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『隣の席』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年7月13日(RE:7月17日)オンエア分ラジオドラマ原稿)

(博多座のロビー)
(開演前)

友人に連れられて博多座にきた。

九州のとある港湾都市にある造船所で働く男。造船会社で巻き起こる様々な逆境や二人の子供を育てる家庭の問題に立ち向かいながら笑いと涙で描く愛の物語、だそうだ。主演の博多華丸さんが和太鼓やタップダンスに挑戦しているというのも話題だ。

お芝居を見に行くのは何年ぶりだろう。僕は友人に連れられてやってきたのだった。


「ちょっと、トイレ」


友人にそう告げあと、またロビーに戻ると友人の姿はなかった。
自分の座席くらい自分で見つけなければとチケットの半券と座席表を見比べていると、同じように席を探しに女性がやってきた。


僕も彼女もすぐに気付いた。


「やあ、久しぶりだね」
「すごい偶然ね」
「うん、どれくらいぶりだろう」
「3年とか?」
「それくらいになるか」

「元気だった?」
「見ての通りさ」
「少し痩せた?」
「ジムに通ってる」

「行かなきゃってずっと言ってもんね」
「君は?」
「見ての通りよ」
「君は変わらないね」

「シワが増えたわ」
「そんなことないさ」
「嘘ね。あなたが嘘をつくときは左の眉が上がるの」
「まいったなあ。でも変わらずきれいだ」
「ありがと」

「席はわかった?」
「Sの36。もうやんなっちゃう」
「え?」
「36のシングル。私に対する嫌味なの?」
「たまたまだよ」

「あなたは?」
「友人が取ってくれたんだ。Iの27。僕らが結婚したときの年齢だ」
「たまたまかしら」
「偶然というには、うまくいきすぎてる」


僕らは少しの間だけ見つめ合ってそして微笑んだ。
そのとき案内係の「まもなく上演いたします。お席におつきください」という声が聞こえてきた。

「じゃあね」
「ああ」
「またね」
「ああ、また」


そういうと彼女は劇場に急いでいってしまった。


これまで僕は彼女の隣に座っていた。
彼女に連れられて映画館や劇場や、この博多座にきたときも。


そしてそのあといつも決まったバーに向かった。
そこで二人でチンザノをちびちび飲みながら気が済むまで感想戦をした。


(大きな拍手の音)
(劇が終演した拍手)


「ありがとう。君のおかげで素晴らしいものに出会えたよ」
「いやあ、よかったね。どうだいこのあと一杯?」
「予定ができたんだ。今度必ず埋め合わせはする」


友人には悪いことをしたが、僕はいつものあのバーに向かった。


彼女はカウンターの一番奥のいつもの席に座って、やはりチンザノを飲んでいた。

「隣の席は空いてる?」
「三年ほど前からずっと空いたままよ」
「この席のチケットを買いたいんだけど」

そして僕らはチンザノで乾杯をした。
いいものを見たあとはこのバーで朝までチンザノを飲んだ。

きっと今日も、僕らそうするだろう。


おしまい



※こちらの小説は2021年7月13日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20210713210000

※こちヨロは2021年7月より土曜日13:30~14:00でも火曜日の放送をREPEAT放送でお届けします。



ストーリーの中で出てくる【羽世保スウィングボーイズ】は博多座にて2021年7月16日~7月27日
https://www.hakataza.co.jp/lineup/202107/swingboys/index.php
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2170914


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