益に返ってくるという研究報告がたくさんあります。よって、利他的な行為は種全体のために有利に働いたから選択されたのではなく、自分の生殖のために有利に働いたから選択されたと言えます。利他的な相手と利己的な相手、どちらと子孫を残したいですか?

6.自然選択は、完璧な生物を作り出す

これも3・4と近い誤解です。まず、適応という言葉は我々人間が想像する「完璧」とかいう用語に対応しません。この誤解を解くために、タイムラグを考慮すると良いでしょう。適応は過去の環境に反応した結果であって、現代の環境とは必ずしも一致はしません。特に人間が住む急速に変化している環境では、しばしば不適応とも思われる形質が見られます。人間は脂肪と糖質を好むように進化してきましたが、この好みは現代においては肥満や糖尿病などの病気を生み出しています。今適応しているように見えないからといって、それが進化してこなかった、とは言えないのです。

7.進化は、遺伝子決定論を暗示する

しません。しばしば「Xは自然選択の産物だ」と「だからXは遺伝によって決まる」を混同してしまいますが、これは誤りです。自然選択には環境によるインプットが不可欠なので、遺伝だけで決まるというものではありません。進化論はしばしば遺伝子決定論などと並行して語られますが、実は環境との相互作用が理論の根幹にあります。遺伝をレシピ、環境を材料と捉えると良いでしょう。レシピ自体も大事だが、材料がないと何も作れません。

8.進化の産物は、幼少期に見られなければいけない

これは本当によくある間違いです。進化の産物であるならば生まれた時に観察できなければいけないという誤解があります。この誤解の理由としては、「環境から学ぶ余地があればそれは進化とは言えないだろう」という信念があるからだと思います。しかし、進化でできた形質は必ずしも生まれたての間に見られるものではありません。例えば、初潮と精通は成長を通して思春期に訪れるものですが、普遍的に大体同じタイミングで訪れます。しかし、初潮と精通は学習によって得られた性質ではなく、進化の産物と言えます。必ずしも、進化の産物は生まれたての間に見られなければいけない、なんてことはありません。

9.進化の産物は、固定していて変化しない

これもよくある間違いです。例えば、しばしば人は暴力、浮気、戦争などを進化の産物と捉えて「不可避」なものとして考えます。この誤解は、7の誤解を解けばある程度理解できます。自然選択された形質が機能するには、環境のインプットが必要です。例えば人間の皮膚にはかさぶたを作る機能がありますが、これは皮膚の損傷(=環境のインプット)に対しての、耐性を高めるといった一定の機能があります。かさぶたを発生させたくなければ、皮膚の損傷を避ければいいのです。環境によるインプットをコントロールすれば、進化の産物は決して変化しない不可避なものではなくなるでしょう。

10.進化の原理を使って、人間の行動を直接説明・予測することができる

この誤解は多少専門的ではありますが、進化の原理だけを使って人間の行動を直接・予測できることは難しいという意味です。例えば、人間には近親相姦を避けるために、遺伝的に近い存在との生殖を避ける能力が進化によって備わっていますが、これには人間の「情報をプロセスする」心理的な分析を理解しないと説明できなくなります。例えば、同じ地元、施設などで育てられた人間同士は兄弟でなくてもお互いに性的に魅力を感じなくなる傾向がありますが、同じ兄弟であっても生まれた直後に離れたもの同士が、後に好きになることがしばしば報告されています(詳しくは論文内の引用を参照)。つまり、進化の原理だけでなく、人間が主観的にどう環境の情報をプロセスするかも必要になってきます。これは心理学のバックグランドのない進化学者に多い誤解だそうです。

11.自然選択だけが進化の原因である

これも間違いで、厳密には4つのプロセスがあります:突然変異(mutation)、 遺伝的浮動(genetic drift)、遺伝子流入(gene flow)、自然淘汰(natural selction)。ただし、自然選択のプロセスだけが、ある特定に適応する形質を選択する複雑なプロセスを可能にしています。よって、進化心理学や、進化生物学で一番多く研究されているのが自然選択になります。

12.進化による仮説は単なる「後付け」の説明だ

これもよくある誤解です。進化心理学は進化を扱う性質上、「過去の環境を想定してそこから適応したであろう性質の機能を逆算して、そこから導き出される仮説」を検証します。この方法を誤解すると、しばしば「後付け」でなんでもストーリーをでっち上げることが可能になります。自殺を考えてみましょう。自殺する行為は、自己の生殖には不利な行為に思えます。しかし、もし仮に自殺を「進化論的に」研究したい人がいたとすれば、その人は自殺がもたらす生殖に有利に働くように思える現象を列挙した後、仮説を検証した後で初めて「〜〜〜という理由で自殺は進化の産物であるに違いない」と最もらしいストーリーを作ることができます。しかし、この最もらしいストーリーはしばしば進化的にも論理的な整合性がない場合も多いです。この方法は厳密には進化心理学では推奨されていないやり方です。進化の産物を人間で検証する際には、進化生物学や歴史学から「進化的にこういう仮説が成り立つ」場合と他の説明が成り立つ仮説をまず列挙します。そこからそれらの仮説を検証して、前者が支持されて初めて進化的な意味を持つことになります。この反証プロセス自体は他の科学的手法となんら変わらず、普遍的なものです。一言で言えば、進化心理学を現代の人間の行動を説明するときに必要なのは、いかに「進化的に正しい仮説や予測」を検証可能な状態に持っていくかです。例えばこの方法をつかって、嫌悪感や嫉妬心などの仮説が検証され、支持されています(今の所、進化論的な説明が一番妥当であると結論づけられている)。

13.自然選択はもう止まっていて、人間がこれから進化することはない

自然選択は今でも起こっています。自然選択には、「変異・淘汰・遺伝」の条件が必要です。人間の平均寿命は伸び続けていますが、自然選択は生存ではなく生殖レベルの話ですので(2の誤解)、生殖能力に個人差があるかぎり、自然選択は起こり得ます(変異)。また、環境が変化し続けている限り、特定の形質が選択される可能性が生まれます(淘汰)。よって、我々現代に住む人間でも、常に自然選択の篩に常にかけられている状態にあります。単純に、進化はゆっくり長い年月を経て起こるプロセスですので、今から何かを予測することは難しいです。

終わりに

今回紹介した論文は、実際の進化心理学者から一般読者層に向けて整理された論文です。自分も社会心理学の授業で学生に教える際にはマストで読ませる文献です。より深く興味のある方は以下を参照してください。

Al-Shawaf, L., Zreik, K., & Buss, D. M. (2021). Thirteen misunderstandings about natural selection. Encyclopedia of Evolutionary Psychological Science, 8162-8174.


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