『フローズンダイキリに必要なもの』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年8月10日(RE:8月14日)オンエア分ラジオドラマ原稿)
「フローズンダイキリが飲みたい」
彼女のその言葉を聞いて夏が来たことを僕は知る。
夏になるとどうしても飲みたくなるカクテルがある。
フローズンダイキリだ。
ラムとライムジュースに砂糖を少し混ぜて作るショートカクテル。
それにクラッシュドアイスをミキサーに一緒に入れてシャーベット状にしたのが、フローズンダイキリだ。
「夏になると私はフローズンダイキリを飲まなきゃならないの。そう決まってるの」
「うん、わかるよ。僕らは毎年そうしてきたからね」
テーブルの上に置かれたラムが僕たちの会話を静かに聞いていた。
そして彼女はラムのボトルを眺めながら呟いた。
「きれいなヤシの木」
ラムのボトルの中にはガラス細工のヤシの木が生えていた。
「僕らの行くバーでフローズンダイキリに使われていたのが、このポルフィディオのラムなんだ」
ポルフィディオ・ラムは糖蜜を使わず100%純粋な、そして新鮮なサトウキビジュースから作られたとても良質なラムだ。
その飲み心地はとてもフルーティですっきりしている。
ガラスのヤシの木の入ったボトルは職人が一本ずつ手作業で作っていて、口に含めばたちまち口の中にヤシの木が立っていくような、そんな夏を感じさせる飲み心地だ。
ミキサーの中にクラッシュドアイスとライムジュースと砂糖を少し、そしてポルフィディオ・ラムを入れてスイッチを押した。
「よし、できたかな」
僕はスイッチを切ってミキサーから三角のカクテルグラスにシャーベット状になったダイキリを注いだ。
「すごい!フローズンダイキリだ」
彼女は無邪気にそういってグラスを手に取って眺めた。
「おいしそう」
「どうぞお召し上がりください」
短いストローを2本刺して、僕はバーのマスターよろしく彼女にカクテルを勧めた。
「うん、おいしい!」
「ありがとうございます」
「けど」
「けど?」
「なんか違う気がする」
「そんなはずはないさ」
「飲んでみて」
僕は彼女に促されて2本のストローからフローズンダイキリを飲んだ。
「どう?」
「美味しい…でもたしかに」
「うん、とってもおいしいの。でもなんだかちょっと足りない気がするの」
「レシピもバーのマスターに教えてもらったんだ。分量なんかも完璧に測って同じにしたよ。シェーカーを振るには技術が必要だから、いくら分量を一緒にしてもそりゃ熟練されたバーテンダーと素人が作ったカクテルじゃ味に違いが出るのは当たり前だけど、ミキサーならそんな味に違いは出ないと思ったんだけど…」
それが去年の夏だった。
「フローズンダイキリが飲みたい」
彼女のその言葉を聞いて今年も夏が来たことを僕は知った。
「ねえ、バーに行きたい」
「そうだね、あのバーでフローズンダイキリを飲みたいね」
空になったポルフィディオのラムが僕らの会話を聞いていた。
ボトルの中には相変わらずきれいなガラスのヤシの木が生えていた。
「どうぞお召し上がりください」
マスターがカウンターにフローズンダイキリを置いてそう言った。
「とっても美味しい!」
「ほんとに、全然違う」
そして僕らは同時に気がついた。
「あのとき足りないって思ったものが分かった」
「ああ、僕も」
この大きなカウンターの杉の板の香りやカクテル用に置かれたフルーツの香り、そして何よりこの大人の香り漂うシックなバーという空間。
全てのカクテルの味に欠かせないものは、このバーで過ごす時間だった。
おしまい
※こちらの小説は2021年8月10日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20210810210000
※こちヨロは土曜日13:30~14:00でも火曜日の放送をREPEAT放送でお届けしています。
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